【2】どうしてみんなアウトな言動ばっかりするのよ!

「でも、何でこのバス旅、こんなに人気があるんだろ? ただ目的地に向かってバスで移動するだけの番組でしょ」


 最初のバスに乗った途端、エマが遠慮なしのNGワードを吐き出してしまう。

「ねえ、エマ、アイドルグループなんてパッとしない素人の小娘たちをひとまとめにして良さそうなやつが何人か出てくるやり方だろなんて言われたらどう?」

「な、なによ、その言い方! その素人の女の子たちがグループの中で必死に活躍して頑張る過程をみんな応援……」

 そこまで叫んでエマは何かに気づいたように言葉を止める。

「そっか、ごめんなさい。バス旅も必死に頑張る姿を見てみんなが応援してくれるんだ」

「あはは、そんな硬く考える必要ないよ。確かに大河たいがさんはバス旅の鬼と呼ばれるほどの執念だけど、僕はそれに乗っかってるだけだから」

 大黒だいこく先生が明るく笑いながらフォローしてくれた。裏表のなさそうな性格に見えるので本当に気にしてないのかもしれない。

「すいませんが、さっきのエマの発言、編集で確実にカットしてくださいね」

「は、はあ、まあ、僕たちも編集のプロですから、やばい部分は全部カットしますよ」

「お願いします。私たちバス旅の撮影初めてなのでなに口走るかわからないので」


「あっ、そういえば硝子しょうこさんは大黒だいこく先生の大ファンなんだよね」

「えっ、そうなの?」

 エマが思い出したように口にした先生の大ファンという言葉に大黒先生が反応する。

「は、はい、実はそうなんです。子供のころ先生の『アクトレスエイジ』を読んで女優になりたいと思うようになったんです」

 アクトレスエイジは女優の卵の夏子が徐々に近づいてくる戦争の中で国家や世の中の空気と戦いながら活躍する少女漫画だ。

 既に物語は完結していて、それ以降大黒先生の目立った新作は出ていない。

「私も硝子さんに勧められて読んだんですけどとっても面白かったです。先生、新作は書かないんですか?」

「はは、このバス旅の人気でたびたびテレビに呼ばれるようになったからね。今は売れない漫画よりテレビの方で稼げてるよ」

 寂しいことを先生は言うが、創作の世界ではよくあることだ。

 一度大ヒットを飛ばしたからと言っても、その作者の次作品がすべて売れるわけでない。

 読者はその作品のファンであって、作者自身のファンではないことが多いからだ。

 ジャンルやテーマ、内容が自分に合わなければ好んで読むことはないだろう。


「硝子さん、ここは1時間ごとにバスがあるから1本飛ばしてお昼に広島お好み焼きを食べようよ」

「だめよ、この先で乗り継ぐバスがその1時間後だとないかもしれないでしょ。ごはん休憩はバスの待ち時間だけよ」

「えー、それだとバスの接続が良かったらずっとご飯が食べれないじゃない」

「1本バスを逃して挑戦失敗になるかもしれないんだから、我慢してよ」

「ねえ、今回はドラマの宣伝を兼ねての特別編なんだから、簡単なルートにしてくれてるんじゃないのかなあ」


 また放送されると、やらせを疑われる一発アウトな発言だ。


 私は怒鳴りつけたかったけど、エマの機嫌をさらに悪化させないようマネージャーとして落ち着いて説明する。

「まあ、それを仕込みと呼ぶつもりはないけど、このバス旅に限ってそんなことはないと思うわよ」

「どうして?」

「だって、このシリーズ、初回放送のときに挑戦失敗だったし、3回連続失敗の時もあったから」

「えっ、普通は挑戦成功で盛り上げたいところでそんなに失敗してるの?」

「あのバス旅の虎、大河宗助たいがそうすけをしてそれだからね。いつもガチだと思うよ」

「すごいね。天野さん、僕よりバス旅に詳しいんじゃない」

 シリーズレギュラーの大黒先生が感心したようにうなずく。

「私もこのバス旅は大ファンで毎回欠かさず見てますから」


「それで硝子さん、この後私たちはどこで北上するの?」

 すっかりこのチームの先導役になってしまった私にエマがこの度の最難関のひとつ中国山地越えのルートを尋ねてくる。

「そうね。主には大きな町からバスの路線が出ていることが多いから、兵庫県を除外して広島、三原、福山、尾道、倉敷、岡山辺りが候補かしら」

「そ、そんなにあるの? ねえ、同行してるスタッフさんにこっそりいちばんいいルートを教えてもらえないかな?」


 はい、また一発アウトな発言だ。


「それも多分無理よ」

「どうして?」

 私はスタッフの方に振り返って口を開いた。


「ねえ、広島から北上するのがいいのかなあ?」


 尋ねられたスタッフたちは私の質問に訳が分からないという風に他のスタッフと顔を見合わせている。

「えっ、うそ、何にも情報もってないの?」

 スタッフの様子を見てエマも気が付いたようだ。

 もしスタッフが正解ルートの情報をもっているならもっとごまかすような反応になるはずだ。

「へえ、大河たいがさんも最初はスタッフに探りを入れてたけど、エマちゃんでもわかるんだねえ」

「えへへ、最近演技の勉強を本格的にやってるから、人の表情を読み取るのがうまくなりました。大河たいがさんや大黒だいこく先生もわかるんですか?」

「うん、ぼくもわかるよ。漫画家は人を描く仕事だからね。人間観察はお手の物だよ」


 その後、途中で聞き取りした案内所では確実に中国山地を超えることのできる路線バスの接続情報が得られなかった。

 そのため、私たちはずるずると海沿いに東に進み続けることになった。

「ああ、結局決め手がなくて尾道まで来ちゃったけど、広島で斜め上に進んでた方がルートとしては短くなるからそっちが正解だったのかも」

 バスの待ち時間に駅前のお店で尾道ラーメンを食べながら私はため息をついた。

「うわっ、硝子さん、この尾道ラーメン初めて食べたけどすごく美味しいよ!」

 尾道ラーメンは魚介のだしをきかせた醤油スープで滑らかな平打ち麺が特徴のご当地ラーメンだ。

「本当に、このバス旅は美味しいものがあるルートを選べれば正解なんだよ」

 大黒先生もだいぶエマと同じかなり天然だ。大河さんの苦労がうかがい知れる


「そういえば、スタッフさんはチェックポイントが鳥取の幽霊旅館ってことは知ってたのに今回のルートの詳細は知らないんですか?」

 天然のせいかエマはこういうことは妙に本質を付いている。

「ええと、それは幽霊の出る旅館については聞かされていたんですが、具体的な場所についてはバス旅ということで知らされてないんです」

「そうなの?」

「バス旅は人気作品ですから、その編成班の特別企画バス旅管理課、通称『特バス』の構成社員は内部の人間にも明かされていません」

『特バス』って……名前の響きがテレビ東西の中でも重要な部署であることを表しているように聞こえる。

「守秘義務ってやつ? 漏れちゃうと事前にルートの詳細を知らべられちゃうから?」

「それもありますが、バス旅は超人気番組ですからルートが事前に漏れるとSNSとかでファンが押し寄せたりしますし」

「そうそう、僕と大河さんはロケからテレビの放送日までは挑戦成功か失敗か知ってるわけだけど、結果は絶対に漏らしたらいけない契約になってるよ」

「まあ、そうですよね」


「前に僕の麻雀仲間がバス旅賭博に賭けるから結果を教えてって言われたけど教えなかったよ」

「はい、アウトアウト! 今の絶対に使わないでくださいよ!」


 もう、エマと大黒先生、ふたりの御守りをしないといけないのが辛い。

 それにバス旅賭博ってなによ。野球賭博みたいに挑戦の成功失敗や何時到着とかを賭けるギャンブルのこと?

 もちろんお金がかかってるなら違法だ。


「先生まだ賭け事やってるんですか? 前に賭け麻雀で逮捕されて『アクトレスエイジ』が休載になっちゃったじゃないですか」

 大黒先生はアクトレスエイジ連載当時賭博容疑で逮捕されて連載が休止になったことがある。

 おまけに作者が犯罪者と批判を受け、計画が進んでいたアニメと舞台の企画も中止に追い込まれた。

 おそらく私と同じように多額の違約金を払う羽目になったはずだ。

 しかし、先生のすごいところは逮捕されて警察に取り調べを受けた経験をもとによりリアルなストーリーを展開したことだった。

 半年の休載後、アクトレスエイジは主人公の夏子が戦時中に特別高等警察からの圧力を受けたり、取り調べを受けるさまが迫真ので描かれたのだ。

 裏事情を知らない子供時代の私は純粋に感動で号泣してしまった。


 逆に言うとバス旅に大河宗助たいがそうすけという元人気アイドルと大黒数馬だいこくかずまという元人気漫画家を起用したかけいプロデューサーもすごい。

 大河さんは根が真面目な性格なのでバス旅のひたむきなチャレンジが受けてバス旅を人気番組に押し上げた。

 その影響もあって今は舞台やドラマ俳優として大いに復活している。

 大黒先生はバス旅の中で出会った人にその場でアクトレスエイジのヒロインたちを色紙に書いて渡している。

 ファンだった食堂のおばさんが感動で泣き崩れたこともあったし、先生のことを知らない女子高生が後でアクトレスエイジを読んで色紙を一生の宝物にしたという後日談も放送されている。


「それと……ちょうど『特バス』の話が出たので……」

 スタッフがまた特バスがらみで別の話を始める。

「うちのドラマ『ぼっち・ザ・グルメ』主演の柊木祐樹ひいらぎゆうき君が特バスの資料を盗もうとして拘束されました」

「はっ?」

「あっ、そういえば私が祐樹君にバス旅に出ることをラインしたら、役に立てることがあるかもしれないって返信来てたんだよね」

 エマの話によるとそのラインの後柊木君からの連絡が何もなかったため少し気になっていたようだ。

 しかし、あろうことか柊木君はエマのバス旅挑戦のためにテレ東西社内でも秘匿性の高い資料を盗もうとしたのだ。


「それで、柊木君はどうなったの?」

「まあ、相手が人気アイドルの柊木君ですから大事にはしたくなかったので、『ぼっち・ザ・グルメ』で入浴シーンアリのお色気回を入れることで事務所とも手打ちとなりました」

 なるほど、シャワールーム全裸ドッキリが話題となった柊木君だからこその神回となりそうだが、本人のトラウマにならないか心配だ。

「えっ、柊木君の入浴シーン、それはお宝映像だよ! 祐樹君にも絶対見るねってラインしてよ」

 エマがスマホを没収しているスタッフにラインを送ってもらうようお願いするが、私はそれをいったん制止する。

「ちょっと待って、そんなラインを送るのは柊木君が恥ずかしいだけだから、こう変えましょう」

 エマは気がついていないが、エマに好意を寄せる柊木君には受難が続いてしまっている。少しねぎらいの言葉をかけてあげよう。


「『祐樹君、今回のバス旅で私入浴シーンを撮らないといけないの。すごく恥ずかしいけど番組成功のためだから私がんばるよ!』と送ってあげて」


「えっ、いいけど。って私の入浴シーン撮るのは決定事項なの?」


 エマがハッと気が付いて確認すると、私を含めたスタッフみんながうんうんと無言でうなずく。

 テレ東西の旅番組でゲスト女優は本人と事務所の許可が下りれば、入浴シーンを撮るのが恒例だ。

 もちろんエマだけではなく、私も撮るつもりでいた。恥ずかしいけどドラマの宣伝に番組が盛り上がるなら仕方がない。

 スタッフがエマの代わりにラインを送るとすぐに柊木君から「赤音さんがこんなに体を張ってるのに僕も恥ずかしいなんて言ってられない。一緒にがんばるよ!」と帰ってきた。

 いい奴ではあるんだけど、嫉妬なのだろうか普段の私ではあまり思いつかないような言葉が湧き出てくる。


 うん、柊木君が単純でよかった。


 むしろ、そういうところが世の女の子に受けてるのかなと考えながら私は再び絶品の尾道ラーメンをすすった。

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