【4】すごいよ、マジの霊が映ってるじゃない!!

 それからは警察も現場に入ったため、ドラマ宣伝の収録は中止になったのだが、テレビ局に戻ってきた私たちスタッフのところにプロデューサーのかけいさんが飛んできた。

「聞いたよ、番宣の撮影中に本物の座敷童に襲われたんだって!?」

「は、はい」

 私を含めて他のスタッフも筧さんの勢いと興奮した様子に気おされてしまう。

「映像撮ってる? 見せて、全部見せて」

 筧さんはカメラマンがとった映像だけでなく、私が撮っていたカメラの映像までじっくり見始めた。

 全員金縛りにあっている中で映像なんてそんなに残っているのかと思ったが、どうやらカメラマンは自分の聞かされていない何かの演出の可能性もあったので、エマの映像を必死でとっていたらしい。

 そのプロ根性には脱帽する。

「すごいよ、これ、マジの心霊が映ってるじゃない」

 プロデューサーの喜びように私は彼が何か良からぬことを考えているのではと不安がよぎる。

「あの、まさか、この映像をドラマの宣伝に使うんですか?」

「なに言ってんの? 宣伝なんかに使うわけないじゃない」

「そ、そうですよね」

「おい、みんな、今からドラマの第1話、この座敷童の話に変えるよ」

 それは私たちの想像をはるかに超えた指示だった。

「えっ、何言ってるんですか? 今から第1話の差し替えって、そんなことできるわけ」

「ここは無理を押してでもやる意味がある。せっかく天から舞い降りて来たこんなビッグチャンスはものにしないと」

 そこからは早かった。

 座敷童の出るうどん屋への取材という脚本の作成、山の香うどんの女将さんを含めた従業員役のキャスティング、お店への撮影交渉。

 事件現場をドラマの撮影に使うことへの警察や役所への根回しなど台風のようなあわただしさの中、第1話の差し替えのための作業が進んで行った。


 そして、夏になりドラマ、パンドラファイルの第1話の放映に何とか間に合わせることができたのだった。

「いや、心霊探究パンドラファイル、第1話の反応は上々だね」

「……そうですね。もともとグループ脱退騒動のあった赤音エマの主演ドラマということで話題はある程度ありましたし」

「どうしたの天野さん、何か表情がさえないじゃない」

「筧さんはどこまで見通してたんですか?」

「何が?」

 打ち合わせの席で筧プロデューサーはそれでも謙遜してかすかに笑いかけてきた。

「エマちゃんの演技も初主演にしては迫真の演技で評判いいじゃない」

「そりゃ、演技じゃなくて本当に霊に襲われて生き死にのかかったゲームをしてるわけですから」

 稽古はしているがエマの演技は元々アイドルだったこともあり、俳優並みの演技力を求めるにはまだ難がある。

 そこを実際に怪異に襲われたことでリアルな恐怖を表現することができたのだ。

 おまけに座敷童の少女がリアルすぎて、CGの出来が良いともネットで評判だ。

 ホンモノの心霊映像なので、当然リアルなのは間違いない。

 エマのことを好きなアイドルの柊木君がSNSで怖すぎてトイレに行けない。

 もう、漏らすしかない。あのマネージャーに怖くないよってだまされたと投稿したことでプチバズりしたのもうれしい誤算だった。

 けれども、私が尋ねたかったのはエマの演技力の補填のことだけではない。

「山の香うどんのことです。ワイドショーが取り上げてましたよね」

 番組の放映後、ネットを中心に山の香うどんに悪霊の襲ってくる不吉なうどん屋として悪いイメージがドラマによって植え付けられたとする批判が一部の視聴者から沸き上がったのだ。

 それを受けて、ワイドショーがドラマの表現はまずかったのではないかという論調で取り上げようとする動きがあったのだ。

「そうそう、あの反応が欲しかったんだよ」

 しかし、山の香うどんの女将さんがワイドショーの取材に対してあくまでドラマのことだから何も気にしていないと答えたのだ。

 さらに番組のスタッフがその道の専門の人たちに依頼して、座敷童を祀る祠をお店の敷地に建てるようになったことも紹介されていた。

 山の香うどんの女将さんは主演の赤音エマさんをはじめとしてドラマのスタッフさんと遊ぶことができて座敷童も喜んでいると思いますとまで言ってくれた。

 このコメントがきっかけでドラマへの風当たりは全くの逆となり、当の山の香うどんもドラマの効果でさらにお客さんが増えることとなった。

 もちろんワイドショーで取り上げられた影響で大きくドラマの宣伝になったことは言うまでもない。


「今から思えば、実際の心霊スポットを扱うわけですから、ホラードラマの一番の障害はその取材先への風評被害ですね」

 少なくとも今回のように主演のエマは怖い目に遭うわけなので、取材先や地域からのイメージダウンへのクレームは考えておかなければならない。

 けれども、今回の件でこのドラマで紹介されると良い宣伝になるというイメージが付くことになったのだ。

「これでもっとディープな内容の撮影にも関係者の理解を得られやすくなるからね」

「それにしたって、本当に死体が出たことをネタにして、山の香うどんの女将さんをおどすような真似はどうかと思いますけど」

「えっ、どういうこと?」

「え、いや、ドラマの撮影許可やその後の女将さんの好意的なコメントは事件のことを表ざたにしないことをネタに交渉したんじゃないんですか?」

「いやいや、そんな脅しみたいな真似、僕はしてないよ。あくまで真摯にお願いしたら先方が了解してくれたんだよ」

「ど、どうして?」

「嘘はついていないよ。だってここで脅しなんて使っちゃったら、いつ暴露記事が出てドラマが窮地に立たされるかわからないじゃない」

「そ、それはたしかに」

 それでは今回の件は本当に運が良かったのだろうか。

 そのきっかけを最大限活用した筧プロデューサーもすごいが、エマはやっぱり何かもっている気がする。



   ◇



 山の香うどんとドラマ撮影のドタバタがようやく片付いた後、ようやく私は自分のマンションに帰ることができた。

 部屋に入ると、仕事も終わったことで気も抜けて着替えもせずに私はそのままベッドに倒れこんだ。

 ブラを外したいと思い、ブラウスのボタンをはずそうとしたけれど、体がだるく、力が入らない。

 お店にもプラスになったようだが、やはり大変お世話になったので山の香うどんさんには何かお土産をもってもう一度お礼に伺おう。

 そんなことをベッドの中で考えていると私のスマホが突然鳴り始めた。

 着信元は山の香うどんと表示されている。

 少し驚きながらも女将さんからだと思い、落ち着いて電話を取った。


「突然失礼します。天野硝子さんで間違いありませんか?」

 女将さんかと思ったが、男の人の声だった。

「遅くなりましたが、今回は……大変ご迷惑をおかけしました」

 山の香うどんからお詫びの電話が入ってきたのだろうか。でもどうして女将さんじゃなく別の従業員さんが連絡してきたのだろう。

 しかし、その声はどこか遠く若干乱れていた。

「……この山の香うどんを建てる際、元々その土地には小さな廃神社が建っていました」

 なんだろう、いきなり何の説明を始めるんだろう。

「……この土地を購入して、私はそのまま神社の本殿を取り壊して社務所をうどん屋に改装したのです」

 山の香うどんの成り立ちを話してくれるのだろうか。

「……神社を取り壊してお店にするのは不吉と思われるかもしれませんが、当時の私はうどん屋の経営にあまり乗り気ではなく、とにかく安い土地と建物に決めました」

 私はおかしいと感じ始めていた。土地を購入、うどん屋の経営、従業員の話には聞こえない。

「……しかし、山の香うどんができてから、お客様から座敷で遊ぶ女の子の声が聞こえたり、天井や壁を這う人影を見たといった声が聞こえてきました」

 今度はあの少女が出るようになった経緯を説明してくれているようだ。

 そんなこと私に話されてもとは思ったが、気にはなったので続けて聞くことにした。

「……そして、私はあのかくれんぼをやることとなったのです」

 何を言い出すのか。あのかくれんぼ、それは神の生け贄としての死の遊戯だ。

「私は彼女を見つけることができず、彼女の潜む壁の中に引きずりこまれました」


 再び冷たい汗が浮かぶのを感じる。

「……私は……あの子に命を……吸われました」

 明らかに壁の中で死んでいた山の香うどんの旦那さんからの電話に聞こえる。

 この電話は死者の世界と繋がっているのか。

「……私は……全くと言っていいほど……この世の視えざるものへの思慮が足らなさ過ぎたのです」

 さらに電話の中の雑音があふれてきた。

「もう……私にできることは……人柱となって……妻と店に祟りが及ばないようにすることだけでした」

「あなたのおかげであの神霊が鎮まっていたんですか?」

 私の質問に返事はなかった。

 しばらく沈黙の時間が流れた後、また旦那さんが穏やかな声で呟いた。

「……あなたたちのような人が……店に来てくれて……本当によかった」

 ついには電話の音声は激しく乱れる。

「あなたたちが……再び祠を作り……祀ってくれたおかげで……私はようやく解放され……妻にもお別れを言えました」

 その言葉を最後に電話からは何も聞こえなくなった。

 しかし、音声が途切れる間際、旦那さんは私に言った。


 ドラマがんばってください、と。


 その言葉を聞いて、私はようやくドラマの撮影がスムーズにいった訳を理解した。

「……あなたが奥さんにドラマのことを頼んでくれたんですね」

 いつの間にか泣いていたみたいだ。

「……本当に……ありがとうございました」

 私の瞳からこぼれた暖かい雫が自分の頬を濡らしてゆくのを不思議に思いながら、私は旦那さんの魂が無事成仏しますようにと願ったのだった。

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