【3】古民家じゃなく打ち捨てられた廃神社だよ

 私は自らの死が回避できたことよりも嫌な予想が当たってしまったことに消沈していた。

 やはり土壁の中には死体が埋まっていた。

 この死体を見つけられなければ、私たちもこの土壁の中に取り込まれていたのだろう。

 もう……少女の声は聞こえない。

 窓の外にも外の景色が映っている。

 金縛りは解けたが、私はフラフラになりながら部屋で死体が見つかったことをどう対処するか頭を巡らせていた。

 それにしてもこのミイラ死体は何なんだろう。殺人事件とも思われたが、このまま警察の事情聴取などで番宣の撮影は台無しだなと感じていた。

「えっ、この服」

 女将さんが壁から出て来たミイラ死体を見て声をあげた。

「あなた、あなたなの!」

 あなたということは女将さんの旦那さんだろうか。

 服と言われて私も確認すると、かなり変色しているがこのうどん屋の衣装のようだった。

「旦那さん、ですか?」

「……分かりません、けど、背格好も似ています」

 聞けば旦那さんはこのお店の開店してからしばらくして失踪していたらしい。

 女将さんは元々こんな山奥のうどん屋経営に反対していた旦那さんが自分の元を出て行ったと思い、警察にも届けていなかったらしい。

「硝子さん、テンパランスに連絡しようと思うの。硝子さんはかけいプロデューサーにこのことを連絡して」

「えっ、なんでテンパランスに?」

「さっきの女の子見たでしょ、あれはただの悪霊とかじゃないわよ。少なくとも私たちの言うところの神霊に分類される存在だよ」

「えっ、神霊って、神様?」

「だから、ただの殺人事件じゃないのよ。専門家に処理してもらわないと」

 番組撮影中に心霊に襲われたというのなら、芸能界の心霊案件を扱うテンパランスに動いてもらった方が適任に思える。

 それにこのお店の造りに抱いていた違和感、女将は古民家だと言っていたが特徴的な屋根の形や色、柱の配置から見て寺社関係の建物の感じがしていたのだ。

 私はエマの提案通り筧プロデューサーに連絡を取り、状況を説明した。

 さらにその場にいたうどん屋の女将を含めた従業員とテレビ東西のスタッフにも車で移動せず、どこにも連絡などをしないようお願いした。

 壁の中から死体が見つかったことが変な形で外部に漏れるとこの店の運営に関わることだからだ。


 程なくして警察と思われる一団がやってきた。

 しかし、その車はパトカーではない。

 服装も制服ではなく、背広だ。

「失礼、警察のものです。テンパランスの方から連絡をいただきましたので、それ専門の部署のものです」

「あ、あの、専門って?」

 店の女将さんは警察の説明が理解できないようだ。

「今回の事件は人ではなく、霊障によって起こった可能性が高いようです」

「は、はあ?」

「ですので、通常の法律が適用できない場合がありますので、その専門の私たちが動いています。お店の方としても身に覚えがないのに壁の中から死体が出たというのは営業的によろしくないでしょう」

 私は警察の説明を聞いていてテンパランスの方に先に連絡してよかったと思った。

 心霊案件に通常の殺人事件の捜査では無駄なことが多いうえにこのお店に及ぼす悪影響も大きい。

 おまけにこのミイラ死体が本当に女将さんの旦那さんなら女将さんが第一の容疑者になってしまうのだ。

「おそらく怪異の原因はその石像ね」

 気が付くとエマは死体の出た崩れた土壁を調べていた。

「ちょっときみ、勝手に入ってくるな」

「ああ、大丈夫です。私専門家ですから。テンパランス所属の赤音エマです」

「えっ、テンパランスの? それなら……」

「硝子さんも、これ見てくれる?」

 エマに石像と言われて、あらためて崩れた壁の中を見るとミイラ死体の脇に陶器のような質感の狐の石像が埋まっていた。

「これが……もしかして私たちの見たケモノ少女?」

「たぶんね……何かの御神体のようなものかもしれないけど」

 エマの知識をもってしても詳しいことはわからないようだ。

 エマは霊を視る力によってその心霊的な背景を視てとることもできる。

「力をほとんど使いはたしてしまったのかな。もうここには霊的な力がほとんど残ってないよ」

 霊的な手掛かりがほとんど残っていない。そのためにエマも詳しい事情を視ることができないようだった。

 結局、このミイラ死体の状態から見て、私がケモノ少女の神霊に襲われたのもおそらく生命力を吸い取るためだったのではないかと説明された。

 つまり先ほどの少女は人を壁に引きずり込み生命力を絞り取った。

 それで旦那さんはこんな干からびた死体になった。

 しかし、私たちを引きずり込むことができなかったため、力を使い切ってしまったのではないかということだった。

「ともかく、これは単なる殺人事件ではありませんので、警察も専門のものが事情を考慮して当たります。この店のよろしくない風評が流れてしまわないように」

 壁の中からミイラ化した死体が出てくるなんてワイドショーがこぞって取り上げるだろう。

「私の方からその手の事に対処してくれる人をあらためてテンパランスに要請するよ」

 この店の建物と先ほどの神霊との関係はわからないが、この後の対処を間違うとまた犠牲者が出てしまう。

 神様や土地の因縁を鎮めるための対処が必要なことは明白だった。

 テンパランスは心霊的な案件を扱っているので、その辺のつては横のネットワークがあるようだ。

 店の女将もその場でエマと警察の提案に同意した。


「それにしても硝子さんの予知で命拾いしたよ、すごかったね」

「いや、そんな完璧ものじゃないのよ、あくまで虫の知らせ的な暗示だから」

 もっと直接的に状況が分かれば使い勝手がいいのかもしれないが、不安要素の集合イメージのようなものだ。

「でもかなり正確に状況を言い当ててたよ」

「今のままだとこうなる危険性があるという警告だから。もし正確に今回の事態が視えていたなら、撮影自体を力づくで止めてるわよ」

「ああ、そう言われてみれば、そうだね」

「でも、ひとつ腑に落ちない点があるわね」

「何が、硝子さん?」

「どうしてあの神様は私たちだけを攻撃してきたんだろう?」

 ここが山の中の参られることのなくなった廃神社と言うのならまだ意味は分かるが、今ここはお客がたくさん来るうどん屋なのだ。

 もし、日常的に人が消えているのならもっと大騒ぎになっているはずだ。

「それは……私が呪われてるからだよ」

 エマがぽつりと呟いた。

 エマの発した呪われているという言葉が思いがけなくて私は沈黙してしまう。

「私が神様にとって魅力的な生け贄に映っちゃったんだと思うよ」

「生け贄? 神様への捧げものって意味?」

「うーん、まあ、そうかな?」

「エマが呪われていることが関係してるってこと? だったらこれからの撮影は余計危ないじゃない」

 今度沈黙したのはエマの方だった。

 少し困惑した表情を浮かべて、私の目を見つめている。

「でも、考えようによっては高い確率で心霊現象が起こるんだからドラマにとっては良いんじゃない?」

「ちょっと、私はエマのマネージャーなのよ。エマを進んで危険な目に遭わせるなんてことは」

 少し口調が強くなった私の唇にエマは指を立てた。

「硝子さんだって未来視のことはドラマのために使ってくれてるでしょう?」

「うっ」

「私も自分の体質をドラマの成功のために使いたいと思っているの」

 そう返されてしまうと私は何も言えない。

「大丈夫、私は霊障には慣れてるし、硝子さんの未来視で危険が察知できればきっとうまくやっていけるよ」

 頭一つは背の低い透き通った白い肌の少女に微笑まれてしまうとどこか安堵してしまう。

 本当に聖女の見た目でエマは得している部分が大きい。

 もやもやするものを抱えながらもそこで問答はいったん終わりにした。

 私は電波の通るようになった店内で今回命を助けてくれたラプラスの悪魔を一応スマホで捕まえたのだった。

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