【2】私たちの命は塵よりも軽い

「へえ、よくできてるんですね。このサイトのコンテンツは誰でも見れるんですか?」

「ちょっと、エマ。そういうことは後で私から説明するから」

「はは、いいよいいよ。依頼の打ち合わせの一環として再確認しよう。まずサイトがいくつかの階層に分かれているんだ」

「階層……それって要は会員ってことですか?」

「そう、だれでも閲覧できる宣伝用の無料コンテンツから会員の中でも高額な会費のVIP会員用のコンテンツもあるよ」

「さっき言ってた危険な映像はどうしてるんですか?」

「基本的には閲覧に関しては自己責任をサイトでは謳っているけど、管理人が独自に内容の危険度を星の数で示しているね」

「ああ、星の数が多いほど危ない内容ということですね。星はいくつまであるんですか?」

「今は5つが最高だね」

「でもそこまで整理されてたらネットでコピーされて二次利用されるんじゃないですか?」

「それに関しても象徴的な事件があったんだよね」

 かけいさんはまるで自分のサイトのようにうれしそうな笑顔で応えてみせた。

 象徴的と筧さんが評した事件、それは重大な事件なのにある理由からネットではあまり広がりを見せなかった事件だ。


「……パンドラの祟り事件ですね」

 私の低い声の呟きに筧さんはにやりと笑みを浮かべた。

「パンドラの祟り事件?」

「ちょうど今から1年前ぐらいに期間限定で公開された星6の危険映像を面白がった動画投稿者がコピーして自分の動画チャンネルで検証動画を公開したんだ」

「星6、それで……どうなったんですか?」

「公開して3日後に動画は削除された」

「ああ、パンドラのサイトから削除要請がされたんですね」

「いや、動画投稿者の遺族から投稿者が死んだことが報告されたんだ」

「えっ、死んだ?」

「おまけにその動画をコピーして公開した他の投稿者も軒並み変死していった。動画をダウンロードして保存していたという人も体調不良や怪我などの不幸に見舞われた」

 そこまで話して筧さんが深い息をついたので、私はエマに説明するために話を続ける。


「だからパンドラのサイトは動画の配信を停止しただだけで積極的に削除要請はしていない。いや、する必要がなかったのよ」

「そうだね。呪いの動画の祟りとして死ぬか、祟りを畏れて保存された動画は勝手に削除されていったからね」

「でも、そんな大事件になってたのに私知らなかった」

「言ったでしょ。さらに興味をもつ人が出て被害が広がる可能性があるからメディアは報道できないし、ネットもタブーとして恐れをなしたのよ」

「どんな動画だったんですか?」

「動画そのものは危ないから保存してないけど、動画を流しているノートパソコンを遠巻きに映している映像ならあるよ、もちろん画面は小さすぎて細かいところは何が映っているのかわからなくなっているけどね」

 筧さんが用意するとノートパソコンに画質の悪い映像が再生される。

 その画像の中に映像の再生されたノートパソコンが映し出された。

 ノートパソコンの映像は石が積まれて造られた広間のような空間に見える。

 石室の奥には階段状に高くなった祭壇の様なものが見えるが、映像が小さすぎることと光の反射でかなりぼやけている。


「うおぇっ!」

 気持ち悪い呻き声とともにエマは両手で口元を抑えて立ち上がった。

 唇の端から茶色の液体が漏れ始めていたので、私は慌ててテーブルの下のごみ箱をエマの顔の下にもってくるとエマは勢いよくゴミ箱の中に吐き戻した。

「エマ、エマ、しっかりして、筧さん、映像止めて、いや削除してください!」

 私が叫んだのと同時に筧さんは映像を止めてファイルを削除に入っていた。

 それでもエマは内臓まで吐き出してしまうんじゃないかという勢いで吐き続けた。

 出すものがもう何もなくなったのか、吐くのが止まると私はエマの体を会議室の床の上にゆっくりと横たわらせた。


「エマ、エマ、大丈夫!」

 私の必死の呼びかけにエマは力なく右手をひらひらと振って見せた。

 どうやら意識は失っていないようだ。

 病院に行くかどうか尋ねると、エマはたぶん大丈夫と答えた。

 エマはしばらくして起き上がるとテーブルの上に置いてあったお茶でうがいをしてゴミ箱の中に吐き出した。

「ちょっと、行儀悪いでしょ」

「どうせ、もう汚れてるから同じだよ」

 突然の出来事に動転してしまったが、気が付くと会議室の中は生臭い匂いで満たされていた。

「も、もうしわけありません。すぐに掃除します」

 エマの素人のような知識のなさにも危うさを感じていたが、依頼者の前で嘔吐という失態に私は縮こまってしまった。

「いや、それより赤音さん、何を視たの?」

 筧さんの問いかけに思い出したくなさそうな表情を見せながらもエマは語り始める。

「……自分の心臓を差し出す人たちとさらにそれを求める何か」

「……心臓?」

「……熱狂する人たち、あれはお祭り、血と命を供えるお祭り。でもいくら捧げてもまだ足らない。強烈な切望と怒りしか最後には残ってないよ」

「お祭り、怒り?」

 相反するイメージのワードに私も困惑する。

「これはだめ。こんなの見たら命を吸い取られるよ」

 エマの話に色眼鏡の奥で筧さんは目を細めた気がした。


「驚いたな。確かにあの動画はある遺跡の中を撮影した動画で、古い神が祀られていた祭壇とされているものだよ」

 そう、私も映像は見ていないが、どこかの遺跡内部で撮影された神霊とされるものが映り込んでいる内容だったと覚えている。

 石室の中で炎のように赤黒く揺らめく無形の物体、時折顔の様な造形も見せていたという。

 パンドラのサイトの解説では生贄の臓物が祭りで捧げられてきたが、時代が進むにつれ生贄を差し出すことに抵抗が生まれて来た。

 贄を求める神霊はその地域に入り込んできた侵略者の心に憑りつき、人々を大量に虐殺した。

 しかし、神霊はその所業によって自らを祀る人たちを失ってしまい、結果として信仰者がいなくなってしまった神霊は打ち捨てられ、怒りの神霊と化している。

 それがこのサイトの動画の解説だった。


「こんな強烈な神霊がいるなら軍事利用とか考えた方がいいんじゃないですか?」

 吐しゃ物を掃除してようやく落ち着いたエマがうんざりした様子で漏らす。

「いや、米国などの大国でも霊的存在の軍事利用はほぼタブーの扱いになっているらしいよ」

「どうしてですか?」

「運用に関する不明要素が多すぎるからだよ。米国の研究者の中にはある神霊の研究を計画しただけで死んだ人間もいるそうだよ」

「つまり人間ごときが都合よく扱える代物ではないという結論ですか?」

「そうだね。日本の呪術や怨霊なんかもかなり真面目に研究されていて、レポートには『Tatari』という日本語そのままの用語も登場するらしいからね」

 確かに研究の対象にするだけでその霊障がどこまで広がるかわからないものは権力者としても近づきたくはないはずだ。

 祟りの対象に自分が選ばれる可能性は大いにあるのだから。


「そういうことも踏まえると、こんな動画を抱えていても運営できているパンドラ画廊のノウハウを学ぶことができれば全く今までと違う心霊番組を制作できるとおもったんだよね」

「つまり今回の私たちのお仕事はその運営ノウハウを調査することでしょうか?」

「いや、まだ結論を急がないで。ちなみにさっきの星6の動画はパンドラのサイトで閲覧した視聴者に霊障は現れていないらしい」

「あくまで二次利用した人間にだけ影響が出ているということですか?」

「そう、にわかには信じられないよね。赤音さんはどうやっているんだと思う?」

「ええと、推測でしかないんですけど」

 前置きをしたうえでエマは自分の考えを話し始める。

「例えばこの神霊にパンドラのサイトを通じて視聴する人間はあなたの信仰者だから害を加えないそうにする合意ができているとか」

「神霊と交渉?」

「神社の神職も神様と相対するという意味では同じようなものでしょ。まあ、でもこれは神霊が人間との取り決めを守ってくれるかどうかわからないか」

 寺社の神職や僧侶が神様と意思疎通するのならばあり得ない話ではないかもしれない。

 けれども、神が人間との約束を律儀に守るかどうかはわからないため、エマは自分の推測を否定した。


「だとするとこちらの方があり得るかな。サイト自体に解呪が施されているのかも」

「サイト自体に解呪?」

「そもそも心霊映像が霊的な力を内包しているわけだから、サイト自体に呪いが影響を及ぼさない霊的な処置を施すこともできるの」

 サイト自体が霊障の力を弱める効果があるのなら、映像をサイト外に持ち出した際に影響が出てしまってコピーできないというのは合理的と思える。

「なるほど、なるほど、すごいなあ」

筧さんはエマの推理を聞いて感嘆の声をあげる。

「実はその通りなんだよ。僕も一番ハイランクのVIP会員になってるんだけど、確かにこのサイトには霊障を打ち消す祈祷が施されていますと書かれてるんだよ」

 どうやらエマは筧さんに試されていたようだ。まあ最初のあの対応では仕方がないと私も思う。

「いやいや最初は大丈夫かとなと思ったけど流石は専門家だね」

「いやあ、まあ、それほどでもありますよ」

 得意げな顔で答えるエマに対して実は筧さん以上に私の方が驚いていた。

 エマの心霊案件に関する知識は私が思っていた以上に豊富だ。


「そうするとやはりこのサイトの管理人には接触しないといけないようですね」

 動揺を隠した私の言葉に筧さんは皮肉っぽく唇の端を歪めた。

「それに関してはうちのアシスタントが既に接触していたんだ」

「えっ、接触できていたんですか?」

「そのアシスタントの子は管理人のパンドラさんにアポが取れたので取材と番組制作の協力のお願いに行くことになったんだよね」

 筧さんの話を聞いているとサイトの調査もその運営者との協力依頼も進んでいるように思える。それならば私たちの仕事は何なのだろう。


「けどアシスタントの子からパンドラさんとの取材のアポが取れたと言った次の日から彼との連絡が取れなくなった」

「えっ?」

「その代わりに警察から彼が交通事故を起こして死んだという連絡が入ってきたよ。うちの社員証をもっていたからね」

「それは偶然なんでしょうか?」

「わからない。ただ彼の死んだあとサイトの方に期間限定で動画がアップされた」

 筧さんはもう一度ノートパソコンの画面をこちら側に向けてきた。

 再生されているのは夜の映像で分かりづらかったが比較的広い大きな道を映している。

 交通量はまばらで暗いがライトに照らされた背景から山の中のようだった。

 やがて1台の軽自動車が手前から現れて画面の奥に進んで行くが、突然何かを避けるように反対車線側に入り込んで対向してきた大型トラックと正面衝突した。

 軽自動車は激しい勢いで横転しながらコンクリートで舗装された山の斜面に激突した。

「この事故に遭った車にアシスタントの彼が乗っていたんだ」

「は?」

「場所はパンドラのサイトでも紹介されている心霊スポットのK県のトンネルを抜ける際の峠道で、画像はその画質から防犯カメラのようだが入手元は記載されていない」

「えっ、この事故は管理人のパンドラがやったんですか?」

「僕もすぐにパンドラに連絡を取ろうとしたが繋がらない」

 そう言って筧さんは悔しそうに眼を閉じるとゆっくりと目を開けて私たちの方に向き直った。


「前置きが長くなったけど君達に調べてほしいのは彼の身に何があって、どうして死んだのかを調べてほしいんだ」

 証拠はないが、そのアシスタントは管理人のパンドラに接触しようとして死んだ可能性が高い。

 筧さんはこれ以上事件に深入りすることには命の危険を感じている。

 だから、私たちに依頼してきたのだ。

 私が考えていた私たちに依頼が回ってきたふたつ目の理由。


 それは死ぬかもしれない危険な依頼だから。


 最悪死の危険がある案件はおそらくテンパランスに所属している芸能関係者の中でも余程食い詰めている人間にしか回ってこないだろう。

 私たちは今死んでも別に損失は大きくない。

 どうやら、私たちはテンパランスにそう考えられているようだった。

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