【3】パンドラの赤い悪意
事故に遭ったアシスタントの遺品の調査などは既に筧さんが他に依頼した探偵や事件屋がやっていて、私たちに求められているのは通常の探偵もどきの調査ではない。
あくまで霊的な方面からのアプローチが求められているのだ。
それにしても死がまとわりつく危険な案件をエマに調べさせるのは気が滅入る。
「ねえ、エマやっぱり今からでもこの依頼断らない?」
「どうして?」
「だってエマが危険な目に遭っちゃったら」
「私はむしろチャンスだと思ってるけど、硝子さんが他に何かいい案を考えてるならそれに従うよ」
「うっ」
そう返されると特にいい案の浮かばない私は黙るしかなくなってしまう。
「それともまだ世間が私たちに関心があるうちにふたりでヌード写真集でも出してみる?」
「な、な、あなたファンから聖女って呼ばれているのにヌ、ヌード写真集なんて!」
「うん、だから、神聖な感じのアート的な写真集をね」
「えっ、アート的、ああ、そっちの方ね」
「あれあれ、硝子さん、どんなのを想像してたの。エッチだなあ」
からかわれている。確かに単にお金の問題だけであれば、それなりに売れるかもしれない。
けれども、それは私たちの人生をすべてお金に換えるぐらいの無謀なものに思える。
エマの言う通り今私たちは心霊案件という仕事によって曲がりなりにも芸能界に関わることができているのだ。
「それにしても、この場所はなんなのかな。何も感じないよ」
「どういうこと?」
「何か心霊的な要素で事故の多発地帯というんだったら、それ相応の雰囲気というものが普通はあるの。でもここには何も感じられない」
昼の時間というのもあるのかもしれないが、よく見ると電柱の裏に花の入ったガラス瓶が据えられている。
また、ほぼ直線道路なのに電柱の上からこのエリアを撮影する監視カメラが市役所の名前で設置されている。
交通量の多い交差点や踏切でもないのに市の監視カメラ……少なくともここには何かがあることは間違いないようだ。
それなのに霊感の強いエマが霊的なものを何も感じられないというのはいったいどういうことなのだろう。
「亡くなったアシスタントの幽霊がいれば何か聞けたかもしれないんだけど」
この峠道については筧さんが依頼した探偵が調査してくれていた。
死んだアシスタントは突然対向車線に進入してきて大型トラックと正面衝突したのでトラック運転手に過失はない。
この道は田舎の峠道だが、トラックの通行は夜中でも多いようだ。
その辺も聞き込みしてくれていたが、トラックの運転手が何か幽霊らしきものを視たという証言を得ることはできなかったらしい。
けれども、この道で事故が多発しているのは確からしく、夜でも白バイの巡回に出くわすことがあるので慎重に運転しているということだ。
アシスタントが事故に遭った時の映像ではアシスタントの乗った車が何かを避けたのだけれど、何を避けたのかはぼんやりと白いものが映っていただけで分からなかった。
エマは何度も映像を確認したが、わずかに霊的なものを感じるだけでその正体を視ることはできなかったのだ。
「それと今更だけど、エマはどこで心霊案件に関する知識を身につけたの?」
「私ね、呪いのせいで霊感が強くて霊に憑かれたりすることが多かったんだけど、私のお母さんの古い友達に心霊案件も扱う事件屋さんの人がいたの」
「心霊案件の事件屋、テンパランスではなくて?」
「テンパランスは芸能界の中だけだけど、おじさんはもっと一般的にお化け案件もやってて」
「へえ、そんな人が知り合いにいたのね」
「実際の心霊案件についても色々教えてもらったし、実地もかねて助手として付いていったこともあるよ」
エマの意外な特技を知ることができたが、その彼女のノウハウをもってしてもこの道で起こった事件についてはまだ何もわからない。
「でも、確かに変ね。パンドラのサイトでも紹介されてる心霊スポットなのに、霊感のあるエマが何も感じないなんて」
「何か条件があるのかも?」
「条件?」
「例えば自分の襲いたい奴を見定めて狙ってるとか」
「襲いたい奴って?」
「まあ、幽霊って言っても元は人間だから、意志のある強い悪霊とかだと襲う相手にも好みがあったりするの」
「気に入った女の子とか?」
「まあ、わかりやすく例えるとそういうこと」
「それじゃお手上げじゃない」
そのとき、悩んでいる私の携帯端末に着信が入った。筧さんからだ。
電話に出てみると今から私達の調査に同行したいとのことだった。
「何で筧さんも同行するんですか?」
「パンドラと思われる人物から連絡があったんだよ。きみたちと一緒にK県の峠道に来ればアシスタントの死の真相を教えるってね」
どうやら筧さんの携帯に男の声で連絡があったらしい。
そこで私たちは筧さんと合流するために東西テレビとK県の真ん中ほどにある高速道路のサービスエリアで落ち合うことにした。
私は一応筧さんにかかってきた男の携帯番号を自分の携帯端末にもパンドラの名前で登録した。
その後、筧さんと合流して、私の軽自動車にエマと筧さんが乗り込みくだんの峠道に戻ることにした。
筧さんとエマは後ろのシートに座ってもらい、峠道に戻ったときには辺りは夜の闇に包まれていた。
私たちは車で夜の峠道を走ってみることにした。
ゆっくり走行したかったが、後ろに大型トラックが付けてきたのであまりのろのろと走行するわけにはいかなくなった。
一度先に行かせても良かったのだが、あいにく左側の路肩が狭く一旦停止できるだけのスペースがない。
笑みを浮かべてうっとおしいトラックだねとつぶやいていたエマだったが、突然その穏やかな口調に変化があった。
そのとき私は何か変なことを言ってしまったのかと不安になりミラーを見ると、エマは私たちの車が進行する先に顔を向けてその大きな目を細めている。
何かあるのかと私も前方を確認したが見通しのいい直線の道路が続くだけで何か気になるものがあるようには思えない。
「硝子さん、ダメ、行っちゃダメ」
「えっ、何か言った?」
「車、前、危ない」
「前? どうしたの、何もないけど」
私は再度ミラーを覗いてエマの姿を確認したが、エマはうずくまって両腕で自分の体を抱きしめたまま震えている。
「ちょっと、赤音さん、何か視えたの?」
筧さんも動揺しながらエマに問いかける。
「赤い……」
「えっ」
「赤い……悪意が」
顔を伏せたままそう呟くとそのまま黙ってしまった。
そのとき私の携帯端末に着信が入った。運転中ではあったが着信元を確認するとパンドラと表示されている。
どうして私の携帯番号が分かったのかという恐怖もあったが、とりあえず筧さんに私の携帯を渡して出てもらったが、電話主は私に出るよう言ってきたようだ。
運転中だったけれど、仕方なく私は電話に出る。
「君達かな。私のことを嗅ぎまわっているのは?」
それは妙に冷たく頭に響いてくる声だった。ボイスチェンジャーの声とは感じなかったが、特徴的な響きだ。
「パンドラなの、どうして私の携帯番号を知っているのよ?」
「私は何でも知っているよ」
「天野さん、今はまずいよ。電話を切って!」
筧さんから指摘されてはっとすると前方に赤い光が見える。
最悪だ。警察の白バイが前に付けていた。
運転中の携帯端末での通話を見られてしまった。
道は緩やかな右カーブに差し掛かっていたが、白バイ警官は路肩のない左ではなく右の路肩に入って車を止めるようなジェスチャーを手でしてきた。
免許を取ったばかりなのにいきなり違反かとがっかりしながら方向指示器を右に入れたそのときだった。
目の前に黒いフィルムがかかったように影に染まると同時に体の芯から頭に突き抜けるような悪寒が走った。
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