【Episode4】番組スタッフは死の瞬間を見世物動画にされる
【1】心霊動画投稿サイト「パンドラの心霊画廊」
「はじめまして、心霊対応組織テンパランスから派遣された赤音エマです」
「本日はご依頼いただきましてありがとうございます。マネージャーの天野硝子です」
テレビ局の広い会議室の中、私たちは自己紹介をした。
「これはまたずいぶんと大物が来たね」
長髪ですらりとした体形の男性が少し影の入ったお洒落な丸眼鏡を押し上げながら感心したように声をあげる。
私たちのことを大物と言ってくれるのはもちろん社交辞令で、前職のアイドルグループはふたりとも既に脱退している。
心霊関係の依頼のことで言えばエマの対処能力は未知数だ。
「テレビ東西の
「名プロデューサーの筧さんにお会いできて光栄です」
「はは、単に低予算でのやりくりがうまくいってて、周りから使い勝手がいいと思われているだけですよ」
本人は謙遜するが、私は筧プロデューサーの手腕は天才的と感じている。
もちろんテレビ東西の予算は大手テレビ局に比べて圧倒的に少ない。
そんな低予算の中で数多くのヒット番組を産み出してきたのがこの筧プロデューサーだ。
「私、ぼっち・ザ・グルメ毎週見てました」
最近ではエマが話題に出したドラマ、ぼっち・ザ・グルメはテレビ業界を震撼させた。
主人公のバンド少年、
そんな彼の独りエンジョイグルメを連続ドラマにしたのがドラマ「ぼっち・ザ・グルメ」で、その美味しそうに食べる様子がエモすぎると大うけしたのだ。
「ああ、あれは運よくなにわキッズの
もちろんドラマで一番お金がかかるのは出演者の人件費で人気グループのアイドルを起用したならそれなりの出演料がかかる。
しかし、他のキャストはゲスト出演者のみでセットもなく、ただ主人公が自分の気になったお店でおいしそうに食事するだけというドラマ企画を誰が立てるだろうか。
テレビ東西としてはこれほどの低予算で何シリーズも続く人気ドラマが作れたのだから笑いが止まらないだろう。
「まあ、あいさつはこのぐらいにしてさっそく今回の依頼についてなんだけど」
「はい、そのことなんですけど」
私は確認するそぶりを見せながら話を切り出した。
「依頼については筧さんに会ってから直接聞いてくださいとテンパランスの窓口からは言われました」
つまり、私たちは今回の案件について何も知らないのだ。
「ああ、僕がそう言ったの。僕自身霊感がない人間の視点でしか今回の案件を理解できていないので、この場で君たちふたりの助言を聞きながら詰めていきたかったんだよ」
「わかりました。それで案件というのは?」
「うん、実はパンドラの心霊画廊のことについて調べてほしいことがあってね」
パンドラの心霊画廊という単語が出た時にエマは意味が分からないといった表情を浮かべる。
「えっと、パンドラの心霊画廊って何ですか?」
エマの質問に筧さんは目を丸くする。
「あれあれ、君たち専門家でしょ?」
「ご、ごめんなさい」
エマは反射的に答えてしまった不用意な発言をすぐに謝罪した。
「天野さんは?」
「名前と概要だけなら……知っています」
筧さんはため息をつくと机の上に置いてあったノートパソコンを開いて私たちに見えるように向きを変えた。
その画面には薄暗い美術館の中に絵画が飾られている光景が表示される。
「このインターネットのサイト、これがパンドラの心霊画廊なんだけど」
筧さんが示したそのサイトが通常の画廊と違うところ、それはその展示されている絵が心霊画像と心霊映像であることだった。
このサイトはパンドラと名乗る管理人が集めた心霊画像や心霊動画を会員が閲覧できるようになっている。
他には管理人自身が心霊スポットに赴いて探訪する解説動画もあり、こちらはサイトの宣伝のためか一般の動画投稿サイトのチャンネルで無料視聴することができる。
このチャンネルが人気なのは有名どころの心霊スポットだけではなく、世間一般では全く知られていない穴場の心霊スポットを自称霊能者の管理人がわざわざ発掘しているからだ。
ボイスチェンジャーで声は変えているが淡々とした口調で恐怖スポットを探索しながらあそこにこんな霊がいるとか、その場所の背景や由来となった事件のことも説明している。
くだんの心霊画廊について詳しくない私たちがなぜ今回の依頼の担当になったのか。
私が考える理由は主にふたつある。
「実は今度の企画で心霊番組を考えているんだけど、そこでこのサイトを参考にしようと思ってね」
「このサイトの心霊映像を使用したいということですか?」
「いや、単にそういうことではなくて、心霊スポットの探索や霊障なんかのことについて取材なんかもしたいと思っているんだよ」
「つまり、心霊番組制作の参考にするこのサイトを調べるお手伝いをすると言うことですか?」
「依頼内容がちょっとあいまいでごめんね。でも君たちは今時間があるから大丈夫だよね」
そう、私たちはいま基本的に仕事がなくて時間に余裕があるのだ。
それで依頼が終わるまでに時間がかかりそうな案件をまわされたのだろう。
「筧さんが心霊番組の企画を立てているということですが、そのうえでこのサイトには今までにないものがあるということですよね」
「その通りだよ。逆に質問して悪いけど、そもそも最近は心霊番組自体が減ってきているよね。どうしてだと思う?」
唇の端に笑みを浮かべると、筧さんは興味深そうに私を見つめてくる。
「それは……映像技術の向上で心霊映像の偽物を簡単に造れるようになったからでしょうか?」
「そうだね。それがまずひとつあるね」
ネットや動画投稿サイトの普及で私たちは様々な画像や動画を閲覧できるようになった。
しかし、心霊映像の偽物も比較的簡単に作れるようになってしまったので、心霊番組がともすれば陳腐で信憑性の薄いものになってしまった側面はあるだろう。
また視聴者から偽物の指摘が増えれば昨今重視されるコンプライアンス上もよろしくない。
「つまり……このパンドラの心霊画廊では本物の心霊画像のみを取り扱っているということですか?」
「僕は色々と検証した結果そう判断している」
「検証……ですか?」
「まずこのサイトの霊と思われるものが映っている画像や動画を解析したところフェイクはひとつもなかった」
筧さんの説明によると、フェイク画像であれば解析によってほぼ100%判別できるらしい。
「それとこのサイトでは心霊映像の買い取りもしているよ。まあ顧客を満足させるための定期更新を考えると自前の動画だけでは追いつかないだろうしね」
「買い取りですか? でもお金が絡んでくると山ほどフェイク画像が送られてくるんじゃ」
「そう思うよね。それで僕たちもいくつかの心霊映像を送ってみたんだよ」
「フェイク映像と本物を織り交ぜてということですか?」
「そう、なかなか察しが良いね。フェイクはうちのスタッフが最新の技術で造ったもの。本物はテレビ東西の過去に放送した心霊番組で使用されなかったものだよ」
本物と思われるものは過去にその番組で呼んだ霊能者が鑑定済みで、画像解析によるフェイク判定もクリアしたらしい。
「それで結果はどうだったんですか?」
「本物にだけ買取希望が返ってきたよ、見事にね。おまけに番組で呼んだ霊能者がやばすぎるからってお蔵入りにした映像には10万円の買取価格が提示された」
「えっ、10万円! そんなに高く買ってくれるんですか?」
お金の話が出た途端、エマが驚いた声をあげる。
「ちなみにお蔵入りしたというのはどんな映像だったんですか?」
「うん、夜の樹海で白骨しかかった姿の霊が撮影者に向かって歩いて来るのがはっきり映っている映像だよ」
「あれ、ちょっと待ってくださいよ。なんで霊がはっきり映っている映像がお蔵入りになるんですか。明らかな映像の方が番組としても盛り上がるとおもうんですけど?」
エマは訳が分からないといったふうに問い返した。
「そう、それが心霊番組の難しさのもうひとつの理由だよ」
「ええっ、わかんないです」
うろたえるエマの代わりに私が答える。
「危なすぎるということですよね。万が一視聴者に霊障が現われたりしたら番組の責任問題になるかもしれませんし」
私の答えを聞いて筧さんは頷いた。
「実際問題としてやばすぎる映像を扱ったスタッフが大けがしたり、怪死したなんてこともあったからね」
「つまりそれがパンドラの心霊画廊を調べたい理由ということですね」
「その通りだよ。このサイトは心霊番組のふたつの懸念、フェイクと霊障の両方に対処して運営できている。それは新しい心霊番組の可能性を感じさせるものと思っていたのさ」
うん、思っていた?
筧さんの言葉が過去形になったのが私は気になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます