【4】エンジェルグラスの恐怖

「ああ、怖かった。もう嫌よ、こんなシチュエーション」


 海が見える展望バルコニーに出て半泣きで弱音を吐いたのは私の方だった。

「本当につくづく迷惑かけるね。でもすごい演技力だったよ。さっすが元女優志望」

 エマに麻雀でのドラマの誘いが来たときに今回の演技の台本を書いたのは私だった。

 それでも私の心臓の方が破裂しそうでエマの方が不思議なほど静かに見える。

「まあ、演技というよりはさんざんテレビではったりかましてきたんだからもう慣れ仕事よね」

 こんな形で演技の勉強が役に立つのは不本意だがまあ仕方がない。


「……ところで硝子さん、エンジェルグラスの霊視は嘘じゃなかったの?」

 やはり聞かれてしまうか。

 本来なら未来視は使いたくはなかった。

 エマがゲーム好きのお姉ちゃんとよく麻雀はやったから得意だよと言うので、エマが勝てば全く問題なかったのだが、大負けしてしまったので第2プランとして使わざるを得なかったのだ。

 さすがにもう本当に事を話さないわけにはいかない。


「私の未来視は安定していないの。今日も使ったのは所々だけ。麻雀が巧くハマったのをそれっぽく大げさに脚色しただけよ」

「未来視を自分の意思では使えない時があるってこと?」

「そう、それまでもできるだけ大事なところだけで使うようにしてたんだけど、どんどん使えなくなっていったの」

「それで事前に占いの相手の情報を調べておく度合いが多くなったんだ」

 エマが寂しげに呟く。

「このことはさっきの社長さんには言わなかったけど、毎日が恐怖と不安で満たされてた。だって私の存在価値は未来が視えることなんだから」

 私の告白に信者の懺悔でも聞いているかのようにエマは静かだったが、不意に何かを思い出したように口を開く。


「そういえばアイドル時代に硝子さんテンパランスに相談に行ったことなかったっけ?」

「どうして知ってるの? 誰にも言ってないのに」

「マネージャーが電話で話してたのを聞いたの」

 テンパランスは芸能界の中の心霊案件を対処する互助組織だ。

「そうよ。どんどん未来視の能力が使えなくなって、テンパランスに極秘で相談したの」

「そこで自分の利益のために未来視を使っているとどんどん使えなくなるかもって言われたんじゃないの?」

 さすがにするどい。


「分かってるのね、エマ。テンパランスの霊能者にも同じことを言われたわ」

「こういう神様から与えられた力っていうのは世の中の人たちのために使うもので、自分のためだけに使うと消えちゃうことが多いみたいだよ」

 これはその通りらしい。私も自分の能力のことを調べる上で未来のことが視える他の霊能者のことも調べた。

 必要以上の利益を得るために能力を使うと視えなくなる事例が多く、競馬で当り馬券を視た途端霊視ができなくなったという女性もいた。

 これはずるをして私腹を肥やしているという引け目から自分で無意識に能力を抑え込んでいるのではという人もいる。

 また寺社関係者などは私利私欲で動いていると信仰している神様に力を貸してもらえなくなるということもあるようだ。

 そして、私に関しても同様で今回の賭け麻雀に能力を使ってしまったので、しばらく未来視は使えないだろう。

 いつまで使えないかは自分でも分からない。


「でも、最後の社長さんの問いかけに答えたあれは久しぶりに硝子さんのエンジェルグラスが見れた気がしてうれしかったなあ」

 伏せ目がちに答えるエマの可愛い顔には穏やかな微笑みが浮かべられている。

「もう、いいじゃない。エマのマネージャーの仕事はちゃんとしたんだし。だから今回は私が麻雀強くて圧勝したよというだけのお話にしておいて」

 エマの追求に私は自分の妹へささやくように遮った。

 やはりエマはいまいち私の話に納得していないようだったが……。

 それはそうだろう。

 エマも本心としては芸能界に復帰してほしいと願っているに違いない。

 けれども、未来視エンジェルグラスが使える天使として芸能界にいることは私にとって恐怖でしかない

 どんなに自分にとって恐ろしいとささやいても今見えている星の光が応えることはないように当事者でなければその世界を理解することはできないのだ。

 ずっとそうであったように船のバルコニーから見える星はただ静かに夜の闇の中を瞬き続けるだけだ。


 きっと明日の夜も変わることなく……


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