【3】今回は麻雀の話だけですみません
さすがにエマが負け続けたせいかセットされた配牌は悪く、黙って手を進めてもあがりすら見えてこない。
「……その
続けて切られた
「なんだ、露骨なクイタンだね、大丈夫かいそんなに手を短くして」
もちろん大丈夫なわけはない。
残っている手牌は真ん中の危ないところだらけだ。
今の冷え切った流れでは切りたい牌がおそらく全部当たりだと感じた。
「大丈夫ですよ。当たり牌は全部危険なエネルギーを感じてわかってますから」
仕方なく当たり牌を抱えたまま、その当たり牌のシャボ待ちに構えた。
そして私はその手に抱えた
「今切られた牌に向けられた強い欲のオーラを感じますね……先輩、あがらなくていいんですか?」
「うん、いや……」
「じゃあ、私ツモりますね」
「ああ、あがるよ、その
彼のあがりを確認して、私は牌山に伸ばした手を戻すと自分の牌を倒した。
「それなら、あらためて私もロンです。同じくタンヤオドラドラ、5200はワレ目で10400、トビで終了ですね」
歯並びのいい前歯を見せて、
「それはないよ、硝子ちゃん、僕にあがらせておいて」
「あら、もし私が先にあがったら、社長さんが飛んで終了しちゃうから先輩もあがらなかったでしょ」
「うぐっ、なるほど、きみとならやっぱり面白い勝負ができそうだね」
不敵な笑みを浮かべると小饂飩先輩は満足げに頷く。
ツモ番の私の方にあがりの選択権があったこととワレ目で点数が倍になるのも幸運だった。
飛びで終了したので次局に移ったが、配牌はさっきよりもバラバラに思える酷さだ。
ちょっと決め打ちをしないと無理かなと手配から第1打でドラの役牌を落とした。
その後、対面の小饂飩先輩から
「あっ、その牌からは未来に繋がる光が視えますね。
「なんだ、役ドラまで切ってまたタンヤオか」
「まあ、今回も私がワレ目ですから急がないと」
「もう警戒してみんな出さないよ」
それが分かってるからこんな打ち方しているのだが、黙って微笑を浮かべてみた。
「その牌も未来への道筋を感じます。
「おいおい、それじゃタンヤオが付かないだろう、何をやってるんだ、きみは?」
「まあご心配なく、あっ、その牌こそ勝利へのキーポイントですね。カンです」
今回は絞られて真ん中付近の泣きやすいところは切ってくれないと思ったので、逆の役作りをしたがリンシャン牌にあった。
「私が視た未来の通りここにいましたね。リンシャンツモ、中、ドラ、それと新ドラが1つ乗って責任払いで8000はワレ目で16000、飛びで終了ですね」
「なんだその強引なあがりは。ずいぶん遠いところから鳴いていたんじゃないか」
「ええ、私の未来視『エンジェルグラス』に間違いはありませんから」
「そんな素人みたいな打ち方をされると全然負けた感じがしないね」
「……そうですよね。でも、私には先輩の未来も視えますよ」
「ふん、楽しみだね」
私は余裕の先輩を眺めながら次局の配牌を並べて眺めた。
「まぐれとはいえ2連勝して勢いに乗られても困るからね、それじゃあワレ親がドラ切りだよ」
「そのドラの
「なんだ、ワレ親が早い巡目でドラ切りしてるのにそれをポンとは」
「いけませんか。でもその牌に輝く未来が視えるんですよ」
「親が早くていい手だよと言っているのに、まさか手を短くするなんてね。ケンカを売っていますよと言われたようなものだよ」
「そんなつもりはないのですけど、私はいまあがりの流れに乗ってますからね。先輩の切番ですよ」
「ふん、いつまでそんな余裕を見せてられるかね」
「あっ、その牌こそこの流れの終着点です」
「なにっ」
「タンヤオ、赤、ドラドラドラドラドラドラ、えっとドラが7つで倍満ですね、16000は先輩がワレ目ですから32000、飛びで終了ですね」
「な、なんだ、そのあがりは」
「なんだと言われても、普通は親のドラ切りよりもドラポンの方を警戒しませんか、早くて高い手じゃないかって。先輩が無警戒にそんな牌を切ってくれたから助かりました」
私の言葉に少し場の空気が張り詰めた。
「いい度胸だね、それならレートアップしようじゃないか。普段我々が打っているレートで10倍の千点2万円だよ、まさか勝ってる方がいやとはいわないだろうね」
「それは……」
「なんだ泣きごとなら聞かんよ」
「いいんですか、そんなにレートアップして?」
「おいおい君の立場で何を言ってるんだ?」
「これまでのあがりの流れで、もはやこの場は私のエンジェルフィールドですよ」
先輩はかなり熱くなっているのか、私の軽い
「まったく、何がエンジェルフィールドだ。すぐにそんなふざけた口利けなく……」
「はい、それじゃ天使のワレ親先制リーチでーす♪」
私はまさしく天使が歌うような声でリーチ棒を出した。
「……はは脅しか、わかっているのかねリーチなんかかけて、もう鳴くこともできずにツモ切りだけだよ」
「はあ、まあ、そうなんですけどこれは
「天の裁きだと、まるで私が罪人のような口ぶりじゃないか。心外だね」
「あっ、言ってるそばからあがりです。メンタンピンツモ、イーペーコー、赤、ドラ、おっと裏1つで8000はワレ親で16000オール、全員飛びで終了ですね」
私のあがりに先輩はおもわず倒された牌をのぞき見るように立ちあがった。
「ははっ、すごい、すごいね。さすがエンジェルグラス。全局東1で飛び終了なんて!」
脇の社長が嬉しそうに声をあげる。
「ふふ、ありがとうございます。レートをあげてくれたおかげで今の局だけで300万ぐらいの勝ちですね」
これまでのあがりがよほどに驚いたのか、社長は真剣な眼差しで私の顔を見つめてくる。
「……硝子ちゃん始まってから牌の方じゃなくて僕達の方ばっかり見てたけど、何か視えていたんじゃないの?」
さすが社長、そんなことまでよく見ている。
「なんだ、何を見ていたっていうんだ」
小饂飩先輩がたまらず叫んだが、私の方はというとその激しさとは反対に
「何を視てたって、ツモってくる牌や先輩のぼろぼろに負ける未来でも視えたっていうんですか?」
緊張した様子の先輩の表情を眺めながら私の口からため息が漏れる。
「まさか、私の未来視は嘘だったじゃないですか」
「お前、何を言って……」
「まあ、私、いつも大人しめな態度ですからわかりづらいかもしれませんけど」
「なに?」
「怒ってるんですよ」
私の雰囲気が変わったのを感じ取ったのか、場が静まりかえる。
「私のエマを誕生会のおもちゃにするんですって?」
「い、いや」
性欲のはけ口要員などという卑しい依頼をもってきただけでも許せなかった。
「先輩、当然次もレートアップですよね」
「そ、それは」
「……上げなさいよ、むしれるだけむしり取ってやるから」
私自身こんな恐ろしい声を自分が出せるんだと困惑するほどだった。
「こ、この」
もはや紳士の仮面をかなぐり捨てて狼狽する小饂飩先輩に対して動いたのは私ではなくエマの方だった。
「硝子さん、なんて口の利き方してるの。皆さんすいません!」
エマが後ろから私の頭を押さえつけて謝罪のポーズを取らせてきた。
「まだ今日は早いですけど、私達はこれで失礼してよろしいでしょうか?」
「あ、ああ」
先輩はエマの突然の乱入に気おされたのか、呆然と返事をした。
彼のその言葉を聞いた途端エマは満面の笑顔になる。
「じゃあ、勝負終了の時点でプラスでしたから、ドラマの件よろしくお願いしますね」
「えっ、いや、ちょっとまて」
自分の言葉の意味を理解したのか、先輩は戸惑いの声をあげる。
「あっ、私たちの勝ったお金はうちのマネージャーの暴言の謝罪として納めておいてください」
「いや、そんなことより」
「それでは私達はさっそくドラマ決定ということで事務所に報告してきますので、ありがとうございました」
「待てって言ってるだろ。勝手に話を進めるな!」
激高する先輩に対してエマはきょとんとすると、ありえないと言った表情を見せる。
「えっ、まさか小饂飩先輩ともあろうお人が自分の言ったことを守らないなんてことはないですよね?」
エマの声は小憎らしいほどに落ち着いていた。
「小饂飩君、今回はきみの負けだよ」
にっと笑った社長は隣の先輩を見やると諭すように口を開いた。
私は先輩に声を掛けてくれた社長さんに向き直る。
「あの……サインのお約束でしたよね。色紙とペンはお持ちですか?」
「ああ、もちろん」
私は社長さんの名前を聞いて丁寧に色紙にサインをした。
「ドラマの件、皆さんも証人になっていただけます?」
色紙を渡しながら私は社長さんに同意を求めてみた。
「もちろん、私もしっかり今日の麻雀の条件は聞いてたからね。久しぶりにエンジェルグラスの未来視が見れてよかったよ」
先輩が本当に深夜ドラマの役を用意していたかどうかは分からないが、これでとにかく一つの糸口は掴むことができたはずだ。
「ところでひとつだけいいかな」
「はい、なんでしょう?」
「実はうちの会社の新工場建設のことで悩んでいることがあるんだけど、きみのエンジェルグラスで占ってくれないかな?」
わずかに上気した顔で社長は期待する声を上げる。
しかし、私はゆっくりと社長に頭を下げた。
「申し訳ありません。私に未来を視る力はありませんので。今日の麻雀も皆さんに楽しんでいただくための演出です」
「ああ、そうか。やっぱりそうだよな」
私の言葉を聞いて社長はがっかりした声を漏らした。
「でも、社長にはその件について自分のなかで決めている考えがもうあるんじゃないですか?」
彼の表情を覗き込むように見つめながら、私は慎重に言葉を選んで言葉をついだ。
「えっ、僕の中のプラン……それって」
社長にはすでに意中のプランがあるでしょと言う私の言葉に彼は目を見開いた。
「ですから、そのプランで進めて行けばいいんですよ。だいじょうぶ、自分に自信を持ってください」
社長にとっては意外なセリフだったのだろう。自分を信じてくださいと言われた彼は当惑したように私を見返す。
けれども数瞬後、社長は意を決したような表情になった。
「ああ、そうだね。自分をもっと信じてみるよ。ありがとう硝子ちゃん」
嬉しそうに頷いた社長と小饂飩先輩にもう一度お礼を言いながら、私とエマは麻雀ルームを後にした。
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