【Episode2】アイドル赤音エマは神に呪われている

【1】私のパパがやらかしちゃってさ

「まずはテンパランスの仕事について教えなさいよ」

「……それは守秘義務があるし」

「私はもうあなたのマネージャーなんだから、エマの仕事については知っておく必要があるでしょ」

「そもそもよく知らないんだよ。組織に所属はしてたけど、案件処理の依頼をされたのは初めてなの」


 詳しく聞いてみるとエマはその霊感の強さからテンパランスという芸能界の心霊案件に対処する組織からのスカウトはあったが、ほとんどその概要については知らされていなかった。

 詳細を知らされていないのはもともとそういう組織なのか、それともエマへの依頼が初めてだったからかは分からない。

「でも、なんでこんな組織に所属したの? 危険じゃない」

 特殊な案件だったのかもしれないが、前回の依頼では2人も死んでいるのだ。

「……なんでって、もちろん私も怖いけど、お金のためだよ」

「うっ」

 それを言われると私は何も言い返せない。

 エマはアイドルグループ、ブルーファンタジアを追放された私を追いかけて脱退したせいで仕事がほとんどないのだ。

 まともなやり方ではお金を稼ぐのは難しい。

 自分の考えの至らなさに恥ずかしくなる。

 確かエマは両親も既に亡くしていたはずだ。身内からの援助もない。


「それに私は呪われてるから、それを解消するためにもお金がいるの」

「えっ、いや、呪われてる? 誰が?」

 エマの唐突なセリフに私は狼狽えてしまう。

「だから、私が」

「それは自分がついてくる相手を間違えたっていう私に対する当てつけじゃなくて?」

「ちがう! ちがうよ! ホントに私が呪われてるの」

「どういうこと?」

「まあ、硝子さんになら言ってもいいか」

 そう言うとエマは石造りの歩道脇に置かれたベンチに腰かけたので、つられて私も腰かける。

 エマは少し下を向いたまま弱い口調でぼそぼそと話し始めた。


「私の両親は父親がイギリス人のハーフなんだけど、外資系建築会社の日本法人社長だったのよね」

「エマはお嬢様だったんだ」

「そう、それである時都心に近い山間部の宅地開発をすることになったらしいの」

「うん」

「その開発された山林からね、どうやら遺跡が発掘されたようなのね」

「えっ、それってまずいんじゃない」

 私は反射的に叫んでいた。

 おそらく二重にまずいはずだ。遺跡が発掘された場合、調査のために工事がストップすることがある。

 そしてもう一つ……私が感じていた懸念は続けてエマの口から説明される。


「普通、霊的に開発がまずい土地に関しては土地につく霊を鎮める専門の業者が調査に入ってくれるみたいなんだけど」

「えっ、うそ、地鎮の儀式を何もしないで開発を続けちゃったの?」

 エマの説明によると父親がそういう日本の慣習、文化に疎かったのか、よそ者への同業者からの無視だったのかは分からないらしい。


「そうして、時々事故が起こりながらも高級住宅地は何とか出来上がって、私たち家族と関係者、その住宅地の住人は見事に呪われましたとさ」

 不吉な想像の中から浮かび上がってきたエマの声は意外にも明るい。

「なんで、そんな軽く言ってるのよ」

「えへへ、笑うしかないよ。その後パパと工事に関わった従業員は原因不明の病気で苦しんで発狂死。母親と姉は失踪。会社はもちろん日本から撤退」

「エマには何もなかったの?」

「私もいろんな霊障に襲われるようになったし、幽霊とかもすごく視えるようになったよ」

 ためいきをつきながらエマは目を閉じる。


「多分視えるだけじゃなくて、幽霊とか引き寄せる体質になってると思う」

 その話から考えるとエマが強い霊能力をもつようになったのはその遺跡の呪いを受けるようになったからに思えた。

 前回の事件での豊富な呪いの知識から考えても、自分の呪いに対処するために研鑽を積んだに違いない。

「だからね。私はいつかお金を貯めて父親が開発してしまった住宅地を元の山に戻そうと思ってるの」

「へっ、住宅地を買い戻す?」

「だって、それ以外に呪いが解ける方法が思いつかないもん」

 山間部とはいえ、高級住宅地だ。

 立ち退きをともなう買戻しとなると最低でも何十億というお金が必要になってくるかもしれない。

 エマの先ほど言ったお金が必要というのはもしかしてこのことだろうか。


「ごめんね、エマ。辛い事情なのに私に話してくれて」

「ううん、天野さんは私のことを思ってくれてるからいいよ」

「その、天野さんって呼び方も何だか他人行儀だから、硝子って呼んで」

「大学内でも?」

「大学内でも。私はエマのマネージャーなんだから腹はくくったわよ」

 私自身元アイドルの身分を隠して大学に通っているが、マネージャーという形で芸能界と関わっていくと決めた以上甘いことは言っていられない。

「でも、これからも社長に内緒というのは無理よ。次回依頼があったらそのときテンパランスに勧誘されたことにしたらどう?」

 前回のケースは呪いの犯人がエマのマネージャーだったので依頼の漏洩を防ぐために社長にも内緒にしていたのは仕方がない面もある。

 しかし、危険度の高いテンパランスの仕事をマネージャーの私が知っていて、事務所の社長が知らないということは仕事の筋としてはあり得ない。

 芸能界の霊能者組織としてのテンパランスに関しては社長も知っているので、これからエマが加入するということにできれば辻褄は合う。


「じゃあ硝子さん、私たちお昼ごはんまだだから続きはご飯食べながら話そうよ」

 テンパランスから話題を変えようと思ったのか、エマはちょうど通りかかった大学内の食堂ブースに私を導いた。

 そこは大学がチェーン店と提携していくつかの食堂やカフェの入っている建物だ。

 エマに食べたいものを聞くと、ハンバーガーが食べたいというのでマクドナルドに入ることにした。

「うわ、いっぱいだあ」

 エマは店に入るなりいっぱいと呟いたが、お昼時を少し過ぎていたので学生は少なめに見える。

 頭の片隅で聞き間違いかなと思ったが、エマがキラキラした笑顔でどのハンバーガーにするか聞いて来たので、すぐにそんな違和感は消し飛んでしまった。

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