【4】みっともない呪い
「……エマがテンパランスの霊能者?」
意味が分からない。それなら私が相談した霊能者の方は誰だったのか。
「天野さんの依頼じゃないの。もともと私のマネージャーがテンパランスの監視対象だったのよ」
エマの説明はこうだった。
エマのマネージャーが私を逆恨みして呪い殺そうとテンパランスの霊能者を買収したのが始まりだった。
芸能人の心霊案件を解決するのがテンパランスの仕事で、呪いを芸能関係者に向けて指南することは完全にアウトだ。
ましてや、私怨での呪殺に手を貸したとあっては組織の信用にもかかわる。
そこでエマに極秘でマネージャー周辺の調査とその呪いの相手の保護が依頼されたようだった。
エマがテンパランスの所属ということは事務所の社長も知らず、イベント関係の顧客を装っていたらしい。
「だから、このことは社長にも内緒にしてね」
あのときエマが渋っていた得意先とはテンパランスのことだと私は理解した。
「つまりマネージャーの呪いを代行したのが、この前対応してくれた霊能者の女性というわけね」
それならば彼女がマネージャーの呪いに何も感じなかったということも理解できる。
なにせグルだったのだ。
「……なんで、私には話してくれたの。組織の秘密が漏れる可能性が増えるだけじゃない」
「……もちろん、テンパランスの人間が迷惑をかけたことへの謝罪の意味もあるけど」
言いにくそうな様子で話すエマの雰囲気が急に冷たいものになるのを私は感じた。
「これから起こることは天野さんには関係ないと知っておいてほしかったから」
普段穏やかな表情しか見せないエマの暖かさのこもらない言葉が不気味だった。
気が付くとエマの手にはスマホが握られていて、どこかに電話を掛け始めた。
「あっ、マネージャー、残念だけどあなたが天野さんにかけた呪いは破られたよ」
エマは携帯端末のスピーカーボタンを押した。
「わかってるよね。今度はあなたが自分の呪いに追いかけられる番だよ」
「エマ、何言ってるんだよ」
「なに言ってるって、前にも言ったじゃない。死相が視えるよって」
返された呪いは呪った本人のところに戻る。さきほどあの黒マントが保健センターから出ていったのはそういうことだ。
「私、最後にあなたに謝らないといけない。天野さんがマスコミに追及されてるときに上の決定事項だから何もするなって言われたのに逆らっちゃって」
「……おい、なにが可笑しい?」
マネージャーの声に怒気が含まれていたのはエマが喉を鳴らして笑いながらしゃべっていたからだ。
「ごめんね、今度もあなたの呪いを跳ね返しちゃった。あなたらしいみっともない呪いだったね」
「み、みっともないだと!」
自分を嘲笑された屈辱感からかマネージャーの声がひび割れる。
「おまえが自分も脱退なんて言わなかったら、俺も天野への請求から分け前を受けることができたのに。全部だめにしやがって!」
それは予想通りで特に驚きもしないが、やはり私のスキャンダルで関係者は買収されていた。
マネージャーは進んで私を売ろうとしていたのだ。
「じゃあ、最後に。私あんまりこんなこと言わないんだけど」
激高するマネージャーに向かって、エマは氷のような冷たい声を出した。
「地獄がお前を待ってるぞ。Too bad. I can't hear your soul scream!(お前の断末魔が聞けないのが残念だ)」
最後の言葉は英語もしゃべれるエマの癖で興奮すると時々英語になってしまうと聞いたことがある。
電話を切ったエマの横顔をただ茫然と見つめていた私はどう次の言葉を紡ぎ出していいかわからなくなっていた。
「……天野さん心配しないでね。たとえ私達があの呪いをはねのけなくても、天野さんという標的を殺したあと呪いは本人のもとに戻っていくの」
その説明が意味するところはそのときの私にはわからなかった。
「だからマネージャーは早いか遅いかだけでもうすでに死んでいたの」
跳ね返った呪いは本人を殺す。文字通り人を呪わば穴二つというわけだ。
「あいつは天野さんが呪いで追い詰められていくのを興奮しながら眺めていたのよ。天野さんが気に病むことなんか何もないから気にしないでね」
エマはそう強く私に語りかけるとにっこり微笑んで保健室を後にしようとするので、私は下着姿のままなのも忘れて彼女の腕をぐいっと掴んで引き留めた。
「どうして、私にここまでしてくれたの。嘘をついてまでずっと見守ってくれたんでしょう」
自分がかなり恥ずかしい質問をしているような気もした。
エマはしばらく黙ったままだったたが、少し彼女の方も顔を赤らめて小さな声で答えた。
「ずっとウソついてたから今更信じてもらえないかもしれないけど、天野さんが私の憧れっていうのは本当だから」
エマの表情はまたすぐにいつもの穏やかなものに戻る。
そう、エマは常に穏やかで感情を表さない。先ほどの冷たさも彼女は女優としてあのマネージャーに演じて見せたのだ。
私はその彼女の中に自分と同じどこか悲しいものを感じてしまった。
けれども、その彼女だけがすべてを失った私のそばに残ってくれた唯一の後輩なのだ。
「おかしなものね」
「えっ」
「あなたの方がよっぽど役者だわ。こんなにも暖かい感情を秘めているのに……」
口には出さなかったが、私の表情から何かを読み取ったのか、エマは少し恥ずかしそうにむっとしていた。
◇
その日の夕方、マネージャーが死んだという知らせをエマから聞いた。
死因は心臓発作とされたらしい。
マネージャーの死を聞いて私は再びエマの芸能事務所を訪れた。
社長からはマネージャーの部屋で私やエマに対する陰鬱とした思いがつづられた手記やブログ、動画などが発見されたということを聞いた。
エマはマネージャーの死の前に彼の言動が危険で、暴力的であることを社長に相談していた。
もちろんこれも事後処理をスムーズにするための仕込みだろう。
エマが呪いを返したとき、マネージャーに挑発的な電話をして大丈夫なのかと思っていたが、おそらく呪いを返した時点ですべての段取りは終わっていたのだ。
テンパランスの人間がマネージャーに睡眠薬を飲ませて自宅に寝かせておけば後は彼のもとに帰った自身の呪いが始末してくれるのだから。
唯一、呪いを破る前にマネージャーが死んでしまえば彼の死が呪いに及ぼす影響を警戒していたのかもしれない。
共謀していた霊能者の女性も彼の死後自宅で亡くなっていることが顔写真とともにニュースで報道された。
事件性はないという報道だったが、そのニュースをテレビで流すということが関係者に対して裏切り行為をした人物を適切に処理しましたという宣伝だったのだろう。
「エマの相談を受けてマネージャーと話をしないと思っていた矢先にこんなことになって」
視線を落としながら、抑揚のない声で社長は続ける。
「おまけに彼があなたはともかくエマのこともあんなに恨んでいたなんて」
あまりにも突然のことだったので、彼女も少しまいっているようだ。
「それで今日はマネージャーのことを聞きに来ただけ?」
「ええ、まあ、それでエマの次のマネージャーなんですが」
「次のマネージャー?」
狼狽しながら社長が浮かべる冷笑とも苦笑ともつかない表情を観察しながら私はゆっくりと口を開いた。
「私が……エマのマネージャーになります」
私の言葉に社長と横にいたエマの両方が目を丸くした。
私はエマの「演技」に魅せられたのだ。
私はエマに大きな可能性を見出していた。
また、エマの所属するテンパランスという組織についても興味がわいていた。
関係者を適切に粛正することはその背後の組織の力の大きさを示すものだった。
「……えっ、天野さんがマネージャー。どうして?」
「あなたが、マネージャーですって」
最初は何を変な冗談をという顔をしていた社長だったが、すぐに経営者の表情になった。
一度はトップアイドルまで上り詰めた私の経験や人脈の要素と私の悪評、学生という立場などを瞬時に天秤にかけているのだろう。
「ちょっとエマは外してくれる? 2人だけで話しがしたいの」
社長に促されてエマが離れ、応接室で2人きりになった。
社長はしばらく思案しているようだったがやがてまっすぐ私の瞳を覗きこむように見つめてきた。
「ひとつだけ聞かせて、なんでエマのマネージャーを引き受けたいの?」
薄く唇の端を釣り上げて笑い、社長は静かな声で私に尋ねてきた。
しいて言えばそれは私の芸能界で果たせなかった夢への未練かもしれなかった。
けれども、私ははっきりと断言した。ここだけは私も演じなければならない。
元々目の前の彼女は私よりもエマの素質を見出していたのだ。
必ず私の予言に共感する確信があった。
「未来。赤音エマの売れている未来が視えたからですよ」
私はまさしく天の使者のように赤らんだ唇から神託を流し、この世界に煌々と響かせた。
「この私の未来視、『エンジェルグラス』でね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます