【2】今度は化け物が視える詐欺かよ!
次の日、私は黒マントの相談のために訪れた都内のホテルで泊まっていたが、ホテルの部屋から出た途端叫び声をあげた。
あの黒マントが私の部屋の扉のすぐ外に立っていたのだ。
あと少し何も考えずに歩き出していたら私の身体はその体に触れていただろう。
相変わらず黒マントは私が見ているときは微動だにしなかったが、その身体の横を触れないようにすり抜けてフロントに向かった。
そして、昨晩私の部屋の前にずっとうろうろしている人がいたので防犯カメラを見せてほしいとお願いした。
最初は渋っていたフロントもそのあと合流してくれたエマと元マネージャーが私の素性を含めて説明すると確認してくれることになった。
エマと一緒に私の部屋の扉前を映した映像を確認すると、朝方の午前4時ごろにあの黒マントがゆっくりと動いてきて私の部屋の前で止まった。
仮に大学からそのまま歩いたり、交通機関を使って来たのだとすると数時間かけてここまで追って来たことになる。
部屋に入ってこなかったのは万が一私が起きていた場合動く姿を見られてしまうからかもしれない。
私はマネージャーに心霊案件専門の霊能者さんに早く診てもらいたい旨を伝えた。
しかし、マネージャーはなぜか私の要請に渋い表情をしている。
私が理由を尋ねると、マネージャーの彼は防犯カメラの映像には何も映っていないと言う。
黒マントが付きまとっていると主張するのは私だけで私以外の誰もその姿を確認することが出来ないからだ。
「今回の霊視詐欺のスキャンダルだけでも大迷惑なのにまた視える詐欺じゃないのか。もういい加減にしてくれよ!」
「こ、こんどはウソじゃないわ。本当よ、信じて」
「それなら、もう病気だよ。霊能者じゃなくて精神科で診てもらえ!」
マネージャーは私の精神疾患を疑い始めているようだった。
「なによ、その言い方! 天野さんは運営の方針に従っただけだし、そもそも握手会でちゃんと警備できていたらこんなことにはならなかったじゃない!」
「エマもいい加減目を覚ましてくれよ。この女のせいでお前のアイドル生命が断たれたんだぞ!」
エマが自分の意見に賛同してくれないことがマネージャーをさらにイラつかせている。
「私がアイドルになりたかったのは天野さんがいたからなのよ。天野さんが追放されたなら私もアイドルなんてやめていいわよ」
「天野、お前は本当に疫病神だよ! 何が呪いだ、そんなのあるならとっとと呪い殺されろよ!」
「なんてこと言うのよ! 天野さん、おまえこそ死相が視えるぞって言い返してやってよ!」
エマは私の擁護をしてくれているのだけど、状況はどんどん悪くなっていく。
「エマ……私に人の死相なんて視えないわよ」
居心地の悪さにすべてを投げ出したくなるが、私が切れてしまえば彼は二度と霊能者には繋いでくれないだろう。
「あの、お願いします。今回だけ、霊能者の人に相談させてください。この通りです」
私は情けない思いに泣きそうになりながらひたすらお願いした。
◇
その霊能者組織はテンパランスと言った。
テンパランス、「節制」という意味を持つその組織名は中立に調査する公平な精神を暗示していた。
元々は芸能界の互助的な組織で色々な芸能事務所から特に霊感が強いとされる人間が集められたことが始まりのようだ。
なぜそんな組織がつくられたのかというと芸能界は人の念や想いが集まる世界だけにファンからの呪いなどの心霊案件は頻発するのだが、霊感のない人間にはその事件の対処が出来ない。
当然霊能者が必要になってくるのだが、霊能者とひとくくりに言っても霊力の強弱のことだけでない。
宗教、占い、統計知識などよりどころとする対処方式もばらばらで、やろうと思えば私の時と同じように事前に相談者の情報や背景を調べることで詐欺まがいの対応すら可能となってしまう。
そのため芸能事務所の対策として所属する「本物の」霊能者同士がセカンドオピニオンやダブルチェックのできる確実性の高い組織を設立したのだった。
私が今回紹介されたテンパランスの霊能者は妙齢の女の人だった。
前回アイドル時代に診てもらった霊能者とは別の女性だ。
ちょうど視てもらいたかった黒マントは宿泊していたホテルまで来ていたので、その霊能者の女性にその姿を視てもらった。
しかし、彼女は言った。
「……失礼ですが、何も視えないのですが」
そんなバカなと思い、注意深く探ってもらうように促したが、やはり何も視えないし何も感じないという。
動揺する私の様子を見てか、彼女は一つの仮説を話し始めた。
私の主張する黒マントは私の頭の中で創られたものかもしれないと。
つまりあくまで私の想像上の幻だというのだ。
芸能界を追放された自分を非難するファンなどの存在の象徴として私の頭が生み出した幻。
彼女は私が創り出した幻であるならば、あえてその黒マントの身体に触れてみるのもいいかもしれないと言った。
触れて何もなければ、私の頭がその黒マントを幻と認識して消えるかもしれないと。
彼女の話にそうかもしれないと思える部分も確かにある。
それでも私はあの黒マントが自身の創り出した幻影とはどうしても思えなかった。
幻と呼ぶにはその姿も言動もリアルに禍々しすぎる。
私の中の直感がこの黒マントに触れられると本当に死んでしまうという警鐘を発しているのだ。
けれども、私以外の誰もあの黒マントを視ることも感じることもできないということもまた事実だった。
いつものことではあるのだけど、心霊のことは視えない人間は信じてくれないのだ。
なぜなら視えないことがこの世界では普通だから……
いや、もしかして本当に私の頭の方が狂ってしまっているのだろうか。
私は霊視をしてくれた彼女にお礼を言うとエマに見送られ大学のある町にその日のうちに戻った。
◇
3コマ目の講義を終えたところでエマが教室で話しかけてきた。
「天野さん、気分悪そうだけど大丈夫?」
エマとは同じ学科だが、私が接触しないようにお願いしているので、話しかけられたことには少し驚いてしまった。
それでも話しかけてきたのは本当に心配されたからだろう。
目の下にクマが出来てとても顔色が悪く見えただろうか、私は少し体調がすぐれないと答えた。
普段は虚弱体質ということでコンパや同級生のお誘いを断るということは説明しているので、エマ以外の学生はあまり気にしている様子はない。
あの黒マントが現われた時に告げられた「だるまさんがころんだ」のルールは私が好きに動くことができる分最初あまり危機感は感じなかった。
しかし、人が生活する場合、どうしても睡眠時間は取らないといけない。
この前のホテルの時のように睡眠中でも黒マントは私に近づいているのだ。
そう思うと精神的にもきついうえになにより長時間の睡眠をとることができない。
そのとき私はエマからかけられた言葉の中のあってはいけないフレーズに気が付いてしまう。
「あの、赤音さん、ちょっといい?」
講義が終わると私はエマを非常階段まで誘った。
「エマ、さっき私のことを天野さんって呼んだよね?」
私は大学内では偽名で通していた。その偽名ですら覚えている同級生は少ないはずだ。
しかし、エマが呼んだその名前は私の本名の方だ。
「あっ、ごめんなさい。ついうっかり」
いくらエマが私のことを慕っているとはいえもう限界なのかもしれない。
グループを脱退したといっても、いまだに芸能人である彼女が私に付き纏うのは私の素性がばれる危険がどうしても高まる。
「エマ、もう、あんまり私のことは構わないで」
「えっ、でも、天野さんが体調悪そうだったから」
「だから、その天野さんという名前で私のことを呼ばないで」
エマはあらためて気を付けると言ってくれたが、私はすべてを信用できなかった。
芸能人のスキャンダルは身内からばれることが多いのだ。
教室に戻るとき私は既にSNSで自分のことが拡散された時の身の振り方を考え始めていた。
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