7―53  アイリスのギフト


「でも、ラウラの慎重な性格の御蔭で私たち未だ生きていられるんだけどね」


「アハハ、違いない。ケヴィンに任せてたら命が幾つあっても足りないぜ」


 ヘルミナの言葉にダミアンが同意する。


「うるせーな。冒険者なんかイケイケで丁度良いんだよ。そう思うだろうケリー?」


「いや、お前はもう少し考えて行動した方が良いぞ、ケヴィン」


 ケリーがニヤニヤしながら言うと、クリスタやソフィーがウンウンと頷いた。

 皆が一頻り笑った後、ケリーが真面目な顔に戻ってラウラたちを見た。


「王都は今、随分とヤバい事になっているようだな」


「うん。私たちにも早く戻るように、男爵様のところに王都から早馬の知らせが来たらしいよ。あっ、でもこの話はここの若様には内緒だよ」


「ああ、それもアイリスの報せで知ってる。エルザが皆に口止めしているようだな」


 ケリーが肩を竦めるとエールを飲み干した。


「あの……エルザって?」


「ああ、公爵夫人様の事だよ。俺たちのクランのスポンサー」


 首を傾げるクリスタに、バーニーが代わって答える。


「あいつ自分で息子を取り戻す気のようだな」


「ケリーたちは行かなくて良いの?」


 ラウラの問いにケリーが首を横に振った。


「司祭様の護衛の仕事があるから、あたしらは此処を離れられない。まあ若様のアーティファクトがあるし、アイリスとルチアナに第6のモーゼル将軍も付いているから大丈夫だろう」


「アイリスとルチアナというのは……?」


 再びバーニーを見るクリスタにラウラが答える。


「アイリスは知ってるでしょう。『ランツクネヒト』の代表よ。ルチアナさんは魔術師団長」


「凄い人達が動いているんですね」


 眉を顰めるクリスタねケリーが忠告する。


「まあ、それだけ今回はヤバい事態のようだな。王都に帰ったら巻き込まれないように気を付けな」


「クリスタは大丈夫だけど、私たちは案内役で人質救出作戦に強制参加させられるらしいわ。公爵夫人から直々の指名がギルドに来てるみたい。あんたのところの代表と一緒にダンジョンに潜れって」


 困惑気味のラウラたちに、ケリーがニヤリと笑った。


「アイリスが動くのは何年振りかな。まあ、ダンジョンの中ならアイツの右に出る者はいないからな」


「今まで聞いたことなかったけど、アイリスのギフトって何なの? やっぱり剣士かアサシン、それとも私と同じシーフ?」


 王都一のダンジョン探索のプロと言われているラウラがケリーに尋ねる。


「いや、アイツのギフトは大陸でも片手もいない激レアだ。あいつのギフトはユニークの……」


「ダメ―! アイリスのギフトはクランの最高機密よ! 喋ったらケリーでも只じゃすまないわよ!」


 黙って聞いていたソフィーが突然大声を上げると、全員が驚いてそちらを見た。


「ああ、俺も聞いたことがある。代表のギフトを喋った奴がダンジョンで行方不明になったって……」


 バーニーも蒼い顔で頷くが、ケリーがからからと笑って言った。


「そりゃあ、只の偶然だろう。別に秘密じゃないぜ。まあ正直に話す必要は無いから、剣士とか格闘家とかテキトーな事を答えていたようだが。アイリスのギフトはユニークのシノビ。所謂“忍者”ってやつだ」


「あーあ。言っちゃった」


 ソフィーが知らないと云う様にそっぽを向く。ラウラが首を傾げながらケリーに言った。


「シノビってどんなギフトなの? 聞いたことないけど」


「うーん、シーフとアサシンと格闘家と幻術士を足して四で割った様な感じかな……」


「なんか凄そう」


「強いのか?」


 ケヴィンとヘルミナがケリーに尋ねるが、ケリーも首を捻る。


「どうかな、まともに戦ったら負けねーと思うが、そもそもまともに戦わないのがシノビだからな」


 肩を竦めてケリーが苦笑する。


「どういう事?」


「単独の探索や奇襲が得意なのさ。戦闘力の高い隠密の専門職って感じかな」


 マリウスがいればマリウスの中のアイツか忍者に滅茶苦茶喰いつくだろが、残念ながらここにいる皆は、もう一つ具体的なイメージが思い浮かばないようで、戸惑った顔で首を捻っている。


「まあ、パーティーに一人いると凄く便利な奴だな。強いだけで素人の集まりのエルザのパーティーがSランクになれたのも、殆どアイリスの御蔭だからな。特にダンジョンの中はあいつの庭みたいなもんだ。安心して付いて行きな」


 そう言ってケリーが二杯目のエールを飲み干すと言った。


「エルザの息子を助けてやってくれ」


 ラウラたちは無言で頷くと、エールのグラスを上げた。




  ● ● ● ● ● ●


「恥ずかしから離れてよ、お兄ちゃん! 先頭は私たち『四粒のリースリング』の役目よ!」


 ルイーゼが前を行く馬上のケントに向かって怒鳴る。


「なあ、何でケント兄貴が一緒なんだ?」


 ルイーゼの後ろから、ヘルマンがルイーゼに尋ねた。

 ルイーゼがプイッとそっぽを向くと、隣のアントンがニヤニヤしながら言った。


「ルイーゼが心配だから付いて来るらしいぜ。ニナ隊長に頼み込んで、ムリに護衛隊に加えて貰ったんだって」


 ルイーゼが振り返ってアントンを睨み据えるが、更にその後ろでニナ隊の騎士たちが馬上で笑いを噛み殺して俯いている。


 10騎の騎馬の後ろにはラウラたちの馬と馬車が5台続き、その後ろにニナと10騎が続いていた。


 クライン男爵一行は王都に帰還する為朝早くからゴート村を出た。

 ダックスもビアンカを村に残して馬車に同乗し、カンパニーの準備の為王都に帰る事になった。


 帰りは急がなければならなくなったのでマリウスが護衛だけでなく、高速馬車も貸してくれた。


 ラウラとケヴィン、ダミアンは付与付きの馬具を自分の馬に装備して貰って、馬車の前を駆けている。


「ホント速いねこの馬車。それなのに全然揺れないのよね」


 馬車の中でヘルミナが声を上げると、ダックスが頷く。


「『さすぺんしょん』というバネと『ごむ』という物で出来た車輪の御蔭よそうですよ。勿論馬車にも若様がいろんな魔法を付けてまっせ。若様は年内にはこの馬車を100台、東部中に走らせるそうでんなあ」


 馬車は平均時速10数キロメートルの速度で、もう3時間以上走っているが馬は疲れた様子も無く力強く駆け続けていた。


 普通はこの速度で馬を走らせたら1時間ほどで休憩させなければならないが、馬は力強く走り続けていた。


 既にエールハウゼンを通過し、今日中にデュフェンデルに到着しそうである。

 王都まで400キロ程あるが、マリウスは急げば三日で到着できると言っていた。


「王都の宰相様からの手紙で、医術師ギルドにも頼もしい助っ人の医術師が参加してくれたそうです。王都南側の診療所の修復も終わったそうなので、クリスタさんが帰還次第、二か所で診療所を再開するそうです」


 クライン男爵が正面に座るクリスタに言った。


「助っ人の医術師ですか、どのような人なのです?」


「どうやらブルクハルト氏の師匠だそうです、なんでもエルフだそうです」


「先生の師匠ですか? それは凄いですね、エルフなのですか?」


 クリスタが驚いて言った。


 寿命の長いエルフは高ランクの者が多く、優秀なエルフの魔術師などが王家や貴族に使えていると聞く。


「たまたまブルクハルト氏を訪ねて、王都に来ていたようです」


 ブルクハルトの師匠なら腕も確かなのだろう。


 これでブルクハルトの足が治り、彼がゴート村でビギナー医術師を育てて王都に送り込んでくれば、医術師ギルドの再生も夢では無くなる。


 クリスタは今は革鎧では無く、カサンドラたちが着ていたのと同じ白衣を羽織っていた。


「革鎧ではこれから暑いでしょう。医術師用の装備を造らせました」


 マリウスがそう言って白衣とペンダントを渡してくれた。


 白衣には“魔法防御”、“物理防御”、“熱防御”を一つにまとめた付与と、“毒防御”、“疲労軽減”が付与されていて、医術書を意匠にした銀のペンダントには“物理効果増”、“魔法効果増”、“技巧力増”が付与されている。


 マリウスはこれらを取り敢えず10組クリスタに渡し、更にクリスタにはカサンドラたちと同じ指輪を渡した。


 “念話”、“結界”、“知力増”、“索敵”を付与した指輪はカサンドラやレオノーラ、テオたちの物とグループ化されて、マリウスに直接話が出来るようにしてある。


 王都の薬師や魔道具師には未だアイテムを与えていないのだが、壊滅的な被害を被った医術師ギルドから優先でアイテムを配備する事にした。


「帰ったら忙しくなりますよ」


 クライン男爵が笑顔でクリスタに言った。


 クライン男爵も新たにアースバルト騎士団と同じ装備品を30組、マリウスから受け取っていた。


 これで王都の騎士団にもかなりの戦力強化ができ、ハインツとの決戦に備えられる。


 一行を乗せた馬車は西に向かって全力で駆け続けた。


  ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼


「酷い……。おのれ帝国! 今直ぐにでも皆殺しにしてやる」


 ふらつきながら歩く囚人服の獣人達を見て、エゴールが怒りの形相で、剣の柄に手を掛ける。


「止せ、エゴール! 今は我慢しろ」


 マラートがエゴールを止めるが、彼の目も怒りで吊り上がっていた。


 ロマニエフとバシリエフ要塞の中間にある、レジスタンスによって砦化された小さな村である。


 周囲は修復された頑丈な柵と“魔物除け”の木切れで囲まれていて、物見櫓などが新設されている。


 四か所に高い楼が築かれ、バシリエフ要塞から運ばれたらしいバリスタが設置されていた。


 囚人たちは皆やせ衰えて、半数以上の者が杖をついたり、仲間に抱えられてよろめきながら此方に歩いて来る。


 粗末な囚人服の間から覗く手足はまるで骨と皮だけで、まともな食事も与えられていないのが一目で分かった。

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