7―52 過保護な警護
カサンドラが皆を見渡してにっこり笑って言った。
「恐れる事は何もありません。『禁忌薬』も『エリクサー』もウムドレビの実が無ければ作れません。そしてウムドレビはマリウス様の元にある。マリウス様がいる限
りウムドレビが教皇国に渡る事はありません」
「ウムドレビは此処にしか生息していないのでしょうか?」
自信満々に語るカサンドラにクライン男爵が訪ねると、カサンドラも難しい顔をして言った。
「それは分かりません。ウムドレビの存在自体が伝説になっている程ですから、恐らく大陸の、人の住む国には存在しないと思われますが、ここ以外でウムドレビが生息しているとすれば恐らく魔境の中でしょう」
魔境の中を探索するのはさすがの教皇国でも無理であろう。
やはり教皇国が野望を達成する為には、マリウスが最大の障害なのだとクライン男爵は改めて理解した。
教皇国はエリクサーのもう一つの材料であるガオケレナを手に入れる為にアクアリナ王国を滅ぼしている。
そしてこの村は王国の中でも最も教皇国から離れた場所にある。
教皇国がウムドレビを手に入れる為にこの村に攻め込むには、まずライン=アルト王国に侵攻しなければならない。
ウムドレビの問題は真に王国にとっての最大の火種であり、『解毒薬』である下級エリクサーの存在を敢えて公表できないのは、その事で教皇国にウムドレビの存在を知られる事を避ける為に止むを得ない事だった。
情報のすり合わせも兼ねてゴート村を再び訪れたのだったが、改めて問題の大きさを思い知らされることになった。
辺境の少年には自分たちが考えていたよりもはるかに多くの事が委ねられていた。
エルザもそれが分かっているから、自分たちの問題にマリウスを巻き込みたくないのであろう。
クライン男爵は机の上のウムドレビの実が入った小瓶を見つめて、溜め息を付くと言った。
「ウムドレビの実を王都に持ち帰って、王室付の錬金術師達にも研究させようという話が出ていましたが、止めさせておきます。これはこの村から持ち出さない方が無難でしょう。ウムドレビの事はカサンドラ殿にお任せします」
「もとよりその心算です。研究に集中するにはここは最適の場所ですし、恐らく王国で最も安全な場所ですから」
カサンドラが力強く頷いて笑った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「フウキ! 至急ロザミアの元に向かってちょうだい。私からの伝言を伝えて、ロザミアに協力しなさい」
馬車に乗り込むと荒々しくドアを閉めてフレデリケが小窓を開けると、御者席に座る従者の男に言った。
「如何されましたオンギョウキ様。宰相と何かありましたか」
「フレデリケと呼びなさい。ふん。女神の使徒が私たちに宣戦布告してきたようよ。私たちを取り込もうなどと、随分舐められたようね」
王城の外である。フウキと呼ばれた御者の男は馬車を城門の外に進めながら、フレデリケに言った。
「女神の使徒が我らを取り込むとは、どう云う事でしょう?」
ロザミアはフウキの問いには答えずに口元に笑みを浮べて言った。
「どうやら私たちに目を付けたのはあの子だったようね。面白い、向こうから私たちを懐に入れて何を仕掛けてくるつもりかしら。これは受けて立つしかないわね。女神の使徒の力、少し試させて貰いましょう」
「ウルカ様のお許しを頂かなくても宜しいのですか?」
「商業ギルドの事は私の裁量に任されているわ。女神の使徒に手を出すなとは言われていますが、向こうから近付いて来たのなら止むを得ないでしょう」
フレデリケが口元に怪しい笑みを浮べながら呟くと、窓の外に目を向けた。
「私もすぐに辺境に向かいたいけど、こちらの決着を見届けるまでは動けないわ。取り敢えずあちらはロザミアとあなたに任せるわ、フウキ」
「畏まりました。すぐにラグーンに向かいます」
フウキが振り返らずに前を向いたまま、フレデリケに答えた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ノルンと二人でレベル上げをしてたの?」
「はい。今日一日で二つ上げましたよ」
エリーゼがドヤ顔で答えた。
二人とも疲れているようだったので、久しぶりに休みをあげたのだが、レベル上げ施設に行っていたらしい。
「エール要塞のビルシュタイン将軍から“念話”で連絡があったよ。ユング王国との同盟が上手くいったらしい。これで移民の受け入れがずっと楽になりそうだよ」
「それは吉報ですね。それで移民の移動は何時頃になりそうですか?」
レオンがマリウスに尋ねた。マリウスの館である。
エリーゼにレオン、クリスチャンとクレメンスがマリウスに呼ばれて集まっていた。
「帝国内の獣人、亜人達については未だアレクセイから連絡がないらしいけど、この間の戦いの捕虜と囚人の交換で530名がロマニエフから解放される事になったそうで、月が明けたら准将さんと土魔術師たちと一緒に此方に来るらしいんだ」
「月明け直ぐにですか? 月末に来る王都からの移住者120余名の住居は既に完成していますが、多分来月早々に薬師の第二陣もやって来るのでしたね」
レオンが腕を組んで考え込む。
「薬師の方はノート村の方にもう20世帯位は入れる筈ですよ。あちらの製薬工場に誰が移るかはカサンドラさんとレナータさんに任せてますけど、薬師の方たちの住居も問題ないです」
エリーゼがレオンに答えた。
「ミリ達が建設中の高層住宅の一棟目が完成するのは、来月中頃になる筈だからぎりぎり間に合わないかもしれないね。仕方が無いから空いている土地に土魔法で仮設住宅を建てるよ」
いずれにしてもこれから仮設住宅も多用することになりそうなので、ゴート村やノート村、レーア村にも定期的に“クリエイトコテージ”や“クリエイトハウス”で作った家を増やしていく事にする。
マリウスの言葉にクレメンスも頷いて言った。
「上水場も来月の後半位までかかりそうですが、取り敢えず5、6百人位なら今の浄水場で充分賄える筈です。新しい公衆浴場もやはり中頃には完成するでしょう」
「農地もすでに500ヘクタールほど新しい土地を開いていますので、問題ないです。それと出来れば50人位はノート村と、滝の側の新しい開拓地に移って頂きたいですね」
滝の側の土地では既に温室作りが始まっていて、家屋も数軒建設が始まっていた。
予定より随分早いが、取り敢えず最初の移民の受け入れは問題ないようだった。
カンパニーの人員も何名か確保出来れば良いがと思いながらマリウスがクレメンスに言った。
「明日クライン男爵たちが王都に帰還するけど、今回はニナの部隊を護衛に付ける事にしたから。街道警備は暫くマルコの部隊から出して貰うよ」
昨日の朝クレメンスの配下が警護に就いて、レジスタンスに送る武具を積んだ荷駄隊が出発したので、動かせる兵士が少ない。
止む無くクライン男爵たちを送る護衛をニナに頼んだのだが、マリウスの言葉にクレメンスがいかにも困ったと云う様に眉を下げる。
「その件なんですが、実はケントの奴が自分も行くと言って聞かないので止む無く許可しました」
「ケントはこの間遠征から帰って来たばかりじゃないか」
「妹が心配なので付いて行くそうです」
それは少々過保護が過ぎるだろうと思いながら、マリウスも止む無く了承するとクレメンスが更に言った。
「それが、ケントが行くなら自分も行くとマリリンが言い出しまして。キャロラインもマリリンが行くなら自分もと言っています」
「いや、遠足じゃないし! キャロラインは討伐隊の隊長の一人なんだから駄目に決まってるじゃない」
エリーゼが呆れて声を上げる。
キャロラインは冒険者と騎士団の兵士の混成チームの隊長格であり、マリリンもキャロラインの部隊のメンバーで、4名の弓士を指揮している。
「マリリンとキャロラインは却下で。ケントは今回のみ許可するけど、帰ってきたら暫く休みなしで働いて貰うから」
マリウスがやれやれといった顔で答えると、クレメンスが申し訳なさそうに頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「将軍、王都に潜伏させていた配下の者5名全員の連絡が途絶えました」
部屋に入って来たロナルドが厳しい表情でハインツに告げる。
「どうやら彼方も腕利きの隠密が動いているようです」
「腕利きの隠密か、公爵家の陣営にそれ程の者がいるのか?」
王都に潜伏させていたのはロナルドの配下の中でも上位の者達ばかりだった。
「恐らくアイリス・ウェーバーが動いているようです」
「アイリス・ウェーバーだと? あの女が自ら動いているのか。しかしいくらユニークとは言え、たかが冒険者上がりにアサシン部隊が全滅させられたのか?」
眉を顰めるハインツにロナルドも顔をしかめて言った。
「あの女のギフトは特別です。隠密行動では恐らく私も歯が立たないかもしれません」
「それ程の者なのか、アイリスは……止むを得ん、決戦前にこれ以上戦力を減らしたくない、王都の監視は街の外からだけにせよ、軍勢の出入りだけ監視できれば良い」
エルザ側も戦力を集結しつつあるようだった。
五日後の決戦に向けて、ハインツは高ぶる心を押さえように静かにロナルドに告げた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「そうか、明日王都に帰るのか」
「はい。いつまでも診療所を放っておくわけにはいきませんから」
クリスタがケリーに答えた。
「どうだったこの村は? 面白いところだったろう」
ケリーがエールのジョッキを呷りながらクリスタに尋ねる。
「はい。色々と驚かされる事ばかりでしたが、今まで知らなかった事が、幾つか分かった気がします」
「ふーん。あたしにゃ良く解らないが、得るもんがあったんなら良かったな」
「何だそりゃ? 自分で聞いておいてそりゃあないだろう」
大雑把な返事をするケリーにバーニーが突っ込む。
「ふふ、ケリーは相変わらずね。考えるのは嫌いってね」
「お前は彼是考え過ぎだぜラウラ。細かい事にいちいち引っ掛かっていたら冒険者なんかやってられないぜ」
笑いながらケヴィンがラウラに言った。
屋台村である。レーア村から戻って来たクリスタとラウラたち『ローメンの銀狐』は最後の夜に、やはりここに来ていた。
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