7―51  エリクサーの真実


「王都に行くって本当かルイーゼ?!」


 いきなりドアを開けたケントが、ルイーゼに怒鳴った。


「ちょっと、ノックぐらいしてよ、お兄ちゃん!」


 荷造りをしながらルイーゼがケントに怒鳴り返す。


「王都に帰るお客さん達とポーションの護衛に、今回はニナ隊長の部隊が王都に行く事になったの。私たちも一緒に行くだけよ。半月位で帰って来るわ」


「だけって、お前。今王都は滅茶苦茶物騒だって話じゃないか! 若い女の子が行くようなところじゃないぞ!」


 血相を変えるケントにルイーゼが笑いながら言った。


「お兄ちゃんもこの間王都に行ってきたんでしょ。この辺境より物騒な所なんてあるわけないじゃん。 大丈夫だよ、皆若様のアーティファクトを着てるから」


「王都には魔物より性質の悪い人間が一杯いるんだぞ。絶対だめだ! ニナ隊長に言って断って来る!」


 家を出て行こうとするケントの腕を掴んで、ルイーゼが必死に引き留める。


「止めてよお兄ちゃん、恥ずかしい! 私だってもう、レベル15の一人前の冒険者よ。第一私が抜けたらヘルマンたちが困るわよ!」


 『四粒のリースリング』では常に討伐数トップのルイーゼは、他の者より既に二つレベルが上だった。


「どうしたケント、ルイーゼ? いい年をして兄妹喧嘩か」


 騒ぎを聞きつけてリビングから顔を覗かすグラムにケントが言った。


「父さん! 父さんからも言ってくれ! ルイーゼの奴が王都に行くとか言ってるんだ!」


「何だって? 本当かルイーゼ? せっかく家に帰って来たのにまた出て行くのか?」


 悲しそうな顔でルイーゼを見るグラムに、ルイーゼが言った。


「だから違うってば! 護衛の任務で半月だけ家を開けるだけよ。あっ! 待って! お兄ちゃん!」


 ルイーゼが止める間もなく、ケントが家を飛び出していった。


「もう! 何する気よ、バカ兄貴!」


 アッという間に見えなくなったケントの背中にルイーゼが怒鳴った。


  ★ ★ ★ ★ ★ ★


 クリスタとクライン男爵、『ローメンの銀狐』の四人がダボダボした特殊防護服を着て馬車から降りた。


 今ではウムドレビの保護区まで道が付いて馬車でいけるようになっている。


 見上げる様な高い石壁に、一か所だけ有る門の脇の詰め所から兵士が二人出て来ると、白衣のカサンドラに敬礼をして、重そうな鉄の門を二人で両側に開いた。


「皆さん、マスクと眼鏡は外さないように」


 カサンドラは指輪に“結界”が付与されているので防御服は必要ない。


 クライン男爵もカンパニー用のペンダントに“結界”が付与されている筈だが、使い慣れていないので用心にダボダボした防御服を着こんでいた。


 100メートル程歩くと沼が見えてきた。

 沼の周りに不気味なよじれた木が数本生えている。


 カサンドラが立ち止まると沼を指差して言った。


「あれがウムドレビです。危険ですのでここで待っていてください」


 カサンドラが一人でウムドレビの沼に近づいていくと、ウムドレビがゆっくりと動き始めた。


 枝の先に着いた毒々しい赤い花が開くと、毒の花粉が周囲に噴出される。

 カサンドラは気にした様子も無く足元に落ちている小さな赤い実を拾い集め始めた。


 カサンドラの周りを取り囲むように、ウムドレビがゆっくりと集まっていくのをクリスタたちが息を止めて見つめていたが、やがてカサンドラが立ち上がると周囲に集まっていたウムドレビが、カサンドラが広げた“結界”に弾き飛ばされて後ろに転がっていった。


 何事も無かったように戻って来たカサンドラが小さな小瓶を見せて言った。


「これが『禁忌薬』と『エリクサー』の材料であるウムドレビの実です」


 緊張した面持ちで小瓶の中のウムドレビの赤い実を見つめながら、クリスタが小さく頷いた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 脳天にノルンの放った“フォールサンダー”の直撃を喰らって黒焦げになったブラッディベアが、棹立ちになってそのままどさりと倒れた。


 斃れたブラッディベアを踏み台にジャンプしエリーゼが空中で剣を抜くと、キングパイパ―の頭を“羅刹斬”で真っ二つに切り裂く。


 着地したエリーゼにサーベルウルフが牙を剥いて迫るが、ノルンの放った“エアーバースト”で弾け飛ばされて地面に転がると、エリーゼが“瞬動”で加速しながら、ふらつきながら立ち上がったサーベルウルフの脇を駆け抜けざまに腹を切り裂いた。


 プレゼンを無事終えたノルンは久しぶりにエリーゼを誘ってレベル上げ施設に来ていた。


 二人とも新しい仕事に追われてずっと訓練に参加できていなかったので、ベルツブルグ以来、レベルも11でずっと止まったままだった。


 朝から2回戦を終えて、二人とも一つレベルを上げていた。


「ノルン君、エリーちゃん。一休みして御飯にしようよ」


 入り口の外からマルコが二人に声を掛ける。


 ノルンとエリーゼがレベル上げ施設の外に出ると、脇に建てられた仮設の食堂に入った。


「珍しいわねノルン君、エリーちゃん」


 二人は犬獣人のおばさんが大盛にしてくれたシチューとパンの乗ったお盆を貰い、混みあったテーブルを見回した。


 魔道具師と薬師も交代でレベル上げを続けている様だった。

 二人は開いている席に向かい合わせに座って、黙々と食事を始める。


「二人ともどうかした? 随分気合が入っているけど」


 マルコが隣に腰掛けながら二人に言った。


「うん。頑張ってマリウス様に付いて行かないと、置いて行かれちゃうわ」


 エリーゼがそう言いながらシチューの中の苦手な人参の塊を頬張ると、噛まずに飲み込んだ。


「最近さぼっていたからその分も取り戻さないとね」


 ノルンも負けじと角ウサギの肉を目を瞑って口に入れると、噛まずに飲み込む。


 二人は慌ただしく食事をかき込むと、立ち上がって再び施設に向かって歩いて行った。


「頑張れよ少年少女。おじさんも応援しているぜ」


「お前も頑張れよ!」


 二人の後姿を見送りながら呟くマルコに、食堂のおばさんがすかさずツッコミを入れた。


  ★ ★ ★ ★ ★ ★


 カサンドラがテーブルの上に置かれたウムドレビの実の入った小瓶の横に、黒い革表紙の古い分厚い本を置いた。


「これはマリウス様から頂いた『禁忌薬の制御と種の進化』というハイエルフの禁書です」


「なんと! ハイエルフの禁書ですか?!」


 クライン男爵が驚いて声を上げる。


 研究所内の応接室である。クライン男爵とクリスタ、『ローメンの銀狐』の四人はウムドレビの沼から戻ると、再び研究所に案内された。


「本物の禁書なんですか?」


 クリスタの横でラウラが思わずカサンドラに尋ねた。

 ダンジョン探索のプロである彼女も、未だ一度も本物の禁書を見た事が無かった。


「恐らく。私も古代ハイエルフ語は少ししか分からないのですが、マリウス様が三分の一ほど訳文を付けて下さったので、それを頼りに読み解いている最中です」


 そう言ってカサンドラが数枚の手書きの束を大事そうに懐から出すと、禁書の横に置いた。


「内容は私の研究と、それを元に立てた推論とほぼ一致しています。本物で間違いないでしょう」


「マリウス殿はいったいどこでこの禁書を手に入れたのでしょう? いや、それよりもマリウス殿は古代ハイエルフ語が読めるのですか?」


「マリウス様ならばそれ位は当然かと。その本の他にも十数冊の禁書が偶然マリウス様の元にもたらされたそうですが、それも女神のお導きでしょう」


 ドヤ顔で答えるカサンドラに、クライン男爵が額の汗を拭いながら言った。


「なんと! ハイエルフの禁書が十数冊ですか。どの様な書物を手に入れられたのか気になりますが、この本には何が書かれているのですか」


「エリクサーの真実です」


「エリクサーの真実……ですか?」


 戸惑いながらクライン男爵が聞き返す。

 クリスタたちも息を殺して二人の話を聴いていた。


「部位欠損も再生する万能薬にして不老不死の霊薬エリクサー。伝説に語られているように、確かにそれに近い効能があるようですが、それはいわばエリクサーの副作用の様なモノです。エリクサーの本来の効能は禁忌薬で取り込んだ魔物の力を制御し、人を新しい種へと進化させる事です」


「どういう事ですか?」


 クライン男爵が眉を顰めながらカサンドラを見る。


「言葉通りの意味です。人が魔物の力と永遠の命を手に入れて新しい種へと進化する。我々は長い間、間違った情報を信じていました」


「間違った情報ですか?」


「ええ、伝承ではエルフの中から生まれたハイエルフが、『禁忌薬』とエリクサーを創り出したと言われていますが実際はそうではなく、『禁忌薬』とエリクサーを創り出したエルフが、それを使ってハイエルフへと進化した。そして教皇国が『禁忌薬』とエリクサーを求めているのも、恐らくそれが目的でしょう」


「それはつまり……」


「教皇国の者達は自分たちもハイエルフに進化しようとしている。いやハイ・ヒューマンというべきでしょうか」


 淡々と語るカサンドラに全員が言葉を失った。


「な、成れるのでしょうか? そ、そのハイ・ヒューマンに……」


 やっと声を出したクライン男爵にカサンドラがクールに答える。


「理論上は問題ない筈です。『禁忌薬』に使われる魔物は人間に最も馴染みやすいオーガ系の魔物です。旧薬師ギルドが製造した『禁忌薬』にもオーガの抽出成分が確認されていますし、更に上位のハイオーガなどの成分を使えば簡単にユニーク並の力を得る事が出来るでしょう」


「ユニーク並。それ程ですか……」


 驚くクライン男爵にカサンドラが更に話を続けた。


「本来持っている力にレア魔物の力が加わるわけですから。問題は個々の力より数ですね。一体どれ程の『禁忌薬』を教皇国が保有しているのか分かりませんが、教皇国には30万の聖騎士団がいると聞いています。もしも30万の兵士が総てユニークの力を手に入れれば最早どの国も教皇国に抗う事は出来ないでしょう。しかも全員が限りなく不老不死に近い存在です」


 不老不死の30万のユニークの軍隊。


 クライン男爵とクリスタたちはそれを想像して、思わず顔から血の気が引くのを感じていた。




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