7―49 教皇国とフレデリケ
「教皇国がアクアリナ王国に侵攻した目的は、ガオケレナの実を手に入れる為だったという事ですね。つまり教皇国はエリクサーを求めている。それ故、ウムドレビの事も、カサンドラ・フェザーが『解毒薬』である下級エリクサーを完成させたことも、教皇国には秘密にしなければならないという事ですか」
クライン男爵の言葉にマリウスが頷く。
「『禁忌薬』の解毒薬がある事は暫く公表しない方が無難だと思います。分るものには解毒薬がエリクサーだと解る筈ですから、戦争の火種になりかねないし、またこの村にも教会の密偵や暗殺者がぞろぞろとやって来ることになるでしょう」
移住者を受け入れて村を大きく発展させようとしている今、秘密を守るのは難しいかもしれないが、それでもカンパニーの立ち上げと移民の受け入れが軌道に乗るまで、少しでも時間が欲しいところであるし、正直教会の相手などしていられないというのが本音であった。
エルマの話で何か重要な事が分かったような気がするし、結局何も分からなかったような気もしている。
マリウスはクライン男爵と、情報を整理する為に館に戻っていた。
クルトとイエル、ノルンとレベル上げ訓練から戻ったクリスタと『ローメンの銀狐』の四人も同席している。
クリスタたちは結局三日間レベル上げの施設で修行する事になった。
三日目の今日、レアの魔物アースドラゴンが現れた時はさすがに焦ったが、マリウスのアーティファクトの力は絶大で、5人で難なく仕留める事が出来た。
なるべくクリスタに止めを刺させるようにしていたが、それでも『ローメンの銀狐』の四人もこの三日間で二つずつレベルを上げていた。
クリスタに至っては最後のアースドラゴンに止めを刺した時点でこの村に来たときより基本レベルが六つ、ジョブレベルが二つ上がっている。
基本レベル14、ジョブレベル51で魔力量は1678と倍近くに跳ね上がっていた。
マリウスがゆっくり考えながら、クライン男爵に言った。
「仮に50年前、アクアリナ王国でオリオール伯爵に無実の罪をきせて討伐させた宰相を暗殺した者と、ライン=アルト王国で120年前に薬師ギルドのグラマス、アイヒベルガー氏を暗殺したのが同じ者たちで、フレデリケの仲間だとしたら、フレデリケたちは恐らく教会や教皇国と争っている事になりますね」
「そうかも知れません。殺されたのはどちらも親教皇国派或いは背後にクレスト教会がいる人物ですし、どうも二人の殺され方は改めて考えると処刑、或いは警告という感じがしますね」
クライン男爵もマリウスの話に頷いた。
「警告ですか。確かにそう思える殺され方ですね。もし警告だとして、誰に対して何を警告しているのかですが、やはり教皇国に対してと考えるのが妥当でしょうね。そうなるとフレデリケたちと教皇国の者達は少なくても仲間ではないと言えませんか?」
マリウスの問いにクライン男爵が首を振る。
「分かりません、今も両者が争っているかどうかは疑問ですし、実は確証とは言えないまでも二点ほど疑わしい点があります」
「と言うと?」
「御存じのようにマリウス殿に新しいポーションを王家に献上して頂いた時、王家が旧ポーション10万本を下賜されて一般に開放されましたが、商業ギルドにはそのうちの7万本が卸されました。ところがどうも実際に王都とその近郊で販売されたポーションの数と合わないという報告が来ています」
マリウスが首を傾げてクライン男爵に聞き返す。
「それは商業ギルドがポーションを秘匿しているという事ですか」
「秘匿しているだけなら未だ構わないのですが、実は時期を同じくして王都と王領の全てのクレスト教会がポーションの治療費をこれまでの三分の一の価格に下げたのです。余程大量のポーションが入荷したとしか思えません」
「それはつまり商業ギルドがクレスト教会に王家から下賜されたポーションを譲ったという事ですか? 成程、それは疑わしい話ですが、これまでの教会や教皇国との付き合いで、少し都合してあげたという事ではありませんか?」
「そういう事も考えられますが、王家の下賜品ですから教会に渡すなら少なくとも宰相様に許可を取るべきですね。中立を旨とする商業ギルドらしからぬ行為です。それにもう一点」
クライン男爵が横に座るクリスタたちを見ながら話を続けた。
「御話したように私の屋敷が王都を出る前夜襲撃を受けました。襲ったのは教皇国の手先であるハインツ・マウアーの配下で、私の屋敷以外にも数箇所襲撃を受けたのですが、何故私の屋敷も襲撃目標にされたのか今一つ合点がいかないというのが本当のところです」
「新しい医術師ギルドのグラマスであるクリスタさんを狙ったのではないのですか?」
マリウスもクリスタを見ると、クリスタがピクリと肩を震わせた。
「クリスタさんがグラマス代行に指名されて未だほんの数日しか経っていませんし、ここにいる者達と宰相様の他は数人しか知りません。まして彼女を私の屋敷で匿っていることを教会の人間が知っていたとは思えません。私たちはフレデリケたちの襲撃を警戒していたのですが、実際に襲ってきたのはハインツたち教会の者でした」
「つまりフレデリケが教会に情報を流したか、或いは襲撃を依頼したという事ですか? その代償がポーションを譲渡する事だとか……?」
「そこまでは分かりませんが、タイミングが良すぎると言いますか、両者に繋がりがあると考える方が色々と腑に落ちるのですが」
クライン男爵の言葉にマリウスも腕を組んで考え込む。
どうも教皇国とフレデリケたちの関係がもう一つ良く解らない。
特にフレデリケの目的がさっぱり分からない。
教皇国と教会の目的は未だ推察出来た。
一つは将来的にライン=アルト王国へ侵略する事であり、その為に今準備工作をしている。
もう一つは『エリクサー』と『禁忌薬』を手に入れる事で、そちらはもう百年以上前から密かに活動しているようだった。
そして情報を整理すると、フレデリケ側はそれを阻止しようとしているとしか思えないのだが、そのフレデリケと教会が何故結びつく事になるのだろう。
「あ、あの……」
突然末席に座っていたノルンがおずおずと手を挙げ、全員の視線がノルンに集まった。
「何、ノルン? 何か気付いたことがあるのかな?」
「気付いたというか想像なのですが……」
「構いません。何か思いつくことがあれば仰って下さい」
クライン男爵がノルンを促す。
「もしかしたらですが、教会の人たちもフレデリケの魔法で誘導されているのではありませんか?」
「?!」
マリウスとクライン男爵が思わず顔を見合わせる。
忘れていた。フレデリケは精神魔法で人を洗脳する力があるのだった。
「うーん、確かにその可能性は充分あるよノルン。でもそうなると色々な教皇国のテロもフレデリケが裏で扇動しているのだろうか?」
「いえ、恐らくそれは元々教皇国と教会の計画で、フレデリケがそれを利用して自分の都合の良い方向に導いているのかもしれません」
クライン男爵も納得したように言った。
「そうなると教皇国側は、フレデリケが自分たちの敵であると気が付いていない可能性が高いですね」
マリウスがそう言うとクライン男爵も眉根を寄せて頷いた。
「恐らく薬師ギルドの時と同じでしょう。表面上は中立を装いながら、陰で物事を操っている。一体彼女たちの目的は何なのでしょう?」
「うーん、それは僕が聴きたい事ですね。そもそも『奇跡の水騒動』を起こした理由も良く解らないままですし、僕たちの味方という事はないでしょうが敵なのか、関係ない人たちなのかそれすらよく解らないというのが本当のところですね」
眉を顰めるマリウスにクライン男爵も頷く。
「結果論を言えば『奇跡の水』騒動でエールマイヤー公爵が失脚し、薬師ギルドが解体されたことで王国内の教皇国勢力が力を失ったと言えますし、或いはその為にマリウス殿たちを利用しただけかもしれませんね」
だけとか言われると少しムッとするが、確かにエールマイヤー公爵と教会の計画は杜撰で、事前に情報も駄々洩れで、アースバルト家と公爵家、辺境伯家の袋叩きにあう形で失敗している。
フレデリケが薬師ギルドを扇動する事で、無理やり西の公爵と教会をゴート村に攻め込ませたのは、そこまでの結果を考えての事なのだろうか。
「一度フレデリケに会ってみたいですね」
「危険ですよ、マリウス様!」
ノルンが声を上げるがマリウスは困ったように言った。
「そうかも知れないけど、実際会って話をしてみないと、相手の考えがさっぱり分からないんじゃ手の打ちようがないしね。まあフレデリケが商業ギルドから役員としてカンパニーに入る事になれば嫌でも会う事になると思うけど……」
「商業ギルドはカンパニーに参加するでしょうか?」
ノルンが疑わし気にマリウスを見る。
「多分参加してくれると思うよ。フレデリケが僕たちが思っている様な人なら、それこそ僕達を自分の好きな様に利用できる最高のチャンスだからね」
その件に関しては、マリウスはそれ程心配はしていなかった。むしろカンパニーがフレデリケを釣る最大の餌ともいえる。
クライン男爵もノルンやイエルも心配そうにしているが、マリウスはこの話は終わりと云う様にクリスタたちを見た。
「明日はカサンドラにレーア村を案内させます。レーア村は今拡張工事中ですがカサンドラの研究所もあり製薬の拠点として開いていく心算ですし、ウムドレビの管理場でもあるのでクリスタさんにも一度見ておいてもらいましょう」
カサンドラたち薬師がマリウスのところに来るきっかけになったのも『奇跡の水騒動』の結果であるが、まさかフレデリケもそこまでは考えていなかったと思いたい。
いずれゴート村は鍛冶や鉄工、焼き物やガラス、魔道具や縫製など工業生産の拠点とし、レーア村は製薬と医療の学術都市として発展させたい。
クリスタにレーア村を見てもらうのも、その第一歩だとマリウスは思った。
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