7―46  いつまでも一緒に


「まあ、似たような物らしい。あの作戦は奥方様の策で、実は私も良くは知らないのだ」


 ビルシュタイン将軍が苦笑しながら答えた。


「そう言えば魔物を誘導したフェンリㇽの少年、マリウス・アースバルト殿は如何しておられます? 今日会えるかと思っていたのですが」


 ボリスが探る様にエルヴィンに話を振った。


「マリウス殿は公爵殿の娘婿になられるそうですね」


 エリク王子もさりげなく話に加わる。

 ユング王国が既にマリウスの名を知っているのに少し驚きながら、エルヴィンが答えた。


「うむ。婿殿は、今は戦より商いに夢中のようだ。新しい商会を自分で立ち上げるらしい」


 エルヴィンの返事に今度はボリスが驚いて更に尋ねる。


「商会ですか。貴族の嫡男が商人になるのですか?」


「いや、実際に商売するのは商人たちだそうだ。ただ婿殿が発起人になって王家と我がグランベール家、辺境伯家とアースバルト家で共同出資の商会を作り、商業ギルドを通さずにポーションや魔道具を販売する心算らしい」


 エルヴィンがやや困惑したように答える。


「ほお、それはまた面白い事を考える。王家と貴族で共同出資の商会ですか。随分変わった者のようですね、公爵殿の娘婿殿は」


「エルザが大層気に入っておるようですな。私は武人ゆえ良く解りませぬが、色々と不思議な力を持った少年のようです」


 エルヴィンが眉根を下げながら答えたが、思い出したように話題を変えた。


「そう言えば婿殿のところにいる薬師ギルドのグランドマスター、カサンドラ・フェザーが『禁忌薬』に汚染された土地を元に戻す方法を解明したようです」


「なんと! それは真で御座いますか?!」


「うむ。これも婿殿が創った『奇跡の水』と呼ばれる水を川に流せば数か月で元に戻るそうでござる」


 エルヴィンの話をビルシュタイン将軍が引き取る。


「ロランドに『奇跡の水』を製造する上水施設の建設を早々に始める事が決まりました。8月には完成する予定なので、その水をロス湖に流し込めば下流のバルト河流域も数か月で以前より肥沃な土地に生まれ変わるそうです」


「それでは9月の種蒔きには間に合わないかもしれませんね」


 エリク王子ボリスが顔を見合わせて考え込む。


「どうであろう。我が領の北部では春播きの麦を育てている。我が国で品種改良された物だがユング王国の気候ならその方が合うのではないかな。宜しければ種を送らせますが」


「それはありがたい。成程それなら十分育てられる事になりますね」


 礼を述べるエリク王子たちにエルヴィンが頷くと言った。


「我が軍がバシリエフ要塞を占拠して大量の食糧を手に入れているので、貴国にもいくらか送らせよう」


「それは重ね重ね感謝いたします公爵殿」


「何、礼なら要塞を落した婿殿に言って下され。そのうち貴国にも出向くことがあるかもしれません」


 そう言って笑いながらエルヴィンは、内心マリウスなら本当にユング王国まで出向くかもしれないと思った。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「帰ったら領内の商人たちにも声を掛けてみます」


 ルッツがそう言うとシュバルツも頷いて言った。


「私も御後見様に許可を頂いたらすぐに商人たちにあたってみます。恐らく御後見様は賛成して下さるでしょう」


 ステファンとシュバルツ、ルッツは、昨夜はそれぞれエルマの屋敷とホテルに泊まって今日も朝からマリウスの館でカンパニーの打ち合わせに入っていた。


「伯父上には私から話をしよう。商業ギルドの件やフレデリケの事も、伯父上と御婆様には話しても構わないな?」


 マリウスがクライン男爵の方を見ると、男爵も頷いて言った。


「止むを得ないでしょうが、くれぐれもフリデリケには注意して下さい、ロザミア・アールベックにも。かなり危険な連中だという事を忘れずに伝えて下さい」


 頷くステファンたちにマリウスが言った。


「辺境伯家はシュバルツさんが役員になるのですか?」


「いえ、御後見様に命じられれば止むを得ませんが、私はあまり商売の知識がありませんのでおそらく他の者が選ばれると思います」


 マリウスがルッツの方を見るとルッツが頷く。


「奥方様のお考え次第ですが、恐らくグランベール家の代表は私になるでしょう」


「王家は少し時間を頂くかもしれません。何分財務に明るい者が殆ど商業ギルドか、ブレドウ伯爵に近い者達ばかりですので、少し人選に難航するかもしれません」


「男爵様。なんやったら儂を役員に選んでくれてもよろしおまっせ。王家の為に粉骨砕身働かせて頂きますよって」


 ダックスがすかさず男爵に売り込んでいる。


「へっ! あんたみたいな強欲タヌキが王家の代表になれる訳無いだろう。でしゃばるんじゃないよ」


「何ゆうてますねんアンナ姉さん。儂はこう見えても王都じゃ少しは顔の知れたアキンドでっせ。商業ギルドの幹部連中を除いたら、儂の商会の右に出るもんは、いてまへんがな」


 相変わらず罵り合うダックスとアンナは放っておいてステファンが言った。


「10パーセントの株式があれば役員は推薦できるのだな」


「うん、総会で承認されれば役員になれるよ」


 マリウスが答えるとシュバルツが言った。


「昨夜ルッツ殿と話したのだが、辺境伯家と公爵家が各自一人ずつ役員を推薦してもまだ5パーセントずつ余るので、両家共同でマリウス殿を役員に推薦させて頂きたいのです」


「えっ! 僕がですか? しかし僕は……」


 今度はマリウスの顔からスッと血の気が引く。それでなくても移民の受け入れ準備で大忙しなので、カンパニーの立ち上げはノルンとダックスたちに任せて、自分はアイテムや商品の準備だけで済ませようと思っていたのだが、なんだか雲行きが怪しくなってきた。


 ノルンを見るとそっとマリウスから視線を逸らした。


「グランベール家からもお願いします。フレデリケ・クルーゲと対抗する為にも、マリウス殿をカンパニーから外すわけにはいかないでしょう」


 ルッツも懇願するように言った。


「私も賛成ですね。少なくとも立ち上げ当初はマリウス殿が付いていないと、カンパニーの運営を商業ギルドに奪い取られかねないと思います」


 クライン男爵まで賛同するのでは最早致し方ない。マリウスは止む無く頷いた。


「分かりました。総会で承認されたら引き受けます」


 リナがワゴンを運んで来たのでマリウスはワゴンの上に乗った八個のペンダントと12個のイヤリングの中から、ペンダントとイヤリングを二つずつステファンとルッツ、クライン男爵に渡し、ダックスとアンナ、ハーゲンとコルネリアにイヤリングを一つずつ手渡した。


「それはカンパニー専用にグループ化された“念話”のアイテムです。他の“念話”のアイテムとは話は出来ませんし話を聴かれる事もありません。ペンダントは各家の代表者に、イヤリングは商人の方に持たせてください。魔法の防御も付けてあるので簡単には精神魔法にかかる事はないでしょう。必要ならまた言って下さい。すぐに追加を送ります」


 ペンダントには“念話”と“結界”、“魔法効果増”、“物理効果増”を、イヤリングには“念話”、“魔法防御”、“魔法効果増”を付与してある。


 テオに“条件設定”でグループ化して貰ったが、“使用者登録”は付けなかった。

 未だメンバーが決定していないので、人事が決まってから改めて登録する事にする。


「ふふ、このアイテムを手に入れただけでも投資する価値は充分あるな」


 ステファンがペンダントを首に掛けながら笑った。


 多分またこれで、大陸の最強ランキングが変動したかもしれないが、もう今更である。


 マリウスは振り返るとノルンにペンダントを差し出した。


 ノルンは一瞬躊躇したが、すぐにマリウスの手からペンダントを受け取ると首に掛けた。


「僕だけ貰うとエリーが拗ねちゃうかもしれませんよ」


「はは、エリーにはレオンやイエルたち文官グループ用の“念話”アイテムを作って渡す心算だよ」


「本気でエリーを文官にする心算ですか?」


 ノルンが意外そうな顔をする。

 エリーゼはノルンが見ても、全く文官には向いていないように思えた。


「うーん、文官と云うかエリーには移民受け入れの責任者になって貰いたいんだ」


「エリーが移民受け入れの責任者ですか? それはちょっと難しいのでは……」


「カンパニーの立ち上げと移民の受け入れはどうしても成功させたい大事な仕事なんだ。これが上手くいけば今までやってきたことが全部実を結ぶし、やりたかった事が全部始められると思うんだ。だからこの仕事はノルンとエリーに手伝って貰いたいんだよ」


 戸惑うノルンにマリウスが熱く語る。

 二人にはいつまでも自分の傍らで、一緒に歩んで貰いたかった。


「そ、そう云う事ならエリーも僕も必ず頑張ってカンパニーと移民の受け入れを成功させて見せます」


 上ずった声でそう答えながら、ノルンはやっと何日も心の隅にわだかまっていた思いが消えて行くのを感じていた。


 マリウスが自分たちを必要としてくれている。

 ノルンは沸き立つ思いを押し殺しながら、胸のペンダントをそっと握り締めた。


  △ △ △ △ △ △


 三本のマストの帆が風を受けて大きく膨らんでいる。


 船首のデッキに立つエミールは海風に髪をなびかせながら、遠くに見えるナイメンの港を見つめた。


 この船はアールベック商会の持ち船である。


「エミール様。本当にロザミア・アールベックという女は信じられるのですか?」


 後ろからクレアがエミールに問いかけた。


「解らんな。何故商業ギルドが我らに手を貸すのか全く解らないが、取り敢えずあの女の御蔭で簡単にベルンハルト・メッケルに会えそうだ」


「あの女は只の商人でありません。恐らくユニーク、それもあのプレッシャーは戦闘職か魔術師に間違いありません」


 レアのアサシン、クレアが不安げな顔でエミールを見る。


「ふっ。お前も気付いたか。確かにアレは只者ではなさそうだ。私ですらあの女と対面した時、鳥肌が立った」


 エミールは、ロザミア・アールベックとの対面を思い浮かべながらクレアを振り返った。


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