7―45 ロランド会談
「勿論この話、乗らして頂きまっせ。儂は元から若様に賭けてます。商業ギルドと張り合うなんてこんなおもろい話、乗るに決まってるやないですか」
ダックスがポンとお腹を叩く。
「あたしも乗るよ。元々若様の御蔭でここまでに成れたんだ。ギルド支部の役員位で若様を裏切るわけありませんよ。あの話はきっぱり断ります」
アンナがにやりと笑ってマリウスに言った。
どうやらマリウスたちが、アンナがエールハウゼン支部の役員に誘われている話を知っている事に、アンナは気付いていたようだった。
「うん、ありがとうアンナ。ダックスも。でも幹部に昇進する話は未だ断らずに様子を見よう。エールハウゼン支部が完全にフレデリケの手先かどうか分からないし、もしかしたら味方に出来るかもしれないから」
「儂はどないしましょう? 王都に帰ったらフレデリケに会う事になってますが」
「うん、出来るだけ一人では合わない方が良いね。フレデリケは危険な人物だから。取り敢えず二人には“魔法防御”のアイテムを渡すよ」
ダックスとアンナもカンパニーに賛同してくれるようだった。
マリウスはハーゲンとコルネリアを見た。
「私も参加したいのですが、立場上ギルドとの動向をもう少し見届けてから判断いたしたく思います」
「私はぜひ参加させて頂きますわ。リスクを恐れて商機を見逃すのは商人失格ですから。ぜひともあの化粧水とハンドクリームを扱わせて頂きたいですわ」
デュフェンデルの商業ギルドの役員でもあるハーゲンは少し様子を見たいようだが、コルネリアは乗り気だった。
取り敢えず二人にも“魔法防御”のアイテムを渡しておこうとマリウスは思った。
商業ギルドとの交渉はロンメルに任せるしかないが、どうやらカンパニーを始められそうなので安堵したマリウスがノルンを振り返って笑顔で言った。
「お疲れ様ノルン。プレゼンは大成功だよ」
イエルがノルンの肩をポンと叩くと、ノルンもほっとした笑顔で言った。
「ありがとうございますマリウス様。これで僕の仕事は終わりですね」
「何を言っているんだいノルン。カンパニーはこれから始まるんだよ。うちが推薦する代表はノルンに決まっているんだから」
当然のように言うマリウスに、ノルンの顔からスッと血の気が引いた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「どうでしたかレベル上げの方は?」
マリウスが疲れた顔のクリスタと『ローメンの銀狐』の四人に尋ねた。
「凄かったです。辺境には本当に沢山の魔物がいるのですね。今日一日で二つレベルが上がりました」
クリスタがぐったりとした様子で答えた。
クリスタは冒険者と一緒にクエストに参加しているので、周りの医術師達に比べればかなり基本レベルが高い。
基本レベル8、ジョブレベル49で魔力量874は王都の医術師達の中でもかなり上位だった。
今日一日で基本レベルが二つ上がったので、魔力量が180増えた事になる。
『ローメンの銀狐』の四人も一つずつレベルを上げていた。
「それは凄い。ここにいる間中訓練すればあと四つ位は上げられそうですね」
にこやかな笑顔で言うマリウスに五人の顔からスッと血の気が引いた。
引き攣った笑みを浮べるクリスタたちを気にした様子も無く、マリウスが自分の隣に座る二人の美しい女性を紹介する。
「こちらは薬師ギルドのグラマス、カサンドラ・フェザー女史と製薬工場長のレオノーラ・ローレンス女史です。カサンドラ、レオノーラ、こちらは新しく医術師ギルドのグラマス代行になられたクリスタ・レインさんだよ」
三人が立ち上がって互いに挨拶を交わしている。
アイツの世界なら名刺交換とかするのだろうが、この世界にはそういう習慣はない。
こうしてみると三人とも20代後半位の同世代の女性のようで、いかにも新しい時代に世代交代という感じがする。
「カサンドラ殿は、今は眼鏡をかけていないのですね」
クリスタたちの横に座るクライン男爵が、少し上ずった声でカサンドラに言った。
「はい、これもマリウス様の『奇跡の水』の効果でしょう。最近すっかり視力が回復して、眼鏡が必要なくなりました」
眼鏡美人が眼鏡を外した時の破壊力はなかなかのものである。
化粧水の効果と相まってクライン男爵も、『ローメンの銀狐』のケヴィンやダミアンもカサンドラとレオノーラに見惚れている。
カサンドラは皆の視線を気にした様子も無く目の前のガラス瓶を指差して言った。
「こちらが『解毒薬』、下級エリクサーになります。患部に振りかけても飲んでも同等の再生効果が得られます。こちらの赤い陶器の瓶が外傷回復用の上級ポーション、青い方が病気治癒ポーションになります。エリクサーで再生後、痛みがあるようでしたら外傷用を幹部にかけて下さい。痛みが無ければ一日一本治癒ポーションを飲ませて下さい。体力回復効果もありますので2、3日で元通りに歩けるようになるでしょう」
「そんなに簡単に治るのですか?」
驚くクリスタにカサンドラが笑顔で頷く。
「“魔物憑き”に変化した人間を元に戻す事に比べたら、部位欠損の“再生”はそれ程患者に負担は掛かりません。安心して使って下さい」
「医術師ギルドに納入する上級ポーションと別に、『解毒薬』を2本、上級ポーションを10本ずつお渡ししますので、帰ったら直ぐに使ってみてください」
「ありがとうございます」
クリスタがマリウスに頭を下げる。
ロンメルに勧められるままに半信半疑でゴート村を訪れたクリスタだったが、今はマリウスの力を疑う気持ちは殆ど無くなっていた。
彼が治るというのなら、ブルクハルトは本当に怪我を直して再び医術師として復帰できるのだろ。
辺境の少年の力は本物で、彼が後ろ盾になってくれるならきっと医術師ギルドは再生できるだろう。
この村を訪れてよかったとクリスタは思った。
王家に納入する『解毒薬』200本と上級ポーション500本ずつ、医術師ギルドに納める上級ポーション500本ずつをクライン男爵たちが王都に運ぶ事になっている。
卸価格は上級ポーションが一本5万ゼニー、『解毒薬』が一本20万ゼニーで合わせて1億4千万ゼニーである。
「本当にそんな価格で宜しいのですか?」
「ええ、元々値段のつけようのない素材ばかりですから」
しかも苦労して手に入れたという程ではないので、人件費を換算しても一本当たりの利益は普通のポーションの数十倍である。
「それよりあんなに大金を頂いても宜しいのですか?」
レジスタンスの援助と移民の受け入れを王家が国策として承認したので、王家から補助金が下賜されたものをクライン男爵が運んで来てくれたのだが、なんと大金貨1万枚、100憶ゼニーだった。
「此度の戦の褒賞も兼ねているそうですよ。マリウス殿の御蔭で、大した犠牲も出さずに帝国を退ける事が出来たのですから当然です」
クライン男爵が笑って答えた。
戦の褒章は総て辞退するとエルザに告げていたのだが、これで開拓資金やカンパニーの出資金が出来たのはありがたかった。
「エルザ様が王都に用事が出来たと言っていましたが、王都で何かあったのでしょうか?」
「さあ、恐らくユング王国との同盟に関する打ち合わせで御座いましょう。
クライン男爵が笑顔でマリウスに答える。
エルンストがさらわれた事はエルザから口止めされているので、クラウスたちにも告げていない。
「同盟が上手くいくと良いですね」
マリウスは戦場で出逢ったボリス・オークランス将軍の顔を思い浮かべながら言った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
「それでは帝国がユング王国に軍を向けるようなら、我々エール守備隊がロマニエフに出兵し、帝国軍を牽制するという事で宜しいですな」
「助かります。帝国にとってロマニエフの鉱山は生命線と言えます。ロマニエフに王国軍が迫ればユング王国攻めどころではないでしょう」
ボリスがビルシュタイン将軍に答えた。
「しかしどうやらロマニエフ鉱山の鉄鉱石は枯れ初めているようだ」
「それは真で御座るか?」
エリク王子がエルヴィンの言葉に驚いた声を上げる。
「先ごろロマニエフから解放されたレジスタンスの証言です。この3年ロマニエフの鉄鉱石は減産し続けているそうです」
ビルシュタイン将軍が代わって答えるとエルヴィンも頷いて言った。
「帝国はどうしてもロランドが欲しいようですな。今度の戦も大方帝都の資本家たちが後押ししているのではないですか?」
「仰る通りです。帝都の資本家と結んだ親教皇国派の貴族たちによって強引に進められたと聞き及んでいます」
エリク王子も苦々し気に答えた。
「帝国も簡単には侵略を諦めないだろうが、バシリエフは今では魔物の巣、侵攻の足掛かりは失っている。レジスタンスの抵抗も活発になっていく筈なので、じきに戦どころでは無くなるだろう」
エルヴィンが笑って答えるとボリスが言った。
「我らは帝国から脱出する獣人、亜人の移民たちの移動を助ければ宜しいのですね?」
「うむ。ユング王国から脱出するルートがあれば、帝都や港湾の都市で奴隷にされている者達を脱出させるのに都合が良いそうだ」
「ただ、国境で戦が始まると通過が難しくなるのでは?」
ボリスの問いにビルシュタイン将軍がにやりと笑って答えた。
「その時は混乱に紛れて帝国内を横切り、バシリエフルートで脱出するか、いっそ船を奪って海から脱出するか、今レジスタンスたちが策を練っているところだ」
「バシリエフを通る事が出来るのですか?」
ボリスが驚いて尋ねると、ビルシュタイン将軍が首を横に振る。
「まともに通ることは出来ない。だが我等には魔物を退けるアーティファクトがある。今は5百個のみだが月末には更に3千個届くと連絡があったので、兵を進めるにしろ移民を脱出させるにしろ、かなりの人数を通行させることが出来るようになる」
「魔物を退けるアーティファクトで御座いますか、もしやエールで魔物を誘導したのもそのアーティファクトの力ですか?」
ボリスがフェンリルに乗ったマリウスの姿を思い浮かべながら、ビルシュタイン将軍に尋ねた。
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