7―44 マリウスの予感
「勿論構いませんよ。自分も含めて10パーセントの株主の推薦があれば役員に立候補する事も出来ますよ」
ノルンがダックスに答えると、アンナがダックスを睨む。
「ダックス、悪い顔してるよ。あんたカンパニーを乗っ取ってやろうとか考えているんじゃないだろうね?」
アンナがダックスにすかさずツッコむと、ダックスが慌てて首を振った。
「何ゆうてますねんアンナ姉さん。なんぼ儂かて若様と王家に公爵家と辺境伯家まで敵に回すわけありまへんがな。それでなくても教会にまで狙われてますのに、命が幾つあっても足りまへんがな」
「へー。あんたも随分と大物になったもんだね。よっぽどそのでかい面と尻尾が目障りだったんだろうね」
「尻尾がデカいのはお互い様でんがな。姉さんこそ公爵家に取り入って役員に推薦して貰おうとか考えてるんと違いますの。さっきからえらいルッツさんに色目を使うてますがな」
「なっ! 何を言ってるんだいこのエロ狸! 何時あたしが色目なんか使ったって言うんだい! テキトーな事を言ってると只じゃ置かないよ!」
突然の指名にルッツが驚いているが、シュバルツが二人の喧嘩を遮るようにノルンに言った。
「それでもう一つの案というのはどの様なものですか?」
ノルンが頷くとイエルがスライドを変える。
「これは正直実現できるかどうか分かりませんが、最もカンパニーの事業を円滑に進める為の苦肉の策と言えるものです。かなり危険を孕む事になるかもしれませんが、この案が実現すれば当面の問題は総てクリアされるでしょう」
ホワイトボードに映し出された出資比率と出資者の名前の描かれた円グラフを見つめながらステファンとシュバルツ、クライン男爵とトッド、ダックスたち商人までが絶句した。
「マリウス、これは一体どういう事だ? これは君が考えたのか?」
ステファンが驚いた顔でマリウスを見る。
うーん、やはり皆驚いているようだが、これが最も商業ギルドとの対立を避ける良案である筈である。
何よりも流通の垣根を取り払い、将来的に王国や国外まで事業を拡げる為にはこれがベストの選択だとマリウスは思っているが、ただこの案はマリウスだけで進める事は出来ない。
既にエルザを通じてロンメルに打診してあるが、未だ回答は得られて無かった。
「マリウス。本気なのか?」
クラウスが眉を吊り上げながらマリウスを見た。
「勿論本気です。余計な諍いを避けてカンパニーを成功させる為に、これが最も有効な案だと思います」
グラフに記された出仕比率は王家20パーセント、公爵家、辺境伯家、アースバルト家、一般株主がそれぞれ15パーセントずつ、そして残り20パーセントに商業ギルドの名が記されていた。
「そもそも商業ギルドにポーションの販売を独占させないためのカンパニーではなかったのか? 商業ギルドを株主に加えては本末転倒ではないのか?」
「別に20パーセントを商業ギルドに出資して貰っても、商業ギルドがカンパニーを自由にできる訳ではありませんよ、父上。精々役員を1、2名送り込んで来る位です。それでトラブルが回避できるなら、むしろその方が得策だと思いますが」
マリウスがクラウスに笑顔で答えるが、ホルスが眉を顰めて言った。
「しかし危険ではありませんか? 恐らく商業ギルドから送り込まれてくる役員の一人はフレデリケの可能性が高いと思いますが、薬師ギルドの二の舞になりかねないのでは?」
「ちょっと待ってくれマリウス。一体何の話をしているのだ。フレデリケとは商業ギルドの幹部で、グラマスのヘルムート・クルーゲの娘のフレデリケ・クルーゲの事を言っているのかい?」
「何故フレデリケ・クルーゲが役員に入ると拙いのですか? 薬師ギルドの二の舞とは一体何の事でしょう?」
フレデリケの事を未だ話していないステファンとシュバルツが、堪りかねて話に入って来た。
ルッツも詳しい話は聞かされていないようで、戸惑ったように皆の話を聴いている。
マリウスは商人たちを退出させるか迷ったが、既にダックスとアンナにはフレデリケの手が伸びつつあるようだし、恐らくハーゲンやコルネリアにも直ぐに接触する事が予想されるので、全員に情報を共有して貰う事にした。
クライン男爵に視線を送ると、男爵も仕方がないと云う様に頷いた。
「実はフレデリケ・クルーゲ女史が旧薬師ギルドの幹部を洗脳して誘導し、『奇跡の水騒動』を起こした疑いがあるんだ」
「何だって?! それは本当の話なのかマリウス?」
驚くステファンにクライン男爵が話を引き取って続けた。
「目的は分かりませんが、間違いなく『奇跡の水騒動』はフレデリケ・クルーゲによって仕組まれたものだと我々は確信しています。フレデリケ・クルーゲは非常に危険な人物です」
クライン男爵はこれまでの調査の経緯を全員に語って聞かせた。
120年前の話はさすがにかえって混乱するので伏せたが、フリデリケが明らかに精神魔法を使えるらしい事や、フレデリケと従者の男がとんでもない実力者である事なども総て語った。
「信じられません。あのフレデリケ様が……」
「本当につい先日東部の統括マネージャーになられたという事でご挨拶に見えたばかりですけど、とても美しくて上品な方で、そのような恐ろしい方には見えませんでしたが……」
ハーゲンとコルネリアも俄かには信じられない様子である。
「『奇跡の水騒動』の黒幕という事は、我等シュナイダー家とも少なからず遺恨があるという事だが、何故そんな危険な人物を招き寄せる様な事をするのだ?」
ステファンが不思議そうにマリウスを見る。
「うん。確かに危険かもしれないけど、このまま商業ギルドと争いながら事業を進めるのも危険な事に変わりはないし、将来的には王国全てや国外までポーションを届ける為にも商業ギルドと敵対したままではいられないと思うんだ。それに商業ギルド総てがフレデリケの仲間だとは僕には到底思えないし」
「というと?」
シュバルツが先を促す。
「商業ギルドと争って勝ったとしても、結果商業ギルドに所属している商会が潰れてしまうのでは王国の為にはならないし、商業ギルドが出資者に加われば、商業ギルドに所属する商会や流通業者をカンパニーに取り込み易くなる筈だよ」
「マリウス殿はひょっとして、商業ギルドそのものを取り込もうと考えているのですか?」
ルッツがやや呆れた様にマリウスに言った。
「いや、そこまでは考えていませんが、何と言うかギルド制度そのものが、新しい時代についてこられなくなるのではと思っています」
高速馬車や“念話”、“マジックバック”の導入で流通を加速させれば、恐らく急速に経済が発展する事になるであろうが、そう成れば成る程、一部の者の特権を認めるギルド制度そのものが邪魔になって来る筈である。
勿論これで終わりではなく、人手が揃えばマリウスはかねてから計画していた事に着手する心算であるし、そうなれば更に流通は加速していくであろう。
マリウスは、何れは薬師ギルドや魔道具師ギルドもカンパニー化して行こうと考えているし、結局自由競争の経済が発展していく先に行きつくところは、ギルド制度の廃止だと漠然と予感し始めていた。
「フレデリケの事は置いておくとしても、商業ギルドがマリウスを敵対視するのはある意味正当な事なのかもしれないな。まさかこの辺境の果てで、ギルド制度の廃止を目論んでいるとは驚いたな」
ステファンが改めてマリウスを見ながら、しみじみと呟くとシュバルツやルッツも頷いた。
「目論むなんて人聞きが悪いな。何れはそうなるかもという予想の話だよ」
「まあ、それはそれとして、フレデリケの事は如何する心算ですか? 参加する商人たちを洗脳し、カンパニーの主導権を奪おうとする可能性は充分考えられますが」
クライン男爵の言葉にクラウス達も頷く。
「危険な人物を敢えて懐に入れるのは、私は賛成できんな。何より一番危険に晒されるのはマリウス、お前だと思うが」
「フレデリケの使う洗脳が精神魔法であれば、恐らく“結界”や“魔法防御”のアイテムで防げると思います。“結界”のアイテムを送った宰相様が未だにフレデリケに取り込まれていない事が何よりの証拠でしょう。カンパニーの株主や役員、参加してくれる商会の人たちにアイテムを持たせれば大丈夫だと思います」
ステファンとシュバルツが顔を見合わせてから頷き合うとマリウスを見た。
「商業ギルドとフレデリケ・クルーゲの事は理解した。少なくとも表向き商業ギルドと揉めずにカンパニーを進められるのなら、辺境伯家としては参加しない理由は無さそうだ。御婆様と伯父上に話をしてみるよ」
「フレデリケ・クルーゲの事が真なら彼女の従妹、ラグーンのロザミア・アールベック女史も疑わしい人物という事になりますね。我が辺境伯家、特に私の父ベルンハルト・メッケルはロザミアと関係が深い。こちらでも独自に調査を始めさせて頂きます」
シュバルツが再びクールな表情に戻ると言った。
「公爵家は既に奥方様に許可を頂いているので、当然共同出資に参加させて頂きます」
ルッツも賛同するとクライン男爵も頷く。
「商業ギルドの件がどう転ぶにしても、カンパニー設立の方向で宰相様と話を進めさせて頂きます」
一応四家とも出資に合意か、合意に向けて動くという事で話がまとまったのでマリウスは改めて商人たちを見た。
「プレゼンはこれで終わりだけど、どうでしょう? もしかしたら商業ギルドと揉める事になるかもしれませんが、それでもカンパニーに参加して頂けますか?」
商業ギルドと対立するという事は、商人たちにとっては今後の商会の命運を左右しかねない重大事である。
伝えるべき事は伝えたと思う。
マリウスはダックスやアンナ、ハーゲンやコルネリアを真っ直ぐ見つめた。
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