7―43 出資比率
ユング王国との会談の場は、ロランド守備隊の本部がある屯所の応接室になった。
エルヴィンがビルシュタイン将軍を伴って部屋の中に入ると、ボリスとエリク王子が椅子から立ち上がる。
エルヴィンに礼を取ろうとするボリスを手で制してボリスに言った。
「一瞥以来だなボリス。息災か? 相変わらず苦労しているようだが」
「いえ、これも我が身が未熟ゆえ。国王陛下にはご迷惑をかけております」
ボリスが苦笑しながらエルヴィンに答えるとエリク王子を紹介する。
「グランベール公爵閣下。こちらはユング王国国王ヴィヨン・アールストレーム陛
下の第一王子、エリク・アールストレーム殿下で御座います」
エルヴィンが前に出て王子に礼を取る。
「エルヴィン・グランベールで御座います。遠路遥々のお越し、痛み入ります」
「エリク・アールストレ-ムである。会談に応じて下されたグランベール公爵に感謝する」
後ろのビルシュタイン将軍もエリク王子に一礼すると言った。
「メルケル・ビルシュタインで御座います。会談の前に貴国にお返しする者たちがおります」
「我が国に帰して下さるとは一体?」
ビルシュタイン将軍が後ろを振り返ると兵士の一人がドアを開ける。
「将軍閣下! エリク殿下!」
三人の平装の男が開かれたドアから中に入ると王子とボリスの前で片膝を着く。
「ビリエル! エリオット! クリストファーも! お前たち、生きていたのか?」
ボリスが驚いて三人を見る。
皆エール要塞の戦いで戦死したと思っていた彼の部下達だった。
「はっ! 公爵騎士団の手厚い庇護を受けて何とか生き永らえる事が出来ました」
「生き残ったのはお前たち三人だけか?」
「いえ、全部で87名、ラーシュも、マルクも皆控えの間で閣下に御会いできるのを、首を長くして待っておりまする」
「よくぞあの地獄の戦場の中で、87名もの兵士が生きのびてくれた……」
5千数百名と思われていた戦死者のうちの87名が生きていた。
それを多いと思うべきか、少ないと思うべきかは分からないが、それでもボリスは溢れる涙を止める事が出来なかった。
「グランベール公爵殿、ビルシュタイン将軍、父になり代わって礼を申す。我が国の兵を助けて頂き感謝する」
エリク王子も思わず頭を下げた。
「何の、戦が終れば遺恨はござらん。国に連れて帰られるが宜しかろう」
エルヴィンが鷹揚に頷く。
しばし部下達に会う為中座したボリスが戻って来て席に着くと、ユング王国とライン=アルト王国の同盟の会談が始まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「成程、王家と公爵家、辺境伯家とアースバルト家で共同出資して、東部一帯で流通から小売りまで総てを一手で網羅する商会を立ち上げるのですか。アースバルト家は薬師ギルドと魔道具師ギルドを傘下に納めているので、ポーションと魔道具に関しては生産から販売まで完全に商業ギルドを締め出す事になりますね」
ロンメルが可笑しそうに呟く。
「まったく面白い事を考える。確かに王家と三家が協力すれば十分可能な話ではある」
エルザも感心したように頷く。
エルザはマリウスから提案されたカンパニー案をロンメルに伝える為、王城を訪れていた。
エルンストの救出は『ローメンの銀狐』が王都に戻るまで作戦を立てられそうになかった。
ロンメルはエルザが直接人質交換に向かうのを止めたいが、どうやら決意は変わらないようだった。
「考えましたね。王家と三家が商会という形で繋がれば最早同盟も成ったも同然、マリウス殿には政治家としての資質もあるようですね。しかし辺境伯家がこの話に乗るでしょうか?」
「恐らく問題あるまい。このカンパニーで最も利益を得るのは辺境伯家だ。貿易に関しては辺境伯家の独壇場だからな。辺境の魔女が乗らない筈がない。その上海産物の流通か、全く海があるのが羨ましい」
エルザの言葉にロンメルも頷く。
「高速馬車に冷凍馬車、“念話”のアイテム、挙句の果てにマジックバックですか、流通や商取引の形が総て変わってしまいますね。私は5年前にラグーンで一度だけ魚料理を食べた事が有りますが、何れは王国中どこでも誰でも魚料理が食べられるようになるのですか」
「ふふ、兄上が好きでわざわざ水魔術師に凍らせて運ばせた物を何度か相伴に預かった事が有るが、魚貝の煮込み料理や海老のフリッターが美味かったな」
エルザも愉快そうに笑ったが、すぐ表情を引き締めてロンメルを見る。
「問題は商業ギルドだな」
「ええ、別に商業ギルドを通さずに商いをしても法に触れる訳ではありませんが、これだけ大きな利権が目の前を素通りしていくのを、彼らが指をくわえて眺めているとは思えませんね」
ロンメルが難しい顔をして頷く。
「王家と公爵家、辺境伯家が手を結んでも敵対して来るかな?」
「表向きはともかく、やりようは幾らでもありますからね。商業ギルドに所属する商会や流通業者に圧力を掛けてカンパニーに協力させないようにしたり、地方領主に働きかけて通行税を上乗せしたりといった嫌がらせは出来ますからね」
眉を顰めるロンメルにエルザが言った。
「だが、それは此方も同じこと。マリウスが薬師ギルドと魔道具師ギルドを傘下に納めている上に、国内最大の魔石や魔物素材の供給源であるし、公爵家の鉄鉱石、辺境伯家の貿易の利益を総て止められては商業ギルドといえども平静ではいられまい」
「クルーゲ親子、特にフレデリケがどう動くかですね。あの者達の目的が今一つ良く解りませんが、王家としては商業ギルドとカンパニーが潰し合いを始める様な事は極力避けたいですね」
両者が本気で対立してしまっては、王国中の商会や流通業者が潰れてしまいかねないし、そうなれば王国の経済が破綻してしまう。
「そこでだ、マリウスより一つ提案がある。これは宰相殿に骨を折って貰う事になると思うが、商業ギルドとのトラブルを回避する妙案だ」
「ほお、トラブルを回避する妙案ですか? 一体どの様な策で御座います?」
思わず身を乗り出すロンメルに、エルザがにやりと笑って語り出した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「出資額に応じてカンパニーの所有権である株式を発行し、利益が出れば株数に応じて配当を出します。また、カンパニーの運営を決める株主総会で保有する株式の数だけ発言権を持つ事になり、多数決で物事を決定する事になります。つまり全体の50パーセント以上の株主の意見がカンパニーの運営を決めていくことになります」
ノルンが再びOHPで映し出されたスライドを指示棒で指し示しながら説明する。
「出資者がカンパニーを直接運営する訳では無いのですね?」
シュバルツの問いにノルンが答える。
「会社を運営する役員は10パーセント以上の株主の推薦が必要で、株主総会で過半数の株主の承認を受ければ役員に就くことが出来る事にする心算です。カンパニーは選ばれた役員と参加して頂ける商人で運営していく心算です」
ノルンの説明にルッツが手を挙げた。
「どうぞルッツさん」
「要は株を多く持っている者、つまり最も多く出資したものが多くの権利を持つという事ですな。それで実際どの程度の出資が必要とお考えですか?」
「最低200億ゼニー、出来れば300憶ゼニーは集めたいと思っています。無論店舗などを提供される場合はお金に換算して出資額に計上しても良いですし、改めてカンパニーで買い取る形でも結構です。アースバルト家も馬車やアーティファクトはカンパニーで買い取って頂きます」
シュバルツが少し意外そうにノルンを見る。
「今の言葉はアースバルト家がカンパニーを仕切る心算は無いというように聞こえますが。マリウス殿が中心になって運営するのではないのですか?」
ノルンがマリウスをちらりと見ると、マリウスが頷いて立ち上がった。
「勿論出資も協力しますし、代表を送って意見も言わせて頂く心算ですが、既に薬師ギルドと魔道具師ギルドの二つの生産者ギルドを傘下に納めている僕がカンパニーの主導権まで握ってしまっては、周囲からアースバルト家がカンパニーの利権を独占していると反感を買う事になります。このカンパニーの本来の目的は、王国民に出来るだけ安価でポーションを確実に届ける事ですから、それは本意ではありません」
クラウス達と事前に決めた事である。
アースバルト家は勿論、何処か一家がカンパニーの実権を握る事は避ける事で、四家の連携を図ると同時に、対抗勢力と直接衝突する事は出来るだけ避けるようにする。
「うーん、辺境伯家としては他が主導権を握るよりはマリウスに任せる方が安心なのだが……」
ステファンが冗談めかして言うが、目は笑っていなかった。
「成程、実権を分散させることで商業ギルドとの衝突を避ける心算ですね。その為に最も重要な事は各家の出資比率になりますが」
ルッツがそう言うとシュバルツも頷く。
「具体的な比率は既に考えておられるのですか?」
「一応二つの案を考えています」
イエルがスライドを入れ替えるとノルンが話を続けた。
「王家が25パーセント、公爵家、辺境伯家、アースバルト家がそれぞれ20パーセント、残り15パーセントは一般公開するという案です」
「一般公開というのはどういう事ですか?」
「恐らく東部や南部の他の領主たちもカンパニーに参加したいと仰せられるかもしれませんし、商人の方にも出資者になりたいという方はおられると思います。そう言った方の為の一般株主枠です」
該当地域の中に、公爵領と王領の間に小領主が2家、辺境伯領と王領ラグーンの間の南部地域に4家の領主の領地がある。
「この比率なら例えば王家一家、或いは王家と何れかのもう一家だけでは過半数に達せず、他の一家か一般株主の賛同を得なければカンパニーの実権を握る事は出来ません。他の家でも同様です」
「成程、一般株主の15パーセントが意外と重要になってくる事になりますね」
「つまり儂らが株主になってもええちゅうことですか?」
頷くルッツにダックスがすかさず声を上げた。
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