7―40  豊かな国


「あの、ノルン殿。決して疑う訳ではないのですが、本当にそれ程の量が入るのですか? その……」


 シュバルツが話を遮ると、言い難そうに手提げ鞄を見ながらノルンに言った。


「それでは一旦外に出て、内容量を確認してみましょうか」


 ノルンがそう言うと、リナ達が閉ざされていた窓のカーテンを開けた。


 一行はノルンに促されるまま立ち上がって部屋を出ると、マリウスの館の中庭に出る。


 先日薬師と魔道具師たちとバーベキューパーティーをした広い中庭に出ると、ノルンが皆を振り返って慇懃に一礼し、皆の数歩前に出ると中庭の芝生の上に向かって“マジックバック”を広げた。


 一瞬で中庭に土の山が出来上がる。


 中庭を埋め尽くす、見上げる様な土の山に、シュバルツたちだけでなくクラウスやホルスも驚きを隠せない様だった。


 ノルンが再び皆に一礼すると、土の山に向けてバックを開いた。


 さっきまでそこにあった土の山が一瞬で消失し、一粒の土も残っていない芝生を全員が口を開けたまま呆然と見つめていた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 一同が再び広間に戻ると、リナとメイドが皆の前にお茶を置いてくれた。


「本当にマリウスはカンパニーの為に、自分の力を出し惜しみせずに総て使う心算なのだな」


 ステファンがお茶を飲みながら、若干呆れ気味に言った。


「マジックバックの事は事前に相談して欲しかったな」


 クラウスも少し不機嫌にマリウスを見た。


 王国中を探しても数個しか存在しないであろう国宝級のアイテムを、毎月一つ作るだけでもとんでもない話だが、容量が普通のマジックバックの125倍とあっては気軽に世間に公表して良いものか、さすがにクラウスも躊躇せざるを得ない。


「申し訳ありません父上。マジックバックの事は暫く秘密にしようかとも考えたのですが、やはり正直に話した方が皆さんの賛同を得易いと思い、ノルンに急遽プレゼンの内容を変更して貰いました」


 マリウスが神妙な顔でクラウスに答えた。


「まことマリウス様のお力は、噂以上なので御座いますね。商人ならあの“マジックバッグ”一つで莫大な富を築けそうですわ」


 コルネリアがやや引き攣った愛想笑いを浮かべる。


「“念話”のアイテムもしかり。噂では王家の宝物蔵に数個だけ所蔵されているそうですが、私が聴いた話では精々数キロ先の相手と短い会話が出来る程度と聞き及んでおりますが、まさか数百キロも先の相手と話が出来るとは……」


 ハーゲンも若干顔色が悪い。

 マリウスの力に慣れている筈のダックスやアンナも改めて驚いている様だった。


 少々反則ぎみともいえるマリウスのアーティファクトのブッ込みに、皆やや引き気味な感じである。


 やり過ぎたかとも思ったが、カンパニーに賛同して貰い、一気に軌道に乗せるにはやはり全力を見せるのが一番だと云うのが、マリウスたちが話し合った結論であった。


「しかし、“念話”のアイテムにしろ“マジックバッグ”にしろ、それだけを作って売るだけでマリウス殿は巨万の富を手に入れる事が出来るのではないですか? 何故カンパニー等と云う回りくどい事を始める気になられたのですか?」


 シュバルツが心底理解できないと云う様にマリウスを見る。


「別にお金儲けがしたいわけではありませんし、僕だけが利益を得ても意味がありません。東部に、いえ王国に住む人々総てが仕事を得て豊かな暮らしを手に入れる事が重要だと思っています。カンパニーはその為の第一歩です」


 流通の垣根を取り払い、経済を活性化させて、国民全てががむしゃらに働いて豊かな経済圏を創り出し、個々の生活を向上させる。


 スローライフなどクソ喰らえで良い。それがマリウスがアイツの記憶の中に見た、豊かな国の姿だった。


 再びリナたちメイドが窓のカーテンを閉めると、OHPの光が灯された。


「それではカンパニーの流通部門と対をなす小売店部門についてご説明させて頂きます」


 ホワイトボードに再び東部全域の地図が映し出された。


「小売店の形態はカンパニーの直営店と、地域商会の委託店の二種類になります。当面9月までに50店舗を、年内に100店舗を目指します」


「100店舗ですか?! それは少し多すぎるのでは?」

 シュバルツが眉を顰めながらノルンに尋ねた。


「私共の調査によると、該当地域すべての人口が約705万人になります、7万5百人で一店舗の比率は寧ろ少ない位だと考えますが。最終的には3万人に一店舗位まで店を広げていきたいと考えています」


「3万人で一店舗ですか、ベルツブルグの人口は30万人ですがそれならベルツブルグだけで10店舗作るという事ですか?」


 トッドが少し驚いた様にノルンに尋ねる。


「そうなりますね。ポーションだけでなく出来るだけ多種類の商品を揃えて安価に販売し、人々の生活に密着した業務展開を目指す心算です。カンパニー直営店は2直交代制で午前7時から午後11時まで営業する心算です」


「それは人手の確保が大変そうですね。最低でも四人以上は置かないと無理ですね」


「委託店に関しては、営業時間はお任せしますが、商品の値段は直営店と同じにして頂きたいです。それが販売を委託する絶対条件になります」


 難しい顔をするハーゲンにノルンが答えた。


「要はどの程度の利益が見込めるかっちゅうことでんな。ポーションは一店舗当たり何本位廻して貰えるんでっか?」


「9月時点で一店舗当たり月千本位は降ろせるでしょうか、店舗の利益は価格の一割になります」


 恐らくその頃には後続の薬師の移住者や、更に帝国からやって来る移民からも薬師を募って、その倍以上にポーションを生産できる筈であるが、王家や領主、医術師ギルドに直納する品物も必要なので無難な数字を答えた。


 薬師ギルドの利益とカンパニーの利益は勿論別になるので、流通の為の費用とカンパニーの利益を差し引いた店舗の利益はポーション一本当たり2千ゼニー程である。


「ふふふ。つまり月200万の利益は約束されているという事ですね。それで店舗の賃貸料や人件費は充分ペイできるとして、あとはポーション以外にいかに利益の出る商品を置くことが出来るかですね」


 コルネリアが口元に色っぽい笑みを浮べてノルンを見た。


 ノルンが少し赤い顔でリナに合図をすると、メイドたちが再びカーテンを開きワゴンに乗った商品を部屋に運び入れて来た。


 主力商品のポーションと魔道具、陶器やガラスの食器類、付与付きの衣類やワインにチーズ、バター、ヨウルトといった乳製品、農作物や果実も並べられている。


 商品の前には値段と説明の書かれた札が掛けられていた。


「これはコンロの魔道具ですか、随分小型ですが……」


「火力は従来の物より上ですよ。三段階で調整できます」


「これは照明の魔道具でんなあ、たった7千ゼニーでええんでっか?」


「天井に吊るすタイプですね。この紐を引っ張ると灯りが付く様になっています」


 ノルンが平べったい半円の形の照明の魔道具を持ち上げて、下に付いた紐を引っ張るとたちまち半円全体が明るく発光する。


「陶器やガラス食器も素晴らしいですね。我が辺境伯家が西側諸国から輸入して販売しているものと比べても遜色ない。しかも値段が半額ですか……」


 シュバルツがガラスのコップを照明の魔道具の光に翳しながら眺めると、眉を顰めた。


「それらは未だ工房の規模が小さく、それ程数は揃えられませんよ」


 マリウスが宥める様にシュバルツに言った。


「しかしやがては工房を拡大し量産を進める御心算でしょう」


 シュバルツがマリウスを探る様に見る。


「胡椒や砂糖といい、今まで辺境伯家が利益を上げて来た輸入品を次々自領で生産されてしまうと、我らがカンパニーに参加してもさほど旨味は無いように思うのですが」


「何故輸入にこだわるのですか?」


 マリウスが不思議そうに尋ねた。


「何故と言われましても……」


「こちらの商品が安価で優れているのなら、逆に我々が辺境伯家を通してこれらの商品を国外に販売しても良いのではありませんか?」


 マリウスの言葉にシュバルツが虚を突かれたように押し黙る。


「宰相様はポーションも何れは友好国や中立国に輸出される心算と聞いています。このゴート村から最も近い港は辺境伯領ナイメンですから、カンパニーが西や南の国々に輸出する製品の大半は辺境伯家が取り仕切る事になると思いますが」


「ははは、確かにマリウスの言うとおりだな。我らがその商いに参加しなければ、総てラグーンの商人に持って行かれるという事か」


 ステファンのナイスアシストにマリウスも頷いて話を続ける。


「それはそれで商業ギルドの懐柔という意味で、アリといえばアリだけど、全ての利益を商業ギルドに渡す義理はないしね」


「確かに砂糖や胡椒にしても西側諸国も南洋諸島から購入しているという点では我らと同じ。こちらが逆に西側に売ることが出来ればおそらく南洋諸島よりははるかに輸送コストは下げられる筈で御座いますな」


 独り言のように呟きながら腕を組んで考え込むシュバルツにマリウスが言った。


「何よりも辺境伯家の強みは海がある事でしょう。辺境伯家がカンパニーに参加して頂けるのならぜひ売り出して貰いたい商品があります」


「ほう、我らに売って貰いたい商品とは一体何だマリウス。まさかコメかい?」


 笑いながら言うステファンにシュバルツも興味ありげにマリウスを見る。


「うーんコメも買わせて貰うけど、どうしても売って欲しいものは海産物だよ。海の魚を王国中で販売したいんだ」


 マリウスが二人を見てにっこりと笑うと言った。



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