7―39 マジックバッグ
カーテンを引いて暗くした部屋に掛けられたホワイトボードに、マイセとナターリアに頼んで造って貰ったオーバーヘッドプロジェクター、OHPによってプレゼン資料が大きく映し出されていた。
「この様に、今まではギルドに流通業者と小売店を斡旋して貰う手数料、流通業者の手数料、小売店の利益等が総て商品の小売価格に乗せられていました。ギルドを通して品物を仕入れるにしても同じで、卸元の利益とギルドの手数料、仕入れた品物を運ぶ流通業者の利益等が総て価格に乗る事になります、更に複数の商品を複数の生産者ギルドに注文すると、各ギルドの手数料も更に価格に上積みされていきます」
“発光”の光でOHPの上に乗せられたOHPシート代わりのガラス板の画像が、ホワイトボードに映し出されるのを、ノルンが指示棒で指し示しながら説明していく。
二人で何度も練習したようで、緊張してはいるが淀みなくノルンが説明していくと、スライドを逆さまに映しだすお約束も無く、OHPの横に座ったイエルがガラス板のシートを入れ替えていく。
現状OHPフィルムは手に入らないので、板ガラスの縁をヤスリで綺麗に丸めて“強化”と“軽量化”を付与した物に、マイセの“転写”スキルで図やグラフを刷り込んで、“発光”の光を放つOHPの上に乗せると、下からこれもマイセに手作業で加工してもらったフレンネルレンズを透過した光が上の反射板に集まって、ホワイトボードに画像が映し出される。
単純な仕組みだが、シュバルツたちの興味を引くには十分な効果があったようで、シュバルツとトッドが前に乗り出して、机の上に置かれたOHPと映し出されたスライドを食い入るように眺めている。
「王家と各領主たちが共同出資して、商業ギルドを通さずに各領地の生産品を売り捌く為の販売網と流通網を築き上げると云うのがこのカンパニー構想です」
ノルンが皆を見回しながら話を続ける。
「例えばポーションに関してですが我がゴート村で生産されたポーションを商業ギルドに卸す価格は1万2千ゼニーになりますが、これに商業ギルドの手数料と輸送量や小売店の利益を追加すると実売価格は恐らく一本2万5千から4万ゼニーに位なると推測されます」
「随分と値段に開きがあるがどういうことだノルン?」
質疑応答は後ですると言ってあるのだが、クラウスが良く解らないと云うように声を上げた。
「それは小売店がどれ程の利益を価格に乗せるかで変わってきますし、例えばこの地から離れれば離れるほど、輸送量などの人件費が上がるからです」
「実際私共が店を構えるデュフェンデルまで足の遅い荷馬車で商品を運ぶと、ここからだとまるまる四日は掛かるでしょう。当然ながら例えば一日の距離のエールハウゼンよりは販売価格は高くなります」
ブラームス商会のハーゲンが答えるとコルネリアも頷く。
「王国の総ての地域で同じ値段で商品を売るのは無理で御座います子爵様、実際の卸値が地域で違うのですから……」
『観光地の自販機みたいな話だな。この世界の輸送力ならそうなるか』
「カンパニーの小売店ではどの地域でも一律で2万ゼニーでポーションを販売する予定です」
「その様な事が可能なのでしょうか? 遠隔地では赤字になってしまうのではないですか」
はっきりと言い切ったノルンにコルネリアが眉を顰めて問い返した。
「そうならない為の流通の仕組みを構築していく心算です」
ノルンの言葉にイエルがスライドを入れ替えると、十数か所の赤い点が記された東部地区の地図がホワイトボードに映し出された。
赤い点にはそれぞれ同じ大きさの赤い点を中心にした円が描かれており、十数個の円が東部地区を総て埋め尽くしていた。
「まず東部全域の地図に示されている地に商品の集積拠点を作ります。我々はこのカンパニーの流通部門の円滑な運営の為に三つのアイテムを導入する予定です」
「三つのアイテムですか? それはいったいどのような物です」
クライン男爵の問いシュバルツや商人たちも興味津々と言った様子でノルンを見つめる。
「一つは高速馬車です。既にマルダー氏の仲介で王都にも数台客室馬車を販売していますし、先日公爵家にも注文頂きましたが、ゴート村製の二頭立て荷馬車とゴート村製の特殊な馬具を装備した馬の組み合わせは約500キロの荷を積載して一日に100キロ以上の移動が可能です」
「100キロ以上ですか?! それでは通常の荷馬車の倍以上の速さですが、本当にそんな速力で荷を積んで走れるのですか?」
驚きの声を上げるハーゲンにダックスが笑って答えた。
「若様の魔法付きの馬車に、魔法付きの馬具を付けた馬なら、そんくらいは当然でっせ。何ならブラームス商会はんにも一台廻しましょうか? 早いだけやなくて全然揺れまへんで」
ドヤ顔のダックスを思わず睨みつけるハーゲンを放っておいて、ノルンが話を続ける。
「この高速荷馬車を来月には30台、年内には100台は導入できる予定です。既にお気付きでしょうがこの円は半径100キロ、つまり集積拠点から一日で到達できる場所を示しています。これだけの拠点を儲ければ東部全域のどこでも、注文から一日で商品を届けられる事になります」
「100台でっか。そんなに作れるなら儂にももっと廻してくれまへんか。今注文がようけ来てて、捌ききれてへんのですが」
「それはまたおいおい、ご存じのように多くの移住者を受け入れて工房も日々拡大していますので、何れはご希望に添えると思います」
ノルンがダックスの愚痴を宥めながら話を続ける。
「二つ目のアイテムは、情報伝達の高速化を実現する物です。これは今までアースバルト家と公爵家の機密扱いにされていた物ですがこの度公開する許可を公爵夫人様から頂きました。離れた場所で会話が出来る“念話”のアーティファクトです」
「“念話”のアーティファクトですか? 本当にそのような物が在るのですか、王家が秘蔵しているという噂を聞いたことは有りますが…」
驚くシュバルツにステファンが言った。
「すまないシュバルツ殿、伝えるのを忘れていた。私はベルツブルグで少し触らせて貰ったが本物だ。数百キロ離れた相手と心の中で会話できるアーティファクトをマリウスは作る事が出来る」
「私も見せて頂きましたが、確かに王都の公爵家軍師殿とベルツブルグの公爵夫人が連絡を取り合っていました」
クライン男爵も頷く。
「この“念話”のアーティファクトを集積拠点と生産拠点、本部と主だった商会に配置し、今何が売れていてどの商品が不足しているか、或いは商品がだぶついているか等の情報を素早く共有し、商品の流通を円滑にしていく心算です」
「その様な国宝級のアイテムを商売に使うのですか。成程、確かにこれまでにない流通の仕組みなのは理解できますが、それでも生産拠点から遠隔地の輸送費の問題は完全に解決されないのではありませんか?」
取り敢えず“念話”のアイテムの件は飲み込んで、シュバルツがノルンに問いかける。
「仰る通り、これだけでは未だ問題は完全には解消されていません。そこで遠隔地の輸送の経費を削減する為の三つ目のアイテムです」
ノルンはそう言うと小さな手提げ鞄を取り出した。
「これはマリウス様の作成されたマジックバッグです。今は一つですがこれも月に一個ずつ増やして年内に8個のマジックバッグを流通に導入し、遠隔地の輸送の経費削減に役立てる心算です」
「“マジックバッグ”を毎月一つずつ作成ですって? それは本当の話なのですか」
マリウスの力の規格外さにはもう慣れている筈のアンナですら思わず声を上げた。
マジックバッグを月一と聞いて、全員が騒めきながらマリウスを振り返った。
殆どの者がマジックバックの現物を見るのは初めてだが、ノルンの前に置かれている鞄はただの革製の小さな手提げ鞄だった。
マジックバッグの作成は希少級の付与で、マリウスはハイエルフの禁書の中からマジックバッグの付与術式を見つけていた。
伝説級付与術式で更に大容量の“マジックストレージ”の術式も載っていたが、こちらは恐らくレジェンドモンスターの魔石か、ユニークモンスターの魔石五つ位が必要になるの筈なので当分無理である。
「ええ、マジックバッグの作成には、レアモンスターの魔石五つかユニークモンスターの魔石一つが必要になるそうですが、今のアースバルト家の騎士団の実績なら問題ないでしょう」
「確かにマジックバッグがあれば多くの荷物を手軽に運ぶことは出来ますが、そうは言ってもマジックバッグの容量は精々馬車一台分程。それで遠隔地の輸送費の問題が総て解決できるとは思えませんが……」
シュバルツが驚きを押さえて、努めて冷静にノルンに言った。
辺境伯家でもダンジョンで発見されたマジックバックを門外不出の秘蔵品として一つ所有しているが、内容量は一辺が3メートル位の立法体で、時間停止や重量の相殺などの効果はあるが、かといってそれを数個程度で流通費の問題が総て解決できるとは思えない。
ノルンがマリウスにちらりと視線を送ると、マリウスが頷いた。
「マリウス様の作成されたマジックバックの容量は測定の結果一辺が15メートル以上の立方体。荷馬車125台分以上の容量があります。このマジックバッグを遠隔地の輸送に巡回させることで輸送費の大幅なコストダウンが図れます」
ノルンが馬車のみ、馬車とマジックバッグ1個、マジックバッグ2個、3個と流通に導入した時の輸送費のシュミレーショが描かれたグラフを指し示しながら説明していくが、全員の目はスライドでは無くノルンの前の机に置かれた小さな手提げ鞄に注がれたままだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます