7―36 ダンジョンに棲むもの
バルバラは目覚めると自分が下着姿に毛布だけ掛けられて、椅子に座らされているのに気付いた。
体を椅子に縛り付けられて、手枷を嵌められていた。
恐らく魔力封じの手枷らしく、魔法を使おうと試みたが発動しなかった。
体は未だ気だるいが、毒は何とか中和出来たようだった。
周囲を見回すと、石造りの部屋の中のようだった。
「さすがユニークだな、ブラッディベアでも一瞬で即死する猛毒なんだが」
声のする方を向くと、紋章の無いアースバルト家の革鎧を着た長髪の男が立っていた。
「あんた、確かロナルド・ベックマンだね?」
「ほお、名前を知っていて貰えたとは光栄だな」
「医術師ギルドを襲ったあんたの手配書は見たよ。エルンスト様はどこ?! 無事なんだろうね?」
バルバラが憎悪を込めてロナルドを睨みつける。
「勿論無事だ、あのガキは公爵夫人を釣り出すための大事な餌だ、思っていたより大分早いが公爵夫人が王都に入ったらしい。あんな女でも自分の息子は可愛いと見える」
「ふん、奥方様が来たらあんたらなんか秒殺でボコボコにされるわよ!」
喚くバルバラにロナルドがニヤリと笑って言った。
「その為にここに呼んだのさ。このダンジョンの奥底にはあの女でも手に負えない化け物がいる」
「ふん、ラミアクイーンでしょう、同じユニークなら奥方様の方が上よ」
やはりここはダンジョンの中のようだった。
「あれはこのダンジョンの中に2500年封じられている。最早ユニークなどではない」
魔物は長く生きれば生きるほど強いと云うのが常識である。
魔物は長く生きると進化する。
アークドラゴンが2000年以上生きるとレジェンドのエルダードラゴンへと進化すると云う伝説は、一般にも知られていた。
「そんな化け物をあんたたちが操れるの?」
ロナルドはそれには答えずに僅かに唇を歪めて笑っただけだった。
「私の鎧は返してくれないの? それとも私の裸が見たかった?」
「ガキの裸に興味はない。お前のアーティファクトは有難く頂いておく」
これでマリウスの付与装備が2着ハインツ陣営に渡ってしまった。
改めて自分の失態に顔が赤らむバルバラに、ロナルドが冷めた声で言った。
「人質交換は八日後だ、それまでは貴様の命も保証してやる」
唇を噛みしめるバルバラにそう言い捨てると、ロナルドは部屋を出て行った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「王都の医術師ギルドはほぼ壊滅状態です。宰相様はマリウス殿に医術師ギルドの後見になって頂きたいそうです」
後見等と言われると物凄く大物になった感じがするが、マリウスの陣営には残念ながら医術師は、アースバルト家専属医術師のヤーコプしかいないし、技術のノウハウは全く持っていない。
同席しているクラウスとホルス、イエルも戸惑いながらクライン男爵の話を聴いている。
後ろの席にはノルンとエリーゼ、クルトとクレメンスが座って黙って話を聴いていた。
「後見と言われても僕に出来る事は精々、医術師用の付与アイテムを作って渡す位ですが……」
「勿論それだけでも大変大きな力になりますが、実は王都と王領で今ビギナーを中心に医術師を大々的に募集しているところなのです。マリウス殿にはその医術師達を一時預かって頂いて鍛えて貰いたいのです」
「鍛える、ですか? つまり基本レベルを上げろという事ですか?」
「そう云う事です。マリウス殿は独自の手法でビギナーの魔術師や生産職を育てている実績が御有りだとか。そこに王都の医術師も加えて頂きたいと云うのが宰相様の願いです」
既にアデリナや、エリスの他にも、今マリウスの元にはエールハウゼンから応募してきた数名のビギナーの錬金術師や魔道具師が、やはりビギナーの魔術師たちと共にレベル上げの施設で訓練中であった。
「それだけなら勿論構いませんが、肝心の医術の事はこの村では学べませんが、宜しいのですか?」
「何せ多くの医術師が此度の事件で命を落とし、王都でも医術師が不足している状況です。教師役になれるような医術師をこちらに派遣する事は無理なのです」
クライン男爵も困り果てた様子だった。
クライン男爵の横でクリスタも無言で項垂れている。『ローメンの銀狐』の四人はクリスタの後に立って、やはり無言でマリウスたちの話を聴いていた。
マリウスがクリスタの顔を見ながら言った。
「前のグラマスはもう医術師を続けられないのですか」
「先生は両足を失って、もう一生立つこともできません。医術師の仕事は無理です」
また泣きそうな顔になるクリスタにマリウスが笑って言った。
「それなら多分何とか出来ると思います。下級エリクサーと上級ポーションを何本か渡しますので帰ったら使ってみてください。それでもだめなら僕が何とかします」
「え、エリクサーがあるのですか? な、何とかって……」
神聖魔法について書かれたハイエルフの禁書にマリウスの知らない希少級や伝説級魔法が幾つか載っていた。
“再生”もあったので多分大丈夫だろう。
「そのブルクハルトさんが治ったら、教師としてビギナー魔術師と一緒にこの村に来て下さい。住居と医術師の学校を作ります」
マリウスの言葉にクリスタが戸惑いながら首を振る。
「あ、いえ、もし治ったら先生にはもう一度グラマスに……」
「クリスタさん。エリクサーの事は当分の間、王国の秘事です。失った筈の足が治ったデュッセル氏が王都に現れれば、たちまち大騒ぎになるでしょう。確かにデュッセル氏にこの村に教育係として来て貰うのが一番良いようです」
クライン男爵がクリスタに言い聞かせるように言った。
「そ、そうですか。でも、本当に足が治るのですか?」
「今のところ片腕が完全に再生したのを確認していますし、恐らく大丈夫でしょう。明日のプレゼンにカサンドラとレオノーラを呼んであるので、実物を持って来させて説明させます」
レアの医術師ブルクハルトをこの村に招聘できるのは、マリウスにとっても大きなメリットである。
移住者の中にも医術師がいるかもしれないし、ホルスに頼んでアースバルト領でもビギナーの医術師を募集して貰おうとマリウスは思った。
いっそカサンドラやレオノーラとブルクハルトを教師に、医術と薬学を教える本格的な専門学校をゴート村かレーア村に造っても良いかもしれない。
マリウスはふと思いついてクリスタに言った。
「如何です? クリスタさんもレベル上げの訓練に参加してみますか?」
クライン男爵たちは五日後にこの村を発つ予定だった。
騎士団と同じ付与装備を付けているので、一日施設で魔物を狩れば、一つ位はレ
ベルを上げられるだろう。
「あ、はい……。宜しくお願いします」
「明日の朝迎えをよこします。今日はホテルで滞在して村でも見物して行って下さい。エリーに案内させます」
今日から五日間は、ゴートホテルの個室と特別室は全て押さえてある。
クライン男爵はクラウス達とマリウスの館に泊って貰うが、クリスタと『ローメンの銀狐』の4人、ダックスやコルネリアとハーゲンにもホテルの部屋を用意した。
エリーゼが五人を連れて部屋を出ると、マリウスは改めてクライン男爵と向き合った。
「未だフリデリケ・クルーゲが何かをした確証は得られていません。ただ、やはりフリデリケが只者ではないという話は本当のようです」
「只者ではないと言うと?」
マリウスが首をかしげてクライン男爵に問い返す。
「それも冒険者の心象なのですが。先程お会いした『ローメンの銀狐』のラウラ・ギ―レンはレアのシーフで、王都でも有名なダンジョン探索のプロなのですが、彼女が言うにはフリデリケから過去にダンジョンで遭遇した最上位のユニークモンスターに匹敵する程の力を感じたそうです」
つまりハティ並みの強さなのだろうか?
「それで、フリデリケさんが薬師ギルドを操っていたという証拠は無いのですね?」
「証拠も何も、改めて幹部全員の取り調べを行ったところ、フリデリケの事を覚えている者は誰もいませんでした。まあ3年も理事をしていたフリデリケの事を誰も憶えていないという事自体が、怪しい証拠と言えるのですが……ああ、それと以前お連れしたフランツ・マイヤー前筆頭理事が今行方知れずになっています」
「えっ! そうなんですか? 実は……」
マリウスはフランツの手下らしいマークという男が村に訪れて元カノのメラニーに接触し、上級ポーションの製法を探ろうとしていることをクライン男爵に伝えた。
「フランツがその様な事を。困った男ですね。まあフランツが動いているのなら十中八九後ろに居るのはクレスト教会でしょうが……。解かりました。帰ったら私の方でも調べてみましょう」
そう云うクライン男爵に、マリウスが上級ポーションの製法を公開すれば良いのではという話をすると、クライン男爵はかなり驚いていたが理由を聞いて納得する。
「成程、アークドラゴンの鱗にマンドラゴラの根ですか。それはおいそれと手に入る素材ではありませんね。仮に手に入れられたとしても一体幾らになるか。恐らく王族か大商人位しか買える者はいないでしょうね。確かにまともに商売が成り立つとは思えませんね」
上級ポーションの製法を盗むのは無意味だと知れれば、少しは面倒な連中が村に来なくなるかもしれない。
上級ポーションそのものを盗む方が未だ現実的な話であるが、医術師ギルドの病院に行けば、必要な人間には格安で投与される予定なので、それも大した利益が得られるとは思えない。
「分かりました。持ち帰って宰相様に検討して頂きます。それと120年前の薬師ギルドの経緯について、分かった範囲でお話します」
そう言って男爵が語り出した話は、少なからずマリウスやクラウスを驚かせるものだった。
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