7―34  ノート村の騎士団


「みんなお風呂によっぽど入りたかったんだね」


「だからって、みんなで朝一番にお風呂に並ぶことないじゃない! 一日中営業しているんだから!」


 ジェーンとビギナー水魔術師のジュークとハント、水道部員の少年達が全員、泣きそうな目でマリウスを睨んだ。


「あー、ブロックに言って給水ポンプをもう一台作って貰うよ。あと、ジェイコブに言って入浴者の整理をさせるよ」


 未だ自分を睨むジェーンにマリウスが額に汗を掻きながら言った。


「あ、エールハウゼンからまた二人応募があったから、採用したらすぐに此方に廻すよ」


 マリウスはそれだけ言うと逃げるように公衆浴場を出た。


  ★ ★ ★ ★ ★ ★


 今日はノート村の仕事を幾つか片付ける心算で来たのだが、来た早々公衆浴場の騒ぎに遭遇してしまった。


 マリウスが気を取り直して村の広場に出ると、既にジェイコブとヘンリーに率いられた自警団の若者21人と冒険者3組12人が整列していた。


 ノート村の自警団は正式に騎士団に編入する事にした。

 家業などのあるものは退団して貰って構わないと告げてあったのだが、全員が騎士団入りを望んだ。


 騎士団入りした元自警団の兵士たちと冒険者は全員、アースバルト騎士団の正規装備である付与付きの革鎧の上下に、“筋力増”、“速力増”、“物理効果増”、“魔法効果増”を付与した腕輪を装備し、ジェイコブには他の隊長達と同じように“結界”と“索敵”も付与したペンダントと、ドラゴンの鱗で鍛えた剣に“切断”を付与して渡した。


 “念話”のアイテムも一つ渡したいが、テオの“条件設定”が済んでからにする。


 テオたち魔道具師も順調にレベルを上げているので余裕でレジスタンスに送る武器の“使用者登録”を終わらせられそうなので、月末には“条件設定”でグループ化された“念話”のアイテムに入れ替えていく予定だった。


 マリウスはジェイコブたちと、東の森に向かった。

 牧場は以前の倍程に広げられ、牛、山羊、馬が放牧されていた。


 村のすぐ近くには養鶏場も建てられていて、数百羽の鶏が飼われている。

 牧場を抜けると嘗ての森がかなり伐採されていて、畑が開かれていた。


 クラークの指導でトマーテやカトフェ芋の他に、野菜や果実、大豆や小豆、スイートカトフェ芋など様々な農作物が植えられていた。


 畑の向こうの森の中の道を抜けると、嘗てハイオーガと遭遇した滝のある淵に辿り付いた。


 淵の端の幅が狭くなっていく辺りに橋が架けられている。

 橋を渡るとすぐに魔物除けの杭の列が見えて来た。


 ノート村から約10キロ、小山を取り囲むように杭が並ぶ所までが、ジェイコブたちが魔物討伐をしながら広げたノート村の境界線だった。


 マリウスはジェイコブたちやノート村の生産職のレベル上げの為に、この策の向こうに新しくレベル上げの施設を造る事にした。


 以前から要望があったのだが、ようやく着手できるようになった。

 この辺りはもう魔境との境であるセレーン河迄5キロ程しかない。


 今は五月の末だがもう汗ばむような暑さで、“結界”で体を覆っているマリウスはさほど感じないが、兵士たちは汗びっしょりだった。


 魔境近くで活動する兵士たちの為に革鎧に“防暑”も付与しようと思いながら、マリウスは“ストーンウォール”を発動した。


 あっという間に完成したレベル上げ施設の石壁を皆が呆然と見上げていたが、我に返ったジェイコブに指示されて、兵士たちが周囲の杭打ちを始めた。


 同行したアグネスが、“土操作”で階段を造っていく。

 マリウスは改めて周囲の土地を見回した。


 ここに胡椒を栽培する為の温室を作る予定で、既に完成した1メートル角のガラス板100枚に“強化”と”軽量化”を付与して、ノート村に運び込んでいた。


 恐らくこの辺りの気候なら、温室の外で砂糖キビの栽培も出来るであろう。


 何れここにも村を開く予定だが、取り敢えず30軒ほどの集落を淵の側に作らせて、この辺りの開発に着手して貰う心算だった。


 獣人移住者を更に入植させ農業と畜産業をどんどん拡大していく為にも、レベル上げ施設も順次数を増やそうと思った。


 マリウスは、“クリエイトロード”を使って森の中の道を馬車が通れるほどに広げると、ハティに跨って去ろうとしたがジェイコブとヘンリーがマリウスを引き留めた。


「若様! お願いが有ります。我等にも特級魔物を狩る事を許可して頂けませんか!」


「お願い致します! 我らも決して特級魔物に後れを取る様な事はありません」


 マリウスは未だノート村の自警団には特級魔物と戦う事を許してなかった。

 もし遭遇したら戦わず、杭の中に逃げるように指示してあった。


「うん。そうだね。でも月末にジェイコブに“念話”のアイテムを渡すから、それからにしよう」


 何かあった時に連絡が取れればフォローも出来る。

 冒険者上がりのアドバンスドの剣士ジェイコブは今レベル23で、ミドルの火魔術師のヘンリーは16、元自警団の兵士たちの平均レベルも今では10を越えている。


 恐らくマリウスの付与装備を付けていれば問題ないであろう。


 拳を握り締めてガッツポーズをする二人に笑って手を振ると、マリウスはハティに跨って空に駆けあがった。


  ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎


「アナベルの城には某の配下の兵千が居ります。すぐに周辺の状況とユング王国の様子を知らせるように使いを送ります」


 ブラソヴィチ・レバノフスキー将軍の言葉にミーシアが歯噛みしながら答える。


「おのれリヴァノフ候。アレは何か知っていて隠しておる。或いはマカロフ将軍を使ってリヴァノフ候が何か仕掛けたのかも知れぬ」


「確かに。ロランドを襲ったはずのスタンピードが我が軍に向かってきた件といい、ユング王国の突然の裏切りといい、何やら我らの策が王国に上手く逆手に取られているようで御座います。或いは誰か寝返り者がいるのかもしれません」


 レバノフスキー将軍が口ひげをいじりながら、訳知り顔で答えた。


「エルドニア製鉄をはじめ帝都の資本家や貴族共も大騒ぎをしてわらわの元に連日押しかけておる。早く手を打たねば面倒な事態になる……枢機卿猊下、教皇猊下は何と仰せであらせまするか?」


 ミーシアが向かいに腰掛けるラウル・アベラール枢機卿を見た。


「それが、王国宰相ロンメルから此度の件に付いて本国に条約違反を訴える抗議文が届いているようです。王国はベルツブルグで捕えられた聖騎士とアレンスカヤ将軍を証人にしておりますれば、本国も表立っては動けぬ状況で御座います」


 ラウル・アベラール枢機卿が眉根を下げて困り果てた様に答えた。


「くっ。レナータの奴、バビチョフたちと一緒に死んでくれれば良かったものを。生きて捕えられるなど恥の上塗りだ!」


 レバノフスキー将軍が吐き捨てる様に言った。

 ミーシアも眉を顰めて考え込む。


 先程見たバビチョフ将軍の銀のフルプレートメールには、ミーシアの付与した“物理防御”、“魔法防御”の付与術式が消えていた。


 ミーシアはユニークの付与魔術師だった。


 彼女の付与が施された鎧は最強のアーティファクトであり、本来なら彼女から鎧を与えられたバビチョフ将軍は無敵の筈であった。


 考えられる事はただ一つ。誰かが彼女の術式を“消去”した。


 しかし彼女は知っていた。消去できる術式はあくまで自分より格下のものだけで、同格以上の者が付与した術式は消去できない。


 彼女の先祖のユニークの付与魔術師が、彼の師匠の付与魔術師が付与した術式を消去できなかったと、古い日記に書き残しているのを彼女は読んだことがあった。


 彼の師匠は『緑の賢者』と呼ばれる、エルフのユニーク付与魔術師だった。


「王国にはレジェンドがいるのかもしれない」


 何気なく漏らしたミーシアの一言に、アベラール枢機卿とレバノフスキー将軍が目を剝いて声を上げる。


「まさか! そのような話は聞いたことがありません」


「何か心当たりでもおありですか?」


 探る様にミーシアを見る枢機卿に、ミーシアはそれ以上は答えずに美しい眉を吊り上げて言った。


「レバノフスキー将軍、バシリエフの奪回は後回しです。直ちに軍を編成してユング王国に向かって下さい。ユング王国程度、将軍なら容易に踏みつぶせるでしょう! 二度と帝国に逆らえぬよう徹底的に叩きのめして下さい」


「お任せ下さい宮廷顧問官殿! バシリエフ奪回の前の肩慣らし。ユング王国など一捻りで御座います」


「それと、レヴァノフ候が持ち帰った捕虜のリストに名の有った士官、貴族と資本家の子弟53人をすぐに囚人奴隷と交換させて下さい。奴隷など幾らでもくれてやれば良いですわ」


 イヴァンはレヴァノフ候に皇帝旗や将軍たちの遺品と共に、エルビーラから受け取った捕虜のリストを託していた。

 子供を取り返してやれば、少しは騒ぎも沈静化するかもしれない。


 自信満々な様子のレバノフスキー将軍の言葉を聞きながら、やはり心の奥底に湧いた不安を拭いきれないミーシアであった。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「工場長に怒られた?」


「ううん。ちょっと注意されただけ」


「御免ね。若様から頼まれたの。メラニーの事を少し調べて欲しいって」

 アデリナが済まなさそうに言った。


「うん、レオノーラ様から聞いたよ。若様とアデリナが庇ってくれたから注意で済んだけど、今度こんな事が有ったら処罰されるって」


 メラニーが錬金釜の中の薬草を掻きまわしながら、しょんぼりと言った。


 製薬工場である。

 メラニーは注意だけで済んだようなので、アデリナはほっとした。


「若様が言ってたわ、そのメラニーの彼氏も多分騙されているって。だから次に村にやってきたら私に教えて。若様は絶対彼に酷い事はしないから」


「うん、そうするよ。ありがとうアデリナ。ずっと友達でいてね」


「当たり前じゃない。そうだ、今日も仕事が終わったらアイスクリームを食べに行こうよ」


 アデリナがメラニーの肩を抱くと、メラニーが頷いた。


 マリウスはマークの事も、マークをよこした元理事のフランツの事もさほど気に掛けていないようだが、彼等の背後に面倒な勢力が付いている可能性を懸念していた。


 アデリナは初めて出来た友達を、絶対に守ると心に決めた。



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