7―32  緑の国手


「マリウス様、今宵はどの様な御用件で我らをお呼びでしょうか?」


 テオがマリウスを探る様に見る。


「メラニーの事はお詫びいたします。本人には厳しく指導いたしましたので、どうかお許しください」


 レオノーラが深々とマリウスに頭を下げた。


「うん、メラニーは別に何もしていないんだから忠告くらいで良いよ。今日は別に仕事の話で来て貰った訳じゃないよ、単なる食事会だよ」


 レベル上げを始めて今日で三日経ち、魔道具師も薬師も平均二つ位レベルを上げてくれていた。


 テオやレオノーラたちアドバンスド以上の者はほぼ全員レベルを三つ上げている。


 今日は早速皆にアースドラゴンの肉を食べて貰おうと夕食に招待した。

 さすがに全員は無理なので、取り敢えず薬師20人と魔道具師10人を招待している。


 これから月末まで、暫くはこの食事会を交代で続け、全員に2回位はアースドラゴンの肉を食べて貰う事にした。


「え、アースドラゴンの肉を食べると魔力量が増えるのですか?」


 さすがに黙って彼らを実験台にする様な事はしたくないので、マリウスは正直に話した。


「そう云う事でしたか。少し魔力量が増えているようで不思議に思っていたのですが……」


 テオとレオノーラが驚きを隠せない顔で言った。


 ローストアースドラゴンの大きな塊を、リナたちが切り分けて皿に盛りつけている。


 大きな鍋ごと持ち込まれた、アースドラゴンの煮込みから香草の良い臭いが部屋に広がっていく。


「うん、あ、それともう一つ。アースドラゴンの肉には、肌を綺麗にする効果があるようだよ」


 マリウスの言葉にレオノーラが喰い気味に答えた。


「ああ、やはりそうなのですね。実は歓迎会の翌日、妙に肌の張りが良いような気がしていました」


 レオノーラだけでなく女性薬師と女性魔道具師が全員、興味津々の様子でマリウスたちの話に聞き耳を立てている。


「ふふふ、実は私もシワが少し減ったような気がしておりました」


 テオも満更でもない様子で微笑む。


 マリウスはローストアースドラゴンを早速口に運ぶレオノーラを見て、ふと思いついた。


「レオノーラはクライン男爵の事は、知っているのかな」


「ええ、勿論。今回の移住に関して、彼是とお世話になりました」


「丁度良かった。実はクライン男爵が明後日ゴート村に到着して、三日後にポーションの流通に関する話をするのだけど、レオノーラにも協力して欲しいんだ」


「私がですか? ええ、喜んで。一体何をすれば良いでしょうか?」


「うん。実は今、カサンドラに……」


 マリウスのプレゼン準備は着々と進んでいた。


  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「信じられない! 帰ってこないわよ、あの二人! 私のようなか弱いレディーをこんな山の中に置き去りにするなんて!」


 自分で行かないと言ったのは忘れて、バルバラが自分勝手に憤慨する。

 辺りはすっかり日が落ちてしまって、森の中は真っ暗である。


「お腹減ったな。寒くなって来たし。もう放っておいて帰るかな」


 繋いでいた馬の方に歩いて行くバルバラの背中に吸い込まれる様に、闇の中を飛来した2本の矢が命中したと思われた瞬間、バルバラの姿が消えた。


「?!」


 二人の射手がバルバラを見失って、狼狽えながら周囲を見回す。


「いきなり矢を射かけるなんて、随分強引なナンパね」


 いつの間にか二人の後ろにバルバラが立っていた。


 彼女は“魔力感知”で自分に迫る二人を察知して、上級光魔法“ミラージュ”で自分の幻影を作成して、気配を殺して茂みの中に隠れていた。


 即座に反応した二人が左右の茂みに向かって跳ぶが、バルバラの指先から放たれた光が二人を貫き、二人とも痙攣しながら地面に倒れた。


「半日位で動けるようになるからおとなしくしていてね」


 倒れている二人を一瞥すると、繋いである馬の向こうに向かうバルバラが突然よろめいて膝を着いた。


「ふ、ユニークにも毒は効くようだな」


 木陰から“隠形”スキルで姿を隠していたロナルドが姿を現す。


「くっ!」


 バルバラが立ち上がろうとするが、体に力が入らずに地面に手を付いた。

 繋がれた三頭の馬がバタバタと斃れていった。


 バルバラはやられたと思った。恐らくロナルドもずっと自分の側で、気配を殺して隠れていたのだろう。


 一瞬の隙をついて何かのスキルで、空気中に毒を散布した様だった。

 バルバラが“毒耐性”を全力で働かせてレジストしようとするが、次第に体に力が入らなくなってくる。


 バルバラは最後の力を振り絞って、アレクシスとカイの二人に救援要請のサインを放った。


  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 暗闇の中、300メートルはあろうかという垂直に切り立った崖を、すいすいと登り切ったアレクシスとカイは、地面にうつ伏せになって岩陰から下を見下ろした。


 崖を登り切った先は、丁度古代遺跡が見下ろせる岩場の上だった。


「5百、いや千はいるぜ」


 アレクシスが彼方此方に篝火を焚かれた古代遺跡の周囲に張られた軍用テントや、繋がれた夥しい軍馬を見ながら小声で言った。


「恐らくハインツ・マウアーと亡命したエールマイヤー公爵騎士団の全軍だな、何時の間にこれだけの兵を呼び寄せていたのだ」


 二人の位置は周囲の警戒をする兵士たちから700メートル程離れている。

 情報ではハインツ陣営にレア以上で“索敵”を使える者ロナルド・ベックマンだけの筈である。


「これ以上近付くと敵に気取られるかもしれん。エルンスト様はあの遺跡の中だろうが……」


 カイが篝火に浮かぶ石造りの神殿の様な遺跡を見ながら言った。


「確かあの中にダンジョンの入り口があるんだったな」


「ああ、地下にダンジョンの入り口の扉と、10階層のセーフティーゾーンまで直行できるワープスフィアがあるそうだ」


 このダンジョンの初期調査をした『ランツクネヒト』の報告では、10階層のセーフティーゾーンにあるワープスフィアに触れると登録され、以後ワープスフィアに触れるだけで自由に入り口と10階層を行き来出来るようになるらしい。


「エルンスト様はその10階層に閉じ込められている可能性が高いが、罠かもしれん」


「どうする、突っ込むか」


 二人の力なら強引に敵兵を突破して古代遺跡まで辿り着くことは出来るであろう。


「馬鹿を言え。エルンスト様にもしもの事が有ったら奥方様に殺されるぞ。情報だけ探ったら気付かれる前に撤収す……」


 突然夜空が昼間になったように眩しい光に照らし出された。


 二つ向こうの山の麓、彼らが馬を繋いだ場所から周囲を照らし出すような光が数秒発せられて突然消えると、辺りはまた暗闇に戻った。


 アレクシスとカイが直ぐに状況を察して、登って来た崖を迷わず飛び降りる。


 崖の僅かな突起を数度蹴って減速しながら地上に着地すると、“瞬動”を全開にしてバルバラのいた筈の場所に、数分で駆け戻った。


 三頭の馬が木に繋がれたまま、横倒しに斃れていた。

 カイが周囲に“索敵”を走らせるが、カイの索敵範囲1.5キロ圏内には人の気配はなかった。


「殺られたのか、バルバラの奴?」


「いや、さらわれたという事は未だ生きているのだろう」


「うーん、それって……」


「人質が二人になったという事だな」

 カイが肩を竦める。


「参ったな。軍師殿にまたどやされるぞ」


 アレクシスが大きくため息をつきながら、夜空を仰いだ。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「やっと起きたの? アセロラ」


 パメラが食堂に入って来たアセロラに声を掛ける。


「やっと王都に辿り着いたと思ったら、散々こき使われたからね。少しはゆっくりさせて欲しいよ」


 アセロラが欠伸を噛み殺しながら答える。


 広い食堂には六つのテーブルが並んで、50人程が座れるようになっているが、殆ど席が埋まっていた。


 アセロラがジオの隣に座ると、給仕らしい少女が直ぐに食事の皿を並べてくれた。


「随分大きなクランなんだね」


「まあ、王国一のクランだからな。王都に居ない者も含めれば百人を超える大所帯だよ」


「今度のクエストで一組やられちゃったけどね」


 パメラが顔を顰めながら言うとバルトが話に入って来た。


「未だうちはマシみたいだぜ。ベルツブルグに応援に行った連中は全滅らしいぜ」


「ギルドも大騒ぎみたいよ、この前の西の公爵の件でごっそり捕まった後だしね」


 ベティーナが興奮した声で告げる。


「俺たちがいない間に王都でも色々騒ぎがあったらしいしな」


 ジオも肩を竦めると、アセロラを見た。


「今日も診療所に行くんだろう。俺たちも警備に行くから一緒に行こう」


「うん、当分医術師を続ける事になったから、宜しく頼むわ」


 アセロラがあまり乗り気でない様子でジオに答えた。

 アセロラの様子を見ながらジオがそれとなく尋ねる。


「弟子には逢えたのかい?」


「うん、頭の禿た髭面の爺になってた。昔は可愛い男の子だったのに」


「アハハハ、40年も経ったら仕方ないじゃない」


 笑うパメラにアセロラが情けなさそうな顔をする。


 ロンメルの話は壊滅的な被害を負った医術師ギルドの再生の為に、手を貸して貰いたいという事だった。


 今グラマス代行のクリスタがマリウスに後援を求める為クライン男爵と一緒にゴート村に向かっているが、クリスタに協力して何とか王都の医術師ギルドを立て直しを手伝って貰いたいというのがロンメルの頼みだった。


「かつて『緑の国手』と呼ばれた伝説の医術師の御力をぜひお貸しください」


 現在の帝国の領土が、未だ地方領主たちが独立割拠して絶えず戦いを続けていた時代、一地方領主から身を起こし、一代でエルドニア帝国の基礎を築いた初代皇帝  イワノフ1世の傍らには、『三緑』と呼ばれる三人のユニークのエルフが常に付き従っていたと伝承に伝えられている。


 『三緑』の一人、『緑の国手』アセロラ・リーレは宰相ロンメルと、目に涙を浮かべる弟子のブルクハルトに懇願されて、渋々ロンメルの話を引き受ける事になった。


「爺になった弟子に泣かれちゃ、暫く診療所の手伝をするしかないね」


 アセロラはため息を吐くと、スープを一口啜った。


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