7―31 王都の医術師
「明日エールハウゼンにクライン男爵たちが到着して、明後日父上と一緒にゴート村に入るから、三日後カンパニーのプレゼンをしようと思っているんだ」
「うむ、分かった。それなら三日後シュバルツ殿を連れて来るよ」
ステファンがチーズコロッケを齧りながら頷いた。
「お願いするよ。エルザ様にも許可を貰ったから、辺境伯家が賛同してくれたら、カンパニーが始められるよ」
「その為にもシュバルツ殿を必ず説得するしかないが、大丈夫かい、マリウス?」
「うーん、やれるだけやってみるよ。今その為に色々と準備しているところだよ」
マリウスがアイスクリームの最後の一口を匙で掬って口の中に放り込むと、ステファンの後ろのイザベラを見た。
「イザベラさん。実はその事で一つ頼みがあるんだけど、良いかな?」
「何でしょうマリウス様? 私にできる事なら、お役に立ちますが……」
「うん、イザベラさんが一番良いよ。実は……」
マリウスは三日後のプレゼンに向けて、イザベラに重要な依頼をした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「えーとエアコンが4百台で8千万ゼニーに、夏服が5千着で1千5百万ゼニー、ズボンが3千着で千2百万ゼニーだから、えっと合計で1憶と7百万ゼニーですね」
エリーゼが13台の馬車に積み込まれた商品を確認しながら、伝票に書き込むと、おぼつかない手でソロバンを弾く。
取り敢えず完成している商品を先に王都のマルダー商会に送るので、エリーゼが納品の確認をしているところである。
エリーゼが受領書を書き込むとダックスに手渡した。
ダックスがさらさらと意外に流暢にサインをするとエリーゼに受領書を返す。
エリーゼが代わりに今書き上げた請求書をダックスに渡した。
「エリーゼはん、ぜろが一個多いでっせ。10憶は払えまへんで」
「あ、すみません。すぐ書き直します」
エリーゼが慌てて請求書を書き直す。
「若様の下で働くのは大変でんなあエリーゼはん」
ダックスが同情の目で疲れた顔のエリーゼを見る。
「い、いえ。若様の役に立てなければ近習として失格ですから。お金は役場の方にお願いします」
エリーゼが請求書をダックスに渡しながらふと周りを見て言った。
「そう言えばビアンカさんはどうしたんです」
「あー、ビアンカちゃんは何や、若様からの頼まれごとがあるっちゅうて、三日ほどお屋敷で仕事するゆうてましたわ」
ダックスが忙しくてかなわんわとか言いながら、役所に納金に向かうのを見送ってエリーゼが溜息を付く。
「若様何か始めるみたい。ノルンも遅くまで帰って来ないし。私も頑張らなくっちゃ」
村を出て行く馬車を見送りながらエリーゼが呟くと、バタバタと速足で次の仕事に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おお! 凄い。足が動く! ありがとうエルフのねえさん。あんた良い腕だね」
熊獣人の男が立ち上がると、嬉しそうに診療室でどすどすと足踏みをしてから、アセロラの手を握った。
「今は魔法で痛みを押さえているけど、効果が切れたらまた痛み出すから、おとなしく家で寝てなさい」
アセロラが熊男の毛深い手からするりと手を抜くと、魔術師団の兵士二人が男の腕を取って外に引き摺って行った。
「次の方どうぞ」
ミドルの医術師が待合室に向かって声を掛けた。
「ふう、あと何人いるんだい?」
「えーと、あっ! また増えてます。あと25人位です!」
アセロラはルチアナに連れられて、獣人街と下町の境にある医術師ギルドの診療所にいた。
唯一惨禍から逃れたこの診療所では、クリスタの留守を任せられたアドバンスドの医術師マルタとミドルの三人の医術師が、怪我人や病人の治療を続けていた。
中も外も20名の魔術師団の兵士たちで厳重に警護された、王都でたった一つになってしまった医術師ギルドの診療所には、連日百人以上の患者が押し寄せ、マルタたちだけでは完全にお手上げの状態だった。
「お願い、グラマス代行が帰って来るまでの間、手伝いに入ってよ。給金もはずむし、宰相に言ってブルクハルトに会えるようにするから」
ルチアナに手を合わされて、アセロラは止む無く診療所を手伝う事になった。
マルタと三人のミドルの医術師達はとっくに魔力切れで、軽傷者をポーションで治療するだけになっていた。
「凄いです大師匠、未だ魔力が続くんですか?」
「何だい大師匠って?」
アセロラが眉を顰める。
「ブルクハルト先生の師匠なら私たちには大師匠です」
「年寄り扱いは止めてよ、私の事はアセロラで良いよ。それにしても情けないね。たった40人治療しただけで全員魔力切れかい。あんたたち本当にブルクハルトの弟子なのかい?」
今年384歳のアセロラが若い医術師達を呆れた様に見ながら言った。
「私たち四人合わせて魔力量800ですから40回“中級治癒”を使ったら魔力切れになりますよ」
人族の医術師の魔力量はそんなもんかとアセロラも思い出す。
長い年月、大して熱心に仕事をしてこなかったアセロラだが、それでもユニークの医術師で基本レベル35、ジョブレベル420、魔力量は81180で、彼女たち四人の合計の100倍以上だった。
ここに連れて来られてから“上級治癒”や“体力回復”、“沈痛”等の上級魔法スキルを同時発動で立て続けに使っているが、未だ魔力量は三分の一程しか減っていなかった。
「これが王都でただ一つの診療所かい。獣人差別なんかやってる場合じゃないだろう。王国は本当に大丈夫なのかね?」
アセロラが他人事のように呟く。
「ハハハ、耳が痛いですね」
突然診察室に法衣姿の背の高い男がルチアナを伴って入って来た。
何故か後ろにジオたちもいる。パメラがアセロラに手を振った。
「えーと、誰? このおじさん」
アセロラがパメラに手を振り返しながらルチアナを見た。
「宰相のロンメルよ。ブルクハルトに逢わせてくれるって」
ルチアナがそう言うと、ロンメルが胸に手を当ててアセロラに礼を取った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アレクシス、カイ、バルバラの三人はヴァイマルに抜ける北の街道を途中で脇道に折れると、北の山並みの麓で馬を止めた。
「ここからは歩きだな」
「えー、あたしヤダ。あんたたち二人で見てきてよ」
「仕様がねーな。ちゃんと馬を見ててくれよ」
アレクシスとカイが馬を降りて木に繋ぐと、山中に分け入っていく。
三人はハインツ・マウアーの指定してきた北の山中の古代遺跡の偵察に赴いていた。
問題の遺跡はここから二つほど山を越えた山の頂上付近にある。
アレクシスとカイは“瞬動”を発動させ凄まじいスピードで山中を駆け抜けて行った。
古代遺跡の在る山の麓まで来たところでカイが立ち止まって、片手を広げてアレクシスを止めた。
「いるな。この奥だ」
「ああ、俺にも感じる。50人はいるな。如何する?」
二人ともアルベルトから、エルンストの安全最優先で、くれぐれも相手に見つからないように密かに探るように釘を刺されている。
アレクシスの問いにカイが無言で周囲の気配を探っていたが、やがて山の北側の切り立った崖を指差した。
「あちらは気配がないようだ。あの崖を登るしかないな」
「だがあそこを登ると下から丸見えだな。夜まで待つしかないが、バルバラはどうする?」
「放っておけば勝手に帰るだろう」
「そうだな」
二人は頷き合うと茂みの中に消えて行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「し、師匠ですか……?」
「ブルクハルト、なんて様なんだい」
アセロラがベッドに横たわるブルクハルトを痛ましそうな目で見た。
「こんな事になってしまいました」
「ホントにすっかり爺になったね。頭まで禿げて」
「そ、そっちですか」
ブルクハルトが弱々しく笑った。
無論シーツを掛けられたブルクハルトの足が無いのは一目で分かったが、アセロラはそれには触れずブルクハルトに笑顔を向けた。
アセロラは馬車に乗せられて、ロンメルと共に王城内の療養施設に来ていた。
ジオたち『オルトスの躯』は、クランに戻ると今度は医術師ギルドの診療所の護衛を依頼されたらしい。
アドルフたちの『ノルドの旋風』以下、ロランドから帰還したパーティーも総てが、そのまま診療所の警備に就かされて、魔術師団の兵士たちと交代した。
「うちの代表が、泊まる処が無いならクランハウスに空き部屋に暫く泊まれば良いって言ってたぜ」
ジオがそう言ってくれたので取り敢えず寝床は確保できた。
ジオたちは城門の外の待機所で待ってくれていた。
「暫くあんたの世話になろうと思って王都に来たのに、あんたがいなくて困ったよ。一体何があったんだい。医術師ギルドの診療所が襲われたって聞いたけど?」
「私には分かりません。弟子たちも殆どが死んでしまいました。師匠、お願いです。医術師ギルドを助けて下さい」
涙を浮かべて自分を見るブルクハルトに、アセロラが困惑しながら言った。
「助けてくれって言われてもね。私に何ができるのさ。御覧の通りのただの宿無しエルフだよ」
「いえ、今この時に師匠が王都に来てくださったのは、きっと女神様のお導きです。如何か我らをお助け下さい」
懇願するブルクハルトにアセロラが困り果てていると、傍らに立つロンメルが言った。
「私からもお願いします。元エルドニア帝国宮廷典医長アセロラ・リーレさん。どうかライン=アルト王国に力を貸して下さい」
アセロラが驚いた様にロンメルを見る。
「やはりそうでしたか。あなたの名前を聞いた時もしやと思いましたが」
「かまをかけたのかい。250年も前の事をよく知っていたね」
ロンメルが微笑んで言った。
「初代皇帝イワノフ1世の、国を飛び出した『緑の国手』を捜索する協力を求める親書が王家の資料室に残っていたのを見た事が有ります。あなたの肖像画付きでね」
「懐かしい呼び名だね。イワノフの奴、大陸中に私の手配書を配っていたけど、ちっとも似てなかったので誰にも分からなかったんだけどね。それで一体私に何をして欲しいのさ?」
アセロラが肩を竦めると、眉を顰めてロンメルを見た。
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