7―30 アセロラとルチアナ
先頭を第6騎士団のアメリーの部隊が、中軍にミハイルの率いる『野獣騎士団』が、後ろ手を縛られて、魔法封じや理力封じの手枷を嵌められた聖騎士達を乗せた40頭の馬を引きながらベルツブルグの西門に向けて行進していた。
その後を100騎の親衛隊が数台の馬車を警護している。
最後尾にはアルバンの率いる魔術師団が続き、総勢600の軍勢が捕虜を王都に護送していく。
沿道には多くの市民が集まり、街を破壊し多くの市民を殺した教皇国の兵士たちを無言で睨んでいた。
突然一人の少女が見物人の列から走り出すと、路上の石を拾って縛られた聖騎士に投げつけた。
「お父さんを返せ!」
少女の悲痛な叫びが集まった人々の怒りに火をつける。
数十人の群衆が路上に飛び出すと、石を拾って、虜囚に向かって投げつけ始めた。
「そいつらを縛り首にしろ!」
「夫を返してよ!」
「俺の店を元通りにしろ!」
「そいつらを生かして外に出すな!」
飛んで来た石の一つが、聖騎士隊長エマ・コンスタンの額に直撃し、血が飛び散った。
群衆を憎悪の目で睨み据えるエマの前に、ターニャが馬を進めるとエマを睨み付けた。
エマが唇を噛みしめて下を向く。
群衆の中には剣を抜いて飛び出そうとする者もいた。
沿道の警備をするブルーノの兵が、止む無く民衆と行列の間に立ち塞がって暴走しそうな人々を食い止めていた。
外の様子を馬車の覗き窓から見ていたエルザが、馬車の対面に座るレナータ・アレンスカヤに言った。
「良かったなアレンスカヤ将軍。貴様は戦時捕虜なので罪人共と同じ扱いでなくて」
レナータがエルザを睨み据えて言った。
「私を一体どうする心算だ。我らは教皇国の者達とは関係ない。いかに捕虜とはいえ、不当な扱いには抗議する」
「ふん、いかに貴様が口を閉ざそうが、教皇国は貴様を生かしておく心算は無さそうだぞ」
「どういう事だ?」
レナータが警戒しながらエルザを見る。
レナータの腕にも魔法封じと理力封じの二つの手枷が嵌められていた。
エルザの隣にはマヌエラが座っている。
「教皇国の手先になっている、元エールマイヤー公爵騎士団のハインツ・マウアーが一昨日の夜私の息子を誘拐した。ハインツは息子と聖騎士の捕虜にお前を付けての交換を要求している」
エルザの言葉に、レナータの顔色が変わる。
「なっ! 私を教皇国に引き渡す気か?!」
さすがのレナータも教皇国に引き渡されて自分が無事でいられる自信は無い。
十中八九自分は抹殺されて闇に葬り去られると容易に推測できた。
「その様な事が許されるのか?! 戦時法に違反しているではないか!」
立ち上がりかけたレナータの肩を、素早くマヌエラが押さえて再び座らせた。
「我らに貴様を守る筋合いはない。宣戦布告もせずにいきなり攻め込んで来た帝国軍等、賊と変わらん」
「そ、それは……」
「教皇国に唆されたのであろう?」
エルザに睨まれてレナータが口を噤む。
「貴様が洗いざらい喋って我らに協力するなら、貴様の安全は保障する。どちらでも好きな方を自分で選べ」
レナータは眉間に皺を寄せて目を閉じると暫く無言でいたが、やがて眼を開くとエルザに小さく頷いた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
マリウスは月末に王都からやって来る獣人移住者の為に、ゴート村近郊の農地予定地を“プラウ”で300ヘクタールほど耕してから、屋敷に戻っていた。
夕方エルザから“念話”が届いた。
アレクセイが蠍の旗と交換に、仲間を30人取り返したそうだった。
あの旗にそれ程の価値があったのかと驚くマリウスにエルザが言った。
(王都に用事が出来たので私は王都に向かう。ユング王国との交渉はエルヴィンとメルケルに任せた)
マリウスはエルザに、ポーションの流通に関する宰相ロンメルからの指示と、カンパニーの構想を話した。
(成程、商業ギルドを通さずに商売を始めるのか。面白い、お前が良いと思ったのなら無論公爵家も協力させて貰う。うちからも財務担当を一人そちらに行かせよう)
エルザが力強く請け負ってくれてから思い出したように“念話”を送って来た。
(実はエレンが病に罹ってしまってな。大した事は無いのだが、暫くお前と話は出来ない。治ったらエレンから連絡するそうだから、待っていてくれ)
エルザは最後にそう言って“念話”を切った。
少し心配だがエルザが大した事無いと言うのならまあ大丈夫なのだろう。
毎晩エレンと“念話”で会話していたので、少し寂しいが止むを得ない。
今日も夕食後、イエルとノルンとプレゼンの打ち合わせをしたマリウスは、疲れて眠りについた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「随分簡単に通して貰えたね」
アセロラが西の城門を潜りながら振り返るとジオに言った。
「まあ、うちのクランはグランベール公爵家のお抱えみたいなもんだからな」
『ランツクネヒト』所属Aランクパーティー『オルトスの躯』の5人とアセロラは、王都に戻って来ていた。
クランから北門や東門は避けて西門から入る様に言われていたが、西門を警護するのはグランベール公爵家の騎士団だった。
警戒は厳重で、門の前に長蛇の列が出来ていたが、ロランドから帰還した『ランツクネヒト』所属の冒険者だと告げると、案内付きですいすいと門を通して貰えた。
「アセロラは医術師ギルドに行くのか?」
「うん、ここでお別れだね」
「うちのメンバーになって欲しかったんだけど仕方ないね、王都にいるならまた一緒に飲もうよ」
パメラが残念そうに言った。
「俺たちは冒険者ギルドの本部に行くけど、ちょうど医術師ギルドの本部病院はすぐ傍だから一緒に行こうぜ」
ジオがそう言って前を歩き出す。
アセロラは周囲の景色を見回しながら、少しがっかりしたように言った。
「40年振りだけど王都も随分変わったね、なんかちょっと薄汚くなった気がするけど」
「この辺りは獣人街に近い下町だからね。街中に入れば少しはましになるよ」
パメラが答えると、アセロラが首を捻る。
「獣人街、なんだいそれは?」
「え、あ、そうか。アセロラは40年振りだから知らないんだね……」
「? 何?」
言い淀むパメラをアセロラが怪訝そうに見返す。
「王都じゃ10年くらい前から獣人の差別が始まったんだ。亜人もあまり居心地は良くないと思うが、特に獣人は風当たりが強くなって、今は三角地帯の中に街を作ってそこで暮らしている者が殆どだ」
代わってジオが答えた。
正方形を二つ重ねた星形の王都の、端の八つの三角地帯には、獣人街、獣人スラム、人族の貧民街、流民街などが形成されていた。
「へー、王都も住みにくくなったんだね、昔はあんな所に誰も住んでなかったのに」
「まあ、エルフはそれ程差別されていないから、アセロラは大丈夫だと思うよ」
「何でエルフは差別されないんだい」
怪訝そうに尋ねるアセロラにジオが言った。
「寿命の長いエルフは高いスキルを持っている者が多いからな。アセロラもそうだろう。王家や貴族に使えているエルフも多いし、それなりに権力を持っている者も何人かいる様だぜ」
ジオの言葉にアセロラが顔を顰める。
「それはそれで嫌な感じだけど、要は人族の都合って訳ね。王国も嫌な国になっちゃったね」
「それならアースバルトの若様の領地に行けば良いよ。あの若様は王都の獣人達を自分の領地に移住させているって噂だよ」
バルトが話に入って来た。
「へー、あの若様が。まあアースバルト領には獣人差別なんかなかったわね」
「何だ、姉さんアースバルト領に住んだことがあるのかい?」
「死んだ前の亭主の故郷だったからね、3年前まで暮らしたていたよ……!」
通りを曲がったジオたちが、目の前の光景を見て思わず立ち止まる。
「何だ、これは? 医術師ギルドの本部病院なのか……?!」
目の前の大きな石造りの建物が、半分以上倒壊している。火災があったのか残った瓦礫に焦げた跡もあった。
周囲にロープが張られた病院の有った場所の前に、騎士団の兵士らしい二人が歩哨に立っていた。
「何があったんだ? ここは医術師ギルドの本部病院だったんだろう?」
ジオが兵士に近づいて尋ねた。
「お前たちは?」
「俺たちは冒険者クラン『ランツクネヒト』所属のAランクパーティー『オルトスの躯』だ。医術師ギルドのグラマスを訪ねてきた」
「ブルクハルト・デッセルよ。ブルクハルトは無事なの?」
アセロラも後ろから兵士に尋ねた。
「医術師ギルドグラマスのデッセル氏は、大怪我を負って王城内の医療施設に入院している筈だが、恐らく面会は出来ない」
兵士の返事にジオが声を上げる。
「一体何があったんだ? 何故病院がこんなことになっている?」
「十日前に王都中の医術師ギルドが賊に襲われた。病院が破壊され、多くの医術師が死んだ。犯人は現在も逃走中だ」
「じゃあ医術師ギルドはどうなったの?」
パメラが後ろから尋ねる。
「今は一つだけ助かった診療所以外は休止状態だ、当分復旧の目途はたっていない」
兵士の言葉にジオたちが呆然と破壊された病院を眺めていると後ろから声が掛かった。
「グラマスに何の用だい?」
振り返ると革鎧を着た金髪の女が立っていた。
歩哨の兵士たちが直立不動になると女に敬礼する。
「えーと、あんたは?」
「私はルチアナ。魔術師団の者よ」
「あ、俺たちは……」
ルチアナが手を振る。
「聞いてたわ、アイリスのところの冒険者ね」
「ああ、代表を知っているのかい? 俺達と云うか、彼女が医術師ギルドのグラマスの知り合いで、訪ねて来た処なんだ」
ルチアナがアセロラの緑の髪をしげしげと見た。
「エルフかい。珍しいね。ブルクハルトとはどういう知り合いだい?」
アセロラもルチアナを見返しながら言った。
「ブルクハルトは私の不肖の弟子さ。久しぶりに弟子に会いに来たんだけど、タイミングが悪かったみたいだね」
「弟子って、医術師の弟子って事かい?」
訝し気にアセロラを見るルチアナにジオが言った。
「アセロラはこう見えてもユニークの医術師なんだ」
「ユニークだって。ふーん、それはもしかしたらタイミングだけは最高に良かったかもしれないね」
ルチアナがそう言ってにやりと笑った。
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