7―28  少女たちの辺境


 ノルンと一応仲直りが出来たので、昨夜エレンに報告しようと“念話”で呼んだが、エレンからの応答は無かった。


 早くから眠ってしまったのか、マリウスは少しがっかりして眠りについた。


 今朝は取り敢えずゴート村の拡張予定地を見て回る。村の東側と南側に8区画広げる予定の土地の縄張りが大体終わったようだった。


 ブレアとクララが拡張予定地の外、マリウスが掘った農業用水路に沿って、新しい下水処理場の工事を始めていた。


 年内にはここに三つの濾過槽を持つ下水処理場を2基、最初に作った下水処理場の側にもう2基造って、下水処理場は5倍に増やす予定である。


 下水処理場の工事を先に始めたのは、濾過槽を掘った土を、“クリエイトブロック”で土ブロックに変えて、浄水場や高層住宅の建材に使うためである。


 ベンとミリのチームが共同で、石切り場から石材を切り出して村に搬入する作業を始めているが、それだけでは足りないので土ブロックも併用する心算であった。


 人夫に交じって騎士団の兵士たちも、土の運搬や南の山からの石材の運搬作業に駆り出されている。


 土木部長のブレアは現在、基本レベル13ジョブレベル95のアドバンスドの土魔術師であった。


 魔力量2026は火魔術師のバナード、ジェーンに次ぐ、ゴート村ナンバー4の魔術師になる。勿論ナンバー1はマリウスである。


 後ろから追い上げていたレア風魔術師のノルンが行政職の見習いになって忙しいので、当分ナンバー4の地位は揺るがないが、本人は最近ジェーンをライバル視しているようだ。


「あのガリガリ女はやっとノート村に行ったのね」


 自分もガリガリの薄い胸を反らしながらマリウスを睨む。


「ジェーンが統括マネージャーになるって本当ですか? て云うか統括マネージャーって何ですか? そんな役職聞いたことないですけど」


「うーん、連隊長って感じかな。幾つかのチームをまとめる役割ってことで、新しく作ったんだ」


 つい先月まではジェーンさんって言っていたのに、今は呼び捨てなのかと思いながらマリウスが答えた。


「連隊長って准将の下、最上位士官じゃないですか。なんでジェーンがそんなに偉くなるんですか?」


「ノート村やレーア村にも水道部を作って、ジェーンに全部面倒を見て貰うから統括マネージャーにしたんだよ。そう言えば、エール要塞から応援に来てくれる土魔術師のリーダーは、本物の准将さんだそうだよ」


「え、本物の准将閣下が来られるのですか」


 騎士団上がりのブレアが思わず直立不動になってから、しまったという顔をする。


「そうじゃなくて! ジェーンのとこに魔術師の男の子が二人も入るって本当ですか。ジェーンだけ狡いです!」


「いや、ブレアのところにも今月中にレベル上げ施設を卒業する土魔術師を二人入れる事になってるじゃないか」


「二人とも女の子じゃないですか!」


 ああ、そこか~。

 そう言えばブレア、クララ、アグネス、リンダ、マリアにエルビーラと、マリウスの知っている土魔術師は全員女性だった。


「うーん、土魔術師って女の人しかいないの?」


 マリウスが隣のクララに聞いた。


「さあ、知りませんけど、三毛猫はどれもメスみたいな話じゃないですか」


 犬獣人のクララが、どうでも良いわと云う様にテキトーな返事を返して来る。


「あ、忘れてた! ベルガーとフォークがいるじゃないか」


「どっちもおじさんじゃないですか! うちにも若い男の子を入れて下さ!」


「人夫に雇った子たちは全員男の子だったけど」


 ブレアの要求で先月、獣人移住者から3人、人夫を雇っている


「みんな子供じゃないですか。丁度良いとかないんですか!」


 誰に丁度良いんだろう? ちょっとメンドクサイ。


「うん、次の獣人移住者が来たら探しておくよ」


「絶対ですよ、あ、私ガテン系の逞しい人が良いです」


 ガテン系なら騎士団に一杯いるだろうと思いながら、絶体ガテン系のお兄さんはガリガリの女の子は好みじゃないだろうとか失礼な事を考えたが、辛うじてマリウスは口には出さなかった。


 引き攣った笑みを浮べて二人に手を振ると、マリウスは村の建設予定地に向かった。


  ★ ★ ★ ★ ★ ★


「どうでしょうカサンドラ様?」


「いや、アースドラゴンの成分を入れ過ぎだと思うが。マリウス様のご要望からすると、『奇跡の水』にほんの少しのアースドラゴンの抽出成分と、リザードテイルと言った修復作用の有る薬草を数種類添加するだけで充分満足いただける『化粧水』が出来ると思うのだが」


 カサンドラが眉を顰めてティアナを振り返る。


「いえ、仮にもカサンドラ様が御創りに成るのですから、マリウス様のご要望以上の物を作らないと。きっとマリウス様も喜んで下さると思います」


 ティアナが拳を握りしめて力説する。


「そ、そうかな。マリウス様はその様な事で喜んでくださるだろうか?」


「勿論です。今のカサンドラ様の肌の美しさは10代の娘にも負けていません。更に美しく成ればきっとマリウス様も満足して下さります」


「そ、そうか。それではもう少しアースドラゴンの成分を増やしてみようか。あ、ティアナ! それは入れ過ぎでは!」


 レーア村の研究所では『化粧水』の開発が滞りなく進められていた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 石材と一緒に土が浄水場予定地と、住宅予定地に運び込まれている。

 マリウスは早速“クリエイトブロック”で土ブロックを2000個ずつ作った。


 ミリ工房の石工たち、ミリ組が早速作業を始めていた。


 全員がブロック工房製の黄色く塗った鉄のヘルメットを被っている。


 重いのでマリウスが“軽量化”を付与してある。ミリのヘルメットには穴が二つ開いていてウサギ耳が飛び出していた。


 やはり安全は大切なので、作業中はヘルメットの着用を全員に義務付ける事にした。


「あ、若様!」


 マリウスに手を振るミリの手にもキングパイパ―の革を使った保護手袋が嵌められていた。


 ミリが嵌めるとミトンのようだが、作業には支障無さそうだった。


「おはよう。張り切ってるね、ミリ。足場が必要になったら言って。僕が造るから」


「はい、未だ暫く大丈夫です」


 ルークとローザが班長になって、整地する組と土ブロックを積み上げる組に分かれて作業している。


 ミリ組の手慣れた作業は、ベン親方の組にも引けを取っていないように見える。


「ミリもすっかり親方だね」


「えー、親方って、なんかおじさんみたいだから嫌です」


「そうかな、じゃあボスとか、マイスターとか?」


『全部一緒だろう』


「うーん、別にミリで良いですよ。変な呼び方で呼ばれるとお姉ちゃんに揶揄われるから」


「そうだね、ミリが良いならまあ良いか」


「おーいミリ! これ、何処に置く?」


 ブロックが指揮してブロックの工房の鍛冶師たちが鉄骨を積んだ荷車を押して来た。


 補強の為柱や梁に鉄骨を埋めていく事になっている。


 最終的にマリウスが“強化”と“劣化防止”を付与する心算だが、建設中に崩れると困るのでブロックに制作して貰った。


 マリウスが荷車に積まれた鉄骨の断面を見ると、綺麗にHの形になっている。


 アイツから教わった強度を増すための工夫だが、ブロックは注文通りに仕上げてくれたようだった。


「その辺に積んでおいて、ブロックさん」


 皆“身体強化”のスキルが有る上に、マリウスの付与アイテムを装備しているので、保護手袋を嵌めた手で軽々と鉄骨を持ち上げて運んでいる。


「楽しみですな、若様」


 ブロックが建設予定地を見渡しながらマリウスに言った。

 ここに高層住宅が立ち並び、獣人やドワーフ、エルフやノームたちが住む。


「うん、きっと楽しい街になるよ」


 マリウスが笑ってブロックに頷いた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「あ、レニャちゃん!」


 レニャが振り返ると、『夢見る角ウサギ』のマリー、アイリー、ハイデの三人だった。


「三人ともどうしたんですか、幽霊村、じゃなかったレーア村にいたんじゃないんですか?」


「オルテガ隊長に休みを貰って、三人でアイスクリームを食べに来たのよ。狡いなー、ゴート村だけ美味しい物を食べて」


 マリーが口を尖らせて文句を言う。

 屋台村である。レニャはメリアとアイスクリームを食べに来ていた処だった。


「ホントねー、レーア村なんて何にも無いから。今日はアイスクリームを食べて、お風呂に入って、お酒飲むわよ」


 ハイデがアイスクリームの器を抱えてレニャとメリアの前の席に座りながら言った。


「お友達?」


 メリアがレニャに尋ねるとレニャが頷く。


「あ、ハイ。冒険者のマリーさんとハイデさんと、アイリーさんです」


「こんにちは、鉱山師のメリアです」


「あ、こんにちは」

 三人がメリアに挨拶する。


「若様が来月にはレーア村にもお風呂が出来るって言ってましたよ」


 レニャの言葉に三人が頷く。


「うん、浄水場ももうすぐ完成するみたいね。やっぱりシャワーだけじゃ気持ち悪くて」


「御飯も騎士団の食事と同じものしか食べられないし」


「まあ、昔に比べればそれでもずっと良い暮らしなんだけどね」


 三人はエールハウゼンで底辺冒険者を3年続けて、この村にやって来た。


「ノート村のお風呂も明日オープンって言ってました、宿も来月には完成するし、今屋台を出してくれる人を募集しているそうです」


 レニャの言葉にメリアが頷く。


「辺境が若様の力でどんどん開けていくのですね。この村がこんなに大きくなるなんて夢を見ているようです」


「まだまだこんなものじゃないですよ。移民が5万人もやってきたら、他にも沢山村を造るから、魔物狩に力を入れて土地を広げるってオルテガ隊長が張りきっていたわ」


「レーア村もどんどん広げて、1万人位住める村にするんだって」


「それ、もう村じゃなくて街じゃん」


「皆さんこの村が大好きなのね」

 楽しそうに話す三人を見ながらメリアが笑って言うと、三人とレニャが頷いた。


「はい、この村に来られて良かったです!」


 四人が声を揃えてそう言うと、良い笑顔で笑った。


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