7―27 プレゼン会議
バルト河の東の広大な平野は四年前帝国がユング王国から無理やり割譲させた土地であった。
宮廷顧問官ミーシア・ドルガニョヴァと外務卿パーヴェル・マクシモフ伯爵、第1帝国騎士団長ブラソヴィチ・レバノフスキー将軍の帝国における親教皇国派の首魁三人が三等分して自領にした豊かな穀倉地帯の中央、ミーシアの領地アナベルに、この平野を統治する為の城があった。
アナベルの城にユング王国の離反行為の真偽を問いただす為、マクシモフ伯爵が三日前に到着していた。
取り敢えず昨日ユング王国の宰相ベルゲに向けて詰問状を送ったが、実はベルゲは既に捕えられて幽閉されている事は帝国にはまだ伝わってはいなかった。
マクシモフ伯爵はこの時点ではユング王国の裏切りなど、全く信じていなかった。
たかだか人口600万、総兵力6万にも満たない小国が、五倍以上の国力を持つ帝国に本気で逆らうとは到底思えなかった。
マクシモフ伯爵に、この領地の統治を任せている代官が告げた。
「領民の代表共が何やら城に押しかけて騒いでおります。バルト河流域の上流の小麦がどんどん枯れているとの事です」
「小麦が枯れているだと。下らん! 大方年貢を下げろという言い訳であろう。今年の冬は例年より暖かったせいで、どの土地も順調に小麦が育っておる。見え透いた嘘を申すでないと追い返せ!」
この平野の南部、つまりバルト河の上流はマクシモフ伯爵の領地であった。
マクシモフ伯爵にとっては大切な資金源であり、今年は年貢を上げようと考えていた処だった。
エール要塞での騎士団の敗北とバシリエフ要塞の陥落は予想外の出来事であったが、すぐにレバノフスキー将軍が10万の軍を編成して奪回に向かう事が決定していた。
バシリエフ要塞を取り戻し、エール要塞を抜いて今度こそロランドの鉱山を手に入れる。
マクシモフ伯爵はミーシア同様、既にロランドの鉱山の利権を望む帝都の資本家から、莫大な賄賂を受け取っていた。
こんなところで躓くわけにはいかない。
さっさとユング王国の件を片付けて帝都に戻ろうと考えていたマクシモフ伯爵の元に、ユング王国の総督府から急使が駆け込んで来た。
「大変で御座います伯爵様! ユング王国軍がラナースの総督府を攻め込んでおります!」
「何だと! 馬鹿な! 何かの間違いではないのか?!」
思わず使者を怒鳴り返す返すマクシモフ伯爵に使者が重ねて告げる。
「間違いでは御座いません。ユング王国の謀反で御座います!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
驚きの声を上げるイエルにマリウスが笑って言った。
「勿論覚えているけど、実際に上級ポーションの製法を公開したとしても、この村以外で作れるとは思えないんだけど」
上級ポーションには従来のポーションの材料の他に、マンドラゴラの根やアークドラゴンの鱗の粉と言った素材が使われているが、これらはマリウスだから容易に手に入れる事が出来るだけで市場には出回らない希少な伝説級の素材であり、仮に手に入ったとしてもとんでもない金額になる筈である。
「それは確かにそうですが……」
「出来もしない薬の製法を求めて次々やって来る密偵の相手をするのも煩わしいし、宰相様に言ってレシピを公開して貰っても良いんじゃないかな」
「宰相様に公表して頂くのですか?」
驚くイエルにマリウスが笑って答えた。
「どのみちフランツがどこかと結んで何か企んでいるのは間違いないようだし、王都の事は宰相様やクライン男爵に任せるしかないから、男爵が来たら相談してみようと思うんだけど」
「成程、判断は宰相様にお任せするという事ですね。それなら問題ないでしょう。それでその、メラニーの恋人だか元カレだかはいかが致します」
「うーん、結局メラニーはどうしたいの? その彼とよりを戻したいの? そうでも無いの?」
マリウスとイエル、ノルンがアデリナを見た。
「それが……なんだかはっきりしないんです、未だ情がある事はあるけど、今の生活も楽しいみたいで、迷ってるみたいな……」
「さっさと別れるべきですね。自分の恋人に密偵をさせようなんて男、きっと碌な人間じゃないですよ」
ノルンが珍しく強い言葉で言った。
「私もそう思います。それにそのメラニーという娘も少し状況が理解できていないのではないですか。本来、ギルドの秘密を盗もうとするなど、捕えられて処罰されても仕方がないような重罪ですよ。迷う事など何も無いでしょう」
イエルも珍しく厳しい意見である。
「メラニーはそんなに悪い娘じゃないですよ……」
アデリナがオロオロしながら、イエルとノルンに言った。
メラニーも処罰されるかもしれないと心配しているようだ。
「うん、メラニーは普通の、人の良い女の子だと思うけど、大切な仕事に関わっている自覚に欠けているのは確かかな。処罰までする気は無いけど、レオノーラに注意させるよ。それで男の方はやはりまた村に来るようなら、捕えて取り調べてからどうするか決めよう」
何処かスパイゴッコみたいな緩い話だが、後ろに居る者はやはり気になる。
面倒な者が出てこなければ良いがと思いながらマリウスが言った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「成程、シュバルツ様を説得するので御座いますか」
「うん、ステファンの話ではそのシュバルツさんを説得するのが、辺境伯家が共同出資に参加して貰う一番の近道らしいんだ」
アデリナには退室して貰って、マリウスはイエルとノルンにステファンの話を伝えていた。
「それで、いっそクライン男爵や父上、ダックスやアンナにカンパニーについて説明する場にステファンとシュバルツさんも一緒に同席して貰って、皆の前でプレゼンテーションをするのが良いんじゃないかと思うんだ」
「はは、またプレゼンで御座いますか。しかしどのような形でプレゼンを行う心算ですか? 口で説明するだけでは少し弱い気がしますが」
「うん、それで悩んでいるんだけど、流通の為のアイテムは揃っているし、実際に店舗で売るうちの領地の商品も今作らせているから、それを見せる事にするよ」
「それはどの様な商品ですか?」
「まあメインはポーションだけど、その他にコンロの魔道具や陶器やガラスの食器類、付与付きの衣類、チーズやヨウルトの様な乳製品や果物なんかの農作物は当然置くとして、二つ目玉を用意してあるよ」
イエルが身を乗り出してマリウスに尋ねた。
「二つですか、一体何で御座います」
「うん、一つは店舗すべてにアイスクリームのスタンドを作ろうと思っているんだ。アレは絶対評判になるよ」
「成程、確かに大層な評判でしたね。客寄せにはもってこいですが簡単に作れるのですか」
「うん、レシピ自体は単純だし、材料さえ供給出来れば冷凍庫が有れば誰でも作れる筈だよ」
「しかし、アイスクリームは村の観光の目玉にするのではなかったのですか?」
ノルンがマリウスに尋ねる。
「店で販売するのは普通のアイスクリーム一種類だけだけど、村では季節の果物とかを使って色々な種類のアイスクリームを作っていく心算なんだ。アイスクリームを広げて、ゴート村はアイスクリーム発祥の地として差別化していけば観光客はもっと増えると思うよ」
「成程、確かに面白いです。それでもう一つの目玉というのは?」
「うん、カサンドラに『化粧水』と『ハンドクリーム』を作って貰う事にしたよ」
「『化粧水』と『ハンドクリーム』ですか?」
イエルもノルンも驚いた様にマリウスを見る。
この世界で、化粧などは貴族の女性だけのもので、一般庶民の女性は比較的裕福な者の娘がたまに紅をさすくらいで、殆どの者がスッピンである。
「なるべく安価で大勢の女の人が買える様な、肌が綺麗になる『化粧水』や手荒れを防ぐ『ハンドクリーム』を作って、店に置こうと思っているんだ」
マリウスが力説するが、イエルもノルンも『化粧水』はあまりピンとこない様だった。
「大丈夫、『化粧水』は絶対に売れるよ」
マリウスが自信たっぷりに言った。
「公爵家や辺境伯家からも商業ギルドを通さずに売りたいものが有れば勿論販売するし、ギルドを通さなければ利益も増えるし、庶民に安価に商品を提供できると思うよ」
その辺りはそれぞれの分野で、いかに商業ギルドとトラブルにならないように、話を進めるかであるが。
「あとはカンパニーの仕組みや、出資と配当の話とか、どう店舗を広げていくとか
流通の事とかの細かい説明を、分かり易くするために考えたんだけど……」
マリウスがごそごそと紙の束を取り出した。
文字や絵がラフに書かれた紙を広げながらマリウスが話を続ける。
「こういう図や絵を描いた大きな看板を用意して、どんどん入れ替えながら説明していくっていうのはどうかな? 話だけよりずっと分かりやすいと思うけど」
「成程、確かにこれは良い考えですね。解かりやすいし新しい。正に新しい仕組みを考えるのにふさわしい手法ですな」
イエルが感心しながら紙を捲っていく。
「仕組みの説明だけでなく、長所と短所を述べて、短所を補うための対策や、将来の展望の計画などを織り込んでおくのですね。素晴らしいです。是なら問題ないでしょう」
『ていうか、普通にプレゼンだけど。スライド投影機位作れるんじゃないか?』
後でナターリアに相談してみよう。
イエルがノルンを振り返った。
「どうですノルン君。このプレゼン、ノルン君がやってみませんか?」
「ぼ、僕がですか?」
ノルンが驚いてイエルとマリウスを見る。
イエルもマリウスも無言でノルンの顔を見つめていた。
ノルンは息を吸い込むと、拳を握りしめてマリウスに言った。
「分かりました。僕にやらせてくださいマリウス様」
マリウスとイエルが顔を見合わせてから、口元に笑みを浮べて頷いた。
「それじゃノルン。任せたよ」
マリウスが笑顔でノルンに言った。
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