7―25 さらわれたエルンスト
瞼にあたる日の光の明るさでアルベルトが目を覚ました。
アルベルトが跳ね起きる。どうやらベッドに寝かされていたようだった。
胸に少し痛みがあるが、傷口が塞がっていた。
「軍師殿が目を覚ましたわよ!」
バルバラが声を上げると、隣のクリスタがアルベルトに言った。
「未だ横になっていた方が良いですよ。ポーションと治癒魔法で傷口は塞がりましたが、かなり出血して、本当に危ない状態でしたから……」
「エルンスト様は? エルンスト様はどうなった?」
アルベルトの言葉にバルバラたちが黙り込む。
「エルンスト殿はハインツに連れ去られ、王都を出ました、いま第6騎士団と魔術師団の者が追っていますが、行方は分かりません」
ドアから入って来たクライン男爵がアルベルトに告げるとアルベルトがベッドから起き上がろうとするが、クリスタとバルバラが押さえつける。
「未だ動いてはいけませんよ。ハインツは、公爵領で捕えられた聖騎士とレナータ・アレンスカヤ将軍とエルンスト殿の交換を要求しています。取り敢えずそれまではエルンスト殿は無事でしょう」
クライン男爵の後ろから入って来た宰相ロンメルがアルベルトに言った。
「宰相様! エルンスト様は無事なのですね。しかし人質交換とは。卑怯な真似を……」
「どうやらハインツは、初めから其のつもりで準備していたようですね。完全にしてやられました。まさか公爵邸を襲撃するとは我らも考えが及びませんでした」
ロンメルも苦い顔をする。
唇を噛みしめるがアルベルトにロンメルが言った。
「止むを得ません、教皇国の条約違反の証人になる大事な捕虜ですが、エルンスト殿を見捨てる訳には参りません。人質交換に応じるしかないでしょう」
「申し訳ありません宰相様。奥方様にそのように伝えます」
アルベルトがロンメルに頭を下げると、小指に嵌めた指輪に意識を向ける。
昨日アルベルトの元に届いた“念話”のアイテムだった。
(奥方様、火急の用向きで御座います)
アルベルトが“念話”でエルザを呼び出した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
朝目を覚まして何時ものようにステータスを確認するとジョブレベルが80になっていた。
村に帰ってから溜まっていた付与や工事の為に、連日魔力を使い切っていた御蔭である。
マリウス・アースバルト
人族 7歳
基本経験値:66780
Lv. :38
ギフト 付与魔術師 ゴッズ
クラス レア
Lv. :80
経験値:317216
スキル 術式鑑定 術式付与 重複付与
術式消去 非接触付与
物理耐性 魔法耐性 支援魔法
術式結合 魔力感知
FP: 1674/1674
MP:16740/16740
スペシャルギフト
スキル 術式記憶 並列付与
クレストの加護
全魔法適性: 1080
魔法効果:+ 1080
新しく得たスキルは“魔力感知”だった。
既に付与術式で“魔力感知”をアイテムに付与しているが、これからはスキルとして使用できる。
ノルンとイエルはエールハウゼンに泊まった様で、昨日は帰ってこなかった。
イエルが帰ってきたら急ぎプレゼンの打ち合わせをしないといけないが、止むを得ない。
マリウスはいつも通りハティを連れて朝の鍛錬に向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「済まぬ、北の山中でハインツの兵を見失った」
ウイルマーが苦い顔でロンメルに言った。
隣でルチアナも項垂れている。
アレクシスとバルバラに支えられて席に着いたアルベルトも悄然としていた。
未だ昨夜の襲撃の被害の跡が生々しい公爵邸で、ウイルマーとルチアナも呼んで今後の協議が行われている。
警邏隊長官のライナー・ブロスト伯爵も少し離れた席に座って話を聴いていたが、全員が深刻な表情を浮かべていた。
魔術師団は部隊長のゲラルト以下40数名の兵士を殲滅させられ、第6騎士団はハインツの本隊80と、伏兵300と激戦となり37名の死者と100人を超える怪我人が出ている。
公爵邸も警備隊長のハインリヒ以下20数名の死者と多数の重傷者を出していた。
親衛隊のイルメラはアルベルト同様、ポーションとクリスタの治療で何とか命は取り留めた。
警邏隊は死者こそ出なかったが、多数の怪我人に、屯所の建物を殆ど壊滅させられていた。
そのほかクライン男爵邸も全焼。貴族街の北門と西門の守備兵10数名の惨殺など、被害は凄まじかった。
最も致命的な事は、たった一組ではあるがマリウスの付与装備を奪われてしまっていた。
恐らくこれが今後の戦いを左右する上で重要な要因になると予測された。
ハインツ側の損害は死者13名、捕えた物18名であり、完敗と言って良かった。
アルベルトがエルザと“念話”で連絡を取った結果、エルザの決定で予定通りクライン男爵はクリスタとパメラたち『ローメンの銀狐』を連れて、公爵騎士団千と共にゴート村に旅立って行った。
代わってエルザ自身がマヌエラの率いる親衛隊と、帰還する援軍の第6騎士団と魔術師団、『野獣騎士団』の総勢600名の兵士で捕虜たちを護送して王都に入るようであった。
エルザは一週間後にロランドで、ユング王国のエリク王子とオークランス将軍に同盟の会談の為逢う予定であったが、そちらはエルヴィンとビルシュタイン将軍に任せる事になった。
エルザはエルンストの事は、報告以上には何も尋ねなかった。
ただアルベルトに、クラウスとマリウスには知らせるなとだけ命じた。
「エルザは自分で息子を取り戻す心算のようね」
ルチアナがため息交じりに呟いた。
「困りましたね、我らの盟主であるエルザ様にもしもの事が有れば、取り返しのつかない事態に為ってしまいます」
ロンメルも珍しく渋い顔をしていた。
「恐らくクレスト教皇国が糸を引いているのであろうが、問題は奴らが捕虜をどうしようとしているかだな」
ウイルマーも苦い顔で答えた。
「どういう事なの?」
「捕えられた聖騎士もアレンスカヤ将軍も、教皇国にとっては生きていては都合が悪い存在。場合によっては全員殺す心算なのかもしれません」
ロンメルの言葉にルチアナが眉を吊り上げる。
「そうなったらエルンスト君はどうなるの?」
ルチアナの問いに誰も答える事はできなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「え、彼氏と別れちゃったの?」
アデリナがアイスクリームを匙で掬いながら驚いた様に声を上げた。
「うん、彼私と同じ前のギルドのミドルの薬師だったんだけど、再雇用の採用面接で落とされちゃって、失業しちゃったの」
メラニーがしょんぼりしながら答える。
二人は今日も仕事終わりに屋台村にアイスクリームを食べに来ていた。
「それで彼氏は王都に置いて、この村に一人でやって来たって言う訳なのね」
「うん、働かないと食べていけないから。仕方がないから別れましょうって言ったんだけど、この間彼氏がこの村まで私を追いかけて来たの」
「えー、なになに! 彼氏がプロポーズしに追っかけて来たの?」
アデリナが思わず身を乗り出す。
「うん、それが、そうなんだけど、ちょっと違うの……」
メラニーが煮え切らない様子で言い淀む。
「違うってどういうことなの?」
アデリナがグイグイとメラニーに迫る。
メラニーが若干引き気味にアデリナにぽつぽつと答えた。
「実は彼、前のギルドの理事だったマイヤーさんの部下だったの。マイヤーさんは宰相様からギルドを追い出されてしまったのだけど、王都で新しいギルドを造ろうとしているらしいの」
「新しいギルドって、つまりマリウス様の商売敵って事?」
「うん、お金を出してくれる大口のスポンサーが見つかって、薬師ギルドをクビになった人達を集めて、新しいギルドを造ろうとしているんだって」
「新しいギルドって、そんな事出来るの?」
アデリナが眉を顰める。
「さあ、良く解らないわ」
メラニーが首を振った。
「それで、彼、なんて言っているの?」
「それが……」
メラニーが更に言い淀むが、アデリナがグイグイとメラニーに顔を寄せた。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「『禁忌薬』は魔物から取り出した負のエネルギー、聖職者の言う穢れをウムドレビの実の効果で人や魔物に融合させる薬ですが、弱い生き物や植物は自分の形を保つことが出来なくなります」
「それで枯れてしまうのかい?」
「ハイ、『禁忌薬』の穢れに汚染された土壌で植物を育てるのは無理です」
マリウスはレーア村のカサンドラの研究所で、ロス湖周辺の木々が枯れていく現象について説明を聞かされていた。
「解決する方法は無いのかな?」
「未だ実験段階ですが、恐らくマリウス様の『奇跡の水』を使って、土地を元に戻せると思います」
カサンドラが自信たっぷりに答える。
「そうなの? 村の水だけで『禁忌薬』の被害を消せるの」
マリウスが驚いてカサンドラに問い返した。
「ハイ、マリウス様の『奇跡の水』は正に『禁忌薬』と正反対の効果、“浄化”によって穢れを払い、“治癒”や“滋養強壮”の効果は人だけでなく、動植物や土地の回復にも充分効果を期待できます。村の水が流出している川の周辺が豊作な事や、魚が集まっている事、川に魔物がいなくなったことが何よりの証拠です」
『奇跡の水』だけで解決できるなら簡単ではあるが、問題はどれ程の量が必要になるかである。
「それは試験を重ねてみないと正確には分かりませんが、恐らく村と同程度の排水を注ぎ込めば、三か月と経たず以前より肥沃な土地に生まれ変わるでしょう」
ロランドに今年中に上下水道を建設する話は既に決定している。
つまりロランドの上下水道施設が完成して、『奇跡の水』を川に流してロス湖に注ぎ込めば、ロス湖からバルト河流域の汚染された土地を元に戻すことが出来、来年には元通り以上の収穫を得られる様になるという事らしい。
土地の汚染の進み具合は早く、ビルシュタイン将軍の忠告に従ってユング王国ではまだ青味の残る麦の刈り入れを始めたと云う事だった。
帝国にも一応情報は流したらしい。
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