7―24  二人の将軍


 公爵邸の警備隊長ハインリヒは突如屋敷の南側の兵から聞こえて来た爆音に、傍らの剣を掴むと私室を飛び出して屋敷の表に出た。


 30人程の兵士がハインリヒの周りに集まってくる

 見ると既に特級火魔法で破壊された塀から30騎の黒騎士が乱入し、迎撃に出た兵士たちが賊に打倒されているところだった。


「くっ! 公爵邸に討ち入るとは不埒な! 一人残らず討ちとれ!」


 ハインリヒが叫びながら騎馬の兵士の馬に向かって“剣閃”を放つ。

 足を掬われて先頭の馬が転倒し、兵士が投げ出されると、黒騎士達が散会しながらハインリヒたちに向けてアーツを放つ。


 ハインリヒは自分に向けられた理力の刃を“瞬動”で躱しながら、黒騎士の一人に向けて跳躍するが、空中で飛来した三本の理力の槍を剣で叩き落とすと、バランスを崩しながら辛うじて地上に着地する。


 再び剣を構えたハインリヒの喉をニクラウスの槍が貫いた。 


 公爵騎士団の兵士たちが黒騎士達に向かってアーツや魔法を放つが、数人の黒騎士が公爵邸の玄関に向かって黒い球を投げつけると馬首を返して反転した。


 特級火魔法と風魔法の爆発と稲妻が弾けて公爵騎士団の兵士たちが宙に舞った。



 窓から外の状況を見ていたアルベルトが、エルンストを避難させようと振り返った瞬間、アルベルトの胸から剣が突き出した。


「ぐう? き、貴様。何処から……?」


 アルベルトがどさりと倒れると、“隠形”スキルで姿を隠していたロナルドが姿を現す。


「軍師殿!」


 イルメラが悲鳴を上げる。アルベルトは頭を持ち上げてエルンストを見た。


「エルンスト様……お逃げ下さい……」


 意識を失ったアルベルトの後ろに居た筈のロベルトの姿が次の瞬間消えていた。

 エルンストの前に立ったイルメラが“魔力感知”を働かせた瞬間、相手が自分の真後ろに建っているのに気付く。


 振り返るイルメラの胸に剣が突き立てられた。


「イルメラ!」


 イルメラに駆け寄ろうとしたエルンストの首を左手で羽交い絞めにしたロナルドが、右手に握った剣をエルンストに向けながら、周囲の親衛隊の兵士に向かって言った。


「全員動くな! 公爵家嫡男は預かる」


「おのれ、卑怯な!」


 剣を抜く親衛隊の兵士たちを、剣をエルンストの首元に向けて威嚇しながら窓際まで進むもうとしたロナルドが、兵士の一人が抱えた真新しい革鎧の上下と腕輪に気付いた。


 クライン男爵邸にいた三人のユニークと、ロナルドが過去に一度会った事のある冒険者『ローメンの銀狐』の4人も、確か同じものを装備していた。


 今王都のそれぞれの陣営で噂が広がりつつあるある、辺境の少年の奇跡のアーティファクト。


 公爵家の騎士団が聖騎士の襲撃を無傷で退けたという、剣も魔法も通さない革鎧。


 ロナルドは剣を口に咥えて片手を伸ばし、革鎧と腕輪を奪い取るとエルンストを抱えた儘、ひらりと窓から飛び降りた。


 ロナルドが、中庭の公爵騎士団の兵士を制圧したニクラウスの兵士が用意していた馬に跨ると、40騎の兵士たちが風のように公爵邸を去って行った。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「何だって! 公爵邸が襲われてエルザの息子が誘拐されただって! それで敵は?」


「分かりません! 貴族街の北門が破られて賊は市内に出たようですが、その後の消息がつかめません!」


 ルチアナが立ち上がると言った。

「北門に向かうわよ。奴らが外に出るとしたらバンベルク将軍の守る北門しかない。全軍北門に出撃よ」


 バンベルク将軍の第7師団は王都騎士団の中で、現在唯一の教会勢力である。


 ルチアナは瞬時に判断すると製薬工場にはフローラたちを残し、自分の率いる魔術師団300を率いて北門に向けて出陣した。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ロナルドとニクラウスの黒騎士40騎は、貴族街の北門を破ると市街地に出て西をめざした。


 市街地を抜けて城壁の内周まで出ると今度は南に向けて馬を勧めた。

 エルンストは気を失ってロナルドの馬に乗せられていた。


 彼らが目指すのは王都南門の脇の三角地帯であった。


 そこには現在マリウスの指示通りに設計された下水処理場が建設中であった。

 未だ水の入っていない下水処理場の水路は城外に伸びている。


 浄水場程の重要性が無い下水処理場には十数名の守備兵しかいない筈であった。


 下水処理場の三つ連なった大きな建物が見えてくると、突然夜空に数個の“ライト”が上がった。


 ロナルドたちが馬を止めると、下水処理場の前に第6騎士団300が陣を構えて整列する姿が見えた。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ウイルマー・モーゼルは公爵邸の襲撃とエルンスト・グランベール誘拐の報を受けて、兵を南の下水処理場建設地に迷わず向けた。


 敵は貴族街の北門を破って市街に出た。


 いかにもバンベルク将軍の第7師団が守る北門を使って王都の外に逃走すると推察できる行動だが、ウイルマーはこれも陽動だと見抜いていた。


 下水処理場に兵を伏せて待つと、やはり読み通り敵はやって来た。

 魔術師部隊が上げる“ライト”に、30数騎の敵黒騎士達の姿が浮かび上がる。


 先頭の黒い革鎧の男の馬に、気を失ったエルンストが乗せられているのを見るとウイルマーが兵に合図を送った。


 第6騎士団の兵士たち80騎が30騎の黒騎士達の左右を取り囲む。

 伏せていたブロン隊50騎が後方からロナルドたちの退路を塞いだ。


「人質を返して降伏しろ!」

 ブロンが後ろから怒鳴る。


 兵士たちが何時でも放てるように矢を番えた。


 ロナルドとニクラウスが視線を交わすと口元に笑みを浮べた。

 次の瞬間下水処理場の三つの建物が次々と爆発して火柱が上がった。


 ウイルマーが振り返ると後方から第6騎士団の陣の上に、下水処理場の建物の瓦礫が降りそそそぐ。


 視界が噴煙で奪われる中で、ウイルマーの本陣の左翼から悲鳴が上がる。

 伏せていたドリスの率いる魔術師部隊が攻撃魔法を乱射する。


 ウイルマーは自分が完全にハインツの罠に嵌められた事を覚った。

 ハインツは自分が必ずここで待ち伏せする事を読んで、既に伏兵を配置していたのだった。


 “フォールロック”の大岩が次々と陣に落下してきて兵士たちを圧し潰す。


「全員散会しろ! 敵の本軍が来るぞ!」


 ウイルマーはやられたと思った。

 未だハインツはこの戦場に現れていなかった。


 薬師ギルド襲撃事件ではロナルドと数名の兵士がしか動いていなかった。

 ハインツは自分の兵の数をずっとウイルマーたちから隠し続けていたのだった。


 本陣の兵士たちが散開しながらドリスの魔術師部隊に迫ると、ドリスが兵をまとめて直ぐに後退していく。


 ロナルドたちの後ろを塞ぐブロン隊の更に後方でマジックグレネードが弾けて爆炎が上がり、兵士が吹き飛ばされた。


 爆発を合図にロナルドとニクラウスの兵が左右に別れて自分たちを囲む第6騎士団の兵士に向かって馬を走らせた。


 動揺した兵士たちが放つ矢を躱しながら斬りこんでいく。


「人質に当てるな!」


 ブロンが矢を放つ兵に怒鳴る。後方からマジックグレネードを放った兵士20騎と部隊は交戦中だったが、ブロンは数騎を率いて人質を乗せたロナルドの兵を囲むように左翼に兵を向けた。


 混戦の中で、ウイルマーが兵を前進させようとした時、突然半壊した下水処理場の建物の中から騎馬の一団が飛び出してきた。


 ハインツ・マウアーが率いる騎馬の一団は10や20ではなかった。


 ハインツは今日の決戦の為に、王都から一日の距離にある北の山中の古代遺跡跡に、バーデン伯爵領から呼び寄せた兵300を潜伏させていた。


 城外の守備兵を全滅させて、充分馬二頭が並んで走れる広い下水路を通り抜け、ドリスが架けた土の橋を渡って濾過槽の外に飛び出した300騎の精鋭が、混乱する第6騎士団に襲い掛かった。


 混戦の中の奇襲の上に、数の優位まで覆された第6騎士団が一気に苦戦に陥る。


 ハインツの視線がウイルマーの背中を捕えた。

 ハインツが剣に理力を込めながら必殺のユニークアーツ“魔人烈斬”を放つ。


 光の刃がウイルマーの背中に直撃するが、ウイルマーが平然と振り返ると、ハインツに向けて“剣閃”を放った。


 信じられない程重い“剣閃”をハインツが愛刀『コテツ』で弾くと、“瞬動”で跳躍したウイルマーの愛刀『ノサダ』が襲う。


 ともに1200年前のハイエルフの支配が緩んだ戦乱の時代、人を斬るためにドワーフの名匠が打った剣が火花を散らす。


「ハインツ! 相変わらず品の無い剣だな」


「ぬかせウイルマー! お前こそ何やら手品を隠しているようだな」


 ハインツがウイルマーの斬撃の重みに驚きながら馬を下がらせると、ウイルマーを睨んだ。


 周囲から両軍の兵士が将を守らんと集まって来るが、ユニークの剣士同士の戦いに手出しできずに周囲を取り囲んで睨み合う。


「ハインツ! 何のために戦う! 最早戦は終わっているのだぞ!」


「俺の中では未だ終わっていないさ。ここで止めては死んでいった戦友たちに合わせる顔が無いのでな!」


 ハインツが視線の端でロナルドが後退したのを見届けると、右手を振り上げた。


 ドリスの魔術師部隊が一斉に第6騎士団に向けて攻撃魔法を放ち、黒騎士達がマジックグレネードを投げ込んだ。


 周囲に上がる爆炎の轟音の中でハインツが叫んだ。


「人質は公爵家が捕えた聖騎士とアレンスカヤ将軍と交換だ。半月後、北の古代遺跡で待つとエルザ・グランベールに伝えよ!」


「待て! ハインツ!」


 ウイルマーが下水処理場に開いた水路に向かって馬首を返すハインツの背中に向かって、ユニークアーツ“炎迅斬舞”を放つ。


 無数の炎の刃がハインツに向かって集まるが、馬から飛び降りたロナルドがハインツ後ろで両手を広げて炎の刃を一身に受け止める。


 燃え上がったと思われたロナルドはしかし全く無傷の姿で立っていた。


 マリウスの革鎧と腕輪を装備したロナルドが、ウイルマーたちに向かって連続で強力な“剣閃”を放つと、再び馬に跨る。


 エルンストは既にハインツの兵士が外に連れ出していた。

振り返らずに水路に去って行くハインツに、ロナルドとドリスが続く。


 追撃しようとする第6騎士団の兵士に向かって、殿軍のニクラウスの部隊が再びマジックグレネードを投げつけた。



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