7―23 公爵邸襲撃
「未だハインツ・マウアーの行方は分からないのか?!」
王都警邏隊長官ライナー・ブロスト伯爵が、総隊長のバーンに怒鳴った。
新しい製薬工場とクライン男爵邸が襲われたとの報告が入っている。
現在公爵騎士団は第2騎士団に変わって西門の警護と第2騎士団の兵士の警戒、宰相ロンメルの警護等に動員されているため、第6騎士団と魔術師団が王都の要所の警備と、王都内の警戒にあたっているが、王都警邏隊も街の警戒の為に大半の部隊が出動していた。
「ドリスは未だ何も喋らないのか? もっと厳しく尋問させよ」
「あの女も軍人として訓練は受けています。少々の拷問で口は割らないでしょう」
バーンが肩を竦めて答えた。
更にライナーが何か言おうとしたが、突然地響きと共に轟音が響き渡った。
バーンが窓の外を覗いて声を上げた。
「長官、敵襲です、奴ら今度は此処に攻めて来たようです!」
「くっ! 小癪な! 行くぞバーン! 賊を一人も逃すな!」
怒りの形相でライナーが部屋を飛び出そうとするのをバーンが引き留める。
「うかつに出るのは危険です! どうやら賊の狙いはドリスのようです。12番隊と16番隊が向かっています」
炎を上げているのは地下牢の在る隣の別棟だった。
40名程の隊士が別棟に向かって駆けて行くのが見える。
突然轟音と共にライナーたちの立っている足元の床が崩れた。
「長官!」
ライナーは落下しながらバーンの腕を取ると、“風操作”で上昇気流を作りながら地上にゆっくりと着地する。
「あ、ありがとうございます!」
礼を言うバーンを目もくれず、ライナーが崩れた本部棟の表に飛び出した。
騎乗の黒騎士達が屯所の中を馬で駆け回りながら、マジックグレネードを周囲に無差別に投げている。
警邏隊の隊員が彼方此方で倒れているのを見てライナーの怒りが頂点に達する。
ライナーの放った特級風魔法“サンダーレイン”の雷が数名の黒騎士達に直撃し、馬から転げ落ちると、警邏隊の隊員たちが黒騎士を取り押さえた。
黒騎士の一隊が馬首を返してライナーにむけて数個のマジックグレネードを投げつけたが、ライナーが“風操作”でマジックグレネードを黒騎士に向かって吹き飛ばした。
黒騎士達の前にドリスが飛び出すと、石の壁がせり上がり、マジックグレネードが壁にあたって下に転がった。
石壁の前で次々と爆発と火柱が上がり、周囲が煙と粉塵で何も見えなくなる。
“魔力感知”を周囲に走らせたライナーが怒鳴った。
「クソ! 逃げたぞ! 皆後を追え!」
次第に周囲の視界が戻って来た屯所の有様を見ながら、ライナーの後ろに立つバーンが首を振った。
「無理です長官。動けそうな者は殆どいません」
10人程の隊員が炎を上げる別棟と本部棟から怪我人を運び出したり、倒れた黒騎士を縛り上げている。
別棟の脇の厩舎も炎を上げており、暴れ馬が屯所の中を駆け回っていた。
確かに賊を追える状況ではなかった。
バーンは傍の石の上にどかりと腰を落とすと、夜空を仰いだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「将軍! 王都警邏隊の本部が襲われました! 火災が発生しているようです!」
伝令の報せにウイルマー・モーゼルが眉を吊り上げる。
「今度は王都警邏隊か! 好きにやってくれるなハインツ。ブロン、お前の隊が行ってくれ!」
「はっ。直ちに!」
ウイルマーの命を受けてブロンが兵200を率いて出撃して行った。
王都北の新しい製薬工房が襲撃されて魔術師団のルチアナが援軍に向かったと報せを受けた数十分後今度は貴族外の西端、クライン男爵邸が襲われたとの報告で一隊を差し向けたが、今度は東の警邏隊本部が襲撃された。
まさに神出鬼没といった感じであった。
王都の南側に位置する第6騎士団の屯所には今、王都内を封鎖すべく、大半の部隊を出動させている為既に兵は500を切っていた。
ウイルマーはずっとハインツの狙いを考えていた。
ウイルマーとハインツ・マウアーは騎士学園の同窓であった。
十代の頃、ライバルだった二人はそれぞれエールマイヤー公爵騎士団と王都騎士団に進み、互いに将軍となって2か月前、公爵領レーン高原で相対する事になった。
この戦いでハインツは伏兵を隠して主将の第1騎士団長の本陣を攻めさせ、混乱の中で全軍で先鋒の第6騎士団を襲い、ウイルマーを討ち取る作戦を立てていたが、結局その作戦は発動されなかった。
エールマイヤー公爵家を継いだサイアスが王家に恭順を示し、公爵騎士団の主将が撤退したため、ハインツも撤退せざるを得なかった。
この戦場で第6騎士団は、主の命に逆らって少数で強襲してきた敵方の若い第3将を討ち取っていた。
誇り高い王国一の智将だったハインツが、医術師ギルドを一般市民まで巻き込んで襲撃した事をロンメルやルチアナは驚いて、教皇国に逃亡したハインツが騎士としての誇りを失ったと思っている様だが、ウイルマーはそうは思っていなかった。
ハインツは騎士ではなく、目的を達成する為にはどんな事でもする軍人だった。
あのテロでいわば王都民総てを人質に取られたようなものであり、こちらは王都内の警備の為に多数の戦力を割かねばならなかった。
更に彼方此方を同時に襲撃しているのは、明らかに此方の戦力を分散させる為であろう。
ハインツは自分たちに明確に戦争を仕掛けてきている。それならばハインツの勝利条件は何か。
ウイルマーは必死にハインツの狙いを考え続けていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「俺の姿が見えているか、ウイルマー?」
ハインツ・マウアーは嘗てのライバルの顔を思い浮かべながら、夜空に呟いた。
「何か申されましたか、将軍閣下」
製薬所を襲撃し、魔術師団の部隊を殲滅したハインツの本隊に、王都警邏隊を襲ってドリスを救助して合流したニクラウスがハインツを見る。
「ふふ、なんでもない。どうやらロナルドが戻って来た様だ」
数基の馬蹄の音が聞こえて来る。
“ライト”も灯さず月明りだけで馬を進める、ロナルドたち16名のアサシン部隊がハインツの前に馬を止めた。
ここは王都南西の三角地帯、獣人街のある三角地帯の南に位置する流民街であった。
近年国を追われて王国に逃げ込んだ、エルベール皇国からの4万人近い流民たちが、二つの三角地帯に住み着いて出来上がったスラムに、ハインツは兵を集結させていた。
「首尾はどうだロナルド?」
「取り敢えず屋敷ごと吹き飛ばしてきましたが、生死までは確認できませんでした」
「充分だ。雇い主に義理は立った。ウイルマーの目を反らす事も出来たであろう」
ハインツが満足そうに頷くと、従者の引いて来た馬に跨る。
ドリスも15名の魔術師部隊と共に馬に跨ってハインツを見る。
ハインツが皆の顔を見回すとにやりと笑って言った。
「それでは始めるとするか。レーン高原の戦の続きを」
ハインツの号令で80騎の精鋭が月に照らされながら、静かに2隊に別れて出撃して行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「クライン男爵は無事なのだな?」
公爵騎士団軍師アルベルト・ワグナーが伝令に問い掛ける。
「はっ! 男爵様に怪我は有りません。賊は男爵邸にマジックグレネードを投げ込んだ後、すぐに現場を去ったようです」
「奴らは何処に消えたのだ?」
「貴族外の西門の守衛たち5名が殺されているのが発見されたと第4騎士団から報告がありました。恐らく敵は此処から侵入し、逃走したと思われます」
「たった5名しか守備兵がいなかったのか?」
貴族街に入る四つの城門の警護は第4騎士団の管轄だが、騎士団長のクリューガー将軍は中立派といっても、親教皇国派にも反教皇国派にも愛想を振りまく、油断ならない人物である。
或いはクリューガー将軍が手引きしてフランツたちの襲撃を助けたのかもしれないとアルベルトが考えていると、突然屋敷の表に轟音が響いた。
公爵騎士団は5500の兵士の大半を市街の屯所に宿泊させ、兵力を西門の警備と、拘束している第2騎士団の兵士の監視に充てている。
現在この広い館は、4百人程の兵が守っていた。
「何事だ?!」
窓に走りながら怒鳴るアルベルトに兵士が叫ぶ。
「敵襲です! 南側から侵入されました!」
「ハインリヒはどうした!」
レアの剣士ハインリヒはこの公爵邸の警備隊長である。
「既に迎撃に向かった様です!」
窓から外を見ると南側の塀の辺りから炎が上がるのが見えた。
兵士たちがそちらに向かって駆けていく。
「アルベルト、何事だ?」
「エルンスト様! 賊が侵入したようです。危険ですので屋敷の外に出てはいけません」
10歳になる公爵家の嫡男エルンスト・グランベールが、緊張した面持ちでアルベルトを見ている。
親衛隊の護衛隊長で、アドバンスドの水魔術師イルメラがエルンストの手を引いて、奥に向かおうとするがエルンストはイルメラの手を振りほどいて言った。
「私は父上よりこの王都屋敷の守りを任されている。私の心配は無用だ。これでも剣も土魔法も使える」
エルンストのジョブはレアの官吏で、“土魔法適性”スキルがあり、初級、中級土魔法は幾つか学んではいるが、剣にしろ魔法にしろ、実戦レベルには程遠い。
エルンストが赤い顔で鼻息荒く主張するが、アルベルトが困った顔で首を振る。
「恐らく敵は元エールマイヤー公爵騎士団将軍ハインツ・マウアー、かなり危険な男です、どうか避難の準備をして下さい」
アルベルトが目配せすると、イルメラと親衛隊の兵士たちがエルンストを取り囲むように部屋から連れ出そうとするがエルンストが抗って動こうとしない。
丁度アルベルトの従者がアルベルトの皮鎧を持って部屋に入って来た。
アルベルトは未だ平装姿だったので、従者にクライン男爵から分け与えられていたマリウスの付与装備を取りに行かせていた処だった。
「それではエルンスト様、この鎧を身に着けて下さい。これはマリウス殿が付与を施されたアーティファクトで御座います」
マリウスと聞いてエルンストが眉を吊り上げる。
「その様な物私には必要ない! 私は自分で戦えると言っておるだろう。放せ、イルメラ!」
エルンストがイルメラの手を振りほどくとアルベルトを睨んだ。
アルベルトが何か言いかけた時、屋敷からかなり近い庭で火柱が上がり、爆音の振動が窓を揺らした。
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