7―22  ハインツの狙い


 イエルがホルスに頷いた。


「それ故若様は、商業ギルドの懐柔の為に魔石を商業ギルドに定期的に卸す事をお決めになられました。当面はポーションと魔道具もあくまで王都以西は商業ギルドを通して流通させる事になりますし、商業ギルドと対立を極力避けながら販売網を広げていく方向で考えております」


「うむ、確かに若様は薬師ギルドと魔道具師ギルドを傘下に納めているし、資金が集まれば後は人手だが、5万人の移住者が流入してくればそれも解決できるわけか」


「左様で御座います。問題は商業ギルドの対応と、辺境伯家が出資に応じて頂けるか、それにどの程度の商人がカンパニーに参加してくれるかで御座います。取り敢えずクライン男爵が『マルダー商会』と『狐商会』に声を掛けたようですので、二人には先に話を通しておく心算で御座います」


「分かった、儂の方からもダブレットや王領辺りの、葡萄酒の取引で付き合いのある商人にそれとなく声を掛けてみよう。それにしても若様は相変わらず面白い事を考える」


 ホルスが感心したように言った。


「本当にそのような事が出来るのか?」


 クラウスやジークフリートは未だ得心がいっていない様だった。


「ポーションと云う絶対に必要な、売れる商品を握っており薬師ギルドと魔道具師ギルドを傘下に納める若様に、宰相様と公爵家の後押しも有るのですから勝算は有ります。あとは我等の働きで、商業ギルドの干渉を押さえながらどの程度カンパニーの規模を広げられるかだけかと考えます」


 イエルの言葉にホルスも頷く。


「それではマルティンは私の配下に置き、商業ギルドを監視させれば良いのだな」


 イエルが頷くとマルティンがホルスに礼を取った。


「うむ、まあお前たちがそういうのならやってみる価値は有るのであろう。分かった、クライン男爵との会談には私も同席するが、マリウスの案をアースバルトの案としてクライン男爵には伝えよう。それにしてもマリウスの奴、そのような知識を何処で仕入れて来るのやら。あ奴には毎回驚かされる」


 クラウスが感心したように嘆息する。


「ノルン、今度は行政官の見習いか。少しは若様の役に立っているのであろうな?」


 ジークフリートがノルンの方を向くと、厳しい顔で言った。


「未だ始めたばかりです。これから勉強していくところです」


「精々若様に置いて行かれぬよう、励むが良い」


 ジークフリートの言葉にノルンが目を伏せて、無言で頭を下げた。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「我らが駆け付けた時は既に賊の姿はもうありませんでした」

 フローラが項垂れてルチアナに報告する。


 フローラたち第6騎士団の兵士が、炎を上げる北門側に駆け付けたが、そこには敵の姿は無く、ただ石壁や物見櫓が破壊されていただけだった。


フローラは自分たちも陽動に引っ掛かったと知って、慌ててゲラルトの後を追ったが、既に手遅れだった。


「成程ね、短気なゲラルトがあっさりと罠に嵌った訳だ」


 ルチアナが路地に張られた鋼線を見ながら溜息を付いた。

 

 ルチアナも製薬工場が襲われたのを知り、400の兵を率いて駆けつけて来たが、全て終わった後のようだった。


「ルチアナ准将。これは全て陽動だったのでしょうか、敵の狙いは一体?」


 ルチアナがフローラを見ずに眉間に皺を寄せて呟くように答えた。


「分からない。製薬工場の破壊が狙いではなかったのね。マウアーは一体……?」


 敵は明らかに追手を殲滅する為の罠を張ったうえで製薬工場を襲ったようだった。


 ウイルマー・モーゼル将軍は、これはレーン高原の戦いの続きだと言った。


 かつてエールマイヤー公爵騎士団と、第6騎士団、魔術師団を含む王都騎士団が、公爵領レーン高原で激突したが、エールマイヤー公爵家当主が王家に恭順を示したためマウアー将軍は撤退し、教皇国に亡命した。


 ルチアナは誰にともなくポツリと口を開いた。


「もしかするとハインツの本当の狙いは私たち。第6騎士団と魔術師団かもしれない……」


 ルチアナは製薬工場に入って陣を張ると、周囲に警戒の斥候を走らせながらハインツの影を追った。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「あんたたち、公爵騎士団に帰らなくていいのかい?」


 ラウラがまだクライン男爵邸から動かないアレクシスたちを不思議そうに見る。


「明日、王都を出るまでは付いていてやるよ。て云うか、狙ってくるなら絶対今夜だろ」


 アレクシスが呆れた様に言う。


「そうなんですか?」


 不安そうにするクリスタにバルバラが言った。


「まあ、今夜来てくれた方がこちらも都合が良いけどね。旅の途中で襲われたら厄介でしょう」


「ダブレットまでの街道は、公爵騎士団が警護してくれるそうですから問題ないですよ」


 クライン男爵が笑いながら答える。


 エルザが王都からの援軍の騎士団が帰還するので、替わりに王都の公爵騎士団から千を戻しガルシアの軍を増強する事を決めたので、ダブレット経由でベルツブルグに戻る公爵騎士団に、クライン男爵たちも途中まで同行できる予定になった。


 明日はいよいよゴート村に向けて出立であった。


「マリウス様は医術師ギルドを助けて下さるでしょうか?」

 クリスタが心配そうにクライン男爵に尋ねた。


「マリウス殿は帝国で虐げられている5万人の獣人、亜人を全て自分の領地で引き受けると言ったそうです。それ程の度量のある御方ゆえ、医術師ギルドの事もきっと親身なってくれるでしょう」


「ご、5万人ですか! マリウス様の御領地はそれ程広いの……」


「しっ! 来たよ、表に15人! でもこれはあの化け物女じゃない!」


 アレクシスとカイが部屋を飛び出し、バルバラが後に続く。

ケヴィンとダミアンが部屋の外に出て扉の前に立ち、ラウラとヘルミナがクライン男爵とクリスタを囲んで窓から離れた。


 庭先に飛び出したアレクシスとカイに向かって、塀の向こうから10個の黒い球が飛んでくるのが見えた。


 次の瞬間アレクシスたちの後ろから無数の光線が煌めいて、空中の黒い球を薙ぎ払い、中の魔石を焼き払う。


「こ! 殺す気か!」


 光線を躱して地面に伏せたアレクシスが振り返ってバルバラに怒鳴る。


 三人ともマリウスの付与装備を装着しているので、恐らくバルバラのフレンドリーファイアーで死ぬことは無いが、反射的に躱していた。


 高速転移でやはり光線を躱したカイが、跳躍して塀を跳び越えながら、飛んで来た数十本の矢を両手に持った短剣で払うと、塀の外に降り立った。


 アレクシスが遅れて塀を跳び越えて外に降り立つと、周囲を見回して怒鳴った。


「誰もいねーじゃねえか! どうなってる?」


 突然鳴り響いた轟音に二人が振り返ると、クライン男爵邸に火柱が上がった。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ドリス。生きているか?」


 ニクラウスが牢の鍵を開きながら、腕に魔法封じの枷を嵌められて斃れているドリスに声を掛ける。


 ドリスが青痣だらけの顔をよろよろと上げると、瞼の腫れた目でニクラウスを見た。


「随分派手にやられたな。我らの事をさっさと喋れば良いものを」


「見くびるなニクラウス。警邏隊ごときに口を割る私ではない」


 悪態をつくドリスの腕の魔法封じの枷をニクラウスが短剣で切り捨てると、ドリスにポーションの瓶を渡す。


 ドリスが不味そうにポーションを飲み干すのを待って、ニクラウスが言った。


「行くぞ、将軍が待っている」


「私は将軍の元を去った身、今更どんな顔で戻れる……」


 座り込んだまま動かないドリスをニクラウスが冷ややかに見た。


「お前も将軍の元でもう一度戦いたくて戻って来たのだろう。ウイルマー・モーゼルに我らの意地を見せる。さっさと立て」


「ウイルマー・モーゼル……」


 顔を上げたドリスにニクラウスがにやりと笑った。


「これはレーン高原の戦のやり直しだ。貴様も閣下から作戦の参加を許された」


 牢の扉から出て行くニクラウスの姿を見ながらドリスがすっくと立ちあがった。

 どうやら地下牢の監視は既にニクラウスの兵が斃したらしい。


 ドリスは魔力を体に漲らせ、未だ充分に戦えるのを確認すると、牢を出てニクラウスの後に続いた。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「おーい! 生きてるか?!」


 アレクシスが呼びかけると、焼け焦げて崩れ落ちた館の中から、煤で真っ黒に汚れたケヴィンとダミアンが這い出してきた。


「ゲホ! ゲホ! 今度こそ死んだと思った」


「男爵様とおばさんたちは無事か?」


「だからおばさんて言うな!」


 焼け落ちた柱が跳ね上がると、下からラウラとヘルミナ、クリスタとクライン男爵が這い出て来る。


「あんたたち、それでも護衛なの! 完全に敵に裏をかかれてるじゃない! おまけに一人も捕まえられずに逃げられたの?!」


 怒鳴るラウラにアレクシス達が、バツが悪そうにゴニョゴニョと答えた


「しょうがねえだろ、相手は完全に気配を殺して最初から潜んでいたんだろう。て云うか、それを見つけるのはおばさんの仕事じゃねえの?」


 アレクシスたち三人が表に出た隙をついて、“隠形”スキルで庭に潜んでいたロナルドがラウラたちの部屋に窓からマジックグレネードを投げ込むと、そのまま逃走した様だった。


 屋敷の中にいた6人が無事なのは勿論マリウスが付与を施した革鎧を全員が着用していたからだった。


 目を吊り上げるラウラの後ろで、クライン男爵が革鎧の煤を払いながら言った。


「明日の荷物は馬車に積んで公爵騎士団に預けてあったので助かりました。それにしても我々の生死も確認せずに立ち去った処を見ると、これも陽動だったのかもしれませんね」


「西の公爵家の残党、意外とやるわね」


 早くも駆けつけて来た第6騎士団の騎馬の一団が上げる“ライト”の光を見ながら、バルバラが感心したように呟く。


「だとしたらあいつらの本当の狙いは何処なんだ?」


 アレクシスの言葉にクライン男爵も眉間に皺を寄せて考え込んだ。


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