7―20  コメとサツマイモ


「マリウスは知らないのだな。『アールベック商会』の会頭、ロザミア・アールベック女史は商業ギルドのグラマス、ヘルムート・クルーゲの姪にあたる人物で、ギルド内でも大きな力を持っているそうだ」


 ヘルムート・クルーゲの姪と云う事はフレデリケの従妹と云う事になる。

 ロザミア・アールベックと云う人物は要注意だなとマリウスは思った。


「やっぱり一度話をしに御後見様に会いに行こうか?」


「ああ。一度会って話をした方が良いが、いきなり会うより先に根回しをしておいた方が良いかもしれない。そうだな、次に来るときにシュバルツ殿を連れてこようか?」


「シュバルツさん?」


 マリウスが首を傾げるとイザベラが言った。


「シュバルツは私の兄です。父が隠居してしまったので今はメッケル家の当主です」


「未だ御婆様が正式に伯父上の隠居を認めてないのだが、シュバルツ殿は他家との交渉などを担当している御婆様の側近なのさ。公爵家との同盟の話も裏でシュバルツ殿が動いている」


 シュバルツはクラウスのところには数度訪れているのだが、未だマリウスとは会っていなかった。


「シュバルツ殿を説得出来ればおそらく上手く話を進められると思う。要はそのカンパニーにどれ程魅力があるか、マリウスの話次第だな」


 うーん、またプレゼンか。

 しかし今度は未だ何も形の有る物が無いので、話だけで相手を納得させないといけない。


「うん、よろしく頼むよ。イエル達と相談してこちらも準備しておくよ」


 マリウスが引き攣った笑顔でステファンに答えた。


「しかしマリウスは本当に色々な事を思いつくのだな。同盟の話をするのかと思ったら、いきなり商売の話かい」


 ステファンが可笑しそうに笑うが、マリウスが真面目な顔で言った。


「これも同盟の話だよ。戦争の為だけの同盟なんてつまらないよ。皆で何か始める方がよっぽど面白いし、皆の為になると思うよ」


「ああ、その通りだな。魔境探索の話も忘れないでくれよ」


 ステファンがそう言って笑った。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「冷たーい。でもホントに甘くて美味しいわこれ」


 メラニーが陶器の器に盛られたアイスクリームを匙で救って口に入れると、目を細めて声を上げた。


「でしょう。ホントに今まで食べたどのお菓子より美味しいわ」


 マリウスとステファンが公衆浴場に出かけた後の屋台村に、アデリナとメラニーが来ていた。


 アイスクリームの屋台の前には子供たちが長蛇の列を作っていた。


「私ダブル! ダブルにして!」


「私は三つ、三つ乗せて!」


「あー! ミリ狡い。じゃあ私もトリプルで!」


 ミリとナターリアが屋台の前で大声で喚いている。


 猫獣人の売り子がディッシャーで掬った半球のアイスクリームを陶器の器に盛りつけ、更にその上に一つ、もう一つと半円を重ねる。


「ミリ、あんたお昼もたべたでしょう。お腹壊すわよ!」


「そんなに食べたら晩御飯が食べられないぞナターリア」


 ミラとブロックが後ろで小言を言うが、ミリとナターリアがアイスクリームの器を抱えてピューと逃げて行った。


「あっ、アデリナさん」


 エリスとジョシュアが連れ立って立っていた。


「エリスも来たの? 早く並ばないと売り切れちゃうわよ」


「あ、ハイ」


 エリスがジョシュアの手を引いて屋台の前の列に並ぶ。

 アイスクリームの屋台売り初日は大好評のようだった。


「凄いわね。王都にもこんなの無いわ。これが一杯30ゼニーなんて、私毎日でも食べに来るわ」


「若様はアイスクリームを夏の観光の目玉にするから、牛の数も増やしてもっと沢山屋台を増やすって言ってたわ。それにスイーツ専門のお店も作るそうよ」


「えー! 凄い。スイーツのお店なんて王都じゃ貴族街にしかないわよ。それも牛から始めるの?」


「牛だけじゃないよ」


 振り返ると風呂上がりのマリウスとステファンがいた。


「あ、若様。辺境伯様」


 アデリナが声を上げるとメラニーが慌てて立ち上がって礼をしようとするが、マリウスが手を振ってメラニーを座らせた。


「クラークに言って、ノート村で今色々な果物を育てさせているんだよ。これから夏から秋にかけてどんどん旬の果物を使ったスイーツを出していくよ。それに小豆やサトウダイコンと一緒に、今スイートカトフェ芋って云う甘い種類の芋も南洋諸島から種芋を輸入して、育て始めた処なんだ」


『サツマイモね』


「アズキ……? スイートカトフェ芋……?」


 聞いた事の無い名前の作物ばかりなので、メラニーが思わず問い返す。

 マリウスはちらりとメラニーに視線を走らせてから、笑って答えた。


「サトウダイコンは根を煮詰めると砂糖が取れるんだよ、小豆は砂糖と一緒に煮てアンと云う甘い饅頭の材料になるし、スイートカトフェ芋は窯でじっくり焼くとものすごく甘くなるんだ」


「何か甘いものばかりだな」


 ステファンが呆れた様に言う。


「甘いものはみんな大好きだからね。それにスイートカトフェ芋は栄養もあるし、水の少ない山の中でも育てられるから飢饉のときは必ず役に立つ作物だよ。カトフェ芋と違って毒も無いから葉も茎も食べられるし、家畜の飼料にもなるんだ」


 つい興奮して捲し立てるマリウスをステファンやアデリナ、メラニーが驚いた顔で見ている。


「驚いたな。マリウスは商売だけじゃなく農政の事も詳しいのだな」


 イザベラが、マリウスとステファンの前にアイスクリームの小皿とレモネードを置いてくれた。


 マリウスはレモネードを一気に飲み干すと話を続けた。


「詳しくは無いけど今勉強中なんだよ。なんといっても食料が一番大切だからね。ああ、今イエルがダックスに頼んで移住者の食料の為に辺境伯領からコメを輸入しようとしているので、ユリアに頼んでコメの食べ方も研究して貰っているところだよ」


「コメかい、私はあまり好きではないが庶民は確か南洋諸島風に、香草と一緒に炊いて香辛料や肉、野菜を煮込んだものをかけたり、油で炒めたりして食べている筈だが」


「うん、ああいう料理もおいしいけどコメにはミソとショウユが合うらしいんだ。それも今ユリアに作らせているところだよ」


「ミソ? ショウユ?」


 ステファンもイザベラも初めて聞く名前に戸惑っている。


「大豆を発酵させた調味料だよ」


 ユリアの“発酵”スキルを使って現在、味噌と醤油の製造を始めて貰っている。


「それ、美味しいのですか?」


 アデリナが興味津々に身を乗り出しながらマリウスに尋ねる。


「ミソとショウユが出来たら、色々な料理に使えるそうだから、色々な味が楽しめるよ。もうじきトマーテも収穫できるからトマーテソースの料理も食べられるようになるし今から楽しみだよ」


 楽しそうに語るマリウスを見ながらステファンが笑顔で言った。


「やはりマリウスは村作りの方が好きなのだな。今はとても楽しそうで安心したよ」


 ステファンにも気を使われていたらしい。

 あまり態度に出さないようにしていた心算だが、やはり相当落ち込んでいたらしい。


 マリウスはアイスクリームを匙で掬って口の中に入れた。冷たさとミルクの甘みが口いっぱい広がる。


「そうだね。今が一番楽しいよ。このまま戦い何か起きなきゃ良いのにね」

 マリウスがメラニーの方を見た。


「君は王都から来たんだったよね。如何かな? この村は王都と比べて暮らしにくくないかな」


「あ、いえ。とても良い村だと思います。ずっとここで暮らしていきたいです」


 メラニーが慌ててマリウスに言った。


「こんな田舎では、退屈じゃないかな。王都には面白いところは無かったの」


 マリウスの問いにメラニーが当惑したように答える。


「私みたいな庶民の娘が楽しむようなところはないですよ。貴族様はお芝居の観覧やお城で舞踏会とかするそうですけど、庶民は皆、普段は生活するので精一杯です、お祭りの時とかしか楽しみなんかないです」


 それではこの村と大して変わらない気がするが、やはり庶民は毎日の生活に追われて、楽しみどころでは無いのかもしれない。


 何か皆で楽しめる遊びも考えてみようとマリウスは思った。


 メラニーは話をした感じは何処も怪しいところは無いように見えた。

 むしろ普通過ぎるくらい普通の女の子に見える。


 マリウスはさりげなく“索敵”と“魔力感知”を働かせてみたが、特に力を隠している様子も無い。

 むしろアデリナの方が魔力はかなり上な位だった。


 一応アデリナの服には“魔法防御”と“物理防御”の付与を付けているので大丈夫だと思う。


 今もクレメンスの配下の騎士団の者が二人、密かにアデリナとメラニーを離れた場所から見張っているのが“索敵”で分かった。


 マリウスは暫くメラニーの事はアデリナに任せておくことにした。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「シルヴィーの策は全て失敗したのか」


 ラウム枢機卿がため息交じりに嘆息した。


「はい、ベルツブルグで『禁忌薬』を撒いて混乱を起こす作戦も、スタンピードを起こしてロランドを壊滅させ、エール要塞を帝国軍に落とさせる作戦も実行しましたが、結局全てマリウス・アースバルトによって阻止されました」


 エミールが枢機卿に答えた。

 王都クレスト教会本部神殿の一室である。


「またしてもマリウスか。あの者の力はそれ程の物なのか?」


「はい、マリウスは危険です。更に辺境伯家もすでに公爵家に協力しています。このまま放置すれば必ず我らの障害になるかと思われます」


 エミールは公爵領での作戦の失敗をラウム枢機卿に報告する為、シルヴィーと別れて王都に入っていた。


 王都でもクシュナ―将軍が捕えられて第2騎士団が解体され、クーデター計画は頓挫してしまったが、旧エールマイヤー公爵騎士団の残党を使ってラウム枢機卿がテロ活動を続けさせているようだった。


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