7―19 ガラス工房
二人一組で交代しながら、3組の屈強な獣人と人族の男たちが吹き竿をピットの下に向けて振ったり息を吹き込んだりしながら長いガラスの筒を造っていた。
時々筒の先をるつぼに戻してガラスを温めながらつけ足して、再びピットの中で息を吹き込んで振るを繰り返し、直径30センチ位、長さ1メートル以上の薄い筒を造ると、台の上に置いて両端を鉄鋏で切り離し、縦に一本カッターで切れ目を入れると、徐冷炉の中に入れていく。
徐冷炉の温度を上げて、C型になった筒を徐冷炉から出して広げて平らにし、また徐冷炉に戻して最終的にゆっくり温度を下げていく。
吹き上げ円筒法による板ガラスの製造である。
溶融炉も徐冷炉もマリウスが“発熱”を複数付与し、個別に稼働させることで段階的に温度を上げたり下げたりできる仕組みになっていた。
マリウスは取り敢えず試験的に、この人力に頼る板ガラスの製造法を職人たちに始めて貰っていた。
今のところ6人で何とか一日に十数枚程、1メートル角位の板ガラスを作る事が出来ている。
将来的にはアイツが言う、溶融した錫の上にガラスを流して大量の薄いガラス板を生産する最新のフロート法等を検討しているが、かなりの設備と広い工房、何よりも動力が必要になるようで、現状ではこの吹き上げ円筒法を、風魔法を使った機械的吹き上げ円筒法に切り替えていくことで、更に大きな板ガラスを造るべく設備を整えている最中だった。
マリウスは吹き竿を振る屈強な男たちの中にバーニーがいるのに驚いて声を掛けた。
「バーニー。こんなところで何をしてるの?」
「アハハ、見つかっちゃったな若様。ガラス作りが面白くて、時々手伝わせて貰っているのさ。ケリー達には内緒だぜ」
そう言ってバーニーが良い笑顔を見せた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
マリウスによって“発熱”が付与された大きな錬金釜が幾つも並んでいる中で、数人の薬師達が『奇跡の水』から作った純水で数種類の薬草を煮ていた。
薬師達が窯の周りで“抽出”スキルを使って薬草の成分抽出を加速させている。
「凄いですね、未だ魔力が残っているんですか。私もう空っぽです。本当にアデリナさんビギナーなんですか?」
「アデリナで良いよ。同い年なんだから。メラニーは薬師になって何年目なの?」
「今年で3年目よ、親が苦労して私を薬師学園に行かせてくれたんだけど才能無いのかな、王都の工房にいた時から、何時まで経っても純水作りと煮だしの初期工程から上げて貰えないわ」
アデリナは王都からやって来た薬師の一人、メラニー・バーナーをそれとなく監視して欲しいとマリウスに頼まれていた。
メラニーは自分と同じポーションの初期工程に配属されているので、顔見知りであったが話をしたことは無かった。
どうやって話しかけようか迷っていたらメラニーの方から声を掛けて来た。
「私なんか、最近やっとポーション作りに参加させて貰えるようになったばかりよ」
「えっ、そうなの。今まではどうしていたの」
「山で薬草や食べられる木の実を集めたりして、何とか食いつないでいたわ。若様に拾って貰えなかったら、きっと今頃野垂れ死にしてたわね」
真面目な話をしたのだがメラニーは冗談と思ったらしくクスクス笑っている。
マリウスはメラニーが密偵の仲間かもしれないと言っていたが、どう見ても普通の女の子にしか見えなかった。
「アデリナはこの村の人なの?」
「エールハウゼンの近くの山奥の村の出身よ。メラニーは王都生まれなの?」
「うん。家は下町の小さな雑貨屋よ。私は末っ子なの」
「王都か。行ってみたいな」
そう呟くアデリナに、メラニーが意外そうに言った。
「どうして、王都なんて臭くてゴミゴミしているだけよ。貴族は威張っているし、騎士団は乱暴だし。この村の方がよっぽど素敵よ」
「うん。私もこの村大好き。皆良い人だし、食べ物は美味いし。毎日お風呂に入ってふかふかの布団で眠れるなんて夢みたい」
「ホントね。つい食べ過ぎて太っちゃうのよね」
メラニーがそう言ってお腹に手を当てるが、アデリナが見るとメラニーは何処も太ってはいないどころか、何方かというとかなりスマートな体形に見える。
「貴方、何処も太ってないじゃない」
ジト目で自分を見るアデリナにメラニーが慌てて言った。
「あ、いえ。目立たないように隠しているだけよ。そ、それよりアデリナは胸が大きくて羨ましいわ」
「胸だけなら良かったんだけど」
「緑色の髪も素敵よ。それに何と言ってもアデリナは美人だから。男の人達も皆アデリナに話しかけたそうにしているわよ」
「そ、そんなことないよ」
いつの間にかアデリナの方がメラニーに慰められている。
「ねえ、今日仕事が終わったら屋台に行かない。アイスクリームっていう冷たいお菓子を売り出すのよ」
「冷たいお菓子? そんなのあるんだ」
「うん、ユリアちゃんの工房で味見させて貰ったけどとっても甘くておいしかったよ。ねえ、一緒に行こうよ」
甘い物の誘惑にはメラニーも勝てないようで、アデリナはあっさりとメラニーと仲良くなる事に成功したようだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「聞いたよ。エールじゃ大活躍だったんだって」
「ううん、たいした事はしてないよ。“魔物寄せ”で魔物を誘導しただけだよ」
マリウスがあまり気のない返事をした。
「敵を殺したことを気にしているのかい」
バーニーがエールを飲みながらマリウスに言った。
「うん、あんなに大勢の兵士が逃げずに魔物と戦おうとするなんて思っていなかったんだ」
「まあ、騎士は冒険者と違って、勝手に戦場から逃げる訳にはいかないからな。騎士団に嫌気がさして冒険者になった俺が言うのも何だけど」
「へー、バーニーも騎士だったんだ」
マリウスが驚いてバーニーを見る。
「これでも騎士団じゃエースだったんだぜ。槍以外は取り柄が無かったから、何も考えずに騎士になったんだけどな」
「何で騎士団をやめちゃったの」
マリウスの問いにバーニーは少し考えていたが、顔を顰めてから語り出した。
「俺が仕えていた貴族はクソ野郎でな。税を払えなかった村を騎士団に焼き払わせて、村人を皆殺しにしたのさ。その村は俺の生まれた村だった」
マリウスは思わず言葉を失ってバーニーを見た。
「ああ、別に気にすることは無いよ。俺の親は俺が子供の時に二人とも死んでるし、俺は孤児の厄介者で村でも嫌われ者だったから、11の時に村を飛び出して騎士団に入ったんだ。何も良い思い出なんかないさ。それでも故郷の村が焼き払われたと聞いた時、もうこんな領主の下で働けないと思った」
何時も飄々と軽口を叩いているバーニーの、思いもよらない過去にマリウスも戸惑いながら言った。
「そんな貴族もいるんだ」
「そんな貴族の方が多いさ。若様は国を守るために敵を殺した。死んだ兵士たちも国の為に戦って死んだ。それだけの事だし、皆そう云う覚悟で戦場に立ったんだ。何も悔いる事は無いし、若様は俺の知ってる貴族の中で一番立派な貴族様だよ」
バーニーはそう言って笑うと、エールを飲み干してから立ち上がって去って行った。
気が付くと、器一杯に盛られたアイスクリームに顔を突っ込んでいたハティが、アイスクリームでべたべたの顔を上げて、じっとマリウスを見つめていた。
今日はアイスクリームの屋台売り初日だ。
出来るだけ原価を下げて一杯30ゼニーで売り出してみたが、屋台に子供たちの行列が出来てユリアと猫獣人の料理人たちが追加のアイスクリームをせっせと乳製品工房から運んでいた。
マリウスがハティの頭を撫でると、ハティがまたアイスクリームの中に顔を突っ込んだ。
「マリウス!」
振り返るとステファンとイザベラだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「成程、アースバルト家と公爵家、王家と我々辺境伯家が共同出資して、東部全域でポーションや魔道具を販売する商会を立ち上げるのか」
「うん、出来れば公爵領や辺境伯領を拠点にしている商会にも参加して貰って、商業ギルドを通さず、安価にポーションや魔道具、他にも色々な物を提供できる仕組みを作りたいんだ」
マリウスの言葉にステファンが腕を組んで考え込む。
「確かに商業ギルドを通さなければ手数料は削減できるし、領主が手を結んでこれまで個別に取引されていた品物を、ギルドの垣根を越えて一手に売り捌くことができる訳か。面白い。新しい商取引の形を作り上げると云う事だな」
「どうだろう? 辺境伯家にも参加して貰えるかな」
マリウスが恐る恐る切り出す。
丁度村に遊びに来たステファンとイザベラにカンパニーの構想を話してみた。
「しかしそうなると商業ギルドと対立する事になるのではありませんか」
控えめに意見を述べるイザベラにマリウスが笑って答える。
「うん、まともに対立してしまうと『奇跡の水騒動』の時みたいな争いになりかねないので、見返りと云うか商業ギルドの懐柔の為に、魔石を市場に開放することにしたんだ」
「ふふ、やっとマリウスも自分の力を本気で使う気になったか」
ステファンがにやりと笑う。
現状マリウスは薬師ギルドと生産者ギルドの二つの生産者ギルドを傘下に納め、王国最大量の魔石と魔物素材の収穫量を誇り、更に鍛冶、木工、陶器、ガラス、乳製品などの多くの工房を自領に抱えており、その生産力は商業ギルドも決して無視はできない筈である。
そこに王家、公爵家、辺境伯家が協力するとなれば、商業ギルドも表立っておいそれとは敵対しては来ないだろう。
「問題は御婆様と伯父上をいかに説得するかだな」
ステファンが眉根を寄せて呟いた。
「領地経営に関する実権は今でも御婆様が握っているし、知っての通り我が辺境伯家は南洋諸国や西側諸国との交易で利益を得ているが、差配している伯父上は、王領の交易都市ラグーンの商業ギルドのグラマスでもある『アールベック商会』の会頭と懇意にしている」
「『アールベック商会』というのは大きな商会なのかい」
マリウスがステファンに問い返した。
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