7―13 エールからの使者
テオと3人のアドバンスドの魔道具師もエアコンの製造に入れたかったが、彼等には別の仕事をして貰っていた。
魔道具師の上級スキル“使用者登録”を使って、レジスタンスに送る武器や公爵領に出荷する武器に、使用者の制限を付ける事にした。
“使用者登録”スキルは、魔道具を利用できる人間を限定できる効果があり、付与装備にも有効で、1名から最大20名まで使用者を登録可能である。
勿論武具は1名しか登録できない様にして貰う。最初に武具に手を当てて『登録』と唱えた者が“使用者登録”され、それ以外の者が使っても付与効果は発揮されないというものだった。
ただこちらも困った事に、テオの魔力量が1680、アドバンスドの3人の魔力量が600ちょっとしかなかったので、一日に34回しか上級スキル“使用者登録”を使えない。
今日が5月17日だが、27日に武具を出荷して30日にエール要塞に届ける約束になっているが、これだと武器と防具、アイテムの全てに使用者登録を付けて納入するのは無理である。
マリウスの“並列付与”の様にまとめて付与するスキルはテオにも無いようだった。
更にマリウスはテオだけが使える特級スキル、“条件設定”というスキルを“念話”のアイテムに附けてもらって、“念話”のアイテムをグループ化する心算だったが、今月中はテオをこちらの仕事から外せそうになかった。
「我らが不甲斐なくて申し訳ございません」
済まなさそうにするテオたちに、マリウスが笑顔で答えた。
「大丈夫です。皆さんには明日からレベル上げをして貰います、半日レベル上げをして半日仕事のサイクルで暫く頑張って頂きます」
マリウスは早速レベル上げの施設を造る為、東の森に向かった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
「本当に魔物が襲ってこないのか?」
黒豹獣人の剣士エゴールが開け放たれた要塞の城門の向こうで、群れになって蠢いている異形のリザードマンを見ながら震える声で言った。
「大丈夫です。アースバルトの若様は5メートル以内には近づいて来られないと仰っていましたが、実際に確認した処百メートル位にも近づけないようです」
アレクセイが笑いながら答える。
エルヴィーラの一行は解放された30人の獣人解放戦線の幹部たちを伴って、バシリエフ要塞に辿り着いた。
「うん、私の“魔力感知”にははっきり見えるよ。この木切れから魔物を追っ払う滅茶苦茶強い効果が出ているね。それにアレ、あそこからは逆に魔物を凄い力で惹き付ける魔力が出ているわ」
エルフの植物魔術師ジーナが驚きを隠せない様子で、城門の中に見える皇帝の銅像を指差した。
確かにリザードマンはかなりの距離が有るにも関わらず、エルヴィーラたちの一行が近づいていくと、何か嫌な物に触れたかの様にびくりとし、こちらに牙を向けて威嚇しながら散り散りに逃げていく。
「これを7歳の子供が全て一人で付与したの? それで私たちを支援してくれて、尚且つ私たちを全員、自分の村に迎え入れてくれるってかい?」
妹のイリーナが疑わし気にアレクセイを見る。
「帝国と王国が戦争を始めたのなら、王国が我らを支援するという話は理解できるが、一体俺たちの同胞を全て自分の領地に受け入れて、その子爵様に何の得があるんだ? まさか俺たちを奴隷にしようとしているのか?」
牛獣人の盾士ダヴィットも胡散臭げにアレクセイを見る。
「ふふ、私も同じことを聞いたよ。私たちを奴隷にする気は無いし、マリウス様の村には多くの獣人、亜人が住んでいるそうだ。人族も獣人も亜人も皆平等に働いている。私たちにも一緒に辺境を開拓して欲しいそうだよ」
「ふーん、つまり自分の村の開拓の為に私たちを利用しようって云う事かい。それ、奴隷とどこが違うんだい?」
未だ納得できないイリーナが、アレクセイにくってかかる。
「一緒に開拓して欲しいと仰せられたのは、マリウス様の我らに対する気遣いだと私は思っている。マリウス様は我々と対等に接したいと思っておられると云う事ではないか?」
「また随分入れ込んだんだな。まあリーダーのアレクセイがそこまで言うなら、俺は信じても良いかもな」
羊獣人の幻術師のマラートが笑顔でアレクセイに頷くが、イリーナは未だ疑っている様だった。
「ふん、アレクセイも司祭様も人が良いからね、私は信じないよ。人族で、貴族で、おまけに付与魔術師とか絶対碌な奴じゃないよ」
後ろに付き従う20数名の戦士たちは、幹部たちの会話を聴きながら、それぞれが状況を理解しようとしているようだった。
一行はリザードマンの巣となったバシリエフ要塞の中を進むと、焼け落ちた巨大な主城の北側の、殆ど被害の無さそうな尖塔の有る立派な建物の前に到着した。
建物の周りには等間隔で魔物除けの木札が置かれていた。
「私は来月、部下の土魔術師を連れてゴート村に赴く。今ゴート村ではお前たちを迎え入れる為村の拡張工事を始めた処だが、工事の人手が足りないので私たちも応援に行く心算だ」
エルヴィーラが振り返ってイリーナたちを見た。
「マリウス殿の言葉が信じられないのならば 、お前たちも私と一緒に行ってマリウス殿と会ってみれば良い。自分の目でマリウス殿を見届けてみてはどうだ」
そう言ってエルヴィーラが馬上でニヤリと笑った。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「ビルシュタイン将軍からの使いだと言ったのか?」
「はい! エール要塞守備隊のグレーテ・ベルマー殿と名乗っておられます」
ライン=アルト王国との国境を10騎程の部隊が使者の旗印を立てて越境し、このユング王国王都ラナースを目指していると昨夜、ミズガルの守将アマンダ・ベロニウスから知らせを受けたボリス・オークランス将軍は、既に部下に使者を王城まで案内するように指示して、迎えを出してあった。
自分にとっては剣の師であるビルシュタイン将軍を通じて、グランベール公爵との面会を求めようと考えていたボリスにとっては、彼方から使者を送ってきたことは驚きであったが、会わない選択は無かった。
現在ラナースにある帝国の総督府には留守番の部隊100人程が駐留しているが、敗戦後、門を閉ざして中で籠城している状況だった。
王国の使者を城内に招き入れた事を知れば、恐らくすぐに帝国に連絡が行くだろう。
それは即ち帝国に対する反乱を意味するが、既に国王の承諾を得ていた。
「ボリス。私も会おう」
エリク王子も緊張した面持ちでボリスに言った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
現在東の森の杭は村から8キロ程離れている。
以前のレベル上げ施設は、杭のラインから1キロ程引っ込んだ処に点在していて、杭もすり鉢状にレベル上げ施設に向かって凹む形になっているのだが、これらの施設はすべて廃棄して、現在杭を真っ直ぐ打ち直している最中だった。
マリウスは並んでいる杭の外に立つと、“ストーンウォール”を発動した。
直径30メートルの丸い広場とその先の巾1メートルの通路を30メートル、その先の開口部を一辺100メートルに、巾1メートル高さ15メートルの石壁を作ると、更にその外側に高さ14メートルの足場になる巾2メートルの石壁で覆う。
更に両側二箇所に、高さの違う細い石壁を段々に40本位並べて石段を作った。
魔力が1000位減っていたので、中級魔法を連続50回分で完成した。
「出鱈目過ぎて、もうなんも言えねえ」
後ろでブレアが呆れた様に呟いた。
ブレアの後ろでヨゼフとビギナー冒険者たちが口を開けて、マリウスがあっという間に作ってしまった石壁を見上げていた。
「それじゃ後お願いね」
ブレアに“掘削”で獲物を搬入する為の出入り口用に3箇所穴を開けてもらい、ヨゼフたちが施設の周りに“魔物除け”の杭を打っていく。
マリウスはゴート村の方を向くと、昨夜ハイエルフの禁書『創作土魔法と適用規格』を読んで覚えた上級土魔法“クリエイトロード”を使う事にした。
レベル上げの施設や農地がどんどん村から離れていくので、道を整備してもっと馬や馬車を自由に行き来出来るようにする為である。
地面を圧縮して道を造る魔法、“クリエイトロード”は一回で幅3メートルの道を 500メートルか幅6メートルを250メートル、幅10メートルを150メートルの三種類を選べた。
マリウスは幅6メートルを12回続けて発動して、既に開拓された農地の中を通る道に繋げると、ハティに乗って2キロ程離れた場所に移動し、再び“ストーンウォール”でレベル上げ施設を作り、また道を繋いだ。
4キロ間隔で四つの施設を造り道を繋ぐと、マリウスは満足して村に戻って行った。
※ ※ ※ ※ ※ ※
武装を解いた礼服姿のビルシュタイン将軍の副官、グレーテ・ベルマーは未だ若い女性士官だった。
グレーテはエリク王子に片膝を着いて礼を取った後、ボリスに向き直った。
「グレーテ殿、ビルシュタイン将軍閣下が一体私に何用ですか?」
グレーテはボリスを真っ直ぐ見つめて口を開いた。
「はっ! 将軍からの口上は二つ。一つは我らが主、グランベール公爵閣下が今後の事に付いて話し合いたいので、ご足労ながらロランドまで足を運んで頂きたいとの事です」
「グランベール公爵様が御会いして下さるのですか? 承りました、早急に出向かせて頂きます」
これでユング王国は救われる。
安堵するボリスにグレーテが二つ目の要件を告げた。
「もう一つの要件は、ビルシュタイン閣下より火急の忠告で御座います。支流も含めたバルト河流域の畑の小麦と農作物を今すぐ刈取らせますよう進言致します」
「なんと、それはどういう事でしょう? まだ小麦の刈り入れが始まるのは、半月以上先ですが……?」
何を言われたのか分からずに顔を見合わせるボリスとエリク王子に、グレーテが冷徹に告げた。
「恐らくバルト河流域の木々も農作物も、半月の内に全て枯れてしまうでしょう」
グレーテの言葉に皆が息を飲んだ。
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