7―10  シルヴィーの爪痕


「そう云う事なら仕方がないな。それじゃ此処の警護は明後日までって事で、また帰ってきたら連絡してくれ」


「私はアースバルトの若様に逢いたかったのに」


 バルバラががっかりしたように言った。


「俺たちは男爵様と一緒にゴート村にいくのかい?」


 ケヴィンの問いにクライン男爵が少し深刻な顔で答えた。


「ええ、あなたたちは私とクリスタさんの護衛です。それに大金を輸送する事になっているので気を引き締めて下さい。それとあなたたちにはもう一つ残念なお知らせがあります


 マリウスのレジスタンスの支援と、帝国の獣人、亜人の移民受け入れを国策として進める事になったので、王家から下賜された支援金をクライン男爵が輸送する事になっている。


「何ですか残念な報せって?」


 ラウラが男爵に問い返す。


「公爵領に援軍に向かった王都の冒険者23名は全員ベルツブルグに着く前に殺害されました」


「えっ。全員って……」


 顔色を変えるラウラやケヴィンに、クライン男爵が気の毒そうに告げる。


「待ち伏せにあったようですね。犯人は教皇国の聖騎士で、殆どの者が既に打ち取られたか捕えられたようです」


「そんな……。『竜の息吹』のカスパ―たちも殺されたのですか?」


 『竜の息吹』はラウラが前に所属していた冒険者パーティーだった。


「全員街道近くの森に埋められていた遺体が発見されています。公爵領内での戦いはほぼ終結したようですが、フレデリケだけでなく教皇国の者たちも警戒する必要があるでしょう」


 顔色を変えるラウラやケヴィンたちを見ながら、クリスタは改めて自分が過酷な戦いの中に巻き込まれてしまった事を感じていた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 特級魔法でも“並列付与”は有効なようで、フレイムタイガーの魔石3個で、まとめて五つのイヤリングに“結界”を付与する事が出来た。


 マリウスはエルマの教会に来ていた。


 約束の報酬、特級付与を五人分という事で、既に持っているケリーは覗いて、アデル、バーニー、エレノア、ソフィーとヴァネッサの五人に“結界”を付与したクリップ型のイヤリングを渡した。


 図書館の古代ハイエルフ語で書かれた本は、全て騎士団の者を呼んで、マリウスの館に運ばせた。


 古代ハイエルフの書物は古代遺跡などから稀に発見され、禁書と言われて莫大な価値があるそうだが、何故あれ程の数の禁書が送られてきた本の中にあったのか、ビアンカに尋ねたところ非常に大雑把な話であった。


 マリウスはダックスにお金を渡して何でも良いから本を集めてくれるように依頼していたのだが、丁度王都下町の路地裏の古書店が売りに出されていたそうで、店ごと買って、蔵書は全て此方に送り、店は倉庫に使っているという話だった。


「なんでも店主だったエルフの老人が亡くなって、遺族も無く、役所が荷物ごと店を売りに出したのを会頭が安く買い叩いたそうです。えらい儲かった、とか言ってましから、禁書が混じっていたのは会頭には黙っていましょう」


 ビアンカが笑ってマリウスに言った。


 『禁書』は全部で13冊あったので、ひょっとして全部ハイエルフが書いた本物 だったら、小さなお城が買えるくらいの金額になるらしい。


 オリビアの話では最近オークションにかけられた『禁書』は殆ど偽物だったそうだが、稀に出品される本物は数十億ゼニーで落札される事もあるそうだった。


 そんなお金は払えないのでビアンカの言う通り、ダックスには黙っておくことにする。


 五人はイヤリングを装着して教会の表で“結界”を広げたり、お互いにぶつけ合ったりして効果を確認している。


「これ、もう俺たちエンシェントドラゴンとでも勝負できるんじゃねえか」


 アデルがそう言うとケリーも満更でもなさそうに頷く。


「あ、ベルツブルグで“魔物憑き”になった聖騎士に“結界”を壊されましたから、絶体に大丈夫とは言えないので気を付けて下さい」


 一応無敵ではないので注意しておく。


「いいなあ、私も魔物狩に行けば良かった」


 ベアトリスが羨ましそうに言う。


 用意したフレイムタイガーの魔石が2個余っているので、ベアトリスとエリナのペンダントにも“結界”を付与してあげる事にした。


「良いのですか、私まで」

 エリナがそう言うとマリウスが笑って言った。


「構いませんよ、実は皆さんにまた仕事を依頼したいんです」


「何だい若様。今度はユニークモンスターでも狩って欲しいのか?」

 ケリーが喰いついて来るが、そんな物騒な話ではない。


「いえ、実はカサンドラに腕の良い、専属の護衛を付けたいのです。交代で良いですから皆さんから二人、レーア村に護衛に入って貰えませんか」


「成程な、今のあいつなら教皇国が狙って来てもおかしくはないわな。良いぜ、それじゃ一週間交代で二人付く事にしよう、構わないな司祭様」


 ケリーが後ろで皆を見ているエルマに言った。


「ええ、ケリーさんたちの自由にして下さい。私の護衛はそれ程必要ないですから」


 エルマが笑って答える。


 最近は教会を訪れる人がどんどん増えてきているし、週に二日は学校で授業もして貰っているのでエルマも随分忙しくなってきているが、本人は楽しそうに見える。


 ゴート村での生活が気に入ってくれている様だが、もう辺境伯家には帰る気が無いのだろうか。


「ふふ、そうですね。本当はエルシャと向き合う心算でこの村にやって来たのですが、いつの間にかこの村の暮らしが楽しくなってしまいました。きっと皆が生き生きと働いている姿を見ると嬉しくなってしまうのでしょうね」


 そう言って笑うエルマはとても優しい顔をしていた。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


(エルヴィーラとアレクセイの策は上手くいきそうか?)


(ハイ、奥方様。あちらに選択肢はありません。マカロフ将軍は間違いなく奴隷の交換に応じるでしょう)


(ふふ、あんな趣味の悪い旗一枚で戦士30人取り返せるなら、こちらも文句はない。アレクセイたちに渡すマリウスからの付与装備も、月末までにはエールに届けられる)


(そうなればいよいよレジスタンスと連携して攻勢に出られますが、実は一つ気になる事が有ります)


(気になる事? 何か問題があるのか?)


(実は例の薬を撒かれたロス湖の事なのですが……)


 ビルシュタイン将軍の報告にエルザが眉を顰める。

 “念話”を切ると、地図を持って来させて机の上に広げた。


「いかが致しました、奥方様?」


 ガルシア・エンゲルハイト将軍がエルザの広げた地図を覗き込む。

 公爵領と帝国、ユング王国が記された地図だった。


「シルヴィーが『禁忌薬』を撒いたロス湖の周辺の森の木々が枯れているそうだ。それも少しずつ範囲が広がっているらしい」


 そう言ってエルザが地図を指差した。


「ロス湖の水は帝国とユング王国の国境を流れるバルト河に流れていく。もし被害が拡大していくようだと大変な事になるな」


 バルト川下流は幾つもの支流に別れて広大な平野になっていて、帝国にとってもユング王国にとっても重要な穀倉地帯であった。


「むう。あの辺りは恐らく小麦の収穫時期は来月の半ばくらいでしたかな。収穫に影響が出るかもしれませんな」


 今、王国では南部から小麦の収穫が始まっている頃だが、北のユング王国や帝国では、小麦の収穫時期は王国より一月近く遅くから始まる。


 恐らくまだ稲穂は青味をおびているだろう。


「さてと。この情報、どうするべきかな?」


 エルザの問いにガルシアも眉間に皺を寄せて考え込んだ。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「これがアースドラゴンの肉でっか? 儂もいろんなもんを食べてきましたけど、このアースドラゴンの肉はホンマ絶品でんなあ」


 ダックスが野菜と一緒に串に刺して焼いた、アースドラゴンのバーベキューに噛り付く。


「このゴールデントラウトも脂がのっていて、実に素晴らしい」


 テオも葡萄酒のグラスを片手に満足げに頷いた。


 館の一階と庭を全て解放して、薬師達と魔道具師達にその家族を招待してバーベキュウ―パーティーを催しているところである。


 皆が思い思いに料理と飲み物を取り、自由に館の中や庭にしつらえた席に着いて談笑している。


 勿論バーベキューだけでなく、魔物肉や新鮮な野菜と卵、チーズを使ったユリアの料理をリナ達が次々と厨房から運んできて、自由に好きな物が取れるようにテーブルに並べていた。


 マリウスも挨拶に来る者達と、一人一人話をしていた。

 カサンドラやティアナたちレーア村の薬師たちも馬車で到着した様だった。


「私たちもお邪魔して宜しかったのでしょうか」


「勿論、今日は薬師と魔道具師の歓迎パーティーだよ。カサンドラとレオノーラは友達なんだって?」


 そう言えば最初にカサンドラたちがやって来た時は、歓迎という雰囲気ではなかったとマリウスも思い出して可笑しくなる。


「はい、薬師学院の同窓ですから8歳の時からの付き合いです」


 カサンドラが答えるとレオノーラが笑って言った。


「私は二つ上なのですが、カサンドラは優秀で、私と同じ年に薬師学院に入学してきたんです」


 クソ真面目なカサンドラと、快活なレオノーラは良いコンビに見える。

 これから二人を両輪に、新生薬師ギルドを運営していくことになるだろう。


 マリウスは“物理効果増”、“魔力効果増”、“技巧力増”、“疲労軽減”を付与した薬師用のペンダントを30個、レオノーラに渡した。


「取り敢えず先に来たエールハウゼンの薬師に配ったら、残りはレオノーラとレオノーラの選んだ人たちに持たせてください。順次全員に配りますから」


 テオにも同じ付与を施した、魔道具師用のペンダントを15個渡してある。


「これ程のアーティファクトを新参の我らが戴いても宜しいのですか?」


 恐縮するレオノーラとテオにマリウスが笑って言った。


「薬師も魔道具師もこれからフル稼働して貰います。付与アイテムは其の為の物ですから遠慮せずに使って下さい」


 付与アイテムは何十年も使えるし、それで生産量が上がるなら安い投資である。


「マリウス様。いよいよ村作り再開ですね」


 一通り薬師や魔道具師と挨拶した後に、ノルンとエリーゼがマリウスの側に来た。

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