7―9   禁書

 更にマリウスを探る様に見るダックスに、マリウスが笑って答える。


「うん、いや何か有名な人らしくて、前は薬師ギルドの理事もしていたそうだから、一度会ってみたいかなと思って聞いただけだよ」


「そないでしたな、若様が薬師ギルドと今度は魔道具師ギルドも面倒見るさかい、儂のとこにも若様を紹介してくれ云う者がようさん来てますわ」


「へー、そうなんだ」


「勿論怪しい奴をこの村に連れてきたりはしまへんで、ああ、ひょっとするとフレデリケ様も若様に紹介して欲しかったんかもしれまへんなあ」


 クライン男爵がダックスとアンナも呼んで話があるというのは、ポーションの事に間違いないだろう。


 やはりフレデリケに何か問題があったという事なのだろうか。


 フレデリケがダックスに接触を図っているという事は、或いはアンナにも手が伸びているかもしれない。


 エミリアがアンナの狐商会で秘書をしているので、あとで話を聴いてみようとマリウスは思った。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「ここは図書館です。オリビアは午前中、学校で授業をして、午後は此処の司書をして貰っています」


 ダックスは早速公衆浴場に出かける様だった。


 王都からの獣人移住者は、予定通り月末にゴート村に到着する予定で、今回も120名程になるらしい。


 マリウスはビアンカを連れて、オリビアのいる図書館に来ていた。


 ノルンとエリーゼも一緒に付いて来ている。

 二人は丁度行き違いになっていて、オリビアに会っていなかったので、挨拶も兼ねて付いて来た。


「うわー、凄い人ですね。あれ、冒険者の人もいる。騎士団の人達もいるみたいね」


 エリーゼが図書室の中を覗き込んで驚いている。


 壁際に書架が並び、部屋の中央には机と椅子が並んでいるが、50人程座れる席は殆ど埋まっていた。


 子供たちも固まって本を読んでいるが、半分位は若い騎士団の兵士と冒険者のようだった。


「オリビア! 久しぶり」


「お姉ちゃん! どうしてここに? あ、若様」


 オリビアがビアンカの後ろのマリウスを見つけて頭を下げる。


 ビアンカの姿を見て、騎士団の兵士や冒険者たちがざわざわと騒めくが、マリウスに見つめられてすぐに黙って顔を伏せて本を読むふりを始めた。


「みんな今日はお休みなの?」


「は、ハイ。私は非番です」


「わ、私は夜番です」


「お、俺たちは今日は午前で上がりです」


 しどろもどろに答える兵士たちにマリウスが言った。


「みんな、休める時は休んだ方が良いですよ、これから騎士団も忙しくなりますから」


 移住者の為の土地を広げる為の討伐任務や村の拡張工事の手伝いなどで、明日から騎士団の兵士もフル稼働して貰う事になっている。


「は、ハイ! か、帰ります!」


 若い兵士や冒険者たちが、慌ててバタバタと図書館を出て行った。


 彼らの顔はすべて覚えたので、クレメンスに言って全員きつい作業に回して貰おう。


 図書館は出逢いの場所ではない。


「あの、若様……」


「あ、御免。えっと、ダックスと一緒にビアンカさんがお仕事で村に来たので連れて来たんだ。当分村に逗留する事になるから、あとこっちの二人はエリーゼとノルン、僕の近習をして貰っているんだ」


 オリビアがエリーゼとノルンと挨拶を交わしている。

 マリウスはオリビアに案内されて、奥の部屋に入って行った。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「へー、王都も大変だったんだね。それで医術師ギルドを襲った者達は、未だ捕まっていないんだ?」


「ハイ、今王都は騎士団の兵隊が街中を警戒していて、王都中がピリピリしてます」


 ビアンカから王都の様子を聴きながら、マリウスはオリビアが入れてくれたお茶を飲んだ。


「絶対教皇国の連中よ。あいつ等ベルツブルグでもやりたい放題だったんだから。大勢市民が亡くなって家が焼かれたりしたの」


 憤慨するエリーゼにオリビアが驚いた様に言う。


「そうなんですか。この村にいると毎日平和で。戦いなんて起こりそうにないですけど」


「ホントにオリビアは王都を出て良かったわ、今はこの辺境が一番安全かもしれない。薬師ギルドや魔道具師ギルドが移転してこれからどんどん大きく発展していくでしょうしね」


「5万人の移民の人たちもやって来るしね」


 エリーゼの何気なく言った一言に、ビアンカとオリビアが驚いて声を上げる。


「ご、5万人って何ですか?!」


「何処から5万人の移民が来るのですか?!」


「ああ、帝国にいる獣人、亜人の人達に村に移住してくれるように頼んだんだよ」


「えっ! 帝国って、今王国と戦争が始まったんじゃないんですか?!」


 更に驚くビアンカにマリウスが困ったように言った。


「うん、そうなんだけど、獣人の人達には関係ないから。それに戦争ももうすぐ終わると思うよ」


「そ、そうなんですか……」


 信じられない様子のビアンカたちに、マリウスもエール要塞での事は言えないので言葉を濁す。


 ノルンやエリーゼも喋りたくて仕様がないようだが、口を閉じて曖昧に笑っていた。


「それはそうと、オリビア。僕に見て欲しい本があるって聞いたんだけど」


「あ、そうでした。すぐ持ってきます」


 マリウスが話題を変えると、オリビアが直ぐに立ち上がって、奥から十数冊の本を重そうに抱えて持ってきた。


 机の上に下ろした古い羊皮紙や革の表紙の本を、マリウスが手に取って表紙の文字を見る。


「魔術書だね。えーっと、『植物魔法とエルフ文化』、『神聖魔法の虚実』、『禁呪大典』、なんだか難しそうな本ばかりだね。あ、これ『付与魔術術式便覧』、これなんか役に立ちそうだね。こっちも『創作土魔法と適用規格』……」


「あ、あのマリウス様……?」


「こっちは錬金術の本みたいだね『薬草大図鑑』、『魔物素材の抽出方法』、『魔法金属の精製と錬金』……」


「あの! マリウス様!」


 堪りかねて叫ぶオリビアに、マリウスが驚いて顔を上げると、ビアンカとオリビア、エリーゼとノルンが不思議な物でも見る様にマリウスを見ている。


「え? 何?」


「マリウス様は古代ハイエルフ語が読めるのですか?」


 ビアンカが恐る恐るマリウスに尋ねる。


「古代ハイエルフ語?」


 言われて初めてマリウスは、本の表紙に書かれている文字が、見た事も無い知らない字で書かれていることに気付いた。


 全く知らない文字なのに、なんと書いてあるのか意味が分かった。

 試しに中を開いてみるが、やはり知らない文字だけど読むことが出来た。


『あー、それは俺のスキルだよ。“異世界言語理解”ってやつだな』


 アイツのスキルの御蔭で古代ハイエルフ語が読めるらしい。


「古代ハイエルフの書物は『禁書』と言われていて、ハイエルフが書いた本物なら大変な価値があるそうですよ」


「そうなのお姉ちゃん?」


 ビアンカの言葉にオリビアも驚いている。


 好奇心満々の目で自分を見つめる四人に、何と説明しようか迷っているマリウスの視線が、積み重ねた本の一番下の背表紙に止まった。


 マリウスは本の山からその本を抜き出すと、改めて表紙の文字を見た。


 『禁忌薬の制御と種の進化』


 真っ黒な革の表紙にはそう書かれていた。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「エールマイヤー公爵騎士団のドリス・リーゼンとロナルド・ベックマンですって! 私たちその二人知ってるわ!」

 ラウラが思わず声を上げる。


「二人を知っているのですか? 恐らく医術師ギルド襲撃犯はロナルドと彼の配下のアサシン部隊で間違いないようです。ドリスの方は今、王都警邏隊に捕えられています」


 クライン男爵がラウラたちを見ながら言った。


「あ、親しいわけではありません。一度だけ、2年前に未踏破ダンジョンの調査にギルドの依頼で参加した時、合同パーティの監督だか監視だかで同行したのがその二人でした」


「ほう。例のラミアクイーンに襲われて三つのパーティが全滅したという話ですね。成程、確かブレドウ伯爵の監督で行われた調査でしたが、エールマイヤー公爵騎士団の兵士だった二人が監督役として参加していたのですか」


 腕を組んで考え込むクライン男爵に、ラウラが言った。


「本当にロナルドたちが医術師ギルドを襲ったのですか? そんな事をするような人たちには見えなかったけど」


 二人ともいかにも職業軍人といった感じで、民間人を襲う様な人間には見えなかった。


「彼らの上司であるハインツ・マウアー将軍は、この国を抜け出して教皇国に亡命しています。彼らもマウアー将軍と共に亡命し、今は教皇国の先兵として働いています」


「ちょっと待ってください。教皇国が医術師ギルドを襲ったのですか? 何故そんな……?」


 驚くクリスタにクライン男爵が気の毒そうに言う。


「私たちはこの件は十中八九クレスト教会と教皇国が絡んでいると思っています。ドリスが王都内に潜んでいたことからほぼ間違いないでしょう」


「それじゃ教会の奴ら、自分であんなことをしておいて、何食わぬ顔で怪我人の治療をしていたのか。なんて奴らだ!」


 カイが憤慨して声を上げる。


「ふん、いかにも教会のやりそうなことね。でも教皇国に唆されてエールに攻めてきた帝国はあっさり追い返されたみたいだし。あとはそいつらを見つけ出して捕まえればもう教会も教皇国もお仕舞ね」


「そう上手くいけば良いのですが、マウアー将軍は王国一の軍略家といわれた智将、一筋縄ではいかないでしょう。という事であなたたち三人には暫く公爵騎士団に戻って頂きます」


 鼻息の荒いバルバラにクライン男爵が言った。


「俺たちが抜けても大丈夫なのか? まだ例のフリデリケの方も解決していないだろう」


「私たちは三日後の朝王都を出発し、六日後後にゴート村に入る予定です。あなたたちにも付いて来て頂きたかったのですが、王都で大きな戦いが起きる可能性が出て来たので、一旦公爵騎士団に戻って欲しいそうです」


 馬鹿でもユニークの三人の戦力はやはり重要であった。


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