7―8 交換交渉
「久しいなマカロフ将軍。一昨年の国境協定会談以来か」
エルヴィーラが騎乗のまま、やはり騎乗のイヴァンに言った。
ロマニエフの城門の前で、五十騎を引き連れたエルヴィーラ・アーリンゲ准将と三十騎を引き連れたイヴァン・マカロフ将軍が向き合っている。
勿論城壁の上にはロマニエフの守備隊が、何時でも矢を射かけられるよう配置に就いていた。
「ああ、私に何の用だ、アーリンゲ准将」
エルヴィーラはそれには答えずに後ろの兵に合図すると、5人の兵士が銀と黒のフルプレートメールに槍と剣を担いで前に出て、イヴァンの前にどさどさと下ろした。
「バビチョフ将軍とアニキエフ将軍の遺品を返しておこうと思ってな。遺体は魔物に食い散らされて殆ど残って無かったので、他の兵士たちと一緒に埋葬した」
イヴァンは見覚えのある、茶色い血の跡がこびりついた鎧と槍や刀を一瞥すると、肩を竦めて言った。
「それは態々痛み入る。レナータの遺品は無いのか?」
「レナータ・アレンスカヤ将軍は生け捕りにさせて貰った、今千2百人の帝国兵と共にエール要塞に拘束している」
イヴァンが驚いてエルヴィーラを見る。
「レナータは生きているのか? 奴のマンティコアはどうした」
「マンティコアは殺した。遺体は戦利品として此方で押収させて貰ったよ」
イヴァンは溜息を付くと改めてエルヴィーラに言った。
「やはり残ったのは私だけか、そろそろ本題に入ろうかアーリンゲ准将。皇帝旗は返してもらえないのかな?」
「返しても良いが交換だ、我々は皇帝旗を返還する代わりにロマニエフに捕えられている獣人奴隷全員の解放を要求する」
エルヴィーラの言葉にイヴァンが眉を吊り上げる。
「獣人奴隷の解放だと。一体そんな者達を解放して王国は如何しようというのだ? ロマニエフにいる獣人奴隷1万人と皇帝旗1枚を交換せよというのか。そんな交渉には応じられない」
「ならば交渉は決裂だな。皇帝旗は焼き払い、我々はこのロマニエフに魔物の群れを差し向ける」
「なっ! 非道な……!」
「何が非道だ! これは貴様らが始めた事だ!」
非難の声を上げるマルクをエルヴィーラが一喝する。
「違う! それは教皇国の者がやった事で、我々は……」
「マルク! 黙れ!」
イヴァンがマルクを黙らせる。
教皇国と帝国の上層部が密かに繋がっている事は国家機密で、絶対認めてはならない。
イヴァンはマルクを後ろに下がらせると、改めてエルヴィーラと対峙した。
「それはつまり王国が魔物を自由に操る事が出来るという事か」
「既にエールで貴公は見た筈だが。我らがここまで無事に辿り着いているのが何よりの証拠であろう」
実はエルヴィーラたちは皆、“魔物除け”が付与された木切れを持っていた。
マリウスはエールの守備兵の為に500個の木切れに“魔物除け”を付与して残してあった。
「国王陛下は宣戦布告もせずにいきなり攻め込んで来た帝国に大層お怒りだ、更にスタンピードを故意に起こして、ロランドを民間人ごと壊滅させようとした帝国の非道ぶりを大陸諸国全てに訴えて、帝国の罪状を正す御考えだ」
「我らがスタンピードを起こした証拠はない筈、逆に王国が魔物を使ってこのロマニエフに攻め込めば、非難を浴びるのは王国ではないか」
イヴァンの抗弁にエルヴィーラがにやりと笑って言った。
「それこそ我らがやったと証明できまい。ロマニエフは偶々魔物災害に会い、我らはその後の土地を占領するだけだ」
無論これは全てエルヴィーラのブラフであり、エルヴィーラたちには、魔物を誘導する事もできなければ、帝国に侵略する心算も無い。
マリウスは民間人に無差別に被害が出る様な作戦に手は貸さないだろうし、エルザもそんな事をマリウスにはさせないだろう。
エルヴィーラはそろそろ良いかと云う風に本題を告げた。
「良かろう。それではこちらも譲歩してやろう。これに名前を記した30名の奴隷と皇帝旗の交換で手を打とう。明日の正午、この街道の中間にあった村で待つ。それまでに人質を用意しろ」
バシリエフ要塞とロマニエフを繋ぐ街道の中間に、住民の避難した小さな村があった。
兵士が一人前に出てエルヴィーラから封書を受け取ると、イヴァンの元に近寄って手渡した。
馬首を返して立ち去ろうとするエルヴィーラに、イヴァンが後ろから声を掛けた。
「レナータと他の捕虜は返してはくれないのか?」
「ふん、あの女は帝国と教皇国の密約の大事な証人だ。返すわけにはいかないね。他の兵士たちについては奴隷と交換なら考えても良い。次に来たときに名簿を持ってこよう」
レナータを押さえている限り、教皇国が善意の第三者を装って両国の仲裁に入ってくる事は出来ないという、エルザの読みである。
エルヴィーラが馬を進めながら、傍らのフードを頭にすっぽり被った男に言った。
「あれで良かったのか。恐らくあの倍の人数でもマカロフ将軍は応じる筈だぞ」
フードの男、獣人開放戦線のリーダー、アレクセイは笑って答えた。
「充分です、あの30人を解放出来れば、あとは実力で全員取り返します」
アナスタシアはマリウスからの提案を皆に伝える為に、護衛の者達を連れて先に帝国内に帰って行ったが、アレクセイはエールに残って同士の救出をビルシュタイン将軍に願い出た。
エルヴィーラが指名した30人は獣人解放戦線の幹部と戦士だった者達であった。
彼らを取り戻し、マリウスの付与装備を配備する事でアレクセイ達は一気に奴隷解放の為、攻勢に出る心算であった。
「さてと、またあの魔物の群れの中に戻るのか」
エルヴィーラが顔を顰めてリカ湖の方角を眺めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「マリウス様!」
先頭のノルンとエリーゼが馬の上からマリウスに手を振る。
クルトとエフレムたちの姿も見える。
約二十日振りにクルトたちの部隊がゴート村に帰って来た。
クルト達の後ろに15台の馬車と10数騎が続いている。
先頭の、どう見てもゴート村製の馬車のドアが開くと、ダックスと魔道具師のテオが降りて来た。
「ダックス! 大丈夫なの? 襲われたって聞いていたけど?」
「えらい目に合いましたけど、若様のアーティファクトの御蔭で助かりましたわ」
ダックスとテオたちは昨日の夕方、エールハウゼンに到着していたらしい。
同じくベルツブルグから帰って来たクルト達と合流して今朝一番にエールハウゼンを発ってゴート村に到着した。
「お久ぶりですマリウス様。取り敢えず第1陣ですが、王都の魔道具師37名とその家族を連れて参りました」
テオの後ろに魔道具師達が整列して、マリウスに礼を取る。
「あっ、皆さん宜しくお願いします。えっと、先ずは家の方に案内させます」
クレメンスの部下達が、家族持ちの者達と独身者の者達を、それぞれの家に連れていく。
移住者の受け入れも慣れているので、クレメンスが名簿を確認しながら、サクサクと進めていた。
「明日工房に案内します、仕事の打ち合わせもその時にしましょう。今日は夕方から、皆さんと薬師たちの歓迎のパーティーを僕の館で催しますので、皆館に来てください」
クルト達の帰還も祝って、マリウスの館で祝宴を開く事にした。
薬師とその家族も招く心算なので、多分200人以上になる。
館に入りきらないので庭も使ってバーベキューパーティーにする心算である。
勿論アースドラゴンの肉と、ゴールデントラウトも用意する。
「ただいま。若様!」
何故かちゃっかりと馬車に乗り込んでいたジェーン、キャロライン、マリリンが降りて来た。
「ゴート村、久しぶり」
「ホント、なんか空気が美味しい感じがする」
そんなに田舎ではないとマリウスが文句を言おうとする前に、三人はさっさと村に入って行った。
「随分沢山馬車を用意したんだね。全部ダックスの馬車かい」
「はい、出来てるエアコンと夏服を積んで、どんどん王都に送りますわ」
ダックスの後ろで、ダークエルフらしい金髪の髪と褐色の肌の、スーツにタイトスカート姿の足長美人が、マリウスにペコリと頭を下げた。
「若様、この子は儂の秘書のビアンカちゃんですわ。ビアンカちゃん。こちらがアースバルトの若様や、挨拶したって」
「あ、初めまして。ビアンカ・リオスです。妹がお世話になっています」
「ああ、オリビアのお姉さんですね。こちらこそお世話になっています。マリウス・アースバルトです。宜しくお願いします」
確かにオリビアによく似ている。
ビアンカは、少しオリビアより背が高い位で、オリビアをそのまま大人っぽい美人にしたような感じだった。
「若様、実はクライン男爵様から言付かってきましたんですが、男爵様と若様に子爵様と一緒に、儂とアンナ姉さんも交えて話がしたいっちゅうことでしたわ。男爵様は6日後にゴート村に入るゆうてはりましたわ」
ダックスが探る様にマリウスを見ながら懐から封書を一通取り出すと、マリウスに手渡した。
「へー、ダックスにアンナも一緒に話だって、一体何だろう?」
マリウスがそう答えながら封書の裏を返すと、宰相ロンメルの紋章であるヤクの紋章が蝋封に押されていた。
「へえ、なんやポーションの商いに関する話らしいですが、ひょっとして儂らにも商売にかまして貰えますんやろか」
「さあ、ポーションは商業ギルドに卸すって聞いていたけど。そう言えばダックスは商業ギルドのフレデリケ・クルーゲさんって人を知っているのかな?」
「フレデリケ様でっか。ええ、実はフレデリケ様から儂に逢いたいっちゅう使いが来まして、生憎ここに来る予定でしたので、帰ってからまたっちゅことにして貰いましたが、なんで若様がフレデリケ様の事を知ってますの?」
惚けて質問するマリウスに、ダックスが驚いた様にマリウスを見た。
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