7―7 マンションを建てよう!
ブロックの工房もエイトリ―の工房も今では10名近い大所帯になっているが、これから移住者が増えればまた大量の水道の蛇口や農具などが必要になるし、ポーションの流通の為の馬車なども大量に生産して貰う事になる。
エルザに相談して鉄鉱石の入荷量も増やして貰う事になっている。
「帝国には未だ、ドワーフやノームが残っているのでしょうか?」
「国境沿いに暮らす者がまだいる筈ですし、噂では帝都近くの街で反射炉と云う物を使って大量の鉄を生産しているそうですが、そこに大勢のドワーフやノームが奴隷として働かされているようです」
ブロックが顔を顰めて答えた。
「ドワーフやノームが奴隷として働かされているのですか?」
驚くマリウスにブロックが首を振る。
「ドワーフやノームだけではありません。南西の街ロマニエフの鉱山では更に多くの獣人達が鉱山奴隷として働かされていますし、その他にも港の荷役作業など重労働には多くの獣人、亜人が奴隷として働かされています」
帝国で暮らす5万人の獣人、亜人の多くは捕えられて奴隷にされているようだ。
アレクセイたちは帝国に虐げられる仲間を解放するために、帝政と戦い続けているのであろう。
「きっとその人たちは何時か解放されて、この村にやってきます。その時は皆で迎え入れてあげて下さい」
マリウスの言葉にブロックが力強く頷いた。
ミラの工房に向かおうとしたマリウスをナターリアが引き留めた。
頼んでいた薬師用のペンダント30個と、魔道具使用のペンダント15個が出来上がっていた。
「これからまた蛇口作りで忙しくなるけど、ペンダントも同じ物をどちらもどんどん作って欲しいんだ」
「うん、任せて若様。私もレベルが上がったし、フィリップも最近は“穿孔”が使えるようになったし、他の子もレベルを上げているから、蛇口も前の倍くらいは作れるよ」
ナターリアもレベルを9に上げてから、特級スキル“精密加工”を手に入れていた。
馬車の車軸に組み込むベアリング、ころ軸受けの開発にし成功していた。
バネを使ったサスペンションと合わせて馬車の高速での乗り心地を飛躍的に改善していたが、更に今は玉軸受けの開発に取り組んでいる。
フィリップは元々メアリーとミアに付いて来た鎧職人の鉄工師だったが、今はすっかりナターリアの助手になっている。
ナターリアが笑顔で力強く請け負ってくれた。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
「私に召喚命令だと、早いな。さてどうしたものか」
帝国騎士団イヴァン・マカロフ将軍は軍務卿リヴァノフ侯爵からの命令書を読みながら溜息をつく。
「将軍。今帝都に戻れば間違いなくこの戦争の責任を取らされて処刑されますよ」
副官のマルクがイヴァンに言うと、第10騎士団の副官ヴラスも頷く。
イヴァンはバシリエフ要塞から逃げ出した民間人と敗残兵を軍列に収容し、更に兵を送って周囲の村々の人々を避難させ、自分の第5騎士団と、第10騎士団の兵士と、逃げる途中で集まって来た第7、第11騎士団と要塞の守備兵の生き残りを加えた1万8千余の兵で、民間人を守りながらバシリエフから20キロ程離れた城塞都市ロマニエフに入った。
鉱山都市ロマニエフの守備隊長アンドレイ・シドレンコはバシリエフ要塞の陥落に相当動揺していたようで、イヴァンが軍を率いて入城してくれたことを大いに歓迎してくれた。
イヴァンがマルクとヴラスを見る。
「お前たち。皇帝旗を見たか?」
「皇帝旗で御座いますか。確かバビチェフ将軍の陣に立てられていましたが、魔物の群れに飲み込まれて、その後どうなったかは分かりません」
マルクがそう言いながらヴラスを振り返る。
「私は見ていました。例のフェンリルの少年とバビチェフ将軍が旗の前で激突し、バビチェフ将軍が弾き飛ばされると、少年が皇帝旗に手を伸ばしました」
「少年が持ち去ったのか?」
イヴァンが驚いてヴラスに問う。
「いえ、ただ少年が手を翳すと皇帝旗が青く光り、そのまま少年はフェンリルで空に飛び上がりました。その後皇帝旗が魔物に飲み込まれ、取り返そうとした第7の兵士たちが魔物に倒されていました。私が見たのはそこまでです」
リヴァノフ候からの命令書には、必ず皇帝旗を帝都に持ち帰るように記されている。
「皇帝旗は魔物に踏みにじられて、粉微塵になりました。とか上奏したら確実に俺は絞首刑だな」
イヴァンがぐったりと椅子の背凭れに体を預けて天を仰ぐ。
「そんな! あの場で皇帝旗を取り戻す事等、誰にも不可能で御座います!」
「ふっ。この戦はジェニースと宮廷顧問官の女狐たちが引き起こした事だ。これ程派手に負けた今となっては、是が非でも俺に全ての責を押し付けて、早々に幕引を図るだろうな。恐らく皇帝旗は口実だ」
最初から懸念しながら結局最悪の状況に陥ってしまったらしい。
皇帝旗など持ち出したジェニース・バビチェフに心底腹が立ってくるが、当人は既に魔物の腹の中だった。
進退の窮まったイヴァンの元に、突然ロマニエフの守備隊長アンドレイが駆け込んで来た。
「大変ですマカロフ将軍! エールのエルヴィーラ・アーリンゲ准将が将軍と話がしたいと言って、城門の前に来ております」
「何だと、敵将が何の用だ! いや、そもそもアーリンゲ准将はどうやってここまで来たのだ?」
マルクがアンドレイに怒鳴る。
エルヴィーラはエール要塞の副将だが、エールとこのロマニエフとの間には、リザードマンの巣窟となったバシリエフ要塞とリカ湖がある。
「どうやって来たのかは分かりませんが、用向きは皇帝旗の事だと申しているようです」
イヴァンが驚いてアンドレイを見る。
「アーリンゲ准将は何人兵を連れている?」
「はっ。およそ五十人程かと」
イヴァンは直ぐに立ち上がると言った。
「逢おう! マルク。30人だけ連れて私と一緒に来い!」
イヴァンは剣を腰に吊ると、マルクを従えて部屋を飛び出した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「えーっ! 私たち、クビなんですか?!」
ミリが涙目でマリウスを見る。ウサギ耳がぺたんと閉じてしまった。
「アハハハ! そんな訳ないじゃん!」
マリウスが笑ってミリたちを見た。
ミリの工房である。
マリウスはミラと木製給水管やエアコン本体の追加量産、ブロックと協力して馬車の量産等の打ち合わせをした後、ミリの工房を訪ねていた。
「でもレベル上げ施設の工事からはもう外されちゃうんでしょう」
ミリと、いつの間にか合流していたレニャ、ルークとローザをはじめ、もう10人以上になった石工工房ミリ組の皆がマリウスを泣きそうな目で見ている。
確かにミリ達の仕事のメインはこれまで、“魔物寄せ”を使ったレベル上げ施設の建設だった。
「うん、今あるレベル上げ施設は全部廃却して、柵の外、もっと魔境寄りに新しい施設を造るけど、それは僕が一人で作る心算だよ」
ベルツブルグで“魔物憑き”を閉じ込める為に“ストーンウォール”で壁を作った時に思ったのだが、マリウスの魔力量や魔法効果が以前とは比較にならない程上がっていた。
単純な石壁や屏を作るだけなら、マリウスが土魔法を使って作る方が早いと気付いてしまった。
現在レベル上げ施設は4基稼働しているが、魔物を引き込むために、杭を施設に向かってすり鉢状に打っている為、杭のラインが鋸の歯の様にギザギザになっているのだが、一旦施設を全て廃棄して杭を全て真っ直ぐに打ち直す事にした。
これも移住者を受け入れる為の措置で、これだけで単純に土地が200ヘクタール位増える事になる。
「それじゃあ私たちはどうなるんですか」
「うん、ミリ達にはこれからマンションを建てて貰う心算だよ」
「マンション?」
初めて聞く言葉にミリがウサギ耳を立てて首を傾げる。
「大きな集合住宅だよ。家族が何十世帯も住めるような」
マリウスがごそごそと筒に巻いた図面を広げだす。
ミリたちが集まって来て図面を覗き込んだ。
同じ大きさの長方形が5個描かれた図面を穴が開くほど見つめながら、ミリが目をキラキラさせて呟く。
「5階建てですか?!」
「うん、一階層に20世帯、全部で100世帯400人位が住める高層住宅を作る事にしたんだ」
さすがに5万人が暮らす平屋の家を造っていくと、どれほど土地が必要になるか見当がつかない。
人口が増加すれば家が高層化するのは止むを得なかった。
全室に風呂は無理だが、屋上に上水タンクを設置し、水道水をポンプで上げて、水洗トイレとシャワー位は使えるようにする心算である。
5階位で高層住宅は大袈裟だが、アースバルト領ではこれだけの高さの建物は何処にもない。
マリウスの館や宿も3階建てで、ゴート村の職人たちも高さが10メートルを超える建物を建てたことは無かった。
『マンションっていうか、昭和の公団住宅だな』
「これを来年いっぱい、1年半で120棟、ゴート村やノート村、レーア村にも建てて行く心算なんだ。勿論ミリ達だけじゃなくブロックとベン、コーエン親方とも共同で進めていくし、ブレア達土魔術師にも協力して貰う心算だよ。多分今よりもっと忙しくなると思う」
月に7棟は建設する事になるが恐らく今の人員では到底無理だろう。人口が増えれば上下水道や公衆浴場等の設備等も増やさなければならない。
公爵領やエールハウゼンから来る職人達を交えながら、更に移住者たちからも職人を募って工事を加速させていく。
当初は木造の大部屋主体の仮設住宅も数軒造り、更に軍用の大型テントなども購入する事になっている。
マンションに設置するコンロの魔道具の作成を、明日テオたちが到着したらブロックたちも交えて相談する心算だった。
この後焼き物工場に出向いて、便器の注文も出さないといけない。
「どうミリ? 面白そうだろう」
「うん。私、おっきな建物を建てるのが夢だったの。若様、私頑張る!」
ワクワクした様子で図面を見つめるミリに、マリウスもなんだか嬉しくなってくる。
横でブンブン尻尾を振るハティの頭をレニャとローザが撫でながら、何時までも図面を見つめるミリを笑顔で見ていた。
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