7―5 ユング王国
カサンドラの製薬研究所を出ると、幽霊村改めレーア村を見ていく。
大勢の人夫たちが、彼方此方で忙しそうに働いている。
製薬研究所の隣に一際大きなレンガ造りの建物が造られているのは、ポーションの大量生産を行う予定の製薬工場である。
来月また王都から薬師達の第2陣がやって来るので、ゴート村の工場と二つの工場が稼働する様になれば月産10万本も夢ではなくなる。
製薬工場と反対側、村の北側には既に2棟騎士団と冒険者の宿舎が完成して、今は薬師達の住居作りが始まっていた。
職人や人夫達の宿舎とテントが村の中央に並んでいた。
何れ騎士団と冒険者の三分の一以上はこのレーア村に移し、製薬工場の警備をしながら、辺境の魔物討伐の拠点にしていく事になる
堀で囲われた元の村の敷地内は製薬工場と薬師と騎士団の宿舎だけを建設していき、農園で働く人や流通などに従事する人、一般の商人などの家は、村の輪郭を広げた外に建設していく事にした。
マリウスが最初に作った堀の外側に、土魔術師のベルガーとフォークが指揮して、浄水場の建設が始まっていた。
働いている人夫や職人はエールハウゼンから来た者たちで、現在40名程だが、ホルスに頼んで更に追加人員を募集して貰っていた。
浄水場が完成したら、公衆浴場、下水処理施設、下水道、上水道等の工事を進めていく心算だった。
堀の外側に新たに街の輪郭を一辺1キロに程広げていくため、建材の確保も兼ねて騎士団の兵士たちや風魔術師のベッツィーが、周囲の森を伐採している。
マリウスも森の伐採を手伝っていくことにした。
騎士団の兵士たちが働いているのと反対側の外に出ると、ハティに跨った。
駆けだすハティの上でマリウスが両手を広げて“エアーサイス”を両側に放ちながら、左右の木を切り倒していく。
ハティが駆け抜けるとまたUターンして戻って来るを数回繰り返すと、30分程で拡張する予定の土地の木の伐採が三分の一ほど終わってしまった。
村に入って行くとオルテガが呆れた様にマリウスを迎えてくれた。
後ろで『森の迷い人』の四人が、口を開けたままマリウスとハティを見ている。
「若様、また魔法の威力が増したのではありませんか?」
「うん、少し上がったかな。そんな事よりオルテガ。この村の名前は今日からレーア村に変える事にしたから、皆に伝えておいてね」
「レーア村ですか。それは良き名ですね。解かりました、直ちに皆に周知させます」
マリウスはオルテガや『森の迷い人』のアルドたちに手を振ってレーア村を出た。
★ ★ ★ ★ ★ ★
ノート村に着くと村長のモーリッツと自警団のジェイコブ、アグネスとレニャが待っていた。
ノート村は以前の2倍の広さになり、ここでも彼方此方で家が建設されていた。
村を囲う堀には、川から汲み上げた水が流れている。堀の脇に完成したばかりの浄水場が建っていた。
マリウスはまず浄水場の三段の濾過槽に“術式結合で一つにした“治癒”、“浄化”、“滋養強壮”を付与すると、更に“消毒”を付与してから浄水場の屋上に上がって、ポンプの上に持ってきた木筒を三つ差し込んだ。
“送風”を付与した木筒にはエリスが“初級制御”のスイッチを付けてくれている。
順番にスイッチに触れていくと、音を立てて木筒の中を風が流れていく。
ポンプの土管を通って汲みあげられた水が一番上の浄化槽に流れ込み始めた。
「これでノート村も奇跡の水を自由に使えるのですね」
モーリッツが嬉しそうに言った。
以前来た時に村の井戸に付与を施しているが、浄水場があれば大量の水を自由に使えるようになる。
浄水場に近い村の中には公衆浴場が殆ど完成していた。
マリウスは次にレニャたちと村の中央に掘られた穴の中に縄梯子を伝って降りて行った。
東、西、南に下水道になる横穴を、レニャに測量して貰いながら慎重に“トンネル”を使って掘っていく。
基本レベルを8迄上げていたレニャは“測量”の上級スキルが芽生えていた。
掘り終わると元の縦穴に戻って今度は北に向かって横穴を掘り始めた。
アグネスが“土操作”を使って土を集めて通路を作っていたが、魔力切れで座り込んでしまったのでレニャと交代する。
構わずにマリウスは北に向かってどんどん横穴を掘り進めていった。
村の敷地内を500メートル位出た処でトンネルの先に光が見えた。
アグネスとレニャで掘った下水処理の為の濾過槽にたどり着いた様だった。
ハティがトンネルの出口で待っていてくれたので、レニャとアグネスを乗せて濾過槽の中に降りた。
濾過槽は未だ一槽しか完成しておらず、二つ目が半分ほど掘り終わった処だったが、浄水場と地下下水道が完成したので、あとはアグネスにビギナー土魔術師のリンダを応援に入れて何とかなるだろう。
マリウスは出来上がった濾過槽に“消臭”と“消毒”、“浄化”を付与すると二人を振り返って言った。
「アグネス、レニャの仕事はこれで終わりだからゴート村に連れて帰るよ。あとはリンダを替わりに送るから仕事を続けてね」
「はい、解りました。レニャちゃんありがとう」
「あ、いいえ。楽しかったです、また呼んでください」
「レニャ、明日ゴート村にメリアさんが来るから、僕と一緒に帰ろう」
「えっ、先生が来られるのですか?」
鉱山師のメリアはレニャの師匠で、育ての親のような人だった。
驚くレニャにマリウスが笑いながら言った。
「うん、エールハウゼンから工事の職人さんと一緒にメリアさんにまた来てもらう事になったから。明日は休みにしていいから、メリアさんに村を案内してあげなよ」
「ハイ。ありがとうございますマリウス様」
ずっと働き詰めのレニャにはやはりこれが一番喜んでもらえるだろうと思っていたが、正解だったようでレニャの笑顔を見てマリウスも嬉しくなる。
「僕はこの後モーリッツとクラークに少し話があるから、それが終ったら一緒に帰ろう。それまでに荷物をまとめておいて」
マリウスはレニャにそう言うと、二人を乗せてハティでノート村に戻った。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「オークランス将軍! 何故勝手に戦場から兵を撤退させて、無断で帰国した! これは明らかな背任行為であるぞ!」
ユング王国宰相ベルゲ・アンドレセンが、国王ヴィヨン・アールストレームに片膝を着いて礼を取るボリスを横から罵倒する。
「我らは敗戦の決した戦場から離脱したまで、背任行為にあたる事はしておりません」
ボリスが宰相ベルゲを無視して、国王を見つめがら答えた。
「だまらっしゃい! 退くのならバシリエフ要塞に退くのが筋、貴公が誰の許可もとらずに戦場から逃げ出したことは既に周知の事、言い逃れは出来ませんぞ!」
「許可を取ろうにも我らの指揮官たるバビチェフ将軍が打ち取られて、他の将軍も行方知れず故、自らの判断で退いたまで。それにバシリエフ要塞への道は魔物で塞がれ、そちらに戻る事は不可能で御座いました。拙者は陛下よりお預かりした兵士たちを一人でも多く国に連れ戻す選択をしたに過ぎません」
相変わらずボリスはベルゲの方は見ず、国王に向かって話続けている。
「えーい! ぬけぬけと! 貴公が魔物のスタンピードを食い止めていれば、バシリエフが落ちる事も無かった筈、陛下、騙されてはなりませんぞ! この者は国軍を私兵化し謀反を企んでいるに相違ありません! 衛兵! 直ちにオークランス将軍を捕えよ!」
しかし広間の周囲に配置された衛兵は誰一人動かなかった。
居並ぶ諸侯が騒めきながら宰相とボリスを見つめている中、ボリスが初めて宰相ベルゲの方を睨み据えた。
「宰相殿。我らがエールで魔物の軍勢に襲われてからまだ一日半しかたっておらぬ。この場にいる誰もがその事は知らぬ筈。一体宰相殿は何故それを御存じなのですか?」
「そ、それは……おお、逃げ戻ったバビチェフ将軍の兵士より聞かされたのじゃ。貴様が将軍を裏切り、戦場を抜け出したことを」
「黙れ奸臣! バビチェフの軍勢は一人残らず魔物に喰われて全滅した。更に魔物がバシリエフに向かったのは知っているが、よもやバシリエフが落ちたなどという話は我等ですら初耳だ。貴様はその知らせを一体誰から受け取った?」
「そ、それは……」
ボリスが改めて国王に向き直る。
「陛下。此度の戦は教皇国と、親教皇国派の皇帝の近臣たちと結んだバビチェフ将軍によって引き起こされたもの。そして宰相は予てよりバビチョフと結び、この国の財貨を宮廷顧問官ミーシア・ドルガニョヴァに贈賄し、己も私腹を肥やしていたことは既に我が手の者によって調べが付いております」
ボリスが片手を上げて合図を送ると、入り口の扉の側に立っていた衛兵が扉を開く。
武装した数十人の騎士団の兵士が広間に雪崩れ込むと、宰相ベルゲを取り囲んだ。
「こ、これは何の真似だ、オークランス将軍! 陛下! 騙されてはなりません! こ奴らこそ謀反人で御座います!」
兵士たちに取り押さえられ、床に跪かされたベルゲが国王を見上げながら叫んだ。
眉間に皺を寄せて、無言で玉座に座り、ベルゲとボリスの二人を見つめていた国王が立ち上がってボリスに言った。
「ベルゲを連れて行け! 牢に入れよ!」
「お待ちください国王陛下! これは濡れ衣に御座います! 某は……」
喚くベルゲを兵士たちが連れ出すと、広間に静寂が訪れる。
国王がボリスを顧みると口を開いた。
「ボリス。何人の兵の命が失われた?」
「はっ! 現在確認している者だけで5千4百余名の兵士が、帝国軍の矢避けとして命を落としました」
ボリスが頭を垂れる。
「痛ましき事かな。すまぬボリス。我がもっと早く決断できなかたために、多くの兵を無為に死なせる事になってしまった」
「いえ、陛下の所為ではございません。全て軍を預かる某の不甲斐なさ故」
広間の彼方此方ですすり泣く声が聞こえる。
「ボリス。これから如何する? 策を申せ」
ボリスが頭を上げて国王を見る。
「我らはライン=アルト王国と結ぶべきと心得ます。それ以外に王国の生き残る道はございません」
ボリスの言葉に国王が強く頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます