7―4   レーア村


 幽霊村に向けてハティに空を駆けさせていたマリウスは、街道をパトロール中のニナの部隊を見つけてハティを地上に下ろさせた。


「若様!」


 驚いて馬を止めるニナたちにマリウスが言った。


「優勝おめでとうニナ! 大逆転だね!」


「あ、ありがとうございます、若様! 皆が良くやってくれました!」


 ニナが慌てて馬を降りると、片膝を着いてマリウスに礼を取りながら言った。

 後の騎士達や、『四粒のリースリング』の四人も慌てて馬を降りると膝を着いた。


 『解毒薬』の材料になるフレイムタイガー狩の競争で、初日に獲物を見つけられず最下位だったニナ隊は二日目2匹、三日目4匹のフレイムタイガーを狩って見事逆転優勝した。


 ヘルマンたちも誇らしげである。


 Dランク冒険者として村にやって来た『四粒のリースリング』も、今では特級魔物相手に戦えるほどに成長している。


 いずれは魔境に進出していく上で、彼らは貴重な戦力になってくれるだろう。


 再びハティを空に舞い上がらせたマリウスを見上げながら、ルイーゼがポツリと呟いた。


「若様、何か少し大人っぽくなって帰って来たわね」


「マルコ隊長がベルツブルグの事を聞いても、あまり話してくれないって言ってたな」


 ヘルマンが答えるとアントンが眉を顰める。


「フィアンセの御姫様と上手くいかなかったとか?」


「若様を嫌う女子などこの世にいるものか! 下らない事を言ってないで行くぞ。気を緩めるな!」


 ニナが怒鳴りながら騎乗すると、ヘルマンたちも慌てて馬に乗り込んだ。


 ルイーゼが馬上でマリウスが去った方向をもう一度見る。


 明日にはクルトたちも久しぶりに村に帰って来る筈である。

 ケントが帰ったらベルツブルグの話を聞いてみようとルイーゼは思った。


  ★ ★ ★ ★ ★ ★


「ありがとうカサンドラ。カサンドラが解毒薬を間に合わせてくれたおかげで、ベルツブルグで沢山の人を助ける事が出来たよ。ティアナとゲルトも御苦労さま」


 既に“念話”で話はしてあったが、やはり顔を見てカサンドラに礼を言いたかった。


「勿体無い御言葉ですマリウス様。お役に立てたのなら何よりで御座います」


 カサンドラがマリウスに礼を取りながら、頬を上気させて答える。

 後ろに居るティアナとゲルトが涙ぐんでいる。


「暫くゆっくりして下さいと言いたいところだけど、ポーションの量産もスタートしたし、『解毒薬』も未だ必要になるかもしれないから、研究と製造は続けてね」


 そう言いながらマリウスが腰の物入れから3本の瓶を取り出した。


「これは水で薄められた『禁忌薬』だよ。押収された物からサンプルに少し分けて貰ったんだ。これも研究に役立ててよ。それと村の水と豊作やゴールデントラウトとの関係についての調査もお願いするね」


 カサンドラにはかなり無理をさせているが、現状カサンドラ以外にこの問題に対応できる人間が居ないので止むを得ない。


「はっ! 直ちに取り掛かります。それとマリウス様。実はお伝えせねばならない事が有ります」


 カサンドラが頭を上げてマリウスを見た。


  ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼


 湖に近づくにつれて辺りに腐臭が漂い始めていた。

 ジオたちは皆手拭いを取り出して鼻を押さえながら前に進む。


 やがて水面が見えてくるとジオたちが立ち止まって湖面を覗き込んだ。

 水面に夥しい数の魚の死骸が浮いている。不気味に体の捻じれた魚や、口から牙の覗いた魚、中には角の生えた魚や腕の様なモノが生えた物もいる。


 いずれも死んでいるようで、体が一部溶けかけて腐臭を放っていた。


「魔物なのか?」


「いや、多分元は普通の魚じゃないか。鱒や鮒の類だと思う」


 ジオの言葉にバルトが答える。

 魚の死骸は湖のずっと奥まで続いている様だった。


「ねえ、アレ」


 アセロラが湖のほとりの木を指差す。

 ジオたちが湖に沿って歩きながら、周囲の木を見ていくが、どの木も幹が黒く変色して葉が枯れ始めている様だった。


「この湖の水が原因かな?」


 バルトの言葉にジオも頷く。

「多分リザードマンがあんな姿になったのと原因は同じだろうな」


「何処まで広がっているんだろう?」


 アセロラが湖の向こうを見渡しながら呟く。

 広い湖の見渡す限り、湖の周りの木々が黒く変色している様だった。


 蹄の音が近づいて来る。馬に乗ったグレーテの部隊が森を掻き分けて出て来た。

 グレーテも口元に布を当てて周囲を見渡しながら蒼い顔で言った。


「湖の周りも森の中も、魔物も獣もいない様だ、湖を一回り調査したら今日は帰還しよう」


 ジオがふと気になってグレーテに尋ねた。

「この湖の水はどこかに流れていくのかな」


「ああ、帝国とユング王国の国境を流れるバルト河に流れ込み、北の海に出て行く筈だ」


 大スタンレーの雪解け水がエール渓谷から、ロランド近くを通ってこの湖に流れ込み、北へと流れていく。


 グレーテもジオが気に掛けた事が分かった様だった。


「どのあたりまで影響が広がっているのか調べる必要がありそうだな」


 この湖の北から国境までは30キロ程しかない。


 この湖の水が新たな局面を生むことになるかもしれない。早急に調査してエルザに報告する必要がある。


 グレーテは直観的にそう感じていた。


  ★ ★ ★ ★ ★ ★


「アースドラゴンの肉を食べた人たちの魔力量が増えたって、本当なの?」

 マリウスが首を傾げながらカサンドラを見た。


「はい、個人差はありますが、大体0.2パーセントから1パーセント程魔力量の増加があったようです」


 1パーセントというと凄い話である。マリウスの魔力量は1万5千以上だから、アースドラゴンのステーキを食べただけで魔力量が150増える事になる。


「カサンドラの“効果判定”で分からなかったの?」


「申し訳ございません“素材鑑定”で無毒なのは確認しましたが、その様な効能があるとは思わなかったので“効果判定”は使いませんでした」


 それはそうか。いちいち食材にレアスキルを使ったりはしないだろう。


「それで、“効果判定”を使ってみたの?」


「ハイ。やはりアースドラゴンの肉には魔力量を上げる効果があるようです。食べる量や個人差もありますが大体先程述べたとおりです」


「ちなみに食べられる肉はどれくらいあるの?」


「今回仕留められた二匹のアースドラゴンはどちらも8トンクラスで皮や甲羅、鱗、爪や牙、角などの有用な素材は外し、内臓なども含めて取り敢えず冷凍保存して、皆で食べた残りの可食部が二匹で約6トン残っています」


 6トンという事は一食200グラム食べても3万食分になる。


「体に有害な事は何もないんだね?」


「“効果判定”で有害な物は何も出ていません。しいて言えば肌の修復効果も確認されています。何分アースドラゴンの肉を食べたという記録が全く無いので何とも言えませんが、恐らく問題は無いかと思われます」


 まあレアの魔物をそう簡単に狩って食べるのは普通の人には無理だろう。

 甲羅などの素材は高価だし、単純に食材として大量の肉が手に入るのは有り難い。


 特級魔物の魔石が手に入れば、高クラスの付与にも使えるし、その上そんなオマケ効果まで期待できるのなら、アースドラゴンも狩猟の対象にするべきであろうとマリウスは思った。


 アースドラゴンは魔法耐性に優れ、硬い甲羅で守られているが再生能力はフレイムタイガー程ではないので、マリウスの付与付きの武具を装備した騎士団なら狩れない獲物ではない。


 『禁忌薬』の解毒薬である『下級エリクサー』の素材であるフレイムタイガーと共に、特級魔物狩は当分続けて貰う事にする。


「ちなみに味はどうだったの」

 マリウスは一番気になっている事を尋ねた。


「殆どの者が今まで食べた魔物肉の中で一番美味だったと答えています。筋は少し硬いですが、よく煮込んでシチューにすると美味しいとユリアさんが言っていました」


 うーんバーベキューパーティに参加できなかったのが本当に残念である。

 河原のゴールデントラウトのバーベキューにも参加できなかった。ユリアに頼んでアースドラゴンの肉も食卓に並べて貰おう。


「子供が食べても問題はないかな」


「恐らく問題は無いと思います」


 学校の給食に時々出してみるのも良いかもしれない。シチューは給食の一番人気メニューだ。


 子供のうちから少しずつ魔力量を増やしていけば将来的にきっと役に立つだろう。


 騎士団の食事に時々出すのも良いかもしれない。最近は戦闘職の者も、初級や中級の攻撃魔法を覚えて使いこなす者たちが少しずつ増えている。


 “魔力効果増”のアイテムの御蔭で中級魔物程度なら倒せるくらいの威力はあるようだ。


 魔力量が増えれば、戦闘に色々なバリエーションが付けられるようになるかもしれない。


 マリウスはふと思いついてカサンドラに言った。


「幽霊村は製薬と辺境探査の拠点としてどんどん広げていく心算なんだけど、何時までも幽霊村と云う名前はあんまりだから、何かちゃんとした名前を付けようと思うんだ。何か良い名前は無いかな?」


「名前で御座いますか? そうですね、考えた事も無かったですが……」


 カサンドラが腕を組んで考え込む。カサンドラはあまり気にしていなかったようだが、やはり幽霊村と云う名前は新しくこの村に住む人たちも嫌がるだろうとマリウスは思った。


「あの……」


 後ろでティアナが手を挙げる。


「うん? 何か良い名前があるの、ティアナ?」


「レーア村と云うのはどうでしょうか」


「レーアって?」


「ハイ、この村で見つけた村長の日記に出て来る、村長の娘の名前です」


 確か魔物憑きに変わってしまい、村人を襲ったという10歳の娘の名前がレーアだった。


 マリウスは縁起が悪くないだろうかと少し迷ったが、少女の供養になるかもしれないと思い直す。


「うん、レーア村か。良いかもしれない。響きも良いしそれにしよう。カサンドラもそれで良いかな?」


「ハイ。マリウス様が気に入られたのなら私も異存ありません」


 カサンドラも賛成してくれたので、幽霊村はレーア村と名前を改める事にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る