7―2   製薬工場


「ああ、それは大丈夫だと思うよ、もうジョシュアの魔力量はミドル並だし、エリスの魔力量は同じ年頃のアドバンスドの魔道具師にも負けてないんだから。それにエリスは新しいスキルも芽生えたんだろう」


 二人には魔道具師用に、“魔力効果増”、“物理効果増”、“技巧力増”、“疲労軽減”の付与を付けたペンダントを持たせているが、エリスがレベル8に上がって直ぐ“中級制御”と“木材研磨”の二つの中級スキルが使えるようになった。


 因みに魔道具師に配るペンダントの銀細工の意匠は、最初にエリスの為に作った栗鼠の形にする事にした。


「テオが来たら紹介するけど、二人とも自信を持って一緒に仕事をすれば良いよ」


「ハイ」


「ハイ」


 声を揃えてマリウスに返事をする二人に笑顔を向けると、マリウスは魔道具師工房を出て次は新しく出来た製薬工場に向かった。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 最初に与えた工房の四倍の広さがある製薬工場の中では、60余名の薬師達が『奇跡の水』を使った従来の製法通りのポーションの大量生産を行っている。


 元の製薬工房ではカサンドラたちの開発した新薬を、ギルベルトがカサンドラのミドルの弟子たちとエールハウゼンから来た薬師たちに、王都から来たアドバンスドの薬師2名を加えた12名で生産していた。


 便宜上、従来通りの製法のポーションを『ポーション』、新薬を『上級ポーション』、『禁忌薬』の解毒薬である下級エリクサーを『解毒薬』という呼称に統一する事にした。


 ハティは相変わらず製薬工房の臭いが嫌いで表で待つつもりらしく、マリウスは一人で新しい製薬工場の中に入って行った。


 工場の中に入ると、レオノーラが出迎えてくれた。


 旧薬師ギルドの頃は王都の研究所の所長だったというレオノーラには、カサンドラの推薦もあってこの製薬工場の工場長をして貰う事になった。


 カサンドラとは薬師学園時代からの友人でライバル関係だったらしいレアの錬金術師レオノーラは、下級貴族の出身だそうで、研究肌のカサンドラと違って人当たりが良く旧薬師ギルドでも人望があり、今回移住してきた薬師達のリーダー的な存在になっていた。


 銀髪を後ろで束ねたレオノーラは美人という感じではないが、良く動く表情が魅力的な快活な女性だった。


「現在のポーションの生産量は日産薬千6百本程です。最初の出荷予定日の6月1日までには4万本のストックが達成できる予定です」


 製薬工場は常時60数人の錬金術師たちで稼働しているので、一日一人平均約25本位の生産量という事になる。


「日産千6百本ということは、少し効果が上がっても月に5万本位という事ですね」


 このゴート村から出荷されるポーションはアースバルト領と公爵領、辺境伯領と南部の一部の領主たちの領地、王領の東部地域に卸されるが、大体人口7百万人程が対象だそうである。


 月に7百人でポーション5本は少し足りない気がするが、ゴート村の『奇跡の水』も拡散しているし、公爵領やエールハウゼンにも浄水場が広がれば取り敢えずは凌げるかもしれない。


 いずれにしてもポーションを卸す地域は広がる予定らしいので、生産量の拡大は必要な筈だった。


「来月更に王都から薬師達の第二陣が来る予定ですので、幽霊村の新しい製薬工場の建設を急いでもらっているところです」


 旧薬師ギルドに所属していた薬師は王国全土で約4000人だそうで、今現在もロンメルによって薬師達の選定が続いている。


 最初の工房と製薬工場はゴート村に建設したが、5万人の獣人移民の受け入れに伴って、村作りの計画も大きく変更し、幽霊村を広げて製薬工場は幽霊村に集中させ、新しく作る予定の薬草農園も幽霊村の周辺に開く心算だった。


 騎士団と冒険者も順次幽霊村に移して、製薬と魔境探索の拠点として幽霊村はゴート村に次ぐ領内第二の村に発展させる心算だった。 


 レオノーラと別れて工場を出ようとしたマリウスが、アデリナの姿を見つけて立ち止まった。


 アデリナもレベルを8まで上げているが、マリウスの付与アイテムを装備したアデリナは、やはりミドルのスキル“分離”と“加熱”を手に入れていた。


 更に最近はせっせと学校に通って、初級水魔法を幾つか覚えた様だった。


 以前は“抽出”を使って普通の水から純水を作っていたが、今は“ウォーター”で魔法の水を出せるようになっている。


 製薬工場が出来てからは時々、薬草採取の仕事を他の錬金術師に任せて、ポーション製造の初期工程に参加している様だった。


「あっ、若様! 会議は終わったんですか?」


「うん、もう終わったよ。ていうかアデリナ、ちょっと太ったんじゃない?」


 マリウスが以前よりふっくらしたアデリナをしげしげと見ながら、思わず口にしてしまった。


「ひっどーい若様! それはハラスメントですよ! アウトです!」


「あ、ああ、御免、つい」


「つい、なんですか? 本音が出たとでも言う心算ですか」


 睨むアデリナに引き攣った笑いを浮かべてマリウスが言った。


「そう言えばロランドでアデリナによく似た緑の髪のエルフに会ったよ。確かアセロラさんって言ってたかな」


 雰囲気は全然違うが容姿はアデリナによく似ていたと、軽い気持ちで話をはぐらかす為に言ったのだが、マリウスの言葉にアデリナが硬直する。


「ロランドにいたんですか! それ、私のお母さんです!」


「えっ、そうなの? 医術師だって言ってたけど」


「はい、お母さんはユニークの医術師のくせに働くのが大嫌いで、一日中お酒を飲んで男の人と遊び歩いている様な人なんです」


 ユニークの医術師なのかと驚くマリウスに、アデリナが情けなさそうな顔で言った。


「まさか男と一緒じゃなかったですか? お母さんすぐに変な男を捕まえるんです」


「うーん、冒険者の人達と一緒だったけど、そういう感じじゃなかったよ。あと、ロランドは出て今度は王都に行くって言ってけど」


「今度は王都ですか。ホントに自由な人だから……。」

 アデリナが溜息を付きながら言った。


「まあ、元気そうにしてたよ」


 マリウスもそう言って笑うと、製薬工場を出て行った。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「なんと? たった一日で帝国軍8万を破っただけでなく、バシリエフ要塞まで陥落させたと云うのか!」


 ウイルマー・モーゼル将軍が驚いて思わず声を上げる。


「ええ、どうやらシルヴィー・ナミュールが『禁忌薬』を使って引き起こしたスタンピードを誘導して、帝国軍にぶつけたようですね」


 ロンメルがククルホークの足に括られていたエルザの手紙を読みながら言った。


「マリウス君はそんな事も出来るのかい?」


 ルチアナが呆れた様にロンメルに問い返した。


「その様ですね。彼はベルツブルグでも“魔物憑き”に変えられた人々を誘導して一か所に集め、カサンドラ・フェザーが開発した解毒薬と付与魔術を使って、元の姿に戻したそうです」


「解毒薬も完成しているのか?」


「はい、ただマリウス殿が魔物を誘導して帝国軍を壊滅させたことも、解毒薬が完成している事も内密にして貰いたいそうです」


 ロンメルの言葉にウイルマーが首を傾げる。


「魔物を誘導した件はともかく、解毒薬の存在を隠すのは何故だ? 解毒薬があると公表すれば、シルヴィー達も無差別に『禁忌薬』を使用出来なくなるのではないか」


「『禁忌薬』の解毒薬は、実質的には効果の制限された下級のエリクサーだそうです。そしてエリクサーの存在を神聖クレスト教皇国に知られると、新たな戦争の火種になる可能性があるようです」


「そうなのか?」


 ウイルマーがルチアナの方を見るが、ルチアナも首を横に振ってロンメルを見た。


「其の件に関しては詳しく書かれていませんが、どうもマリウス殿の陣営はその辺りで私たちよりも事情に通じているようですね。情報のすり合わせも兼ねて、クライン男爵に来週もう一度、マリウス殿の元に赴いて貰う心算です」


 納得したわけではないが決めなくてはならない事が多いので、ウイルマーが話題を変えた。


「帝国の動きは分かっているのか」


「ただ一人生き残ったバレオロギナ将軍が残存兵1万8千をまとめて、ロマニエフまで退いた様です。戦場を脱走したユング王国騎士団は無事王国に帰還したようですね」


「どうするの。ユング王国と手を結ぶの?」


 ロンメルがルチアナに頷く。


「勿論、直ちに使者を送る心算です。ユング王国も此の儘では帝国に滅ぼされかねないですし、我が国との同盟は望むところでしょう」


「バシリエフ要塞を落され十二希将のうち三人を討ち取られ、ユング王国まで離反したら、帝国ももう動けないでしょうね」


「それはどうかな。帝国がその気になれば未だ20万以上の兵を動かす事が出来る筈だ。一度戦端を開いた以上そう簡単に引き下がるとは思えんな」


 ウイルマーの言葉にロンメルも頷く。


「それ故にユング王国と早急に同盟を結び、レジスタンスを支援する事で帝国の動きを封じながら、同時に捕えた聖騎士達とアレンスカヤ将軍を証人に、教皇国に条約違反を訴える事で教皇国の介入を抑え、帝国と教皇国の関係に罅を入れるというのが、こちらの対帝国、教皇国に関する方策です」


 ロンメルが二人を見回して言った。


「そうね。異論はないわ」


「俺もそれについては異論ない。ただ帝国にいる獣人、亜人を全て受け入れるという話は本当なのか?」


 ウイルマーの問いにロンメルが微笑んで答えた。


「ええ、そのようですね。公爵家も全面的に協力するそうです。当初の我らの計画とは随分話が変わってしまいましたが、レジスタンスの支援と合わせて、獣人、亜人達の移民受け入れに関しても国策として援助する事を陛下より御許可頂きました」


「ふっ。随分思い切った提案をしたものだな。子爵殿の考えか?」


「いえ、マリウス殿の独断だったようですね」


「本当にそんな途方もない人数の受け入れが可能なの?」


「分かりませんね。マリウス殿にどの程度の考えが有るのか。しかしこの移民受け入れが成功すれば、彼の辺境開拓や魔境進出は飛躍的に前進し、彼は強大な力を手に入れる事になるでしょう」


 ルチアナの問いにロンメルが肩を竦めてを首を振ると、愉快そうに言った。

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