6―63  戦争か平和


「恐らく内通者を通じて、帝国が自発的に王国に攻め込むように仕向けたのであろう」


「内通者で御座いますか?」


 グレーテが驚きを隠せずにエルザに問う。


「ふっ。おかしいとは思わんか? 帝国は教皇国の要請に即座に兵を動かした。恐らく皇帝の側近たちや軍の上層部の多くは既に教皇国に取り込まれていると思って間違いないだろう。教皇国がその気になれば、何時でも帝国を動かす事も、帝国に内乱を起こして皇帝を排除する事も出来るという事だ」


「教皇国の力はそれ程なのですか?」


 声を震わせて驚くグレーテたちにエルザが笑いながら言った。


「何を驚く事が有る。我がライン=アルト王国自体つい数か月前までは、似たような状況だったではないか。今は少し此方に情勢が傾いているが、教皇国の影響力は決して侮れないのは王国も同じだ」


「た、確かに……、仰せの通りで御座います」


 頷くステファンにエルザが話を続ける。


「だがレナータは仮にも帝国の将軍だ。将軍が帝国と教皇国の密約を証言すれば、教皇国とて無視は出来ぬであろう」


「教皇国はどうするでしょう?」


「全力でレナータを消しに来るな、出来れば此度捕えた聖騎士達もろとも。それが出来なければ、今度は帝国に内乱を起こさせて真実を全て葬り去ろうとするだろう」


 聞けば聞くほど教皇国と戦うのは無理な様に思える。

 ふとマリウスは気になった事をエルザに聞いてみた。


「あの、認証官の制裁が発動するとどうなるのですか?」


「教皇が死ぬ」


「死んでしまうのですか?」


 マリウスが驚いて声を上げるとステファンが笑いながら言った。


「認証官立ち合いの誓約とはそういうものだよ。まして国同士の条約ともなれば、最高の認証官が立ち会っている筈だよ」


「この条約は三国の最高認証官によって三重に誓約されている。何処かの国が条約を破れば、他の二国の認証官の制裁が発動するようになっている。それ故教皇国も慎重に協定の抜け穴を探って、此方に攻撃を仕掛けているのだ」


「制裁を回避する方法は無いのですか?」


 マリウスの問いにエルザが腕を組んで考えながら答えた。


「いくつかある事はある。一番手っ取り早い方法は、自分に誓約をかけた認証官を、人を使って殺してしまう事だ。認証官が死ねば誓約の呪いは消滅する」


「呪いですか? 誓約とは呪いなのですか?」


 マリウスが驚いてエルザに問い返した。


「ああ、公にはされていないが認証官は一種の呪術師だ。誓約した者は認証官の呪いに拘束される事になる」


「呪いなら解呪する事は可能なのではありませんか?」


 ステファンの問いにエルザが頷く。


「聖職者なら出来るかもしれんが、失敗すればすぐさま呪いが発動する。余程自信が無ければやらないだろう」


 確かに失敗すれば死ぬとなれば、簡単には試せない。


「あとは誓約の期限が満了すれば自然に呪いが解ける」


「期限は何時までなのですか?」


「日付は決まっていない。三国の同盟の誓約はエルベール皇国が滅亡するまでは、勝手に破棄できない様になっている。エルベール皇国の滅亡と同時に三国の同盟も終わるという事だ」


 三国の同盟の骨子は対エルベール皇国に対する共闘と支援、その間の三国間の不可侵である。


「西の戦争が終れば教皇国や公国は何時でも王国に攻め込んで来られるって云う事かい? 皇国の方はどうなんだ?」


「恐らくそう長くはないだろう、持って1、2年。既に領土の三分の二を教皇国と公国に奪われているからな」


 ケリーの問いにエルザが眉を顰めて答える。


 嘗ては大陸最大の大国だったエルベール皇国も、滅びるのは時間の問題らしい。


「皇国が滅びなければ、同盟は永久に続いていくという事ですか?」


「そうだな。三国間で同意して条約を破棄しない限り、永久に続く事になる」


「滅亡とは具体的にはどう云う事なのですか?」


 ステファンの問いにエルザが少し考えながら答えた。


「色々あるが、国王とその後継者が全て死ぬか捕えられて降伏する。或いは国王が国外に脱出しても、総ての領地を征服されるか、統べての領主が降服すれば確実な勝利となる」


 マリウスは必死で理解しようと話を聴いているが、次第に頭が追いつけなくなっていく気がしていた。


 つまり西側の戦争が続く限りは、教皇国は表立っては王国を攻められない。


 王国が教皇国の条約違反を追及して見せれば、教皇国と帝国の関係に罅が入り、最悪教皇国は帝国内に乱を起こして皇帝を排除するかもしれない。

 

 王国はt帝国内のレジスタンスを支援し、帝国の属国と同盟を結ぶことで、帝国の滅亡を更に加速させる。


 王国の平和は周辺諸国の戦争と混乱の上にしか成り立たないという事らしい。それは本当に平和と呼べるものなのだろうか。


「あまり深く考えるなマリウス。全ての国、全ての人々を助ける事等女神でも出来はしない。今は勝つことだけを考えよ」


 相変わらずエルザの話は身も蓋もないが、ある意味それが正しいのかもしれない。


 勝ち残れなければ選択肢を選ぶ事も出来ない。敗者は何も言えずに勝者に従うだけである。


 早くゴート村に帰りたいとマリウスは思った。そう言えば今日はバーベキューパーティーの予定だった。


 戦いの無い平和な場所で、皆と楽しく村作りをしたいと思うのは、ただの現実逃避なのだろうか。


 気付こうが気付くまいがこの世界のどこかで常に戦いは起きている。


「残念だが、此度のマリウスの働きについては、世間に公表しない事にする」


 エルザがそう言うと、ステファンも頷いた。


「その方が無難でしょうね。一人の人間が上げた武功にしては大き過ぎます。それこそ大陸中の国からマリウスが注目される事になるでしょう」


 マリウスにも異論は無かった。


 注目される事より、この戦いで死んだ帝国の兵士達の家族の恨みが、全て自分に集まる事を想像して、正直足が震えるほど恐ろしかった。


 自分が大勢の敵兵を殺したという事実がのしかかって、心が圧し潰されそうだった。


「死んだ敵の事より君が助けた街の人達の事を考えなよ。君の御蔭で私たちはみんな助かったんだから」


 緑色の髪のエルフがマリウスの心を読んだ様に笑ってマリウスに言った。


 顔を上げるとステファンやエルザ、グレーテたち騎士団の兵士、ケリーやジオたち冒険者や街の人達が皆笑顔でマリウスに頷いた。


 ふいに涙が零れてきて、マリウスは慌てて袖で涙を拭いながら目の前に置かれた肉串に手を伸ばして、香ばしく焼けた肉に噛りついた。


 そう言えば朝食を食べた後、何も食べていなかった。


「この肉串、美味しいですね」


 涙を流しながら夢中で肉串を食べるマリウスを、皆が口元に笑みを浮べて無言で見つめていた。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「何だと! エールマイヤー公爵騎士団のドリス・リーゼンを見つけただと! 間違いないのか?!」


 王都警邏隊長官ライナー・ブロスト伯爵が警邏隊総隊長バーン・リンゲルに問い返した」


「ハイ! 東の下町の宿に入ったドリスを、ベラの12番隊が見張っています」


 旧エールマイヤー公爵騎士団の将軍ハインツ・マウアーはレーン高原で王都の討伐軍に敗れたあと、直属の兵士千人を率いて教皇国に逃げ込んだ筈だが、ドリスはハインツの軍の隊長の一人で戦後に部下を引き連れて姿を消しており、王国内では  ハインツと共に危険人物として指名手配されていた。 


 ライナーが長官を務める王都警邏隊は軍務卿の管轄の王都騎士団とは違い、刑部卿ランベルト・フェザー伯爵の配下で、1番隊から20番隊までの総勢千人で王都の治安を守っている。


 三日前の夜、王都内の各所に点在する医術師ギルドが襲われる同時多発テロが起こり、王都警邏隊は王都騎士団、グランベール公爵家騎士団と共に、三日間総動員で王都に戒厳令を敷き24時間警戒態勢に入っていた。


「本部に詰めている3隊を率いて是より捕縛に向かいます」


「待てバーン! 私も出るぞ!」


 ライナーが立ち上がって、腰に剣を吊ると、バーンと共に厩舎に向かった。

 警邏隊の指揮は普段は総隊長のバーンに任せているが、ライナーもレアの風魔術師であった。


 三日前の惨事は警邏隊長官のライナーにとっては大きな失点であった。

 上司のフェザー伯爵が宰相陣営に味方する事を決めて、やっとエルザや妹婿で友人のクラウス達と共闘できると安堵した矢先の出来事だった。


 旧エールマイヤー公爵騎士団のドリスが王都に潜入している事と、事件が無関係とは思えない。


 自らの手で失態を取り返して見せる。

 ライナーは意気込んで警邏隊本部を出撃した。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 元エールマイヤー公爵騎士団ドリス・リーゼンは、下町の安宿の備え付けの椅子に腰かけて、蒸留酒の壺から木のカップに酒を注ぐと一息に煽った。


 ハインツ・マウアー将軍達と袂を分かって飛び出したものの、彼女には行く当てなど何処にも無かった。


 ハインツに投げつけた言葉はただの八つ当たりだった。


 自分たちは主家から捨てられた挙句、教皇国に拾ってもらった野良犬に過ぎない事はドリスも理解していた。


 ドリスはレーン高原の戦いにも参戦させて貰えなかった。


「この戦いに大義は無い。負ければ戦争犯罪人として裁かれるだけだ。若い御前が付き合う必要は無い」


 ハインツはそう言ってドリスを戦場に連れて行ってはくれなかった。


 公爵騎士団が解体された後、レーン高原の戦いで敗れたハインツが教皇国に亡命したと知って、20名の部下を連れてハインツの後を追って自らも亡命したが、そこでもハインツはドリスに帰れと言った。


「お前は未だ騎士として幾らでもやり直せる。我らと行動を共にする必要などない、今からでも遅くない、王国に戻れ」


 それでもドリスは尊敬するハインツの元から離れず、今回の王都潜入作戦にも自分から志願して参加した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る