6―58  王国の将軍


 ケリーは黙ったまま頷いたり、眉を顰めたりしていたがやがてニヤリと笑うとグレーテに言った。


「こことエール要塞の間の街道には村はあるのかい?」


「あ、いえ途中に村はありません。街道はエールまでの一本道です」


 ケリーは再び黙り込むと暫く眉間に皺を寄せていたがやがて声を上げて笑い出した。


「アハハ。おもしれえ! そりゃ最高の作戦だ!」


「お、おいケリー? 何を言っているんだ?」


 ジオが訝しそうにケリーを見る。


「あー。今若様と話をしてたんだ。取り敢えずリザードマンを街道に集めるってよ」


「成程、またアレをやるのか、しかしエールまでの街道というとまさか……」


 ケリーがにやりと笑ってステファンに頷く。


「リザードマンを集める? どういうことです?」


 訳が分からない様子のグレーテたちにケリーが笑って答えた。


「行ってみれば解るさ。東の門が街道に続いているんだな」


 そう言ってステファンとケリーが東の門に向かって走り出した。

 グレーテやジオたちも良く解らないままケリー達に付いて行く。


「何が始まるんだい?」


 アセロラの問いにパメラが首を振る。


「分からないけど取り敢えず見に行こう」


 バルトやフリッツ、アドルフたちもジオに続いて駆けだしている。


 アセロラは退屈そうに翼を畳んで寝そべったバルバロスを一瞥してから、パメラたちの後を追た。


  ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼


 北西に向かってハティを進ませていくと、突然森が開けて赤茶色の山が並んでいる景色が見えて来る。


 木が一本も生えていない赤茶色の山は、巨大な段々畑のように削られていた。

 山の間を通る街道の先に、城壁に囲まれたロランドの街があった。


 直径5キロ程の丸い形の城塞都市の周りに、ホールケーキに群がるアリの様に、無数のリザードマンが取り付いている。


 リザードマンの中にはライアンの様に背中から2本の腕が生えている個体や、額だけでなく肩や背中に角が生えているものなど、全ての個体が同じではない様だった。


 よく見るとサーベルクレイフィッシュやポイズントード、マリウスの知らない頭に大きな鋸の様な牙の生えた1メートル大の昆虫系の魔物なども混じっている。


 恐らくリザードマンの生息地ロス湖に、大量の『禁忌薬』を撒いたのは容易に想像がついた。


 個体差が生じているのは摂取した薬の量や元の個体の差なのだろう。


 マリウスはハティの高度を上げてロランドの街を飛び越えると、鉱山の向こうロス湖に続く森を見た。


 森の中から魔物が出て来る様子はなかった。

 恐らく街に集まった魔物が全てなのだろう。


 多数の人の気配に集まってきたと云う事なのだろうか、それとも誰かが誘導してきたのだろうかマリウスにも分からなかった。


 森の上空から“索敵”と“魔力感知”を働かせてみたが、人はおろか魔物も獣も周囲にはいない様だった。


 マリウスはケリーに“念話”で連絡を送ると再び街に戻り、エールに続く街道に続く東門の前に向かった。


 東門の城壁にも多くのリザードマンが押し寄せていた。


 マリウスは“結界”を広げると、東門の前にハティを下ろした。

 用意していた剣を背中の鞘から抜くと、オークの魔石を使って剣に“魔物寄せ”を付与した。


 10メートル程広げた“結界”の周りでリザードマンが蠢いているが、マリウスはハティから降りると剣を地面に突き刺した。


 再びハティに跨ると、空に舞い上がる。


 空から地上を見下ろすと、ロランドの街を取り囲んでいたリザードマンが一斉に動きを止めて、東門の方を向いた。


  ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

 

 ジオは東門の横の城楼に駆け上がると下を見下ろした。

 グレーテやアセロラも横に並んで城壁の下を覗き込んだ。


「ふぇ! フェンリル!」


 ジオが東門の前から空に駆けあがった銀色の巨大な狼を見て叫んだ。

 フェンリルの上には小さな少年が跨っている。


 少年が空から此方に手を振ると、ケリーとステファンが手を振り返した。


「見て! リザードマンが!」


 パメラが城壁の下を見下ろしながら叫んだ。


 南からも北からも一斉にリザードマンが、此方に向かって押し寄せて来るのが見えた。


  ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ 


「将軍! このままでは我らは全滅してしまいます!」


「耐えろ! 我らが此処で帝国に忠誠を尽くす事が、王国が生き延びる唯一の道だ!」


 ユング王国騎士団将軍ボリス・オークランスは、前線の兵士達に交じって雨の様に降り注ぐ矢を剣で払いながら怒鳴った。


 既に1万2千の兵士の半数近くが斃れている。


「魔法の攻撃は止んだ! そろそろ帝国軍が動くはずだ!」


 味方を励ましながら、一向に動く気配のない本陣の帝国軍に一番苛々しているのはボリス自身だった。


 ユング王国は帝国から王都に派遣されていた総督、バビチョフ将軍の無理な派兵要請に、全王国軍の八割近い4万8千もの兵を、この戦いに参戦させられる事になった。


 帝国の若い将、グレゴリオス・アニキエフはユング王国軍を先鋒に使い、敵を消耗させる為の犠牲として使い潰す心算でいるようだった。


 アニキエフ将軍の直属の兵士は未だ一兵も動いていなかった。

 ボリスは目の前の城壁を見上げる。


 城壁の上に真っ赤な髪をしたドレス姿の女が立って此方を見下ろしていた。

 ボリスはその女を知っていた。


 ボリスは20年前、未だユング王国が帝国の支配下でなかったころ、ライン=アルト帝国の貴族学園に留学していた時期があった。


 エルヴィン・グランベールと同窓だった彼は、一学年下に入学してきた国王の妹の華やかな容姿を今も忘れた事は無かった。


 エルザを討てばこの戦は終わる。

 ボリスは戦士の直感で、剣を構え直すと自身の最大アーツをエルザに向かって放った。


 ユニークアーツ“眩光烈斬”の巨大な眩い光の刃がエルザに向かって襲い掛かるが、理力の光の刃はエルザの目の前で火花を上げて弾けて消えた。


 次の瞬間、“眩光烈斬”の光の刃が今度は城壁の上からボリスに向けて放たれる。

 咄嗟に光の刃を剣で受け止めたボリスの剣が、中ほどからへし折れた。


 ボリスが城壁の上から“眩光烈斬”を放った長身の男を見上げる。


 嘗て自分にこの技を伝授してくれた2年年上の先輩、メルケル・ビルシュタインが、まだまだだなと云う様に自分を冷ややかに見下ろす姿を、ボリスの目ははっきりと捉える事が出来た。


 ボリスは暫くビルシュタイン将軍の姿を見つめていたが、やがて口元に自嘲気味の笑みを浮べると、折れた剣を投げ捨てて、自軍の兵士達を振り返って副官のエリクを呼んだ。


「本陣のアニキエフ将軍に伝えよ! 城内にエルザ・グランベールがいる。今が総攻撃の好機だと!」


「はっ! 直ちに」


 走り出そうとするエリクをボリスが引き留める。


「待て、エリク。良いか、この戦場の全ての王国軍兵士に伝えよ。密かに撤退の準備を整えさせよ。合図とともにバシリエフ要塞には戻らず真っ直ぐ祖国に向けて帰還する」

 ボリスが声を顰めて言った。


「しょ、将軍、それはいったい?」


「エルザ・グランベールが戦場にいると云う事は援軍が到着したか、間もなく到着するという事だ、この戦、敵に援軍が無いという一点で勝利が約束されていた戦。それが崩れたとなれば必ず負ける。我らに帝国軍と一緒に全滅する筋合いはない。生きて国に戻るぞ」


 ボリスの言葉にエリクが黙って頷くと、各軍に伝令を送り、自分は本陣に駆けて行った。


 ボリスはこの戦の中で初めて、自らの意思で戦う事を決意していた。


  ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼


「ボリスか?」


 エルザがメルケル・ビルシュタイン将軍を振り返る。


「その様で御座います。迷いを抱えた儘戦に臨むなど相変わらずの未熟者で御座る」


 ミスリルの長剣を鞘に納めたビルシュタイン将軍が、無表情に答えた。


「そう言ってやるな。あ奴の国を思う心は昔も今も少しも変わらん」


 エルザが明らかに進軍を停止し始めたユング王国騎士団を見ながら言った。


「此の儘続けても敵は早晩崩れそうだが、どうやらマリウスが到着したようだな」


 ここからロランド迄約20数キロ。マリウスは1時間半程で、アレをまとめてここまで引き連れて来た様だった。


 エルザが城壁の上の兵士達を振り返ると、号令を発した。


「西の門を全て開けよ! 全ての兵士は城壁の上に上がれ! 扉を閉じて決して下に降りてはならん。私が合図したら東の大門を開けよ!」


 帝国軍からは見えない、ロランドの街道に続くエール要塞の西側の三つの門が、同時に開かれた。


  ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼


「何だと! エルザ・グランベールだと! 間違いないか!」


 アニキエフ将軍がボリス・オークランスの寄越した副官のエリクに向かって怒鳴った。


「はっ! オークランス将軍が確認しております。間違いなくグランベール公爵夫人がエールに来ております」


「ふはははは! 面白い! エルザを捕える事が出来ればこの戦勝ったも同然! 思いもよらぬ手柄が舞い込んで来たわ! 全軍総攻めじゃ!」


 アニキエフ将軍は兜の面を下ろすと、従者から槍を受け取って馬を進めた。

 帝国軍重装騎兵8千が一斉に前進を始める。


 ユング王国騎士団が道を開け、城壁に進む騎馬の後ろから、温存していた上位魔術師部隊が援護の上級、特級攻撃魔法を乱射し始めた。


  ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼


「むっ。グレゴリオスが動くのか?」


 城壁の南側、城壁から1キロほど離れて陣を張るイヴァン・マカロフ将軍は、中軍が俄かに動き始めたのを見て眉を顰める。


 確かにビルシュタイン将軍の物と思われるユニークアーツが一度放たれたが、その後はエール要塞側からは通常の矢や魔法の攻撃しか放たれていないし、先鋒のユング王国兵はそれすら突破できていない。


 まだ総攻撃のタイミングとは思えないが、或いはこちらからは分からない何か勝機を感じたのかもしれない。


「良かろう。一当てしてみるか。全軍前進せよ! 魔術師部隊は歩兵隊を守れ!」


 日の出とともに戦闘が開始されて、既に8時間近く経っている。

 攻城軍最強部隊はようやくゆっくりと戦場に歩を進めた。

 


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