6―56  援軍


「一体何匹いるんだ?」


 呆然と呟くジオにパメラたちも顔色を変える。


 グレーテが指揮し、兵士たちが盛んに矢を放ち、大きな石を城壁に取り付いたリザードマンに投げ落としている。


 魔術師達が攻撃魔法で接近するリザードマンを狙い撃ちするが、やはり効果は無く、すぐに再生してリザードマンが城壁に取り付いた。


 突然西側の城壁の上で怒声と悲鳴が上がった。

 ジオたちが視線を向けると、城壁の上で2体のリザードマンが暴れている。


「まずい!」


 グレーテが槍を掴んで駆け出すと、ジオとパメラも後に続いて走り出し、少し遅れてバルトも付いて行く。


 城楼を抜けて西側の城壁の上に飛び出すと、二体のリザードマンを兵士達が取り囲んでいるのが見えた。


 リザードマンの尻尾に弾き飛ばされた兵士が、悲鳴を上げながら城壁の下へ落下していった。


 下を覗くとリザードマンが落ちた兵士に殺到して、兵士の姿が見えなくなった。

 ジオは目を反らすと剣を抜いてリザードマンに向かって構えた。


 グレーテが槍を構えると、槍先に理力の光が集中する。


 槍先から放たれたレアアーツ“龍槍雷砲”が一体のリザードマンの腹を貫き、リザードマンの体が雷に包まれて、傷口が煙を上げて大きく爆ぜた。


 リザードマンが絶叫を上げるが、やはり次第に傷口が塞がっていった。

 グレーテに向かって殺到するもう一体のリザードマンにジオの放った“波動剣撃”が直撃し、リザードマンが衝撃で後ろに倒れた。


 パメラの放った“ファイアーストーム”の炎が斃れたリザードマンの体を包むが、リザードマンが炎の中から立ち上がった。


 気が付くともう一体別のリザードマンが城壁を登り切って石壁の上に手を掛けていた。


 上半身を城壁の上に上げようとしたリザードマンの頭をグレーテの槍が貫いた。

 リザードマンが絶叫を上げて城壁の下に落ちていくが、次の瞬間、炎に包まれていたリザードマンの尻尾がグレーテを弾き飛ばした。


 石壁に頭から激突したグレーテが、ぐったりと気を失う。

 ジオが“剣閃”を放ってリザードマンを牽制する間に、パメラとバルトがグレーテを抱え起こして肩に担ぐと城楼の中に後退していった。


 剣を構えなおしたジオに2体のリザードマンが殺到しかけた時、突然空が暗くなった。


  ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼


「将軍、一旦兵の進軍を止められては如何でしょう。既に3千を超える兵を失っております」


「馬鹿者! ここで辞めたらそれこそ兵士達は犬死だ! 見よ。明らかに敵の攻撃の手数が減ってきておる。かなりの数の兵士が理力切れと魔力切れで脱落したはずだ。このまま攻め続けさせよ!」


 進言する副官にアニキエフ将軍が眉を吊り上げて怒鳴ると戦況を見つめた。


 先鋒を務めるアニキエフ将軍の第11師団2万のうち1万2千は徴収されたユング王国兵だった。


(さすがは鉄壁のエール要塞、この程度では城壁にも取り付くことは出来ないか。だが必ずビルシュタインを引きずり出してやる)


 堀は所々中程まで石の柱の足場が出来ている。


 アニキエフ将軍はエール要塞の高い城塞の中央に立つビルシュタイン将軍の大将旗を見つめながら、獰猛な笑みを浮かべると、剣を振り上げて全軍に前進を命じた。


  ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ 


 頭上を見上げたジオが見たのは、巨大な赤い翼を広げたドラゴンの姿だった。


 頭上を通過していくドラゴンからふわりと人が飛び下りると、ジオとリザードマンの間に降り立った。


「ケリー!」


「久しぶりだなジオ。また貧乏くじ引かされてるみたいだな」

 ケリーが笑いながら、背中に掛けた鞘からミスリルの大剣を引き抜いた。


「何故お前が此処に?」


「援軍に来てやったに決まってるだろう! クランのメンバーは無事か?」

 ケリーの言葉にジオが唇を歪めて言った。


「『小鬼のロンド』がやられた。サラ以外は全員死んだ、マリーダもな。後は俺が一回死んだが生き返らせて貰ったくらいで全員揃っている」


「生き返らせて貰った? バルトにそんなスキルが有るのか?」


「いや、腕の良いエルフの医術師が街にいてくれて助かった」


「ふん、相変わらず運だけは良いようだな」


 ケリーがそう言って笑うと、二体のリザードマンに向かって剣を構えた。


 上空のドラゴンはロランドの街を一周してからまた戻って来ると、咆哮を上げて口を開き、リザードマンの群を空からブレスで薙いだ。


 地上に爆炎が上がり、リザードマンが体を四散させながらはじけ飛ぶ。

 直撃を受けたリザードマンは炎に包まれて蒸発した。


 爆風に飛ばされたリザードマンはやはり死んではおらず、千切れた手足が再生するようだった。


「気を付けろケリー! 此奴ら只のリザードマンじゃない! 再生能力のある上位種だ!」


 周囲の爆音の中でジオが怒鳴った。


「そうみたいだな」


 ケリーは城壁の下で再生していくリザードマンに視線を走らせながらニヤリと笑った。


 ケリーのミスリルの大剣が魔力の光をおびて輝いていく。

 次の瞬間、ケリーの姿がジオの視界から消えた。


 消えた、と思う程の高速でケリーがリザードマンに迫ると一匹の胴を払って真二つにし、宙に跳び上がると、もう一匹のリザードマンを頭から腹まで切り下げた。


 どさりと音を立てて倒れたリザードマンは再生できない様で、其の儘動かなくなった。


 ジオがケリーの強さに驚く暇もなく、ケリーは城壁の際に立つとそのまま外に飛び降りた。


「おい! ケリー」


 ジオが驚いて城壁の下を覗き込む。

 ケリーが城壁の下のリザードマン3体を一瞬で切り捨てると、空堀を飛び越えてリザードマンの群れに飛び込んでいった。


 リザードマンがケリーに向かって殺到していくが、どんなアーツを使っているのか、リザードマンがケリーに触れる前に、見えない壁にぶつかったかのように弾け飛んでいく。


 転がったリザードマンが次々と、ケリーの大剣に両断されて行った。


「知り合いかい?」


 ジオが振り返るとアセロラだった。


「ああ、同じクランのメンバーだ。Sランク冒険者だよ」


「成程Sランクか。納得だね。それに何か特別な力に守られているみたいだね。それとあのドラゴンも味方かい?」


 アセロラがリザードマンの群れにブレスを吐く赤いアークドラゴンを見上げた。


「分からんが、味方のようだな。赤いドラゴンには見覚えがある。マティアス・シュナイダーのドラゴンにそっくりだ」


「辺境伯が公爵家に援軍を出すのかい。まるで11年前の大戦の再現だね。」


「11年前の大戦か、俺はあの時エールにいたよ。マティアス・シュナイダーとドラゴンもそこで見た」


 ジオがドラゴンの背に乗るステファンを見た。一瞬マティアスが蘇ったのではと思う程、その姿は昔見たマティアスにそっくりだった。


「へー、エールにいたのかい。あたしの前の亭主もエールで死んだんだ」


 アセロラが世間話のように過去の話をする。


「大勢死んだからな、敵も味方も。俺はあの時十九歳だったが、帰ったらすぐ騎士団を辞めて冒険者になったよ」


 ジオが喋り過ぎたと云う様に肩を竦めると、もう一度城壁の外を見下ろして言った。


「どうやら今回も生き残れたみたいだな」


 アセロラは何も答えずに少しだけ微笑んだ。

 城楼からパメラが出て来た。


「アセロラが“治癒”を掛けてくれたおかげで、隊長さんは無事だよ。バルトだけだとヤバかったわ」


 そう言って城壁の下を見下ろして言った。


「ねえ、あれ、ケリーなの?」


「ああ、どういう状況か分からんが援軍に来てくれたらしい」


「何にしても心強いわ。ドラゴンまで連れて来るなんて驚きだけど」


 気が付くと周囲の城壁からも歓声が上がっている。


「しかしいくらケリーとドラゴンでも、全てのリザードマンを退治するのは無理だろう」


 リザードマンの群れは5千位に増えている様に見える。今のところ完全に再生できず倒されたリザードマンは百体にも満たなかった。


「これだけの数のリザードマンを全て倒す事なんか無理よ。何とか此処から散ってくれれば皆を脱出させられるんだけど」


 パメラの言葉にジオが眉を顰める。


「ここから居なくなったところで、他の街が襲われたら同じだろう。あれだけの数のリザードマンがベルツブルグや王都に向かったらえらい事になるぜ」


 ケリーは相変わらず凄い勢いでリザードマンを蹴散らしているが、城壁に取り付くリザードマンの勢いも決して衰えたわけではない。


 ジオたちは再び城壁の守りに就きながら、リザードマンを蹴散らすケリーとドラゴンの姿を見つめていた。


  ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼


 エルヴィーラの放った特級土魔法“サンドストーム”の砂嵐が戦場を吹き荒れ、完全に視界を失われた兵士達の中にエルヴィーラと彼女が連れて来た、五人の上級土魔術師が放った数十本の“ストーンランス”の槍が砂嵐に乗って戦場を飛び回る。


 次第に砂嵐が晴れてくると、辺りは阿鼻叫喚の地獄と化していた。


 既に5千人近くの兵士が斃れ、石の槍で体を貫かれた兵士達のうめき声が戦場に木霊していたが、それでも帝国軍は進軍を止めようとはしなかった。


「さすがにこれじゃ魔力が持たないね。魔術師達を下がらせて、弓隊を前に出して」


 エルヴィーラが、未だに進軍を続ける帝国軍を見下ろしながら、ビルシュタイン将軍の副官、ディルクに言った。


 未だ左翼と右翼に展開する二軍は動いていない。


「アーリング准将ももう持ち場にお帰り下さい。そろそろ右翼の敵が動くかもしれません」


 エルヴィーラは南に布陣する敵軍の大将気を見つめて頷く。


「そだねー。アレを率いているイヴァン・マカロフは歴戦の戦士だからね。隙を見せると一気に喰いついて来るわね」


 基本、帝国騎士団は数字が小さい程精鋭と言われている。

 マカロフ将軍の率いる第5騎士団は、この攻城軍の中でも恐らく最強の部隊の筈である。


「それじゃ、そろそろ持ち場に帰るわ」


 手を振って去って行くエルヴィーラに、ビルシュタイン将軍が無言で頷いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る