6―55  攻防エール要塞


 彼らは徴集されたユング王国の兵士で、彼等の後方には帝国騎士団の重装騎兵が整列している。


 軽歩兵の先頭が城壁から8百メートル程に迫った時、城壁の上から200人の弓士が一斉に空に向けて矢を放った。


 マリウスによって“飛距離増”を付与された矢に更に“遠射”、“的中”、“貫通”のアーツを乗せた矢が、前進を始めた帝国軍の前衛の軽装歩兵に降り注ぐ。


「ぬうっ! この距離が届くのか!」


 帝国第11騎士団長、グレゴリオス・アニキエフ将軍が馬上で驚嘆の声を上げる。


 軽歩兵は鉄張りの盾を前面に構えるが、30メートルの高さの城壁の上から放たれた矢は、軽歩兵たちの鉄張の盾を貫通し、一射で百名以上の兵士が矢に貫かれて斃れた。


 アニキエフ将軍が右手を上げてぐるぐる回しながら前に振ると、後方の重装歩兵の間から、黒ずくめローブを着た魔術師が50名程、前衛に向かって駆けていく。


 城壁から第2射が放たれた。

 放物線を描いて飛来する矢の前に、魔術師の発動した“エアーシールド”、“アイスシールド”、“ストーンウォール”と言った防御魔法が展開され、降り注ぐ矢を防いだ。


 アニキエフ将軍の号令で、合図の鐘が連打されると、鶴翼に展開した一万二千の軽歩兵たちが、駆け足で前進を始めた。


 城壁からも雨のように矢が降り注ぎ、歩兵が次々と斃されていくが、兵は構わず前進した。


 城壁から300メートル程迄接近すると、一斉に矢を放ち始めたユング王国兵の陰に隠れて、防御魔法を展開していた魔術師達が一斉に攻撃魔法を放ち始めた。


 “ファイアーボム”、“アイスジャベリン”、ストーンランス“と言った中上級魔法が次々と城壁に激突し表面を砕いていくが、城壁からも矢と一緒に攻撃魔法が放たれ始めた。


 マリウスの様に城壁全てに防御の付与を付ける事はできないが、この城壁に組まれた石材には十数個に一つ位の割合で“魔法防御”や“物理防御”の付与が付けられていた。


 それが数メートルの厚みで建造されている為、遠距離からの攻撃魔法やアーツで簡単に破壊できるものでは無かった。


 更にエール要塞の城壁の前には50メートルにも及ぶ堀が水を湛えている。

 中央に一本だけ有る橋は、堀の真ん中から橋桁が吊り上げられていた。


 突然堀の前に石の壁がせり上がると、堀の中に倒れ込んで水飛沫を上げた。

 石の壁は堀の水に沈んでいったが、一部が水面に覗いている。


 更に次々と石の壁がせり上がり堀の中に倒れていき、堀を少しずつ埋めていく。

 勿論城塞側もその間矢と魔法を放ち続けていた。


 既にエール要塞の眼下には千を超えるユング王国兵の躯が転がっているが、兵は怯む事無く前進し続けていた。


「先方の将はグレゴリオス・アニキエフか、とんだ猪武者だな。構わんディルク。全て蹴散らせ」


 エール要塞主将メルケル・ビルシュタイン将軍は、躯の山を築きながらひたすら前進して来る帝国軍を呆れた様に見ながら副官のディルクに命じた。


 エール要塞の長大な城壁の三分の二、中央から北の守備軍をビルシュタイン将軍が指揮している。


 ビルシュタイン将軍には三人のレアの副官がいるが、そのうちの一人、レアの槍士グレーテ・ベルマーは千の兵士を率いてロランドの救援に向かっていた。


 レアの盾士ディルクは城壁の上から敵軍を見下ろしながらミスリル製の大盾を自分の前に構えると、レアアーツ“火炎之飛盾”を発動した。


 大盾が炎に包まれると、炎の盾が射出される。炎を纏った理力の盾は意思があるかのように帝国軍に飛来し、兵士を弾き飛ばしていった。


 炎の盾に弾かれた兵士達が次々と炎の松明と化して燃え上がる。


 ディルクは更に“火炎之飛盾”を5連射した。

 5枚の炎の盾が帝国軍の前衛を薙ぎ倒し、炎を上げる兵士達の絶叫が城壁の上まで聞こえて来た。


 帝国側の魔術師が放った数枚の“アイスシールド”が炎の盾と激突し、空中に炎と氷を撒き散らす。


 再び帝国の土魔術師達が“ストーンウォール”を放つと、次々に堀の前に石の壁がせり上がった。


 突然起立した石壁に十数個の大岩が激突し、石の壁が砕けながら今度は帝国軍側に倒れていく。


 自軍に向かって斃れて来る石壁に、ユング王国兵が逃げ惑うが、多くの兵士が逃げ遅れて石壁の下敷きになった。


「エルヴィーラか! 持ち場を離れて良いと許可した覚えはないぞ!」


 ビルシュタイン将軍が、何時の間にか自分の視界の端に割り込んでいた、長大なエール要塞の南側を守備する、エール要塞守備軍副将、ユニーク土魔術師エルヴィーラ・アーリンゲ准将に向かって怒鳴った。


「私の前の軍は動きそうにないから、ウィルに任せて来たよ」


 ウィル・マークスはエルヴィーラの副官でレアの槍士である。

 エルヴィーラは城壁に向かって怯まずに進軍して来る敵軍を見下ろすと、口元をニヤリと歪めて叫んだ。


「それじゃ派手にかますわよ!」


 エルヴィーラが城壁の際に立つと、ユニーク土魔法“アースクエイク”を発動した。


 堀の向こう側の大地が静かに揺れ始めた。


 堀の中の水は全く波打つことなく静かな鏡面を湛えているにも関わらず、堀の向こうで半径500メートル程の扇状の大地が目に見えて分かるほどに大きく揺れ始めた。


 兵士達が立っていられずに地面に膝を着き、後方の重装騎兵の馬が暴れて兵士が放り出される。


 突然地面に放射状に十本の地割れが走り、地表に口を開いた深いクレバスの中に、逃げ遅れた数十人の兵士たちが、悲鳴を上げながら落下していった。


 盾を構えられない兵士達に、無数の矢と魔法が降り注ぐ。

 既に帝国軍の前衛は二千人近くが斃れて、堀の前に屍を晒しているが、それでも後続の兵士達が前進を続けていた。


  ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼


「呆れた。グレゴリオスの奴、本気で死体の山を作る心算みたいね」


 先方の第11騎士団の北に展開する、第10騎士団の陣の後方、戦場を見渡せる小高い丘の上で、レナータ・アレンスカヤ将軍が辟易したような声を上げた。


「いかが致します将軍、我らもそろそろ動いた方がよろしいのではありませんか?」


 副官のヴラスの言葉にレナータがけらけらと笑いながら答えた。


「放っておけば良いわ。元々エールを落せなくてもビルシュタインの軍を此処に釘付けに出来れば良いという作戦だった筈。グレゴリオスの阿呆に付き合って無駄に兵を消耗する必要は無いわ」


「しかしもしもアニキエフ将軍が堀を埋めて、城壁に穴を開ける事が出来れば、戦功は全て第11騎士団に持って行かれ事になりますが……」


「相手は鉄壁のエール要塞にメルケル・ビルシュタインだよ。グレゴリオスには少し荷が重いだろうね」


 レナータ冷ややかに言い捨てると、戦場を見渡して呟いた。


「イヴァンもまだ動いてないわね。そうね、あまり何もしないと後の軍議で文句を言われるかもしれないから、ユング兵を少し前に進めて、矢が届かない辺りからお義理に矢を射かけさせなさい」


「はっ! 直ちに」


 ヴラスが伝令を走らせるとレナータは改めて戦場を見回す。


(未だビルシュタインも動いていない。ビルシュタインの首は私が貰うわ)


 レナータは獰猛に笑うと、腕を伸ばして自分が跨る騎獣の頭を撫でた。


 翼の生えたライオンの様な姿の騎獣の顔は、人間の女だった。


 ユニークの魔獣マンティコアを使役するレナータ・アレンスカヤ将軍は、ユニークのテイマーであった。


  ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼


「もう起きたのか。パメラ、バルト」


 北門に向かってジオが歩いて行くと、パメラとバルトが合流してきた。


「ジオこそまだ寝ていても大丈夫よ。何せ一回死んでるんだから」


 未だ昼を少し過ぎたぐらいだったが、4、5時間位は眠れたので、理力は大分回復していた。


 それよりも戦況がどうなっているか気になって仕方が無い。

 城壁からは激しい戦いが続いているらしい、怒声と爆音が此方迄聞こえて来る。


 城壁に上がる階段をのぼりながら、ジオがパメラたちに聞いた。


「ベティーナとフリッツは?」


「丁度出る時目を覚ましたからすぐに来るよ」


「アセロラは?」


「分からない。と云うか彼女がどこに住んでいるのか聴いてないわ」


 そう言えばそうだった。彼女は昨日臨時にパーティーメンバーになったので個人情報は未だ何も聞いていなかった。


「ユニークの医術師なんてどこの貴族でも引っ張りだこだろうに、何でこんな所で流れの医術師をやってるんだろう?」

 バルトが不思議そうに呟く。


「訳アリなんじゃない。どっちにしてもヒーラーとしてだけじゃなく魔術師としても相当の実力者ね。ねえジオ、臨時じゃなくて正式にパーティーメンバーに誘ってみたら」


「ああ、俺もそれを考えていたが、そうなると6人パーティーになるし、その……」


 ジオがバルトを見ながら言い淀む。


「あーっ! もう俺は必要無いとか思ってるのか! ひでえなジオ。パメラ、お前もなんか言ってやってくれよ!」


「うーん。確かにヒーラー二人は多いし、どっちかをって言ったら……」

 パメラが真面目な顔で考え込む。


「おーい! お前までそんな事を言うのか。あんまりだ。ずっと仲間だと信じていたのに」


 本気で落ち込むバルトにジオが笑いながら言った。


「そんな事は考えていない。アンデット相手ならバルトがいないと困るからな」


「お、おう。アンデットの“浄化”なら任せとけ。その辺の司祭より確かだぜ」


「それで酒好き、女好き、博打好きでなけりゃ文句無いんだけどね。訳アリと言えばあんたが一番訳アリだよ」


 パメラもニヤニヤしながらバルトに言った。


「おいおい、プライベートは詮索しないのが冒険者のマナーだろ。パーティーに迷惑かけるようなことはしないよ」


 情けなく言い訳するバルトを揶揄いながら、少し気持ちが和んで来たジオだったが、城壁の上に出ると一気に緊張感が増す。


 城壁に取り付くリザードマンの数が明らかに昨日より増えていた。

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