6―54 二つの救援要請
グレーテが押すように最後の魔術師を空堀に架かる橋まで誘導すると、グレーテの後ろから迫るリザードマンの前に、氷の壁がせり上がった。
「救援感謝する! 私はエール要塞守備隊のグレーテ・ベルマーだ!」
グレーテが橋を渡りながら金髪の男に叫んだ。
「『ランツクネヒト』所属『オルトスの躯』のジオ・メイア-! それは此方のセリフだ!」
ジオがグレーテに答えた。
「のんびり挨拶している暇はないぞ! 早く中に入れ! 門が閉まるぞ!」
アドルフが二人に怒鳴ると、踵を返して門に駆け込んでいった。
「アセロラも早く!」
ジオがグレーテと門を潜りながら振り返ってアセロラに叫んだ。
アセロラが“アイスウォール”をリザードマンたちの方に押し倒して門を潜るのと同時に鋼鉄の門が下ろされた。
「援軍はこれだけですか?」
ジオが馬から降りて兜を脱いだグレーテの傍に駆け寄ると声を掛けた。
「ああ、現在エール要塞は帝国軍の包囲を受けている。是でもかなり無理をして兵力を割いて来たのだが……」
「正直焼け石に水ね。まあ一万でもあいつらを追っ払えるかどうか分からないけど」
アセロラが、怪我をしている兵士達に治癒魔法をかけながら溜息を付いた。
昨日分かった事だが、この街の教会の司祭たちは既に逃げ出していて、街には騎士団の医術師とアセロラ以下数人の医術師しかいなかった。
「あれはいったい何なんだ? 只のリザードマンとは思えない。火魔法が効かない上に、再生能力のあるリザードマンなど聞いたことも無いぞ」
グレーテが誰にともなく声を上げる。
千の兵を率いてきたが、既に百人以上の兵士を失ってしまった。
ジオが気の毒そうにグレーテに言った。
「分からないが兎に角3千匹以上はいるようだ。エール要塞の軍が動けないなら、ベルツブルグか王都の救援を待つ以外ないのか?」
「ベルツブルグには千五百程の兵士しかいない筈だ。徴兵しなければ大軍は出せない。王都軍を戻すにしても、連絡が届いて兵が來るには五日以上かかるし、エール要塞も援軍が必要なはず。こちらにどの程度戦力を割けるか分からない」
状況は想像以上に深刻らしい。一日二日持ち堪えれば救援が来ると云うような話ではないようだった。
ジオはアドルフやアセロラの顔を見るが、二人とも途方に暮れたように肩を竦めた。
ジオは止む無くグレーテに向き直ると言った。
「済まないが一晩中戦い続けてもう皆、理力も魔力も空っぽだ。守備を交代して貰えるか」
「分かった。夜までは休んでくれ」
ロランドの城壁に籠ってスタンピードを凌ぐ以外に取り敢えず打つ手は無さそうだった。
昨日森の中でリザードマンと遭遇してから今までずっと一睡もせずに戦い続けている。
ジオも仲間達も、もうふらふらだった。
後は援軍の到着を待つか、リザードマンがどこかに散ってくれるまで、ここで戦い続けるしかなさそうだった。
ジオは重い足取りでアセロラと仲間の元に戻りながら、パメラたちに何と説明するか考えていた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「マリウス、用事は終わったのかい?」
城に戻ると門を潜った中庭にステファンとケリーが待っていた。
バルバロスが広い中庭で寝そべっている。
「うん、終わったよ。そちらの話は済んだのかい?」
「ああ、こちらも終わりだ。それじゃゴート村に帰るか?」
「いやゴート村じゃなくて、幽霊村の方に行かないかい? 今日幽霊村でアースドラゴンのバーベキューパーティーをするそうなんだ。特級魔物狩競争の結果の祝賀会も兼ねているらしい。カサンドラたちにも直接お礼が言いたいし」
「おう、その件があったな。アデルの奴トップを守れただろうな」
ケリーが声を上げる。昨日までの結果、未だ『白い鴉』が5匹で一位だった。
マルコ、ニナ、オルテガには“索敵”のアイテムを持たせてあるが、やはり索敵能力に関してはレアの斥候であるソフィーがいる『白い鴉』が圧倒的に有利の様だった。
「アースドラゴンの焼き肉か。それは豪勢だな。私もドラゴンは食べた事はないな」
「ドラゴンの肉は絶品だって聞くぜ。特に上位のドラゴンほど美味いらしい」
ケリーがちらりとバルバロスを見ながら言った。
ハティは全開で尻尾を振っているがバルバロスはそっぽを向いた。
「ゴールデントラウトも運んであるそうだから豪華なバーベキューになると思うよ。ステファンも来なよ」
「それじゃお邪魔させて貰おうか」
「良いのか辺境伯? ドラゴンがご機嫌斜めじゃねえか」
ケリーがまたバルバロスをちら見する。
(我をあんな亀と一緒にするな! あれをドラゴンと呼ぶのは愚かな人間だけだあ!!)
突然バルバロスの声が全員の頭の中に大音量で響いた。
エレンやマヌエラも、驚いて思わず耳を塞いでいるところを見ると、バルバロスの声が聞こえたらしい。
そう言えば上位のドラゴンは念で言葉を伝えると誰かに聞いた事が有った。
「いや、済まないバル。お前もバーベキューを食べに行くか?」
「ふん、我は生で戴こう。火を通してはせっかくの肉の味が台無しになる」
ハティが空に向かって吠えた。
多分自分はミディアムレアが良いといっているのだろう。
『要はスッポンだろ。鍋が良いんじゃねえの』
「マリウス。私も行きたい!」
声を上げるエレンに、マヌエラが困ったように言った。
「姫様。領地を御出になるのは無理で御座います。御屋形様が御許しになりません」
「お願いマヌエラ。ものすごく楽しそう。私もマリウスの村が見てみたいし、ドラゴンも食べてみたい」
困り果てるマヌエラに後ろから声が掛かった。
「私も食べてみたいな」
「御母様!」
振り返るとエルザが立っていた。
「私とエレンぐらいなら良いだろう。カサンドラ・フェザーにも礼を言いたいし。帰りはマリウスが送ってくれるな」
「ハイ、それは勿論構いません」
エルザまで来るのは驚きだが、初めてではないので構わないだろう。
幽霊村の事は既にロンメルに報告済みなので、エルザにも見て貰った方が良いかもしれない。
「ホントに行って良いの? お母様」
エレンが嬉しそうにエルザを見上げる。
「ああ、一度マリウスの村がどんなところか見ておくのも悪くないだろう」
「ありがとう、お母様」
エレンが嬉しそうにエルザに言うと、マリウスの側に駆け寄った。
「本当に宜しいのですか奥方様。御屋形様にお許しを頂いてからの方が……」
「良い。アレに言うとまた大騒ぎになるから黙って出て行く」
後に残されるマヌエラも気の毒だなと思ったマリウスが言った。
「マヌエラさんも一緒に来ますか。それなら安心でしょう」
「いえ、私まで同行してはご迷惑では……」
「ああ、バルに乗っていくと良い。バルなら五人や十人乗っても問題ない。帰りも三人とも私が送っていこう」
ステファンが快く引き受けてくれた。
ハティもマリウスとエレンにエルザ位なら問題ないが、マヌエラも乗せるとかなり窮屈になるのでステファンの提案はありがたかった。
「それじゃ行こうか」
マリウスがそう言ってハティに跨るとエレンに手を伸ばしたかけた時、ガルシア・エンゲルハイト将軍の声が“念話”で響いた。
(お待ちください奥方様! エールとロランドより急使で御座います!)
(いかが致したガルシア。エールとロランドの両方から急使とな?!)
ステファンは“念話”のアイテムを持っていないのできょとんとしているがマリウスとエレン、マヌエラにケリーまでが黙り込んで緊張しているのに気付いて、察した様子でエルザを見ていた。
(はい、帝国軍8万がエールに向かって昨日進軍を開始いたしました、恐らく既エールに到着している物と思われます)
(8万だと! 何時の間にそれ程の軍勢が移動していた! いや、それでロランドの方は何なのだ?)
(はっ! 昨日ロランド北のロス湖で、スタンピード発生の報告で御座います。数千体のリザードマンの群れがロランドの街に殺到している模様で御座います)
「リザードマンのスタンピードだと!」
思わずエルザが声に出して答えた。
全員の顔色が変わる。
マリウスは未だ実物のリザードマンは見た事が無かったが、上級魔物だと聞いている。
それが数千体街に押し寄せている。
ロランドの街には7万人が住んでいるそうだが、街を守れる備えがあるのだろうか。
エルザは眉を吊り上げると皆を振り返って言った。
「すまんが今日のパーティーは中止だ、マリウス。一緒に来てくれ、軍議だ」
「私も参加しましょう」
何となく空気を察したステファンがエルザに言った。
「助かる! ぜひ辺境伯殿にも力を借りたい」
そう言ってエルザが踵を返し、城の中に入って行きステファンやマヌエラ、ケリーも後に続く。
「ごめんエレン。行かないと」
「ううん。マリウス、ロランドを守って! ロランドはマーヤの生まれ故郷なの」
マリウスはエレンに頷くと、エルザの後を追った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
エール渓谷は、国境を高い山並みで塞がれたエルドニア帝国と、ライン=アルト王国にとって、唯一大軍が通る事の出来る回廊となるのだが、その渓谷をダムの様に南北に塞ぐ形に聳える長大な石壁がエール要塞であった。
全長3キロ高さ30メートルにも及び、石壁の前には、水を湛えた幅50メートルもある深い堀に囲われたエール要塞の前面に、早朝8万のエルドニア帝国軍が布陣した。
2万人ずつの四つの騎士団のうちの三つの騎士団が北、中央、南に布陣し、中央の後方、戦場を見渡せるやや高い丘の上に、総大将のジェニース・バビチェフ将軍の軍勢が布陣した。
日の出と共に中央に布陣する、グレゴリオス・アニキエフ第11帝国騎士団長率いる2万の軍勢が動き出す。
前衛の、革鎧にスパイクと胸部に鉄板を打ち付けたハーフプレートメイルと鎖の兜、薄い鉄板を張った木盾を装備した1万2千の軽歩兵が城壁に向けて進軍を開始した。
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