6―53 プロポーズ?
「エールの援軍が来たぞ!」
東門の方から歓声が聞こえる。
「た、助かった。もう完全に理力切れだ。俺ちょっと寝るわ」
「馬鹿やろう! こっちは未だリザードマンが登って来てるぞ! 寝るな、フリッツ!」
ジオが怒鳴りながら石壁を登ろうとするリザードマンの前脚を狙って“剣閃”を放った。
アセロラがフリッツの背中に手を当てると、上級神聖魔法“体力回復”を発動した。
「すまねえアセロラの姉さん。動けるようになったぜ」
「一割程理力が戻っただけだよ。あんまり張り切るとまたすぐ斃れちまうよ」
そう言って笑うアセロラはいつの間にかすっかり『オルトスの躯』のメンバーの一員になっている。
「アセロラ姉さん、臨時と言わずずっとこのパーティにいてくれないかい。バルトよりよっぽど役に立つよ」
パメラがアセロラに言った。ベティーナとフリッツもうんうんと頷いている。
バルトは早々に魔力切れで、城楼の隅で毛布に包まって眠っていた。
「悪いけど冒険者になる気は無いよ。あたしは仕事より良い男に巡り合いたいんだよ」
「男? あんたなら男なんか幾らでも寄って来るだろう」
ベティーナがアセロラの色っぽい顔と大きな胸に視線を走らせながら言うと、アセロラがけらけらと笑いだした。
「勿論誰でも良いってわけじゃないよ。私を満足させてくれる良い男じゃないとね」
「うちのジオなんてどうだい。冒険者にしては真面目だし、実力もまあまあある方だよ。ちょっと人が良いのが困りもんだけどね」
「ば、バカ! パメラ! 何言ってんだ!」
ジオが赤い顔で焦りながらパメラに怒鳴る。
ベティーナたちが生暖かい目でジオをみた。
「ジオ! 拙いぞ! 援軍がやられている!」
東門の様子を見に行っていた『ノルドの旋風』のアドルフが此方に駆け戻って来ながら叫んだ。
「何だって! どういうことだ?!」
「あれっぽっちの軍じゃ全然歯が立たない。アレじゃあ全滅させられるぞ!」
ジオはパメラを振り返ると叫んだ。
「ここを頼むパメラ!」
そう云い捨てるとジオは東門に駆け出した。
「あたしも見て来る」
何故かアセロラもジオの後を追って東門に向かった。
二人がいくつかの楼を潜り抜けながら城壁の上を走り抜けると、東側の城壁に出た。
千人程の軍勢がリザードマンの群れと乱戦になっているが、援軍の前衛が次々とリザードマンに倒されている。
再生能力と耐性のあるリザードマンに決定打を与えることが出来ず、攻めあぐねている様だった。
後方から支援の矢や魔法が飛んでいるが、殆ど効果がなく、側面や後方にもリザードマンが取り付いていた。
「いかん、全滅するぞ! 門を開けろ!」
ジオが門の上の守備兵に叫んで城壁の下、門の前に駆け降りて行った。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「マリウス様! エレン様! 来てくださったんですか」
マリウスはエレンとマヌエラ達と一緒にマーヤの住む長屋を訪ねていた。
マーヤのお母さんのミーナは優しそうな、犬獣人の美人だった。
「うん、今日帰るんだけどもう一度マーヤに会っておきたくて」
「私はずっといるけどね。マーヤ今日はお水を売りにいかないんだ」
エレンにマーヤが困ったような顔で言った。
「ハイ、あんなことがあったのでユルゲンさんも当分店は閉めるそうで、水売りの仕事も当分出来そうにないんです」
マーヤが買った『禁忌薬』入りの水は当然昨日のうちに樽ごと騎士団が運び出している。
代わりに新しい樽が二つ置かれているが中は空っぽだった。
ここに来る途中も焼けたり壊れた家や瓦礫を、騎士団の兵士と街の人々が協力して撤去したりしていた。
マリウスが“再生”と“治癒”、“浄化”を付与した広場の効果は、今日はもう消えている様だった。
昨日担ぎこまれた怪我人の中には数人、手足を失った人がいたそうだが、全て無事“再生”されたらしい。
ただその件はエルザによって緘口令が敷かれているので、マリウスも聞かされていなかった。
魔物憑きたちに変わってしまった人たちは全員、怪我も治癒されていて体に異常はなかった。
取り敢えず一か所に集めて隔離されているが、自分が魔物憑きになっていた間の記憶は全くない様だった。
マーヤはミーナが働いていた食堂で来週から働く事になっていたが、そのお店も昨日の事件で燃えてしまっていた。
「実は今日はマーヤとマーヤのお母さんに話があって来たんだ」
マリウスが二人に言った。
「私にもですか?」
ミーナが怪訝そうにマリウスを見る。
「はい、実はもし宜しければお二人に僕の村に移住して頂けないかと思いまして。僕の村は移住してくれる人を求めているのですが、特に今料理人が不足していまして」
「え、あのマリウス様はどの様な方なのですか?」
当惑気味に答えるミーナに、一緒にいたマヌエラが代わりに答えた。
「マリウス様はお隣のアースバルト子爵様の御嫡男で、ゴート村の執政官様ですよ」
「ゴート村と云うと『奇跡の水』で有名な所ですか?」
ミーナが驚いて聞き返す。マーヤにもはっきり言って無かったので驚いている様だった。
「そうです。住むところも用意しますし、少ないですが当座の生活費も補助できると思います。仕事もすぐに働ける筈です。ぜひ考えて貰えませんか」
「それは、とてもありがたい御話ですが……」
「ダメ―!」
突然エレンが叫ぶと、マーヤを抱きしめてマリウスを睨んだ。
「ダメよマリウス、マーヤを連れて行かないで。マーヤとマーヤのお母さんはお城で働いて貰うわ」
「え、お城って……」
「ちょっと待って!」
マーヤを絶対渡さないと云う様にぎゅっと抱いた儘、戸惑うマリウスを睨みながらエレンが黙り込んだ。
ミーナも事情が分からない様子でエレンを見ている。
マリウスには勿論聞こえているが、難しい顔をして黙り込んでいたエレンがやがて笑顔になった。
「御母様に許可を貰ったわ、マーヤのお母さんはお城の厨房で働いて貰って、マーヤは私の侍女見習いになって貰うわ」
エレンがやっとマーヤを離すとマーヤの手を取って嬉しそうに言った。
「えっと、私たちがお城で働くのですか?」
マーヤとミーナが戸惑いながらエレンとマリウスを見比べている。
仕方ないのでマリウスが二人に説明した。
「今エレンが、遠くに離れた人と話ができる魔道具を使って、お母さんの公爵夫人様に二人をお城で雇ってもらう許可を貰ったんだ。勿論僕は二人に僕の村に来て欲しいけど、何方でも二人で相談して好きな方を選んで。あ、両方とも断っても別に構わないよ。二人の自由だからよく相談して決めて下さい」
「そうね、無理強いは出来ないわね。決めるのはマーヤたちだもの。分かった。明日また私が來るからその時に返事を頂戴。マリウスの所に行くのなら……」
「どちらにしても“念話”で連絡して、エレン。ゴート村に来てもらえるなら迎えの馬車を用意するよ」
フリードの馬車が毎日ベルツブルグからリーベン、ゴート村を行き来している。
リーベンからは駅馬車も開通していた。
フリードに頼んで馬車を一台仕立てて貰おう。
「ありがとうございますマリウス様。エレン様」
「ううん、二人でよく考えて、自分たちの行きたい方を選んでください」
「うん。私はずっとマーヤに傍にいて欲しいけど、マリウスの村もきっと素敵な所だと思うわ」
エレンが少し寂しそうに言う。
「いっそエレンも一緒に僕の村に来てくれたら良いのにね」
マリウスが何気なく呟くとエレンが真っ赤になって叫んだ。
「なっ! なにそれ! プロポーズなの?!」
「え、いや、もう婚約者だし……」
婚約してからプロポーズは順番がおかしい気がする。
マリウスもエレンにつられて顔が赤くなる。
「あ、そうか。それも良いかも……」
「ダメです!」
マヌエラが怖い顔で、マリウスとエレンの間に立った。
深々と頭を下げるマーヤとミーナに別れを告げると、マリウスたちは城に帰って行った。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
「魔術師部隊! 東門側の敵に集中攻撃をかけろ! 騎馬部隊! 魔法斉射後一気に駆け抜けるぞ!」
ロランド救援部隊を指揮するグレーテ・ベルマーは、自軍に向けて叫ぶと目の前に迫るリザードマンの群れに向けて槍を構えた。
30人の魔術師達が一斉に上級魔法を放つ。
“ファイアーストーム”がリザードマンを包み、“フォールサンダー”がリザードマンを弾き飛ばした。
グレーテの槍が理力の光に包まれ、レアアーツ“炎熱槍波”が放たれる。
熱風の衝撃波が前面に広がり、数体のリザードマンが炎に包まれた。
騎馬部隊が炎に包まれるリザードマンを蹴散らしながら、東門に向かって馬を走らせるが、一人、また一人と飛び掛かって来たリザードマンに馬から引きずり落とされて、群れの中に引き込まれて行った。
「止まるな! 門に向かって走れ!」
“槍影”を放って接近するリザードマンを弾き飛ばしながら、グレーテが叫んだ。
リザードマンに有効なはずの火魔法も雷撃も物理攻撃も、やはりここに集まった異常個体のリザードマンを殺す事はできない様だった。
グレーテは十分な情報を集めずに部隊に突撃を命じた事を後悔していたが、今は一人でも多くの兵士達をロランドの城壁内に避難させる事だけに全力を投入する事にした。
東門が開かれていた。恐らく自分と同じ判断をしたものが場内にいる。
冒険者らしい見慣れないハーフプレートを着た男二人と、水魔術師らしい女が開かれた門の前に立って、押し寄せるリザードマンを防ぎながら、自分達が逃げ込むのを待ってくれている。
グレーテは振り返ると、騎馬の後を必死で走る歩兵部隊と魔術師部隊に取り付こうとするリザードマンに向けてレアアーツ“龍槍雷砲”を放った。
直進する雷撃にリザードマンが弾き飛ばされるが、すぐに起き上がって来る。
グレーテは“龍槍雷砲”を連射しながら、歩兵部隊を先に進めさせた。
東門まではあと300メートル、騎馬部隊は既に門を潜り抜けていた。
「早く! 中に入れ!」
門の前に立つ金髪の冒険者が“剣閃”を放って、グレーテに襲い掛かろうとしたリザードマンを牽制しながら叫んだ。
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