6―52  念話


 取り敢えず今日国元に帰るのだが、クラウスたちとは別行動で、マリウスはステファンとケリーと共にハティで真っ直ぐゴート村に帰る事にした。


 クルトやエリーゼたちはクラウスと一緒にエールハウゼン経由で、明後日にゴート村に帰還する予定にして貰った。


 帝国の獣人達の受け入れでイエルたちが既に移住計画を作り始めている。“念話”で話は聞いているが、早く実際に逢って話が聞きたかった。


 朝マルコ、オルテガ、ニナ、カサンドラと“念話”で話をしたが、魔物狩競争の方は、昨日はニナ隊が2匹のフレームタイガーを狩ったそうで、現在ケリー不在の

『白い鴉』が5匹、マルコ隊が3匹、オルテガ隊が2匹、ニナ隊が2匹になっている。


 今日の成果で勝負が決まるのだが、オルテガからマリウスに祝賀会の開催の許可を求めて来た。


 今日の夕方から幽霊村で、カサンドラたち薬師達と、討伐に参加した騎士団で初日に狩ったアースドラゴンの肉でバーベキュウ大会を開きたいそうだった。


 オルテガは昨日もアースドラゴンを狩ったそうで、アースドラゴンが二体ある。


 ゴート村のゴールデントラウトのバーベキューに参加できなかったので、幽霊村でもなにかやりたいらしい。


 アースドラゴンは未だ誰も食べた事が無いので、試食も兼ねてという事らしい。

 マリウスは自分も参加すると言って“念話”を切った。


 エルザは“念話”を付与された指輪を一つガルシアに渡すと、更に二つ手に取って、部屋の隅に控えるアレクセイとアナスタシアに手渡した。


「宜しいのですか? 我らが戴いて」


「当然だ。どうやって連絡を取り合うか考えていたが、これがやはり一番確実であろう、エールのビルシュタイン将軍にも持たせる故、私たちまで届かなくても将軍に連絡を入れれば連絡が伝わるように話をしておく」


 恐縮するアレクセイ達に、エルザが笑って言った。


 マリウスが二人の指輪に更に“魔法効果増”と“索敵”、“疲労軽減”を付与した。

 二人はユニークの風魔術師と聖職者だそうなので、これでかなり戦闘力が上がるだろう。


 二人のローブにも“物理防御”、“魔法防御”、“熱防御”を付与する。


「ありがとうございますマリウス様」


「移住の話、こちらでも進めておきますので、皆でよく相談してぜひ僕の村に来てください」


 二人はマリウスとエルザたちに深々と礼をすると部屋を出て行った。


 二人はこれから公爵騎士団の部隊に守られてエール要塞に向かい、帝国に帰って行く。


「さて、残りの指輪は三つ、一つは王都のアルベルトに渡すとして、あとの二つは……」


 エルザが上座に座るエルヴィンと傍らのエレンを見た。


 エレンがエルザに手を出した。

 エルザはエレンを見て少し考えたが、結局指輪を一つエレンの掌に置いた。


 エレンが嬉しそうに指輪を左手の薬指に嵌めたが、少し大きかったので人差し指に嵌め直した。


(マリウス! 聞こえる)


「いや、普通に喋れるし」


「もう! ちゃんと“念話”で返してよ!」


 マリウスは仕方なく“念話”で返した。

(ハイハイ、良く聞こえるよエレン)


(ねえ、今日帰るの?)


(うん、お昼ごろにはステファンと一緒にゴート村に直接帰るつもりだよ。クルトやエリーゼ達は父上ともうすぐ出発する予定かな)


(そうなんだ。次はいつ来る?)


(うーんそうだな、夏ごろかな。でも逢いたくなったら何時でも来るよ。ハティで来れば多分すぐに来られるから)


(ホント? 絶対よ!)


(うん。約束する)


(ねえ、これからマーヤに会いに行かない)


(うん、終わったら行こうと思ってたけどエレンも一緒に行く?)


(勿論いくわ。と云うか私をおいて、自分だけ会いに行くつもりだったの?)


(いや、そう云う訳じゃないけど……)


 突然エルヴィンが咳払いをしながら立ち上がると、エルザに手を伸ばした。


「エルザ。儂の分も寄せ」


 エルザはエルヴィンエを見て少し考えていたが、ニヤリと笑うと言った。


「いや、あと一つはマヌエラに渡そう。用があればマヌエラに言えば良い」


「何故だ。儂だけのけ者にする気か!」

 エルヴィンが眉を吊り上げる。


「公爵家当主ともあろうものが、気安く家臣たちに心の中を晒す訳にはいくまい」


「其方は良いと申すのか」


「ふふ、私は元々隠し事が出来ぬ性質でな。今更だ」


 エルザはエルヴィンにそう言い捨てるとマリウスに振り返って言った。


「やはり“念話”を付与されたアイテムを持った者同士なら皆、会話を聞くことが出来るのか?」


「そうですね、会話をしている相手に意識を向けると自然に会話の中に入れるようですね」


 マリウスもその辺りの事が少し気にはなっていた。

 仲間内だけの数人か、十数人程度ならそれでも良いが、これからどんどん数を増やして色々な陣営の人々が持つようになると、色々と不都合な事が起きるかもしれない。


 正直エルザがアレクセイとアナスタシアに“念話”のアイテムを与えたのは、かなり思い切った決断だったと思う。公爵家とレジスタンスの間で、この先隠し事は出来なくなるだろう。


「確か高クラスの魔道具師に“使用者登録”というスキルがあった筈だ。魔道具の効果を使える人間を制限するスキルらしい」


「その様なスキルがあるのですか? それなら色々と気になっていた問題が解決できるかもしれませんね」


「ああ、既に国王陛下から魔道具師ギルドのゴート村移転の許可が出ている様だ。其の件もクライン男爵の要件に含まれているはずだ」


 既に魔道具師達の新しい工房と住居もほとんど出来上がっている筈である。

 予定道理今月中にはエアコンの製造も進められそうだった。


 テオが来たら早速“使用者登録”のスキルについて聞いてみようと思った。


 “念話”のアイテムを幾つかのグループに分ける事が出来るなら、機密保持が守れるし、安心して広げられる。


 それにもう一つマリウスにはもっと大きな懸念があった。


 マリウスが付与した武器や防具がどんどん増え続けているが、これがもし敵に渡る事が有ればそれだけで大きな危機になりかねない。


 帝国でも王都でも戦いが激化して行けば、更に多くの付与装備が必要とされる様になるだろう。


 使用者を制限できる効果が付けられるなら安心である。


「魔道具師達が移転して来たら、早速相談してみます、アレクセイさんたちに送る武具にも使えるかもしれません」


「うむ、宜しく頼む。此度は世話になった。暇が出来たら何時でも遊びに来てくれ。でないとエレンが拗ねる」


「御母様!」

 エレンが真っ赤な顔で声を上げる。


 マリウスは未だに納得がいかない様子のエルヴィンに礼をすると、クラウスと共に広間を出た。



 回廊に出るとステファンがいた。


「ステファン。少し外に出て来るから待っててくれるかな。一緒にゴート村に帰ろう」


「ああ、私も少し公爵夫妻と話があるから城で待っているよ」


 両家の会談の日時や場所についての大まかな打ち合わせをしながら、お互いの同盟の条件を軽く提示する心算らしいが、マリウスには良く解らない話なので遠慮した。


 ケリーも城で時間を潰す様だった。


「マリウス!」


 マリウスが部屋を出るとエレンがマヌエラを伴って追いかけて来た。

 

 城の外に出ると城門の前にアースバルトの一行が既に待っていた。

 クルトたちも皆騎乗で待っていた。馬車にはジェーンたちも乗り込んでいる。


「それではマリウス、私たちは先に帰る。と言ってもゴート村にはお前が先に着くのだがな」


「マリウス様。皆で一緒に飛んで帰れるような付与は無いんですか」

 エリーゼが無茶な事を言っている。


「うーん、僕の知っている付与に、そんな便利な術は無いけど……」


「マリウスならそのうちきっと出来るようになるわよ。そしたら私も何時でもマリウスの村に行けるようになるわ」


 エレンまでムチャブリして来るが、女の子の期待にはなるべく応えたい。


 仕方が無いのでテオが村に移ってきたら、魔道具師のスキルとマリウスの付与魔術を合わせて、何か高速移動の手段を検討してみようとマリウスは思った。


『取り敢えずエンジンかモーターが欲しいな。動力さえあれば色々出来るからな』


 五万人の移住者がやってくればいよいよ本格的な辺境開拓が始められる。

 交通網の整備も重要な課題の一つになるだろう。


「すぐには無理だけど、そのうちベルツブルグとゴート村も簡単に行き来できるようにしたいね」


 マリウスそう言うとエレンが嬉しそうに頷いた。


  ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼


「ふん。一体これ程の軍勢を何処に隠していたのだ」


 エール要塞を守るメルケル・ビルシュタイン将軍は、城壁の上の物見櫓から、整列する帝国軍を冷ややかに見つめ嘆息する。


 昨日バシリエフ要塞から帝国軍の大軍が進発したとの知らせをうけて、斥候を放ったところ、当初聞かされていた2万5千を遥かに超える大軍がエール要塞に向けて進軍して来ることが分かった。


 ベルツブルグに早馬を走らせると共に、全軍を先頭配置に付けた処に、日が落ちてから今度はロランドからスタンピード発生の救援要請を受け取った。


 ビルシュタイン将軍の兵力は正規騎士団と徴兵を合わせて2万5千だが、止む無く副官の一人、グレーテ・ベルマーに千人の救援部隊を率いらせてロランドに向かわせた。


 恐らく夜明けにはロランドに到着するはずである。


「どうやら8万はいるようですね。四将が率いている帝国騎士団に、鎧の違う者たちは恐らくユング王国の騎士団でしょう」

 副官のディルクが事務的に報告した。


 帝国騎士団には十二希将と呼ばれる12人のユニークの将軍がいる。


 どうやら帝国は4人の将軍と属国であるユング王国の騎士団を、エール要塞の攻略に投入してきた様だった。


 ロランドのスタンピードと歩調を合わせる様に進撃してきた帝国軍の動きは、とても偶然とは思えない。


 ビルシュタイン将軍は全軍を配置に付けながら、帝国軍の後ろに教皇国の影を感じていた。

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