6―51  医術師と冒険者


「何言ってるんだあんた! 生き返らせるだって。そんな事出来る訳無いだろう!」


「五分以内なら生き返らせることが出来るよ、早く決めな、幾らなら払える?」


「あんたまさか?」


 バルトが驚いた様にエルフの女を見た。


「どうしたバルト」

 フリッツがバルトに尋ねた。


「ああ、聞いた事がある。ユニークの聖職者や医術師は“蘇生”の魔法を使えるらしい」


 パメラが緑の髪のエルフを睨みつけていたが、腰の物入れに手を突っ込むと小さな袋を取り出した。


「今ある金はこれだけだ。金貨が8枚入ってる、足りなきゃ王都に戻ったら必ず払う。だからジオを助けてくれ」


 緑の髪のエルフは袋を受け取って中から4枚金貨を抜き取ると、大きな胸の谷間に金貨を詰め込んだ。


「ああ、これで十分よ。やっと溜まってた家賃を払える」


 緑髪のエルフはそう言って袋をパメラに返すと、既に息の無いジオの脇腹に手を当てて“蘇生”、“増血”、“特級治癒”、“体力回復”の四つの魔法スキルを同時に発動した。


 息を飲んでパウラたちが見つめる中で、ジオの指先が微かに動いたかと思うと、ジオが目を開いた。


「ジオ! 大丈夫かジオ!」


 周りで成り行きを見ていた群衆から驚きの喚声が上がる。


 半泣きのパメラに揺さぶられながら、ジオが半身を起こして目の前の緑髪のエルフを見た。


「あ、あんたは?」


「私はアセロラ。アセロラ・リーレ。流れ者の医術師よ」


 緑髪のエルフが立ち上がると、大きな胸を張って言った。


  ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼


「ジオ! そっち行ったぞ」


 城壁に取り付こうとするリザードマンにジオが上から“波動剣撃”を放つった。


 石壁に鋭い爪を立てて登り掛けたリザードマンが数匹、衝撃波に弾き飛ばされて城壁の下の空堀に落下していった。


「クソ! 一体何匹いるんだ? きりがねえ」

 フリッツが“気功砲”を放ちながら怒鳴る。


 既に日が落ちて周囲が暗くなる中、途切れることなく“ライト”が打ち上げられている。


 城壁の上から魔法の光で闇を透かして見ると、見渡す限りリザードマンの大群が、城壁を取り囲む空堀の向こうを埋め尽くしている。


 城壁の上から数個の樽が投げ落とされ、空堀の底まで転がって樽が砕けて中身をぶちまけると、城壁の上から“ファイアーボール”が放たれた。


 空堀の中に散った油が燃え上がり、炎の中でリザードマンが足掻いているが、やがて炎の中から一匹、また一匹とリザードマンが城壁に取り付いた。


 リザードマンだけでなく、サーベルクレイフィッシュやポイズントードと言った水性の魔物が混じっていた。


 しかもそれらの魔物はリザードマン同様、ジオたちの記憶よりも遥かに巨大で頭に角があり、禍々しい姿をしていた。


 耐性も強化されている様だし、再生能力を持った個体もいる様だった。


「ダメだ! やっぱり炎が効かない!」


「3千はいるわね! いや裏にも回り込み始めているからもっとか!」


 パメラが南側の城壁の方に上がる“ライト”の光を指差しながら言った。


 ジオたち『ランツクネヒト』の冒険者パーティーはロランドの北門周辺の城壁の守備に参加させられる事になった。


 勿論北門は一番の激戦地になる事が想像できた。


 正規騎士団と民兵の150人と、ジオたちに地元の冒険者が50人の200人程で守っているが、とても守り切れそうにないので、ロランドの市民からも義勇兵を募って、押し寄せるリザードマンの群れを防いでいた。


 正規兵や冒険者は矢や魔法を放ち、義勇兵は城壁に取り付こうとするリザードマンに上から石やレンガを投げ落としたりしているが、再生能力のあるリザードマンに対して、一時凌ぎにしかなっていなかった。


「こりゃ、せっかく生き返ったけど、またすぐあの世行だな」


 ジオは自分が一度死んだらしいと先程知った。エルフの医術師が蘇らせてくれたらしい。


 パーティーの予備資金の半分、40万ゼニー使ったそうだが、本当に蘇生できたのなら安いとも言える。


 グラマーなエルフの医術師はアセロラと名乗り、溜まった家賃を払ったらロランドを出てまた旅をすると言った。


「お兄さんたち、何処から来たんだい?」


「俺たちは王都の冒険者だ」


「へー、王都かい。暫く帰ってないね。次は王都にでも行ってみるか」


「いや、エルフのねえさん。とてもじゃないが生きてここから出られそうにないぜ」

 横からバルトがアセロラに声を掛ける。


 女好きのバルトがちらりとアセロラの胸に視線を走らせるが、弓士のベティーナがバルトの頭を殴りながら言った。


「いや、南門からなら未だ出れるかも」


「ついさっき南門も閉められたよ。もう街中ぐるりとリザードマンに取り囲まれたみたいだぜ」


「アドルフ! 生きていたのか!」


 声を掛けて来た男を見てジオが驚く。

 同じクランのBランクパーティー、『ノルドの旋風』のリーダー、アドルフだった。


「ああ、うちのパーティーは無事だ、『小鬼のロンド』以外は大体揃っている様だぜ」



「マリーダたちはやられたよ。サラ以外は皆死んだ」


「そうか、残念だな。良い女だったが。ジオ、済まんが動けるならクランの指揮を執ってくれ。俺たちは北門の守備だそうだ」


 アドルフは先に行っていると言って北門の方に向かった。


「ジオ、立てるかい?」


 パメラに支えられてジオが立ち上がるとアセロラを見た。


「ああ、大丈夫みたいだ。ありがとう。アセロラさんだったかな。良い腕だな」


 アセロラはジオをしげしげと眺めてから言った。


「指揮って言ってたけど。あんた強いのかい?」


「え、ああ、まあ一応Aランクだ。派遣されている冒険者の中では一番上だと思うぜ」


 アセロラは暫く考えていたようだが、ニヤリと口元に笑みを浮かべるとジオに言った。


「どう? 臨時で私を雇わないかい。ヒーラーがいた方が何かと便利だろう。これでも上級水魔法位使えるし、そこら辺の魔術師よりも魔力量は上だよ」


「それはこちらもありがたいが、いいのか? 俺たちはこれから戦場に行くとこなんだぜ」


「どのみち城門が破られたら街中何処にいても危険だろ。こういう時は強い連中に引っ付いてる方が安全ってこともあるさ。それにあんた達も雇われ冒険者なら、本気で街と心中する気は無いんだろう。チャンスがあれば逃げようと思ってんじゃないのかい?」


 アセロラが探るようにジオを見る。


 冒険者と正規兵の決定的な違いは、無理なクエストと判断したら、個々の判断で撤退しても後で咎められることは少ないという事だった。

 

 報酬の返還を求められる事はあるし、顧客に不利益な行動をとるとギルドを除籍される事もあるが、冒険者は自由な存在であり雇用側も納得して冒険者を雇っている。


「分かった。あんたを雇おう。俺は『オルトスの躯』のリーダーのジオ。こいつは火魔術師のパメラだ」


「ベティーナ。弓士よ」


「フィリッツ、格闘家」


「元聖職者のバルトです。宜しくアセロラ」



 かくしてアセロラが『オルトスの躯』に参加する事になったのだが、自分の横で上級水魔法を放つアセロラをジオが感嘆の目で見つめていた。


 城壁の向こうに掘られた空堀の中から這い上がって城壁に取り付こうとしている数十体のリザードマンの前に突然高さ10メートル程の氷の壁が20メートル程広がった。


 アセロラが右手でヒョイと押すような動作をすると、氷の壁がそのまま空堀に向かってゆっくりと倒れていった。


 リザードマンの群れに圧し掛かりながら、氷の壁が轟音を立てて砕けた。

 圧し潰されたリザードマンの血塗れの足や尻尾が、じたばた動きながら氷の塊の間から覗いている。


「スゲー!」


「あれでも死なないみたいだから時間稼ぎにしかならないけどね。それに数が多過ぎよ!」


 アセロラが氷の塊の上を歩いて来る、後続のリザードマンたちを見ながら叫んだ。


「救援はくるのよね?」


「昼間エール要塞とベルツブルグに向けて伝令が向かったはずだから、エールにはもう届いている筈だ。ベルツブルグに届くのは明日の昼までかかるだろうな」


 ベルツブルグ迄馬を乗り継ぎながら一晩中駆けても伝令が届くのは明日の昼が精一杯であるし、援軍が来るのは早くて三日後になる。


 エールから援軍を出してくれなければ、ロランドは壊滅するだろう。


「すぐにエールが動いてくれれば良いが……」


 ジオが不安げに暗い東の空を見た。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


「これが“念話”のアーティファクトか」


 エルザが銀の指輪を左手の中指に嵌めながら言った。


 クラウスが気を利かせて広間を出て行く。

 暫くするとエルザが驚き表情を浮かべた。


 無言で頷いたり、口元に笑みを浮かべたり、眉を顰めたりと百面相を一通り披露すると満足げにマリウスに言った。


「素晴らしい。これ程明瞭に会話できるとは。距離はどれ程届くのか?」


「ハイ、ここベルツブルグとエールハウゼン、ゴート村の間は全く問題ないようです」


「うむ、ここからゴート村までざっと200キロはあるな。という事は此処からロランドやエールまでも十分届くという事だな。王都迄は約300キロ、早急に試してみる必要があるな」


 マリウスは朝早くからクラウスと共に登城し、エルザが用意した8個の銀の指輪に、二十個の上級魔物の魔石を使って“念話”を付与した。


 ステファンとケリーはマリウスと共にガルシアの館に泊った。


「ケリーさん、魔物狩競争の方は良いんですか?」


「ふ、昨日も二匹狩ってもう五匹だぜ。あたしがいない方が、勝負が面白くなるか

ら行って良いってアデルが言いやがった」

 ケリーが笑って答えた。


 そう言えば昨日ケリーたちは皆よりも早く村に戻っていた。余裕で勝負を楽しむ心算のようだ。


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